29話 社交界デビューします -1-

 ──デビュタント??


(わっ、忘れていたわ~~~~~!!)


 今年は建国200年記念のパーティーがあるため、年頃の女性はこの日に成人するのだ。

 デビュタントは、いわば成人式でこの日から社交界デビューとなる。

 つまり、この私──リーゼリットもその日がデビュタントの日となっている。


「忘れていたわ……」

「大丈夫ですか!? 建国記念祭までもうすぐですよ!?」


 大きな催事のためか、ユリカにとても心配されている。


「私は何も用意していないわ…………まぁ有能な侍女が、なんとかしてくれているでしょう!!」

「そんな他人任せで大丈夫なんですよね!? 一大イベントですよ!?」


 私よりも、ユリカの方が明らかに焦っている。

 だけど私が焦ったところで、ろくなことにならないのは経験上でわかっている。


 そういえば、一張羅いっちょうらしかなかったドレスを第1王太子妃のお茶会でズタズタにされたユリカはどうするかと思えば、ダリアン王子からデビュタントに合わせてドレスが贈られてくるらしい。

 仲睦まじくて羨ましい限りである。


「私はドレスが贈られてくる相手なんていないから、ちゃんと自前で用意するわ。ユリカさん、今度こそドレスは大事にね」

「はい。今度こそは破られないように大切にします」


 そこまで話したところで、二人きりの会話はこれでお開きとなった。


「リーゼリット様。今日はわたしの話を最後まで、耳を傾けて聞いてくださりありがとうございました」

「こちらこそありがとう。またよろしくね、ユリカさん」


 私とユリカはお互いに手を振って、その日は解散した。




 私はノーマン侯爵邸に戻ると、急いで侍女を呼ぶ。


「ジェリー! もうすぐデビュタントの日が近いのだけれど、何もしていないのよ~~。どうすればいいのかしら!?」

「いまごろ気づいたのですか、お嬢様。遅すぎます。」


 その通りすぎて、私は何も言えなくなる。

 侍女はこっそりため息をつきつつ、進めていた準備について教えてくれる。


「既に奥様とご相談して、ドレスやアクセサリーは手配してご用意しております。社交界マナーやダンスレッスンについては、もともと急いで叩き込むつもりでご準備しておりました」

「さっすがよ、ジェリー!! これで何とかなるわ。私のデビュタントも安泰よ」

「むしろ、今からが本番ですよ。明日からは、もたもたできる日はありませんからね」



 ジェリーの言葉通り、もたもたできる日は本当に無かった。

 社交界マナーやダンスレッスンは、私にとっては並の学業よりも苦行だった。

 クラスが変わって、難関になったはずの学校の授業が、心の癒しに思えるくらいだった。


「こんなの聞いていないわ! ダンスレッスンって、なぜこうも疲れるのかしら」

「お嬢様が体力なさすぎるからですよ。 ほらそこ、足が違います。また同じところで失敗ですよ、学んでください。」

「なんでここでこちらの足からなのよ。このダンスはおかしいわ」

「ダンスに文句を言ったって何もはじまりません。時間がないので、さっさと覚えてください」


 侍女に急かされつつ、私は四苦八苦しながらダンスを覚えていった。

 なんとかさまになったころには、私はもうへろへろだった。


「もういや、ダンスなんて。これ以上は踊りたくないわ」

「建国記念祭が本番なのに、そんな弱音を吐いていてどうするんですか。お嬢様がノーマン侯爵家の顔になるんですよ」


 ──ノーマン侯爵家の顔。


(そうだわ。ノーマン侯爵家の顔になる以上、私の、リーゼリットの本番はここからよ。弱音を吐いてなんていられないわ)


