28話 ヒロインと接触します -3- ~ユリカ視点有~

 ──翌日。

 昼休みの時間、美術室で私はラドゥス王子にまた怒られていた。


「ダリアン兄上から聞いたぞ。あれほど一人で行動するなと言ったのに、そなたは放課後、事件に巻き込まれていたそうだな? しかも、小さき丸玉が関わっていたと聞いた」

「事件というほどでは……。幸い未遂に終わって、何も起こりませんでしたし」

「起こってからでは遅いのだ! いいか、ダリアン兄上には、なるべく秘匿ひとくする為にそなたの詳細を話していないんだ。ゲネヴィア妃のことについて聞かれる度に、冷や冷やする気持ちがそなたにはわかるか」

「返す言葉もございません。申し訳ございませんでした……」


 私はラドゥス王子に完全敗北した。

 ラドゥス王子はまだ言い足りないようであるが、私のしょんぼりした顔を見て諦めたようだ。


「……まぁいい。今回はダリアン兄上の管轄ということになっているから、その辺りの処理も上手くやってくれるであろう。そなたも次こそは承知しておけ」

「ハイ、ワカリマシタッッ!」


 ラドゥス王子のため息混じりの声に、私は敬礼するくらいの勢いで頷いた。




 ──そのとき、美術室のドアにノック音が響く。


「……入っていいぞ」

「失礼します、ラドゥス殿下。リーゼリット様」


 美術室に入ってきたのは、ユリカだった。

 ユリカはなにやら言いたげのようでおどおどしている。


「あら、ユリカさん。どうしたの?」

「実は……ここに来れば会えると聞いて。リーゼリット様に用があって来ました」

「えっ、私に?」

「今日の放課後、二人きりで話し合いしませんか?」


 ユリカは昨日、帰り際に私が言ったことに応じてくれるつもりのようだ。


「私が昨日言ってた、二人きりでの話し合いのことかしら? ──ちょっと待ってね」


 私は念の為、ラドゥス王子にアイコンタクトをとる。

 ラドゥス王子は少し呆れ顔だったが、頷いてくれた。


「いいわ、今日の放課後ね。じゃあ、場所は─────でお願いするわ」




 私とユリカは放課後、学園内のカフェテラスで落ち合うことになった。

 今日は幸い、いつもより人が少ないようで、座席の周りに人は誰もいないようだ。


「リーゼリット様。今日はお時間を取っていただきありがとうございます」

「こちらこそよ、ユリカさん。今日は貴重な時間をありがとう」


 お礼について言った後、沈黙の間が流れる。


(どうしましょう!? いざ話すとなると、会話が出てこないわ。こんなことなら、何を話すべきかちゃんと考えておけばよかった)


 沈黙を破ったのは、ユリカの方だった──。


「昨日は助けてくださり、ありがとうございました。ダリアン殿下から、リーゼリット様がガーネット様から取り上げた、あの小さい丸玉が発動していると危なかったと聞きました」

「そうなの?」

「はい。あの丸玉に込められていた魔法は、爆発魔法だったようです。あれでは、発動しようとしていたガーネット様ともども、吹き飛ばされて危ないところだったそうです」

「そうだったの……」


 どうやら、あの小さな丸玉は思ったよりも危ない代物だったようだ。

 ラドゥス王子が、口を酸っぱくして私に言ってくるのもわかる気がした。


「それで……昨日話していた魔法の件ですが……わたし、あまり公表したくないって言いましたよね?」

「そうね、言っていたわ。よろしければ、理由を教えてちょうだい?」


 昨日聞けなかった、"魔法使い"であることを公表したくない理由を教えてくれるようだ。

 ユリカはところどころどもってしまいながらも話す。


「実はいじめに耐えられなくて、魔法──言霊を使ってしまったことがあるんです。そのときのダリアン殿下の顔が忘れられなくて……」


 ユリカは意を決して言う。


「わたし………人を殺しかけてしまったんです」


「人を………殺しかけてしまった?」


(変ね……。ヒロインのユリカは、まだ"大魔法使い"にいたらなくても、コントロールは完璧に近かったはず───)


