32話 社交界デビューします -4- ~ラドゥスver~

「リーゼリット。今度は僕と一緒に一曲踊ってくれないか?」


(今度はまさか、ラドゥス様からダンスをご指名!? 近頃は叱られてばかりだったのに!?)


 私は一瞬だけであるが、驚いてしまう。


(──まぁ、そんなことなんて関係ないわ! 王族だって推しは推し! 素敵なひとときを堪能するために踊ってみせるわ!!)


 二曲踊っただけで既に疲労を感じている体に鞭を打って、私はラドゥス王子の手のひらの上に、自分の手のひらをのせる。


「よろしくお願いいたしますわ。申し訳ないのですが……私はダンスにそれほど自信がないので、リードいただけますとありがたいです」

「わかった。既に二曲踊ったあとなんだろう? そなたのペースに適宜合わせて踊ってみせよう」


 ラドゥス王子は私のリードしてほしいという言葉に応じ、まるで美しいパフォーマンスのようにエスコートしてみせてくれる。

 またオーケストラが奏でる音楽が始まり、会場の皆に合わせてダンスを踊り始める。




 二度踊り終わって感覚が掴めてきたからか、私のダンスはようやく様になってきた。

 オーケストラの演奏が曲に入ったところで、私はラドゥス王子に問う。


「ラドゥス様も私と二人きりでお話したくて、ダンスにお誘いしてくださったんですか?」

「まぁ、そんなところだな。あとは、学園とは違う雰囲気で一度話してみたかった」


(学園とは違う雰囲気? 確かに学園では、こんな素敵な音楽の中で踊ったりはしないものね)


 学園では、勉学の話や漫画についての話になってしまいがちなので、いつも違う雰囲気で話したいのもわかる。


「それで、ラドゥス様も"天啓"についてお知りになりたいのですか?」

「"天啓"? "天啓"だと!? そなた、そんなことまで隠していたのか!」


 ラドゥス王子の問い詰めに圧倒される。


「いえ、隠していたつもりはないのですが……。お話する機会がなかったもので──」

「そなたはすぐ行動に移すわりに、言葉が足りないのだ! く話さぬか!」


 至極もっともな意見なので、私は話し出す。


「実は"天啓"は二つありまして。一つは、この国の行方に関わってくるもの。もう一つは、とある人間の記憶です」

「我が国の行方と、人の記憶か?」


 ラドゥス王子は、いまいちピンとこない様子だ。


「はい。そのとある人間の記憶にあった願望によって、ラドゥス様を含め3名の方と関わりを持つようになりました」

「僕を含め3名? まさか、あとの2人はシュジュアとターナルか!?」


 今更隠してもややこしくなるだけなので、言い訳を諦めた私は素直に頷いた。


「……まさか"天啓"とはな。二つの"天啓"か。──いや、違うな」

「!?」


 ラドゥス王子に否定され、私は唖然とする。


「そなたの能力も合わせて、三つの"天啓"だろう──。そうではないか?」


 確かにそうだ。


 小説バイブル

 前世の"わたし"の頃の記憶。

 "魔法使い"の力を引き上げる能力。


 そう、三つだ──。


(どうしましょう!? シュジュア様とターナル様に、ドヤ顔で二つと言ってしまったわ~~~!!)


「その顔では、さてはシュジュアとターナルにもその調子で話したな? まぁ訂正しなくとも、わかった上で指摘しなかった可能性が高いだろう」


 図星すぎて、頭が痛い。

 この件は、頭の良い推したちに感謝しておくことにしよう。



「それで、僕が冷たい態度をとったにも関わらず、その"天啓"に従って関係を持ち続けていてくれたのだな……」

「違います、違います。願望に従ったのは私ですから!」


 ラドゥス王子がなにやらへこみはじめたので、慌てて訂正する。


「ラドゥス王子に伝記漫画を勧めたのも、合作を申し出たのも私自身の判断です。その判断に"天啓"は関係ありません」

「──そうなのか?」

「はい! 相違ありませんもの」


(あのときの発言は自分の欲に従ったというより、咄嗟とっさに出た言葉に近いしね)


