30話 社交界デビューします -2- ~シュジュアver~

「リーゼリット嬢。俺と一曲踊ってくれないか?」


(なんということでしょう! シュジュア様からのダンスのお誘い!? こんなの絶対、断れるわけないじゃない!!)


 私はシュジュアの手のひらの上に、自分の手のひらをのせて誘いに応じる。


「よろしくお願いしますわ。あと……私はダンスにあまり自信がないので、ちゃんとリードしてくださいましね」

「承知したよ。お茶目でお転婆な、リーゼリット嬢。」


 シュジュアは私のリードしてほしいという言葉に態度で承諾するかのように、完璧にエスコートしてみせてくれる。

 オーケストラが奏でる音楽が始まり、会場の皆に合わせてダンスを踊り始める。




 練習の甲斐があったからか、私はメロディーに合わせてダンスを踊れるようになっている。

 ダンスが軌道に乗りだしたと同時に、私はシュジュアに問う。


「どうしてシュジュア様は、私をダンスに誘ったのでしょうか?」

「学園でだと最近君の近くには、ターナルとラドゥスもいるだろう? 今一度二人きりで話したかったんだよ」


(なるほど、シュジュア様と二人きりでお話。そういえば、最近なかったわね)


 思い返すと近頃は、私の監視目的もあってか推し3人とそろって一緒にいることが多かった。

 二人きりになるチャンスは、前に比べるとにわかに少なくなったかもしれない。


「確かにこの頃、二人きりになる機会はなかったですね。」

「そうだろう? 俺も色々リーゼリット嬢に、聞きたいことがあってね」


(聞きたいこと? 何かしら? 最近色々ありすぎて、どの話かわからないわ)


 私はシュジュアに続きを促してみる。


「その聞きたいことって何でしょうか?」

「リーゼリット嬢は、以前"天啓"を授かったと言っていただろう? それで、なぜ最初に俺に会いに来たんだ?」


(妥当な質問だわ。さて、どう答えたものかしら?)


 シュジュアが特に聞きたかったであろう質問がきた。

 一瞬戸惑ったものの、私はそれを悟られないように踊り続ける。


「実は──私が授かった"天啓"は、二つありまして。その一つの方は、とある人間の記憶で主観的な願望も多かったんです」


 あの日実際に落ちてきた小説バイブルによる"天啓"は、私やシュジュアからしたら客観的な物語に近いだろう。

 だがそれと同時に蘇ってきた、今の"私"という記憶に関しては、主観が大きく入っているに違いない。


「それで、その主観的な願望とは?」

「……とある3名の行く末を眺めてみたいという望みでした」


 シュジュアに下手な嘘は通用しなさそうなので、私はあながち間違いではないことを短く話す。


「……まさか、その一人が俺ということか?」

「はい、その通りになります」


(人の行く末を眺めたいという望みとか、どんな"天啓"よ!? 我ながらかなり無理があるわ!)


