34話 閑話 -1- ~ユリカ視点~

 ──ある日の放課後。

 学園内のカフェテラスにて、通算2回目のリーゼリットと会う約束をしていた日のことだ。


「ユリカさん、お願いがあるの!!」


 わたし──ユリカは、リーゼリットと手を繋いで、魔法を使う練習を少しだけしたあとの話だった。


 侯爵令嬢リーゼリットは、わたしにものすごい勢いで頭を下げてきた。

 その勢いに、わたしはたじろぐ。


「落ち着いてください、リーゼリット様。人がほとんどいないとはいえ、流石に目立ちます」

「でも、貴女にしか頼めないことなの! 悪いけれど、本気なのよ!!」


 リーゼリットからの圧が強い。


「わかりましたから……。まずは内容をおっしゃってくださいな」

「ありがとう、ユリカさん。恩に着るわ!」


 リーゼリットは、わたしに意地悪をしていたころから、なにかと圧が強かった。

 そのお陰と言っていいのかはわからないが、わたしはいびってくる相手への対抗意識が芽生えていった。



「実は、ユリカさんにはダリアン様を含めて、3人のお心を癒してもらいたいの」

「3人の心を癒す……ですか?」


 わたしは"魔法使い"ではあるが、別に癒すのが得意な魔法を使用するわけではない。

 それにまだ……魔法を使うのはなんだか怖い。


 以前に人を溺れさせて、危うく殺しかけてしまったことがあるのだ。

 リーゼリットと手を繋いでいる間はなぜか安心できて、普通に魔法が使えるのだが、そのとき以外はまだ使用したくない気持ちが強い。


「ああ、魔法は使わなくていいのよ? 貴女にはただ、貴女と親しい人の心を和ませてもらえればと思うのよ」

「わたしと親しい人?」


(わたしと親しい人って誰だろう? 確かにダリアン殿下とは、仲良くさせていただいているけれども……)


「あとの御二方は、シュジュア様のお兄様である3年生のマリウス様。ターナル様のお兄様である3年生のザネリ様よ」


 どうしてリーゼリットは、わたしの交友関係を知っているのだろう。

 その御二方は、ダリアン王子からご友人として紹介された2人だ。

 マリウスとザネリとは、紹介されたあとの今でも仲良くさせてもらっている。


「どうしてリーゼリット様は、その御二方とお知り合いなのを知っているのですか?」

「えっ、えー……と、シュジュア様とターナル様から聞いたのよ。おほほほほほ」


 嘘のような気がするが、答えてもくれなさそうなので話の続きに入ることにする。



「ダリアン殿下とマリウス様とザネリ様ですか? なんで、その御三方の心を癒すのですか? 御三方とも元気でいらっしゃいますよ」

「元気にみえて、元気じゃないこともあるのよ。人間、葛藤というものがあるでしょ? もっと深く関係を持たないと、見えてこないものもあるわ」


 たしかに深い関係を持たないとわからないこともあるが、なんでリーゼリットは、わたしにそれを言うのだろう。


「その深い関係を持つのがなんでわたしで、なんで相手がその御三方なんですか? 学年も違いますよ」

「学年が違ってもよ。貴女だからこそ、できることなの。貴女にしか、見えないこともあるの」

「はぁ……」


 本当にそう思っているようで、リーゼリットの目は言葉通り本気だ。

 リーゼリットはわたしを過大評価しているんだろうか。


「別に無理に、癒そうとしなくていいの。普通に会話をしてもらえるだけで十分だわ」

「普通に会話ですか。それなら、今もさせてもらっていますが──」



 そう言われてみれば、日常会話はしたことあるけれど、わたしから踏み込んだことはなかった。


(そういえばわたし、ダリアン殿下にも、マリウス様にも、ザネリ様にも、護られてばかりだった。この前のガーネット様のときもそうだったし……)


 いつの間にか、護られるのが当たり前になっていた。

 ダリアン王子に、マリウスに、ザネリに、優しくされるのが日常になっていた。


「そういえばわたし、ダリアン殿下やマリウス様やザネリ様に、わたしから踏み込んでお話をしたことがありませんでした。いつも……いつも護ってくださっていたのに──」


(わたし、何もお返しできていない……!)


「──わかりました。やれるだけやってみます。いくら魔法を使いたくないからって、護られるだけの女性にはなりたくないので」

「────!! ありがとう、ユリカさん!! 本当にありがとう!!!」


 やっぱりリーゼリットは、圧が強い。




 それからリーゼリットは、わたしに刺繍の入ったハンカチを渡してきた。

 以前渡したハンカチのお返しだろうか?


「これまで私、ちゃんと謝罪したことなかったわよね。今までいびり倒してしまって、本当にごめんなさいね」

「謝罪はいりません。態度で受け取りましたから」

「そういうわけにはいかないのよ。ハンカチも貴女と違って上手ではないけれども、ちゃんとステッチも勉強したわ」


 よく見ると、リーゼリットの指には努力の印が窺える。

 わたしへの謝罪のために、刺繍を勉強したのは本当のようだ。


「それと軟膏よ。手に塗っておきなさい。いつまでも、絆創膏ばかり付けていると余計に荒れるわ」

「ありがとうございます。この手は以前机の中に、画鋲や釘を入れられていたことがあって……」


 リーゼリットは悲しそうな目で私を見る。


 学園の同学年の女性で親身になってくれた相手は、リーゼリットで2番目だ。

 1番目の男爵令嬢の子は、はじめは仲良くしてくれていたものの、一緒にいじめられるようになってからは自然と離れていった。


「そんな顔をなさらないでください。ガーネット様はダリアン殿下が対処してくれましたし、もう終わったことなので」

「そういうわけにはいかないわ。私も一歩間違えれば、同じことをしていたかもしれないもの」


 リーゼリットは私の絆創膏を丁寧に剥がし、軟膏を塗ってくれる。



「そういえば、"わたくし"が貴女をいびっていた頃の話だけど……」

「なんでしょうか?」

「その……階段で、貴女のお胸を……揉んでしまったことがあったわよね?」


 わたしは、そのころのことを思い出す。

 リーゼリットに、屋上間際の階段に呼び出されたときのことだ。


 あのときのリーゼリットは、どうやらわたしを階段から突き落とそうとしたようだが、力が弱いせいで胸を揉まれただけで終わった。


「あのときのことは気にしていませんから。それより、そのあとの沈黙の方が辛かったです」

「本当に悪いことをしたと思っているわ。まさかあんなことになるなんて思わず、"わたくし"も何も言えなくなってしまったもの」


 あのころは入学して間もないのもあって、軽く胸を揉まれた程度で別にいちいち気にしていられなかった。

 リーゼリットからしたら、気にすることなのだろうがいまさらの話だ。


「そのお話も、既に終わったことですから」

「……貴女って、意外とドライなところがあるわよね?」


 そうなったのは、いじめられるようになってからだ。

 学園生活を送る上で、わたしがわたし自身を守るための方法だった。


 ドライにならないと、この学園ではやっていけなかった──。


「今日はありがとうございました。また、魔法の練習のお手伝いをお願いします」

「ええ、こちらこそありがとう。またお願いするわね」



 そうして、リーゼリットとわたし──ユリカとの2回目の話し合いは終わりを告げた。

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