45話 悪役に誘拐されました -2-
その衝撃の事実に、私は動揺を隠せなかった。
「名前がない……ですって?」
2人は諦めがついたように話しだす。
「……奴隷に名前なんて、あるわけない。いつも『おい』や『お前ら』だけで、終わりさ」
「ずっとこの地下牢にいたわけではないけれど、ここでの扱いが変わったためしがないです」
どうやら、この2人は相当酷い扱いを受けてきたようだ。
名前がないなんて……いくらなんでも酷すぎる。
「子どもの頃からここに連れてこられて、日の目を浴びたことなんて一度もない。だから、こいつ以外の人間なんて信じられない」
「ぼくもこの子と同じで、子どものころからこのお屋敷に連れてこられたんです。このお屋敷の人は誰も、ぼく達を人間として扱ってはくれなかったので……今も怖いかな」
「そうだったのね……。私としたことが、軽率に聞いてしまってごめんなさい」
私は少年少女の2人に謝る。
そうすると、今まで謝られたことなどなかったのか不思議そうな顔をしている。
「なんで、あんたが謝るんだ? それが、奴隷になっちまったあたしの日常なだけなのに」
「ぼくもよくわからないです。奴隷として捕まってからは、これが当たり前だったので」
余程の長期間、奴隷としてつかまってきたのであろう。
いつの間にか、奴隷であることが当然になってしまったようだ。
私はどう言葉をかけていいか悩んでいたが、自己紹介ついでに提案をすることにした。
「紹介が遅れたけれど、私はリーゼリットよ。よければ、貴方たちの名前を命名させてくれないかしら?」
2人はその提案に茫然としている。
「あんたがあたしの名前をつけるのか?」
「お姉さんがぼくに名前をつけてくれるの?」
「名前がないと不便だわ。貴方たちが嫌なら無理強いはしないけれど」
2人は顔を合わせて、コソコソと相談している。
「いいさ、つけろ。ろくでもない名前なら、承知しないからな」
「ぼくも自分の名前はほしかったので……よろしくお願いします」
2人から承諾をされた。
同じ人間にいざ名前を付けるとなると緊張するが、私は考えた名前を話す。
「──じゃあ女の子の方はノラちゃんで、男の子の方はカイ君でどうかしら?」
2人はぼーっとしていたものの、やがてしっくりきたようで了承してくれた。
「あたしの名前はノラ………ノラ。わかった、ノラでいい」
「ぼくの名前はカイ………ですね。はい、カイでお願いします」
(野良猫と飼い猫のイメージから生まれた名前ってどうなのよね……。我ながら、なんとも目に余るセンスだわ)
「了承してくれてありがとう。では、よろしくお願いするわね。ノラちゃん、カイ君」
「その、ちゃん付け恥ずかしいからやめろ! あたしはこう見えて、あんたと同い年ぐらいだぞ!」
「ぼくは君付けでも構わないです。年齢とかは、あまり気にしないので」
そういえば、2人の年齢を知らなかった。
勝手に私より若いと思っていたが、違うのだろうか?
「ちなみになんだけれど、ノラとカイ君は今自分が何歳かわかるかしら?」
「あいつがここにあたしたちを連れてきて、10年経ったって最近言ってた。だから、今年で恐らく16歳」
「ぼくもここに同時期に連れてこられたから、ノラと同じく16歳だと思います」
(まるっきり、同い年じゃない!!)
同い年でありながら、ノラとカイの奴隷生活が10年であることに愕然とする。
「……私も、ノラとカイ君と同い年の16歳だわ」
「だろー。言った通りじゃないか」
「先程話した通り、ぼくはあまり気にしないので大丈夫です」
まだまだ知らないことばかりだが、最初よりは打ち解けて気がする。
ここであらためて、当初の提案をする。
「ノラ、カイ君。私に手当てをさせてくれないかしら? それから、ここからの脱出方法を考えてみるわ」
「フン、勝手にしろ。……脱出するのには、地下牢から出れてもあとが大変だぞ」
「よろしくお願いします。ぼくも何度かノラと脱出方法を考えていましたが、脱出後の折檻を経験してからはもう……」
手当て自体は受け入れてくれるようになったが、ノラとカイの2人とも脱出に関しては消極的なようだ。
これは脱出後の動きについても、考えた方が良さそうだ。
私はノラとカイに手当てを施して、着替えさせていく。
「ところで、貴方達の魔法は何かを教えてもらってもいいかしら?」
「あたしは爆発効果のある魔法」
「ぼくは流水魔法です」
(どこかで聞いたことのある魔法ね……。──そうだわ! 伯爵令嬢ガーネットが持っていた、小さな丸玉の中に凝縮されていた魔法!)
ロイズ公爵は奴隷"魔法使い"を使って、あの小さな丸玉を作っていたわけだ。
つくづくロイズ公爵は、ろくでなしの男のようだ。
地下牢から出たら、どうにかしてでもロイズ公爵を懲らしめてしまいたい。
ノラとカイの手当てと着替えを終わらせると、ロイズ公爵とは別の男が食事を持ってくる。
「ほら、食え。お前らに飢えられると困るからな」
「おい! 今度はいつ出してくれるんだよ」
ノラがその男に食ってかかる。
「さぁな。今はいろいろと立て込んでいるようだから、いつ出せるかはわからんな」
(いろいろと立て込んでいる? 何かあったのかしら?)
それだけ言って、男はさっさと地下牢から出ていった。
それから、どれくらい経ったのかわからない。
楽な座り方をして体力を温存していると、ふと天井でバタバタとしている音が多いのに気付く。
「なっ、なんだなんだ!」
「こんなに、天井の音が激しいのははじめてですよ!」
「そうなの!? いったい上で、何が起こっているのかしら?」
ノラは慌てふためいているし、カイもかなり動揺しているようだ。
かくいう私も、何が起こっているのか不思議で仕方がない。
天井でバタバタとしている音は止まらず、そのうちの1つの足音がこちらに近づいてきている気がする。
その音に、ノラとカイは肩をビクリと震わせて怯えている。
1つの足音は大きな音を立てて、確実にこちらに向かってきている。
私は警戒心を強めて、ノラとカイを護るかように前に出る。
「ヤバい奴が降りてきたらどうするんだよ! あんたはただの人間なんだから、後ろに下がってろ!」
「そうですよ! ぼく達は"魔法使い"で、利用価値があるので殺されたりはしませんから!」
「私も問題ないはずよ。それに怪我人を前に出すなんて、あってはならないわ」
(でも、私は人を護る
そのとき、地下牢の入口が開かれる──。
入口から入ってきたのは──。
「……ターナル様!?」
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