 ユリカはそのときの話を語ってくれた。



 *****



 ある日、ユリカはいつものように学園に登校していた。

 その日もダリアン殿下は、朝からユリカに話しかけてきてくれた。


 ダリアン殿下は、いつもユリカに優しく接してくれる。

 1年生のユリカと3年生のダリアン殿下でたとえ学年が違っていても、そんなことを感じさせずに、お互いに学園で会う日を楽しみにしていた。


 でも、そんなユリカを妬んでくる人もいるようで……。


 リーゼリット様のような、お茶目で済むぐらいのイタズラはまだマシな方だった。

 けれども、イタズラでは済まされないような加虐行為をしてくる令嬢もいた。


 ユリカはその日、プールに呼び出されていた。

 呼び出しに応じなければ、ユリカの家族まで巻き込むと言われたからだ。


 そこで言い合いになって、激昂した相手は取り巻き達に命令して、ユリカの手を掴んだまま頭を水の中に漬け込んだ。

 ユリカは文字通り水の中で溺れてしまった。

 頭を掴まれていて、自ら顔を上げることすらできない。


 そのうちすごく苦しくなって、あらぬ考えが浮かんで水の中でその言葉を出してしまった。


『あなたたちが溺れてしまえばいいのに───』


 その瞬間、令嬢と取り巻きたちがたちまち水に入って溺れはじめた。

 掴まれていた頭が解放されて、息ができるようになって頭が冴えはじめると、ユリカは自分のやってしまったことにようやく気づいた。


 1人では制服の令嬢達を引き上げることができずに助けを求めていると、ユリカを探してくれていたダリアン殿下たちが助けにきてくれた。

 ダリアン殿下たちが、溺れて息も絶え絶えになっている令嬢と取り巻きたちを引き上げてくれたが──。


 そのときのダリアン殿下の顔が真っ青であったことを、今でもわたしは忘れられない──。



 *****



(思ったよりも、さらに重い話だったわ……!! こんな話、小説バイブルではなかったわよ!? これも私が、ユリカいびりを止めたからなの??)


 ──そして、ユリカが忘れられないというダリアン王子の真っ青だった顔。


(顔面蒼白になるほど、令嬢達が溺れていた? いいえ、おそらくそれだけではないわ。確か──)


「貴女の魔法のせいじゃないわ。ダリアン様はきっと───今は亡きカドゥール様の"溺死"を思い出したからよ」


「カドゥール第2王子殿下の"溺死"……ですか。……でも、そうだとしても私は魔法を上手くコントロールすることができません。わたしは……"魔法使い"であることが怖いんです」


 ユリカは魔法を使うことを本当に怖がっているようだった。

 私は、そんなユリカを安心させようとする。


「魔法を操ることが怖ければ、私と一緒に練習しましょう? 言ったでしょう? 貴女の恋路を応援するって」

「でも、"魔法使い"であることと、わたしの恋愛を応援することとの関係は……」


「ない」と言おうとしたユリカを、私は扇で制す。


「あるのよ、私にとっては。協力するわ」

「……確かに以前、リーゼリット様と歌を歌ったときにいつもより力が湧きでて、なんだかすごく勇気が出ました。──わかりました。お願いします」


 ユリカは言いたかったことを全部話した分気が抜けたのか、穏やかな顔で私に助力を承諾してくれた。



 こうして放課後にたまにではあるが、ユリカが私──リーゼリットと共に、魔法の練習をすることが決定した──。




 その後は余談になった。


「ダリアン殿下が仰っていましたよ。このごろリーゼリット様が、殿下をダーリン様と全然呼ばなくなったって。わたしにも優しく応対してくださるようになったり、何か心境の変化でもあったんですか?」

「……"天啓"があったのよ。そのままじゃ停学になってしまいますよ、という"お告げ"が」


 ユリカは信じきってはいないようだが、私の言葉が真っ赤な嘘ではないことだけは見抜いたようだ。


「わかりました。わたしはリーゼリット様を信じます。それで──」

「それで?」

「それでリーゼリット様は、建国200年記念祭でのデビュタントはどうされますか?」



 ………建国200年記念祭のデビュタント??

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