07話 依頼に同行します -3-

【彼女はいったい、何者なんだ───】


 その考えから、シュジュアは頭が離れない。

 よりによってシュジュアは先程、今まで見てきた神秘よりも、さらなる神秘を垣間見てしまったのだ──。


(ラニは設計書に目を通して、それを見たままに手をかざして作り出す。先程のように、頭の中で想像したものの感覚の共有などできはしない)


 それに──。


(しかも、精細なものを作るのには、少なくとも丸半日はかかる。それをたった小一時間で完成させてしまうなんて──)


(「シュジュア様。……シュジュア様!」)



 *****



 シュジュアはブツブツと呟くこともやめて、しばらく黙って考えにふけこんでいると、私に声を掛けられていることにようやく気づいた。


「……シュジュア様! やっと気付いてくださいましたか。ほら、これで写真機ができましたわ! ですので、いざ撮影をしてみて使用が可能でしたら、実践じっせんに移せばいかがでしょうか。そして、今度こそジオの動向を調査しに行きましょう」


 ラニがおろおろと何か言いたげな様子をしていたが、シュジュアはそれを手で制して私に話しかける。


「……そうだな。実際に動作を確認してみて、その一瞬を写すことが可能な代物であれば、これを使用して調査にあたってみよう──」




 私とラニで作ったカメラ、──もとい写真機はそれはそれは便利な品物だった。

 一瞬を記録し、保存することができるのだ。

 便宜上べんぎじょうでいうのなら、撮影するのに十数分の時間がかかる一昔前の写真機の比べ物などではない。

 写真機が実際に使える物であることを確認して、シュジュア、シュジュアの護衛、私、私の侍女の4人でとある現場に向かった。



 万が一、誰かに追跡しているのがわからないように、途中で馬車を降りて徒歩でその場所まで歩いて向かった。

 辿り着いたそこは──とある貴族のお屋敷の別邸であった。


「ジオがここの別邸に出入りしている形跡があることは調査でわかっている。彼はここの邸宅に入っては、夜になるまで帰らない日が続いているようだ」

「既に調査でそこまでわかってらっしゃっていたんですか? もしかしなくても、私はこの追跡調査に必要なかったんじゃ……?」


 そう言おうとすると、シュジュアの美しい微笑に思わず黙ってしまう。

 それ以上の苦言は言わずに、貴族の屋敷に入ろうとすると、あきらかに怪しげなことをやっていますと主張するくらいに何人もの見張りがいる。


「見張りを上手くかわして、別邸の中に入ろう。今日はひとまず現場の撮影だけをして、終わり次第解散するとしよう。さぁ、こっちへ」


 シュジュアに促されるままに、見張りの目を抜けて、中にそっと入る。

 その屋敷の一番大きな部屋に──ジオはいた。

 その辺り周辺には乱雑に、絵画、骨董品、アクセサリー、ドレスなどの価値あるものが、たくさん置かれているのが目に入る。


(「ほらっっ、次の品物も早く鑑定しろ!!」)


(「……はぃっっっ、わかりました……。……こちらの品物は恐らく──が描いた品物で、──なのが特徴です。相場としましては、──くらいかと……」)


(これは……あの子に宝飾品を無理やり鑑定させているということ? ……そういえば、以前シュジュア様の事務所を眺めている際に、宝飾品の盗難が相次いでいると淑女方が会話していたわね)


 ということは──。


(その盗難された宝飾品がここに集められて、ジオが鑑定で見定めた品物をどこかの貴族に売る算段ってところかしら?)


