06話 依頼に同行します -2-

 そのように依頼に同行するという約束をしてしまった経緯があって、後日私は侍女と共に、シュジュアに馬車で駆り出された。

 その場所というのは、ジオの屋敷付近などではなく、とある家屋の前だった。

 邸宅というよりは、鍛冶屋かじやみたく物作りのために作った雰囲気をかもしている家屋だ。


 ここに駆り出された際に利用された馬車は、今朝方わざわざノーマン侯爵家の方まで出迎えに来てくれた。

 それも、シュジュア本人を乗せてだ。

 キュール公爵家の紋は入っていない至って無難な馬車だが、文字通り私がシュジュアの出迎えに大喜びしたのは言うまでもない。




「あら?たしかジオさんはこんなお宅でお住みではなかったはずでは? それとも、この辺りで目撃情報でもあったのでしょうか?」

「たしかにジオは、この付近に住んでいるわけでも、現れているわけでもないよ。……ここにはある用で、今から向かう現場より先に来たんだ。さぁ、入ってくれ」


 促されるままに中に入ると、入口付近にはまるで博物館のように様々な物品が飾られている。

 日用品などがありながら、それ以外の生活用品もあり、ごくたまに武器まである何でもござれの異質な空間であった。


 その家屋の一番奥で、人が何かしらを一生懸命作っているような姿がみえる。


「ラニ、約束の日になったので来てみたよ。頼んでいたものはできているかな?」

「……。──おお、シュジュア様! いらっしゃっておりましたか。はるばるこちらまでお越しくださりありがとうございます。どうぞこちらへ。んん、お連れのお嬢様はどなた様でしょうか?」


 ラニと呼びかけられた人物が、こちらに向かって挨拶をしてくる。

 見た目からすると、30代くらいの少し小柄な男性が、和やかな雰囲気で出迎えてくれる。


「彼女はノーマン侯爵令嬢のリーゼリットだ。ちょっと野暮用でね、ここにも一緒に着いてきてもらうことにしたんだよ。こちらの男性はラニ、この辺りではちょっと名の知られている発明家だ」

「はじめまして、ラニ。リーゼリットと言いますわ。気軽に名前で呼んでくださいまし。どうぞよろしく」

「(……気軽に名前を呼んでくれだと? 以前の彼女はもっと気高くて、貴族階級にもっとこだわりを持っていたはず。いや、ラニが何者かまではさすがに知らないはずだ。いったい何を企んでいるのか……)」


 一瞬シュジュアがこちらを向いて訝しげな反応を見せたが、すぐに普段の話しかけやすく感じるような雰囲気に戻り、ラニと事務的な話をし始める。


(シュジュア様、今もなんだかちょっと警戒されている私より、ラニと話す時の方が口調が柔らかいわね。観察しがいがあるわ~~)


 私は観察を一旦止めて、熟考することに頭を切り替える。


(ラニという名前は、確か小説バイブルには出てこなかったわね。非攻略キャラクターとはいえ、脇役のシュジュア様のことについてはそれなりに書かれていたけれど、その他の人物像に関しては結構曖昧あいまいな描写しかないからわからないのよね)



 会話に入らずに辺りを見渡していると、ふと博物館のように様々な物品が陳列されている中から、見かけた事のある大きさと形の窓ガラスを見つける。

 一呼吸置いて……そうだ。

 シュジュアの事務所にあった、特殊加工の窓と確実に似ている。


「……シュジュア様、こちらの窓は確かシュジュア様の情報屋にございました、あの見えない窓・・・・・と同じではないでしょうか?」

「? ……ああ、そうだよ。あの窓を作ったのはこのラニだ。……だが、もしラニに依頼を持ちかけたいとしても今はその話は後にすることだ。先に紹介するような形となってしまったが、約束事は守ってもらおうか」


(──!! そうか、彼がシュジュア様お抱えの"物作りの達人"なのね。確か小説バイブルでも、彼の作ったあらゆる品物を使用してひたすら情報収集をしていたわ。小説に名前こそは出てこなかったけれど、陰の功労者に違いないわね)


 勝手に納得して物思いにふけっていると、ラニが雑多ながら綺麗に陳列された開発品の中から、1つの品物を持ってくる。

 その品物は私も前世で、昔の人々の暮らしの家電として見た事がある。


「これがシュジュア様が頼んでいらっしゃった例の品物、写真機です。写真という紙の形で、大事なひとときの時間を写す機械です。ここの出っ張ったボタンを押せば、写真を撮ることができる便利な品物だと自負しております」


 と、先程まで自信満々に使い方を説明していたラニが、急に自信を無くしたように俯いてボソボソと喋りだす。


「……ですが、シュジュア様から依頼からいただいた設計書ではこれが限界です。私は設計書通りのものしか作れません。この写真機では、そのひとときを写すまでにかなりの時間が掛かってしまうのです。……それでは、ご依頼のようにその一瞬を写す機械としては機能しません。いつもご厚意をいただいているのに、力及ばず申し訳ございません……」

「……すまない、ラニ。申し訳ないのは、こちらの方だ。顔をあげてくれ。力を入れて作った設計書だが、俺がいたらなかったばかりに君の自信を無くしてしまったようだ」


 言葉を掛けられても未だうついたままのラニと、それをなだめるシュジュアを黙って見つめていたが。



 ──設計書通りのものを作り出す?


