33話 社交界デビューします -5-

 建国200年記念祭は特に揉め事もなく、無事に終わった。


 私が馬車に戻る際は、ヨボヨボのおばあちゃんみたいになっていた。

 会場をあとにするときの動作も緩慢であったが、なんとか馬車まで歩いてくることができた。


 今日はまさかの推し3人とダンスを踊ったことに、ずっとドキドキしていた。

 とはいえ、三回ダンスを踊っただけでこんなにフラフラになるとは思いもしていなかった。


 馬車に乗ったあとは、もう一歩も動けない状態になっていた。

 お父様はそんな私を微笑ましい目で見ている。

 一人娘大好きなお父様にとっては、どんな私も可愛らしく見えて仕方がないようだ。


 推し3人からダンスのお誘いをいただいたことはお父様にも伝わっているようだが、幸いにして何も言われなかった。

 ただ、馬車の中でひたすらにニコニコしているお父様が逆に怖かった。


 けれども、これからも推し達と交友関係を持っていいなら、それでよいことにしておこう。

 私は目の前のお父様から目を逸らして、現実逃避することにした。




 ノーマン侯爵邸に戻った私は、侍女に介抱をされつつ入浴を終えた。

 いつものようにベッドの中に入って、寝転びながら眠りつつ、今日の出来事に思いふける。


 ──今日の推し達は、なんだかいつもと雰囲気が違った。


 私をダンスにお誘いしてくれた。

 私をつつがなくエスコートしてくれた。


 それだけでも十分、私の心は満たされたというのに。



 シュジュアは、差し迫った様子で、緊迫した表情になって私に迫ってきた──。


 ターナルは、柔和な微笑みを見せ、私が照れるようなセリフを言ってきた──。


 ラドゥス王子は、屈託のない微笑みで笑って、私のことを案じてくれていた──。



 推しの皆が皆、今日の会場の雰囲気のせいか、様子がおかしかった。

 これは建国記念祭の浮ついた空気が、そうさせたのだろうか?


 確かにその部分はあるのかもしれない。

 実際に私はいつもより緊迫しつつも、どことなく新鮮な気持ちで挑んだデビュタントだった。


 ……でも、もしかしたらではあるが、"ポンコツ令嬢"の私──リーゼリットの影響を受け始めているのかもしれない。

 それが良い結果になるのか、悪い結果になるのかはわからないが、誰かと積極的に関わるということはそういうことだ。


 ならば、これが良い結果に転ぶと信じて、これからも原作改変に挑むしかない──。


 まだ推しのために、今はやるべきことすらやっていない段階だ。

 ちょっとやそっと、推しの態度が変わったからって喜んでいるべきではない。


 私はまだ原作で、推しが不憫な目に遭う出来事を何ひとつ回避できていない。


 そう、私は──。


 愛する原作のまま話を進めることよりも、愛する推しの笑顔を選んだ。

 推しの不憫な姿を愛おしく思うことよりも、推しの元気な姿を選んだ。


 だから、私を護ろうとしてくれるあの人たち3人の幸福を優先すべきだ──。


 決して浮かれているときではないのだ。

 今からこそが、正念場なのだ。


 これから関わってくる"大魔法使い"聖ワドルディと、その聖ワドルディが作成した"ホープ"について対策をしなくては。


 ──宝玉"ホープ"の悪用。


 ──"魔法使い"の始祖、聖ワドルディの衰弱。


 これを防いだら、きっとあの人達3人は救われるはずだ──。



 そう信じて、私──リーゼリットは"天啓"をくれた神様に願うように、手を組んで就寝した。




 ※※※※※




 ──我はふと目覚める。


 ここは我の他には誰もいない、静かな場所。

 そこで我は、ただ一人ひそかに暮らし続けていた。


 最近はなんだか、体がなまってなまって仕方がない。

 数百年もじっとしていると、やはり体に良くはなさそうだ。


 何百年と生きてきたからか、近頃は魔力が徐々に弱り始めていた。

 魔力が完全に枯渇こかつした場合、"魔法使い"は二つの人生のうちどちらかを辿る。


 一つは、"魔法使い"ではないただの人間に戻る。

 一つは、一気に衰弱し死に近づいていく。


 普通の"魔法使い"なら、前者の人生を辿る可能性が高いだろう。

 だが、我のような魔力で生きながらえている長寿の者は、枯渇すればひとたまりもないはずだ。


 魔力の弱りは、今までよりも随分早くなっている。

 今でも4つの"ホープ"に、力を使い続けているからであろうか。


 しかも誰かが、その"ホープ"に我に負担がかかるほどの願望を願ったようだ。

 その願望は、ろくでもない望み・・・・・・・・だ。


 だるくて起きたくはないが、そろそろ起きなければ願いが果たされてしまいそうだ。

 願いが果たされて国のバランスが崩れれば、亡くなった彼女をしのぶに偲ばれない。


 ──そうか……彼女が亡くなって、もう数百年も経つのか。


 今でも、彼女を思うと懐かしい。

 最後まで我を選んでくれなかった彼女だが、それでも愛おしかった。


 そうやって彼女を懐かしんでいると、ふと遠くの気配に気付く──。


 これは……これは──!


「──"聖なる乙女"の気配?」


 彼女か?

 いや、彼女はあのとき亡くなったはずだ。


 だとしたら──誰だ?


 この気配は、"聖なる乙女"であることに違いない。

 もう一度気配を辿るが、我の感覚に間違いはなかった。


 ──"聖なる乙女"は、いわば『歩く"聖石"』。


 "魔法使い"の力を飛躍的に上昇させ、意思疎通や感覚共有をもできる特異的な存在──。


 我は彼女と同じ存在である、その正体が気になって仕方がなくなる。

 彼女と同じということは、彼女に近い経歴を持っている可能性が高い。


「ということは──転生者か?」


 転生者。

 前世にて何らかの形で死を迎え、今世で新しく生を得たもの。

 いわば、生まれ変わりだ。


 ならば、会ってみたい──!!


 そうだ、会って確かめてみよう。

 もし……もしも、彼女であれば限りない喜びであるし、彼女に近しい存在であれば助けてやるのも悪くない。


 我は彼女のためなら、助力を惜しんだりなどはしない──。


 ああ、早く彼女に会ってみたい。

 我は急いで、出かける支度をする。


「──新しき"聖なる乙女"よ。会うのが楽しみだ!」



 "魔法使い"の始祖。

 "大魔法使い"聖ワドルディは、数百年ぶりに外に飛び出した──。

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