44話 悪役に誘拐されました -1-

 季節はそろそろ冬となる11月。

 もうすぐ学園祭である。


 漫画はなんとか描き終わりに近づいてきて、それが完了次第製本作業だ。

 歌唱も前よりは、音程をとれるようになってきた……と思いたい。


 今日も学問を学びに、学園へ登校しようと乗ってきた馬車を降りた。


 そのはずであった──。


 私は学園に入ろうとすると同時に、突然目の前が真っ暗になる。


 何事かと思っているうちに、身動きを取れなくされて、私の意識は途絶えてしまった──。



 *****



 そんな私──リーゼリットは、今どこにいるのかというと……。


「ここは……地下牢?」

「その通りだよ、ノーマン侯爵令嬢。ようやく気がついたね……薬が強すぎたか」


 私はいつの間にか、足枷を嵌められて牢の中に閉じ込められていた。

 牢の中は暗く、目の前の男が持っているランタンが唯一の明かりとなっている。


「貴方はたしか……すみません、誰でしょうか?」

「この私を知らないのかね!? いやぁ、最近の若い者は」


 そんなことは言われても、わからない人はわからない。

 小説バイブルの挿絵にも、こんな顔の人はなかった。


「ロイズ公爵の名を知らない者はいるまい。それが、この私だ」

「……………ロ、ロイズ公爵ぅ~~~!?」


 小説バイブルの中でも、悪役で超有名人の人ではないか。

 カドゥール第2王子を抹殺した犯人。

 その他にも余罪が諸々で、悪事という悪事には全て手を出している人物。


「なんだ、そんなにも知名度が高かったかな。私の顔は知らないようだが、見る目があるではないか」

「ソウデスネ(悪い意味で、知名度が高いのですが……)」

「ん? 何か言ったかね?」

「イイエ」


 前世の"わたし"が『完全な悪役のおじさんなんて描きたくない!』と、駄々をこねたのが悪かった。

 そのせいでロイズ公爵は、ろくでもない男を集約した顔になっている。


「それより、これはいったいどういうことでしょうか?」

「ん? わからないのかね。散々、私の邪魔をしてくれた結果だよ」

「……邪魔なんてしましたでしょうか?」

「闇市や闇オークションにかける宝飾品。ガラティア侯爵家保有の"聖石"。それに、キュール公爵家の"ホープ"かな? 邪魔立てさえしなければ、君をもっと丁寧に扱ったものの」


 シュジュアがジオを助手とするきっかけになった、宝飾品盗難事件。

 ターナルやメルと共に"聖石"を守るために立ち向かった、盗賊事件。

 シュジュアが粉骨砕身ふんこつさいしんする理由であった、キュール公爵家の家宝である、宝玉"ホープ"の紛失事件。


「あれは全部、ロイズ公爵の仕業だったんですか?」

「勝手に下僕どもがやっただけのことさ。私は何も手を出していないよ。そういうわけで、──伯爵の娘のガーネットやモジュール伯爵夫人に、"スモール"を渡して君を始末しようとしたんだが……」


 "スモール"。

 小説バイブルに書いてあった、ロイズ公爵の必殺兵器。

 カドゥール王子を抹殺した際にも、使用したとされる。


(あら? ガーネットやモジュール伯爵夫人って、そんな物騒な代物を持っていたかしら?)


「どうにもしぶとくてね。いかにして排除しようか考えているときに、君の能力を知ったのさ。我が娘、ゲネヴィアを快復させたのはノーマン侯爵令嬢、君だろう?」

「ど、どうしてそれを……」

「やはりそうなのか。興味深い娘だよ、ノーマン侯爵令嬢。排除しようと考えていた君に、私にとって存在価値ができたんだ」


 ゲネヴィア第1王太子妃が今にも倒れそうだった時に、ユリカとカルムと共に歌った三重唱トリオ

 そのときに私は、"魔法使い"の魔法を向上させる能力を使って、第1王太子妃の心痛を全快させた。


「"魔法使い"の魔法を強力にさせる能力。非常に価値のある力だ。だから、君を誘拐して、その力を私のために役立ててもらおうと思ってね」

「誰がそんなことをするものですか」

「……強情そうな君なら、そう言うと思ってね。無理やりにでも、従いたくなる理由を作ったのさ」


 ロイズ公爵は、ランタンの明かりを私の後ろに灯す。

 すると、2人の少年少女が現れる。

 少年少女の体は、見事にボロボロだった。


「そこの2人は、私の奴隷"魔法使い"だ。君のために、少々痛めつけてやった。その2人の面倒でも、看てやるといいだろう」

「卑怯なことを!!」

「卑怯? 方法や手段を選んでいたら、得るものも得られないだろう? ゆえに、君はここで私のために行動するのが正解なのさ」


 ロイズ公爵は心からそう言っているようで、言葉に迷いがない。


「替えの服とタオルと塗り薬は置いておく。それで、少しは慰めてやるといい。私も、その2人を失いたくはないのでね。」

「その前にやるべきことがあるでしょう!?」

「やるべきこととは? その2人は、奴隷"魔法使い"だよ? 公爵である、私とは人種が違う。ああ、君はノーマン侯爵令嬢だったかな? ならば君が、やるべきことさえやってくれれば優遇してやるとも」


 駄目だ、ロイズ公爵とは話が通じない。

 それこそ、この男と私は人種が違うのだ。


「明かりもここに置いておいてやろう。必要なものは、別の者が持ってきてくれるようにしておいてやる。それでは、またあとで」




 ロイズ公爵は言いたいことだけ言って、地下牢から去っていった。

 私は"魔法使い"2人と共に、地下牢に取り残されてしまった。


 おそらく、地下牢は私の手では開かないだろう。

 それに、下手にロイズ公爵を刺激するような行動については、少なくとも今はするべきではない。


 ここに連れてこられたときに乱暴に取り扱われたのか、体中がとても痛いが、ボロボロの"魔法使い"を放っておけるわけがない。

 私はロイズ公爵の誘導通り、"魔法使い"2人を介抱することにした。


「やめろ! さわるな!!」

「そんな言い方で拒絶しちゃ駄目だよ。ちゃんと手当てしてもらおう?」

「あたしはおまえ以外の人間は信じない! それに"魔法使い"以外の人間は敵だ!」


 一人の少女はかなり警戒してきたが、もう一人の少年は大人しくされるがままになっている。


「別に信じてくれなくてもいいわ。でも、貴方たちの体が心配なのよ。手当てをさせてちょうだい?」

「嘘だ! そうやってまた、あたしたちをこき使うつもりなんだろ!」

「この人だって捕まっているんだ。あの人たちとは違うはずだよ」


 このままでは、私を除けて少年少女2人で喧嘩をし始めそうだ。

 私は2人の仲を裂きたくはないので、言い争いを止めようとする。


「私のことを警戒するのは仕方ないわ。当たり前のことだもの。でも、2人で言い争いをするのはやめてちょうだい。あとできっと後悔することになるわ」

「上から目線で喋るな! 何も知らない、お貴族様の癖に!」

「だから、そんな喧嘩腰じゃ駄目だって。ごめんなさい、お姉さん。この子はいつもこうなんです」


 私は困り果てた末、1つの質問をする。


「そういえば、貴方たちの名前はなに? よければ、教えてくれないかしら?」


 その質問をした途端、2人が狼狽うろたえている。


「あたしに名前なんて、あるわけだろ!」


「ごめんなさい、ぼくに名前はないんです」

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