03話 小説を拾いました -2-

 私の愛する小説バイブルでは、侯爵令嬢リーゼリットは最後の退場時まで、とんだポンコツ悪役令嬢だった。

 だけどそのせいか読者からは、悪役令嬢なのにも関わらずどことなく可愛らしいとの評判で、なぜか少なからずの人気があった。


 私が今、手に持っているこの小説バイブルは、1巻のダリアン王子ルートだ。


 乙女向け小説『魔法使いと聖なる夜』──。


 ヒロインであり"魔法使い"である子爵令嬢のユリカはある日、シェイメェイ王国第1王子ダリアン殿下たち攻略キャラクター4人と運命の出会いを果たして、この国の危機に立ち向かう。


 6月半ばとなると、たしか今はユリカが"魔法使い"であることをダリアン王子が密かに発見して、興味を持っていくうちに徐々に仲良くなっている最中だった。

 木に登って降りれなくなった猫を助けるために、ユリカが『猫ちゃん、私の手に降りてきて』と猫に声をかけると、その通りに猫が手の中に収まっていくのを偶然見かけるのだ。


 この国では、"魔法使い"は希少であり、貴重である。

 前世で"魔法使い"といえば、火や水、風などを扱うイメージではあるが、この世界ではこの世の神秘を司る者の総称だ。

 その"魔法使い"の実力や能力次第にはよるが、『明日、天気になあれ』と願えば本当に天気になるのがこの国の魔法だ。


 この世界の"魔法使い"は、少数派ではあるものの表立って迫害されることなく暮らしている。

 それは200年前の建国時代に、偉大なる"大魔法使い"が存在していたからだ。

 "大魔法使い"への信仰が厚いこの国では、"魔法使い"も神聖なる存在なのだ。




 そもそも私は、今までの数々の悪行がとことん失敗しているせいで、今のところは実質ダリアン王子とユリカに見逃されているだけの状態じゃない?

 ユリカいびりを今のうちに止めて、悪意のないことを示せば、もしかしたらちゃんと学園を卒業できるんじゃないかしら?

 もしこのまま停学処分を言い渡されるとしても、その後学業をひたすらに頑張れば退学は免れるかもしれない──。


 よーし、まず当分の目標は、ダリアン王子とユリカとの関係は黙認して、陰ながらこっそり応援することだわ。

 前世を思い出した今となっては、ヒロインの子爵令嬢ユリカの恋愛事は、むしろ歓迎ムードの気持ちになっている。

 それになんだか、ユ・リ・カの名前の響き? やその見た目に、どことなく親近感が湧くのよね。


 ヒロインのユリカには、様々な困難を乗り越えて貰って、小説バイブル通りに攻略キャラクターの誰かと結ばれてくれたら普通に嬉しいわ。

 今のところは、ダリアン王子ルートを順調に進んでいるようだけれど、このお話は番外編といった続刊や特典小説で他の3人のキャラクターとの分岐ルートがあったんだったわね。

 どのルートに進んでも、彼女は攻略キャラクターたちの心の支えとして共にあり続けるでしょうし、それがユリカのヒロインとしての役割だと思っているわ。



 そう感じた日こそが、実力主義のこの異世界で、ダリアン第1王子が必ず跡目を継ぐことを信じてやまなかった"わたくし"という悪役令嬢から。

 前世の"わたし"を思い出して、小説バイブルの世界に転生したことを自覚した"私"に変わった日だった──。



 *****



 それから私は、ダリアン王子の追っかけをすんなり止めて、しばらく大人しく勉学に勤しむことにした。

 他の学生は私の突然の変わりように仰天ぎょうてんしたようだが、"ポンコツ令嬢"のドジに巻き込まれたくなくて取り巻きすらいなかった私には、誰も遠目で見るばかりで、声を掛けてくる勇気ある者はいなかった。


 このまま何も問題を起こさずに勉学に励めば、ちゃんと学園を卒業できるはず。

 そう信じて、私は今日も机に向かって、今までサボってばかりで遅れに遅れていた学業の知識を取り戻していた。



 ただ。

 ただただ、そういえば──。


 今まで思い出したその他にも、何か前世でどうしても忘れたくない事柄があったような──。

 元々私は、第1王子であるダリアン王子よりも、他のキャラクターたちが好きだったような──。


 好き?

 好き、という言葉ではなかったはずだわ。

 好き、ではなくて…………推している?

 ───推し?

 ───そう、推しよ!!!!!

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