 シュジュアが目を見張るのも無理はない。

 シュジュアは、私の答えに二の句が継げないでいるようで、無言で踊り続けている。


 質問に答えている今の"私"も、この話はあまり深く掘り下げたくないので別の話題を出すことにする。



「出会い初めの頃のシュジュア様は、私を凄く警戒していましたよね」

「……ああ。学園一のトラブルメーカーが、わざわざ事務所まで俺に会いに来たのだからな。なんの用かと勘ぐっていたな」


 学園一のトラブルメーカー。

 リーゼリットわたくしのころは、実際にその通りの存在だった。


 予想できない出来事に、人は疑い深くなるものだ。

 ──そのような私が、今まさにシュジュアとダンスを踊るという、夢の空間に立っていると思うと感慨深い。


「では、そんな私をなぜ、依頼の同行に同意したのですか?」

「断固拒否して追い返すよりは、その方が堅実だと思ったからだ。あのころは君に能力があるなんて、思いもしていなかったが」


 "物作りの達人"の"魔法使い"ラニに会って、シュジュアよりも優れた写真機を作り上げることができたのが、私自身の能力であったことは私もあとになって知ったことだ。

 "魔法使い"と感覚を共有して、私の思考を読み取ってもらうことは、どうやら私にしかできないことのようだ。


「ラニが君の思う写真機を作成したときには本当に驚いたよ。当時は君に能力によるものという考えなんて発想もないから、疑問ばかりが浮かんでいたが」

「それでシュジュア様は、自分の世界に入ってらっしゃったのですね」


(まぁ、私に能力があるなんて考えつかないわよね。今でも私自身、ちょっと信じられずにいるんだから)


 あのときシュジュアが呟いていた独り言に、少し納得がいった。


「その後、今は良き助手として働いてくれている、鑑定士のジオを捜索をしに行ったな。あのときに、宝飾品をドミノ倒しにしてくれたのには、どうしてくれようかと思ったが」

「あの件は、本当に申し訳ございませんでしたっっ!」


 シュジュアは、薄ら笑いで私を脅かしてくる。


(もしかして、根に持たれていたのかしら!? 確かにあのときは、やらかしてしまったわ……)


「いや、構わない。それよりも、見張りへの反応に遅れたために、リーゼリット嬢の肩を痛めてしまったことはすまなかった。あれは俺の落ち度だ」


 シュジュアは、先程の薄ら笑いはしまって真剣に謝ってくれた。



 そろそろ曲も終盤になってきたので、私は私の聞きたかったことを問う。


「それで……私の能力に惹かれたから、今もこうしてダンスを踊ってくださっているのでしょうか?」

「いや、少なくとも今は……それだけではない──」


(──えっ? それだけではないって、シュジュア様が何かしら私に興味を持ってくださったの?)


 シュジュアは差し迫った様子だ。

 私はなんと言われるのかと、ドキドキし始める。


「それだけではない……のですか?」

「ああ。なんと言えばいいのか……。また君がいつ、奇想天外なことをやってしまうのかと思うと、気になって仕方がないんだ──」


(……あぁ~~~。つまり、私がまたポンコツをやらかすかを、ひそかに期待していらっしゃるということかしら)


 私はほんの少しばかりショックを感じてしまった。

 だが、シュジュアはそれを気にも留めない様子で、私に緊迫した表情で迫ってくる。


「こんなことは初めてなんだ。今まで、令嬢が気になることなんてなかったんだ。我がキュール公爵家のことしか、頭に浮かばなかったはずなのに──」


(大変! シュジュア様が壊れてしまったわ!! 私のポンコツのせいで──!!)


 慌てて、私の言い分を述べる。


「それはきっと、私が"ポンコツ令嬢"であるせいですわ! シュジュア様は、ご乱心でいらっしゃるのだわ!!」


 そんなこんなで、シュジュアと踊った一曲は終了してしまった。


(なんだか一曲踊っただけで、ドッと疲れたわ……)


 一曲踊るだけでこんなにも、かなり体力が奪われてしまうとは思わなかった。


 乱心後のシュジュアも、最後まで華麗にエスコートをしてくれた。

 私の方は終始混乱状態だったが、シュジュアが常にリードしてくれたお陰で事なきを得た。




 私はシュジュアと別れ、会場の隅で少し休憩をしていた。

 扇をあおいで休んでいると、また正面から声をかけられる。

 次に声をかけてきたのは、ターナルだった。


「先程はシュジュア殿と踊っていましたね」

「ええ。今までの出会いについて、振り返っていましたわ」

「──そうなのですか。いやはや先を越されてしまったようで残念です」


 そう言ってターナルは、手のひらを上に向けて差し出し、とても丁寧な仕草で私をダンス会場へと誘ってくる。

 その瞬間、私の瞳とターナルの蜜柑色の瞳の視線が絡み合う。


「リーゼリット殿。お次は私と一曲踊っていただけませんか?」


(どういうことなの!? お次はターナル様から、ダンスをお誘いしていただけるなんて~~~~~!!)

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