 今日の出来事は、肝心の小説バイブルに載っていないことばかりが起こりすぎて予想がつかない。

 ラニが作った写真機で、シュジュアがこの場を撮影して証拠しょうことして残したいことまではおおかたわかるが、この後の予測ができないので指示通りに動くことにする。



 私がこの場の出来事を考察しているうちに、あらかた写真機で撮影し終わったのか、シュジュアが退散の合図を出してきた。

 その合図を確認して、急いでその場を離れようとする。

 ──その瞬間、乱雑に置かれた絵画の額縁がくぶちに私のスカートがひっかかって、大きな絵画が音をして倒れる。

 その大きな絵画に合わせて、乱雑に置かれていた宝飾品が、音を立ててドミノ倒しのように倒れていく。


「……ほらっっ、その鑑定が終わったらさっさと次を……。……なっ、なんだ!? 何が起こった!? ──っっ、何者だ!!!」


 ジオの横にいた恰幅かっぷくのいい、ジャラジャラとした趣味の悪い服を着た男がこちらを凝視する。


「──何故ここがわかった! そこにいるのは……これはこれはキュール公爵閣下のご子息のシュジュア様ではありませんか。どうしてこちらの屋敷まで?」

「……なんだ、俺の素性が知れているのか。なら、話は早いだろう。──貴方の目的は、既にこちらにはわかっているんだ。ここはおとなしく縄についてもらおうか」

「なっ! これはっっ……事情がございまして。見逃してもらえませんでしょうか?」


 情報通として有名なシュジュアは、キュール公爵家の次期跡取りかと有力視されている長男マリウスよりも、表舞台に出ていることが多くて有名であった。

 だから、一貴族が顔を知っているのも無理はない。



 だが、その後の交渉が上手くいかないことにれたジャラジャラ男は、説得を諦めてブツブツと喋り出す。


「(……そうだ、こんなところにキュール公爵家のご子息が来る訳がない。しかも、あの方は騎士団でも民兵でもなんでもない。では、この者はご子息に似た誰かだ。そうなんだ、そうに違いない)……見張りの者、あやつらを殺せ! 一人も生かすな!!」


 その言葉と共に見張りの者が、一斉にこちらに向かってきた。

 だがそれを、シュジュアとその護衛の長剣と、私の侍女の短剣が軽くいなしていく。

 はじめは余裕の表情をしていたジャラジャラ男も、どんどん必死な形相になっていく。


「ええい、何をしている! 早く殺さんか! ……そうだ、あそこに突っ立っているあの女だ!!あの女を狙え!!」


 ジャラジャラ男が、その場に立って状況を考察していた私を指さす。


「お嬢様!!」


 その言葉に私の侍女が即座に反応するが、ほんのわずかに早く見張りの1人だったイカつい男が私の手を捕らえる。

 そして私の手を持ったままに男は手を上に掲げ、私は宙ぶらりんの状態になる。


「──!? ……うぅっっ 、いだっっ!!」


「……ははっっ、どうだ! その女の命が惜しくば武器をおろしたまえ!!」


 その言葉にシュジュアとその護衛がアイコンタクトをする。

 ほんの少しの間、シュジュアの護衛が大変渋るような表情をしたが、ジャラジャラ男の言葉に従い長剣を床に置く。

 それに続き、私の侍女も不服な表情をしたまま短剣を床にころがす。

 それに気を良くしたジャラジャラ男は、高笑いをする。


「さぁ、今だ!! 今のうちに、あいつらをころせぇ……えええ!?」


 その言葉とほぼ同時に、シュジュアは体術でいとも簡単に私を宙ぶらりんにしていた男をぶっ倒し(そのままの意味でぶっ倒して床とこんにちはさせた)、そのうえで私を助けてくださった。

 助ける際にシュジュアは私の手を取って、先程まで掴まれていた手首に目をらす。

 その後さらりとリーゼリットの手を離し、ジャラジャラ男に向かってズシズシと音がなっているかのように歩いていく。


「色々と手こずらせてくれたね。悪いけれど残念ながら、貴方の罪状はもう王宮まで上がっているんだよ。……君たちは泳がされていただけだ。もうすぐ、騎士団もくる。──もう一度言う。おとなしく縄につけ」


 既に見張りの者だったものは、シュジュアの護衛と私の侍女の手によって、いつの間にやら全て戦闘不能状態だ。

 しばらくして、目の前の光景と先程の言葉をようやく飲み込めたようらしいジャラジャラ男は、明らかに肩を落として先程来た騎士団に連れていかれていった。




「……今日は写真機で証拠を撮影するだけじゃなかったんですか? そもそもこの事件についても、初めから知っているような流れでしたが」

「俺が辺りの事情は調べあげて、おおよその予測は付いていたからね。ああ、王宮に報告が上がるように調整したのも俺だよ」

「……騎士団がくることにつきましては?」

「念の為、というものがあるからね。先に要請していたんだよ。もともと君は何かしら、ハプニングを起こすことで有名だしね」

「……やっぱり初めから私はいらなかったんじゃないですか? ……この私を試したんですか?」

「いや、君を試したつもりではなかったんだけどね。うーん……ノーマン侯爵家には上手いこと借りを作るつもりだったけれども、この結果では逆に貸しを作ることになってしまいそうで残念だね」


 しれっとした口調だが、心配そうな雰囲気で私の片腕を見る。

 そういえば、先程腕を思い切り掴まされたせいで手首に痣ができたし、正直肩と腕はとても痛い。


「助けていただけたのは大変有難いのですが、色々黙ってらっしゃったのには少々怒りが込み上げてきますわ。……泳がせていたとおっしゃっていましたけれど、先程の者は騎士団に渡してしまって良かったのでしょうか?」

「それに関しては、俺は今後謝罪の意を示すしかないね。……ボスという奴かな?それがまだわかっていなくてね。(……まぁ、大方の予想はついているのだが。このままでは今回もまた、足元は掴めなかったな)」


 私のふつふつとした怒りの笑顔に、シュジュアは肩をすくめた後、またブツブツと聞こえない声で何かを喋っている。

 どうやら私の推しは、一人の世界に入るのが趣味らしい。


 そうして私がシュジュアと話していると、1人の子ども──ジオがこちらに向かってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る