 それからの私は、弱音を吐かずにダンスレッスンやマナーに挑んでいった──。



 *****



 そして迎えた当日、建国200年記念祭。

 いよいよ、私のデビュタントの日になってしまった。


 今日のパートナーは、お父様であるノーマン侯爵だ。

 私はノーマン侯爵家の一人娘なので、兄弟はいない。

 お父様の断固拒否で養子も迎えていないので、本当の一人っ子だ。


 私は緊張で、馬車の中でもガクガク震えていた。

 お父様はずっと心配してくれているが、心配いらないと扇で顔を隠しつつ、冷や汗を流しながら必死に笑っていた。



 ──そして、いよいよ会場へ入場した。


 緊張しながらも、お父様と腕を組んでいると少し安心できた。


 全ての貴族達が入場し、国王から建国200年記念祭開会の宣言がなされる。

 開会宣言から少し経過した後、お父様のエスコートで、まずは国王に挨拶をしに向かう。


 シェイメェイ王国国王──。

 ダリアン第1王子やラドゥス第4王子の祖父にあたる人物。

 齢は還暦越えだが、まだまだ現役だ。

 この国を実力主義社会に変えたのもこの王で、現国王は元は第3王子であった。

 どうやら若い頃の勢力争い時にいろいろあって、そのような制度を作ったらしい。


 私は国王に、丁寧にカーテシーをする。

 そして国王に声をかけられ、私はおもてをあげる。


 国王の側には、王妃、王太子、第1王太子妃、第2王太子妃、王子たちがいた。

 王家の顔ぶれ勢ぞろいである。


 国王はまず、お父様に話しかける。

 小説バイブルには一度きりだけ載っていたように思うが、お父様はこのシェイメェイ王国の宰相という高官だ。

 お父様を信用はしているのか、国王の話す言葉に裏はなさそうだ。


 国王はお父様と言葉を交わしたあと、私の方に話しかける。

 威圧感を感じさせない国王だが、それに違和感という恐ろしさを感じて恐縮してしまう。


「そなたが宰相であるノーマン侯爵の娘、リーゼリットか」

「お初にお目にかかります。陛下」

「そんなに緊張して、かしこまらずともよい。もっと気軽に話してくれたまえ」

「ありがとうございます。陛下」


 国王は優しい声音で、私の緊張を和らげてくれようとする。


「近頃はラドゥスと仲良くしているそうだな」

「はい。ラドゥス様とは仲良くさせていただいております」


「よいことだ。あの子は兄弟関係ばかりにこだわっていたが、交友関係も深まったようで何よりだ。将来が楽しみだな」


 次々貴族達の挨拶が控えているので、話はその程度しか出来なかったが、印象は悪くなかったようで何よりだ。


(それよりも交友関係が深まることで、将来が楽しみってどういうことかしら?話が繋がっているようで、繋がっていなくてわからないわ)


 ……考えても仕方のないことは、考えないようにしよう。

 私はそう思って、次々国王に挨拶に向かう貴族達を見ていた。


 貴族の入場は爵位の低い者からだが、王族への挨拶は爵位の高い者からだ。

 つまり、王族への挨拶を見ている時間は長い。




 これからどうしようかと迷っていた矢先、正面から声をかけられる。

 声をかけてきたのは、シュジュアだった。


「やぁ、リーゼリット嬢。どうしたんだ。まだ緊張で震えているのか?」

「からかわないでください。もう大丈夫になりましたわ」

「傍目から見てもわかるくらいに、緊張でガチガチになっていたな。君なら、もっと堂々と入ってくると思っていたから意外だったよ」

「私だって、緊張することはありますわ。それにデビュタントは一度限りですもの。当然です」


 私自身は特に気にしていないが、わざと少し怒ったように話す。


「すまない、リーゼリット嬢。気に障ってしまったか?」

「いいえ。あまりにもからかわれた気がしたので、少し怒ったフリをしただけです」


 何気ない会話だが、そのお陰で緊張はさらにほぐれていく。

 いつの間にか、普段通りに喋られるようになっていた。


「声をかけてくださってありがとうございます、シュジュア様。おかげさまでだいぶ緊張が解けましたわ」

「それはよかった、リーゼリット嬢。これから君をエスコートするつもりなのに、まだ緊張してもらっていては困る」

「……エスコートですか?」

「ああ、その通りだ」


 そしてシュジュアは、手のひらを上に向けて差し出し、華麗な仕草で私をダンス会場へと誘ってくる。

 その瞬間、私の紫紺の瞳とシュジュアの藍色の瞳の視線が絡み合う。


「リーゼリット嬢。俺と一曲踊ってくれないか?」


(なんということでしょう! シュジュア様から、ダンスにお誘いしてくださるなんて~~~~~!!)

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