「──そうか。そなたの助言で、今もこうして絵が描けている。あのまま筆を折らずに済んだのは、その……そなたのお陰だ」

「それは何よりですわ」


 ラドゥス王子は少し照れているのか、目線を下に向けている。

 ラドゥス王子に感謝まで伝えてもらえることができて、私は天にも昇る気持ちである。



「……お茶会の際はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私自身が能力者とは知らず、ゲネヴィア様とラドゥス様に事態の収拾を取りまとめてもらって感謝しております」

「いや、結果としてはよかったのだ。そなたがカルムやユリカと歌ったからこそ、ゲネヴィア妃はこうして建国記念祭にも無事に参加できている」


 あのお茶会に盛大に歌った件については、第1王太子妃とラドゥス王子が何とかしてくれたので、私は今もただの侯爵令嬢として過ごせている。

 ラドゥス王子は目線をさらに下に向けて、言いづらそうに話す。


「……茶会の際は叱ってばかりだったな。あのときは、驚きと焦りのせいで、肝心なことが頭から抜けていた」

「その、肝心なこととは何でしょうか?」


 ラドゥス王子は周囲を気にしてか、先程よりも更に小声で話すようになる。


「いいか、これからは特に周囲に気をつけろ。信用するのは、僕とシュジュアとターナルだけにしておけ。……いや、僕を殊更ことさら信用してほしいとまでは思っていないが」

「──まぁ、ラドゥス様は私に信用してほしいのですね。ご心配なさらなくとも、私はラドゥス様を含め、御三方とも常に信頼しておりますわ」

「そっ、そこまでは言っていない!! ただ……ただ、能力者だと知ってもそなたを護ろうと決めた、僕たちを信じろということだ」


(ラドゥス様が、私にここまで信じろと言ってくださるなんて!? 今日は雨が降るどころか、嵐になるわ!)


「──リーゼリット。そなた、今ろくでもないことを考えたな?」


 ついつい考えてしまっていたことが、すぐにバレてしまった。


「──はい。ラドゥス様がここまで私を気にかけてくださるなんて……と、とても感激しておりました」

「そなたはすぐに顔に出るから、隠しても無駄だ。下手な嘘はすぐにバレるから覚えておけ」

「……はい」


(そんなに顔に出ていたなんて。こういうところが"ポンコツ令嬢"なのよね、リーゼリットは)


 私はバレてしまったことを、リーゼリットわたくしのせいにして拗ねた。

 ふくれっ面の私の顔を見て、ラドゥス王子は屈託くったくなく微笑む。


「そなたは本当に喜怒哀楽が激しいな。押しが強いところが難点でもあるが、それもまた、そなたの興味深い一面だ」


(ラドゥス様がこんなにも私に興味を持ってくださるなんて!? しかも、笑顔で! 嵐だけでなく、あられひょうも降るわ!!)


「だから、顔に出ていると言っているであろう?」


 ラドゥス王子はまたも屈託なく微笑み、私を何度も驚かせてみせる。



 私はラドゥス王子にも、最後に同じ質問をしようかと思っていたが、とうとう曲の方が終わってしまった。

 ラドゥス王子はエスコートし終えた後の別れ際に、私の方に近寄ってくる。


「はじめは……正直、ただの愚劣な人間の一人だと思っていたが、今は違う。──そなたはそなたの特異性に気付くべきだ」


 そう言い残して、去っていってしまった。


(とっ、特異性? 今日のラドゥス様は、なんだかいつもと全然違ったわ。思わず、その笑顔に見惚れてしまったもの──)




 ラドゥス王子の優雅なエスコートのお陰で、私は最後まで失敗なくダンスを踊ることができた。

 最後の方は既に私の足がガクガクしていたが、そこも万全にリードしてみせた。


 私は会場の端の方に歩いていって、その壁に寄り添う。

 そして壁に片手を置いて、もう片手を心臓の辺りに置き、ほんの少しだけ俯く。


 叱られてばかりだった私が、ラドゥス王子という推しの底なし沼に、さらにハマってしまった瞬間だった──。

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