27話 ヒロインと接触します -2-

「これは、いったい──」


 私は、自分の手の中にある小さな丸玉を見て茫然としていた。

 すると、ダリアン王子がその丸玉を見て、明らかな怒気をはらむ。


「伯爵令嬢ガーネット! 貴殿はそれをどこで手に入れた──!!」


 ダリアン王子の怒気は留まることをしらない。

 その怒気に完全に萎縮してしまったガーネットは、震えて声すら出せないようだ。


「~~~~~!! しっ、知りません! わたくしは何も知りません!!」


 かろうじてガーネットが出した声は、消え入りそうなくらいだった。


「知らないわけないであろう!! 現に貴殿は、それを使おうとしていたのだぞ!!」

「ほっ、本当に何も知らないのです!! お父様からは『何かあれば、これに願えばいい』としか!!」

「……ッチ、伯爵令嬢の父親まで関わっているのか。……クソが」


 ダリアン王子は怒りで我を忘れているのか、王子としてあってはならない言動になっている。

 以前のリーゼリットわたくしが見たら、卒倒しそうな勢いの発言である。



 私は、ダリアン王子に聴取されているガーネットの傍から離れ、ユリカの近くに行く。

 ユリカは突然近づいてきた私に、肩をビクッとさせて驚く。


「──リーゼリット様!?」

「ユリカさん、首元は大丈夫かしら? 痛かったでしょう?」


 ユリカは、以前と態度が180度違う私に心配されたことをまだ、すぐに飲み込めないでいるようだ。


「……大丈夫です。ご心配くださりありがとうございます」

「それより"魔法使い"なら、自分の身体は治せないのかしら? 見ていて、とても痛々しいわ」


「……本当はあまり"魔法使い"であることを公表したくありませんから。」


 その言葉に、私は大いに驚く。


小説バイブルでのヒロインのユリカは、"魔法使い"として魔法を結構バンバン使っていたわよね? 公表したくないって、なぜなのかしら?)



 私がユリカとさらに問答を重ねようとしていると、ガーネットから聞きたいことは聞き終えたのか、ダリアン王子がユリカに近寄ってくる。


「ユリカ、大丈夫であったか? あまり無理をするな。こちらが心配になるではないか。──リーゼリット、その丸玉はこちらに貰おうか」


 ダリアン王子は、ユリカの首元を心配気に見て言葉をかけたあと、私の持つ丸玉を回収しようとする。

 私もそれに応じ、ダリアン王子に小さな丸玉を渡す。


「助かったぞ、リーゼリットよ。ガーネットからの丸玉の取り上げ感謝する。」

「あの……その丸玉は一体何なのでしょうか?」

「……貴殿は"ホープ"を見たことがあるだろう? あれのように、"魔法使い"の力を収縮したもので、それを弱小化した模倣品といったようなものだ」


 "ホープ"。

 "聖石"を元に造られた秘宝。

 200年前の偉大なる"大魔法使い"が作成した特注品で、この世にまたとない代物だ。

 "大魔法使い"の神秘そのものが、この宝玉に収縮されている。


「なるほど。それがその、小さな丸玉……?」


(そういえば、その小さな丸玉について聞いたことがあるような気が──)


 私はその丸玉について、必死に思い出そうとする。


(そうだわ! ゲネヴィア第1王太子妃が言っていた、小さな丸玉!! ……ということは、まさか──)