 しかも、ここに並べられている数多の品物を設計書を確認するだけで作り出すことができるなんて。

 そして、あの特殊加工の窓ガラス。

 ここはこの小説バイブルの世界で本来、まだ作られていない・・・・・・・・・モノが数多に実現している。

 まさに宝物殿だ。


 いくら発明家といっても、発明品には何度も失敗があった上での成功があるはずだわ。

 それがこんなに、成功品に満ち溢れているなんて。


 まさか、彼は──。



「……もしかして、ラニは"魔法使い"ですか? 」

「……。隠蔽いんぺいは無用なようだな。……そうだ、ラニは"魔法使い"だ。だがあくまで優れた発明家という名目で、俺が外部から保護している。だから、ラニの発明能力の実態は機密事項だ。このことはくれぐれも他言無用にしてほしい」


 ───"魔法使い"。

 まさか、子爵令嬢のユリカ以外の"魔法使い"に会う機会があるなんて──。

 "魔法使い"の存在は希少で、血筋に関係なく表れる異能だ。

 その異能は様々に至り、その方法も手段も"魔法使い"それぞれだ。


 "魔法使い"は自分の存在を隠し通してひっそり生きているとは近頃習い始めた勉学で学んではいたが、大貴族の後ろ盾に護られて異能をふんだんに使用しているとは。

 まさかシュジュアお抱えの"物作りの達人"が、ヒロインのユリカと同じ"魔法使い"だったなんて。


 とはいえ、せっかくの"魔法使い"の能力をこうして垣間見かいまみれたのに、その作った物が一昔前の写真機とはと心の中で少し残念がってしまった。

 だが、ふと突然私は(ここはカメラの存在を知っている私が力になれるのでは?)と思いいたる。


「その写真機の改良、私ができるかもしれませんわ」

「……リーゼリット嬢、君が写真機を改良できるだと? この写真機は俺が誠意工夫した設計書で作ってもらったものだ。それでも、一瞬で写す機械まで作るのは駄目だったのだ。そんな残念な結果に終わったものを、君は一体どうしようとするんだ?君に一体何ができる?」


 シュジュアは完全にいぶかしげな目を向けてくる。

 推しからの威圧はすごい。

 だけど今こそ、少しでも推しに協力することで、私自身が無害であることをアピールする機会だ。

 ここは精一杯頑張らなければ、と私は気合いを入れる。


 シュジュアには渋られてしまったが、ラニの一声で大きな紙と鉛筆を渡される。

 だが改良案こそ出てくるが、つい先日まで"ポンコツ令嬢"だった私に、きちんとした設計書なんて書けないので肝心なところで伝わらない。

 必死に仕組みをアピールするが、なかなか伝わらなくて次第に焦ってくる。


(ああもう!! せっかく紙と鉛筆を貰ってもぜんっぜん伝わってほしいところが伝わらないわ…! かくなるうえは───)



 私はこうなったらラニ本人に描いてもらおうと決心し、一緒に鉛筆を持とうとしてラニの手を取る。

 ラニは私に持たれた片手を見て驚いたが、一瞬の間を置いたあと、不意に異様にびっくりした様子で私の顔を直視する。


「──リーゼリット様!? 私の手をいきなり持たれるとは驚くではないですか。──っは!! これは……これは一気にインスピレーションが浮かんでくる!!」


 そう言った途端に、ラニは私の持っている手とは別の片手を、私の書いた机の上の設計書辺りにかざす。

 その瞬間、かざした手から少しずつ実体を持った品がほんの少しずつ現れてくる。


 小一時間後、先程少しずつ実体を持って現れた品が、私が頭の中で想像をしていたカメラと同じだと判明する。


「「これは───」」


 シュジュアとラニの声が重なる。


「……そう、これが私の提案していた写真機になります! この写真機なら、写したいモノのその一瞬を撮ることが可能です」


 まさか手を繋ぐだけで伝わるなんて、こんなことなら慣れない設計書を書こうとせずに最初からそうしておけば良かった。

(シュジュア様も、教えてくだされば良かったのに~~!)と不満に思いつつ、シュジュアを見ると、どうやら私は異様な目で見られているのに気づく。


「(……ありえない。ラニは設計書がないとその通りに作れないのに。しかも、この写真機の小型でシンプルな形なのに緻密ちみつそうな作りはなんだ。これはただの改良などではない。全くの新作だ。なぜなんだ。なぜ……)」


 何やらシュジュアは、ブツブツと小声でつぶやいていた。

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