「──カドゥール様の事故に関わっているかもしれないという、小さな丸玉?」

「リーゼリット、貴殿は何故それを? …………いや、母上が貴殿に昔話をしたと言っていたな。 だとすれば何故なにゆえ、母上はリーゼリットにその話をしたのだ?」


 どうやら第1王太子妃は、ダリアン王子には私に王子達の昔話をしたことは話していても、私の能力については話していないようだ。

 ならば、私もできるだけ秘匿ひとくした方がいいのかもしれない。


「わかりません。ああ……そういえば、ユリカさんやカルムさんと一緒に歌を歌ったお礼だと聞きました」

「そうであったな。ユリカを含め、改めて母上への労い感謝する。おかげで母上はすこぶる調子がいいようだ」


 私に対しても言っているようだが、半分以上はユリカに対して感謝しているようだ。

 表向き、"魔法使い"2人の活躍による奇跡になっているから当然のことだろう。


「いえ、お役に立てましたのなら何よりです。時間も時間になってきましたね。私、そろそろ帰りますわ」


 そういって私が帰宅しようとすると、ユリカが慌てだす。


「──待ってください! わたし、リーゼリット様に教科書を返していません!」

「それは気にしなくていいわ。私の教科書はそうね……。またいずれ購入するから、心配いらないわ」

「そんなわけにはいきません! リーゼリット様だって、教科書がないと……」

「なら私と二人きりで話す時間を今度作ってちょうだい。それが、私へのお礼になるわ」


 ユリカに向けてそう言って、私はノーマン侯爵邸へ帰宅した。




「遅いです、お嬢様。またどこをほっつき歩いていたんですか?」

「悪いわね、ジェリー。ちょっと野暮用よ」


 侍女からの散々な言われようだが、今回も私が悪いので仕方ない。

 本日も有能な侍女のお陰で、無事に食事にありつけた。

 入浴を済ませて、いつも通りベッドに寝転がりながら考えに没頭する。



 *****



 ヒロインの子爵令嬢ユリカは、伯爵令嬢ガーネットに痛烈ないじめを受けていたようだ。

 昼間に見た絆創膏だらけの手も、何らかの形でガーネットかその取り巻きに仕組まれたことであろう。


 本来ユリカをいじめるはずだったリーゼリットが悪行を止めたことで、より悪辣な令嬢がユリカをいじめるようになってしまった。

 幸いダリアン王子がガーネットを制止してくれたが、非力な私が止めに入っても泥仕合になっていただけかもしれない。


 追い詰められたガーネットは、ポケットに入れていた小さな丸玉を使って事態を打開しようとしていた。

 その小さな丸玉は、"ホープ"を弱小化した模倣品とのことだった。


 "ホープ"とは、"魔法使い"の力を強化させることもできる"聖石"を加工したものに、"大魔法使い"の魔法を凝縮した宝玉だ。

 そもそも"ホープ"が規格外すぎるので、いくら弱小化した模倣品でも警戒することに越したことはないだろう。


 そのうえ、小さな丸玉はどうやら、サトゥール第3王子の双子の兄、カドゥール第2王子の死に関連しているらしい。

 ということは、今回の件もなんらかの形で、カドゥール王子を勝手に始末・・・・・したとされるロイズ公爵が関係しているのかもしれない。

 ロイズ公爵は、シュジュアの父のキュール公爵と同じ二大公爵家の当主だが、2つの公爵家は方向性の違いにより対立している。



 小説バイブルはそもそも乙女向け小説なので、あまりこういった事件については、そこまで詳しくは書かれていなかったはずだ。

 あくまで、ヒロインと攻略キャラクターたちが苦難を乗り越える為の舞台設定であり、事件そのものに重きを置いていなかったので、何から何まで書いてあるわけではなかったように思う。


 ──ということは、小説バイブルは、当てになるようで当てにならない。


 そもそも、私が今手にしているのは3巻あるダリアン王子ルートのうち1巻のみだ。

 それに私の記憶では、続刊でも今回の事件に関わることは記されていなかったのだ。


 今後の事件についても、できる限り自分で考えて対処をするしかないようだ。

 未来について知っているようで、大まかにしか全容を知らない。



 ……なんとももどかしいことだわ。

 私にとって神様に等しい、原作者様を恨めしく思うことがあるなんて。


 でも、ここはもう小説バイブルの中ではないの。

 私には既に現実の世界になっているのよ。


 なら、迷う必要はないのかもしれないわね。

 このまま事件の真相を明らかにして、推したちやユリカさんを救うわよ~~~!!



 私──リーゼリットは、また小さな声で「えいえいおー!!」と、ときの声を上げた──。

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