26話 ヒロインと接触します -1-
私は、思わずその場でボヤいてしまった。
(
「どうした? ……ユリカ嬢のことか?」
「はい。たしか子爵令嬢のユリカさんは、入学当初は成績優秀者のクラスではなかったですか?」
私の疑問に、ちょうど登校してきていたシュジュアが答える。
「確かにそうだったな。……最近ユリカ嬢を目の敵にしている者が多いせいか、
「ダリアン兄上が護ろうとしているようだが、学年違いなのが
シュジュアの応答に、同じく登校してきていたラドゥス王子が続く。
(なんてことを……。それで、あの読みもできそうにない、ぐちゃぐちゃの教科書を持っていたのね!)
──あれっ?
ぐちゃぐちゃの教科書?
それは以前の
私は頭を抱える。
まさかの自分自身が原因であることに気づいてしまった。
(つまり、"ポンコツ令嬢"の"わたくし"がいなくなったから、他の令嬢達によるユリカいびりは成功してしまって、その結果彼女は傷ついているっていうこと~~~!!)
今までは"ポンコツ令嬢"である"わたくし"が、数々の悪行で失敗を重ねてきたおかげで、結果的にユリカのメンタルは守られていたわけだ。
だけど、"わたくし"が"私"となり、ユリカに目を向けなくなったことで、他の悪役令嬢達がやりたい放題をしはじめ、それが彼女の精神状態に影響しているらしい。
リーゼリットは、ユリカからせっかく貰った、綺麗に包んであるハンカチをギュッと強く握りしめる。
「どうしましょう、私。いったいどうしたら……」
「無視できない問題かとは思いますが、今は一旦授業に集中しましょう。ユリカ殿のことは、それから考えましょうか?」
教室には入ったものの、新たに発生した悩みが頭から離れない状態のリーゼリットに、ターナルは話しかけてきてくれる。
ターナルは明らかに心配したような表情で、私を宥めてくれる。
「ありがとうございます、ターナル様。私としたことが、悩み事に気をとられて学業を疎かにするところでしたわ」
リーゼリットは授業に集中できるような精神状態ではなかったものの、今後もこのクラスに居続ける為に、今は学業に専念することにした──。
その日の放課後、リーゼリットは、子爵令嬢ユリカをいじめている主犯をまず突き止めることにした──。
ユリカに渡した教科書が返ってきていないことを考えるに、誰かに無理やり呼び出されている可能性があるからだ。
(ユリカが停学や退学になってしまったら、せっかくの原作が台無しになってしまうわ。……私のせいで、既に手遅れになってしまっている気がしないでもないけれど)
だが他にも、人をこっそり呼び出すにふさわしい場所はある。
リーゼリットは、その場所に抜き足差し足忍び足で向かっていた。
(「─────!!」)
体育倉庫の裏、その薄暗い場所に──ユリカはいた。
何人かの令嬢が、ユリカを囲んで糾弾している声が聞こえる。
「あれは……伯爵令嬢のガーネットと、その取り巻き達?」
伯爵令嬢のガーネットは、噂に詳しくない私でも知っているくらい、近頃素行が悪いことで有名な令嬢だ。
気に入らない相手にはとことん喧嘩を売って、興味のある殿方にはベタベタくっついている典型的な悪役令嬢だ。
(リーゼリットよりも、悪役令嬢らしい令嬢が主犯のようね。これはまた面倒な強敵だわ)
(「─────。」)
(「~~~~!!」)
初めはガーネットと取り巻き達が糾弾していただけのようだが、何やらユリカが言い返したらしい。
ガーネットが、ユリカの制服の首元を掴んで上に持ち上げた。
(ちょっと待って! 流石に危ない!!)
リーゼリットがユリカを助けようとして走ろうとしたとき、誰かが私の横を通り過ぎて彼女を助けに向かう。
「貴殿らが、ユリカを迫害していた代表格か。伯爵令嬢ガーネット?」
その声。その言葉。そのお姿。
以前の"わたくし"が今まで、ずっと追いかけてきた相手──。
「……──ダリアン様」
ユリカを護ろうと走ろうとしていた私は、その場に立ちつくす。
「ダッ、ダリアン殿下!? お見苦しいところ、申し訳ありませんわ。これは単なる喧嘩でして……」
ガーネットは慌ててユリカの首元を離し、謝罪と言い訳を述べる。
ダリアン王子は、ガーネット達に向けて冷たい言葉を放つ。
「見苦しい? 見苦しいのは貴殿らの態度だ。この期に及んで、言い訳を述べるか」
「ひぃっっ! 申し訳ございません!! 申し訳ございません!!」
ダリアン王子の言葉に、ガーネットは謝り倒す。
だが、ダリアン王子は言い分を聞く気はないようだ。
「このまま見逃す訳にはいくまい。追って処分を下す。その覚悟はできているか」
「お許しください! お許しを…………そ! そうなんです!」
──その瞬間、ガーネットと立ちつくしたままであった私との目がかち合う。
そのとき、先程まで謝り倒していたガーネットが突然肯定し始めたと思えば、なぜか私の方まで向かってくる。
私はそれにすぐに反応出来ずに眺めていたが、途中で危険を察知し、現場から逃げようとする。
しかし、ガーネットの方が足が早く運悪く捕まってしまう。
ガーネットは、私をダリアン王子とユリカがいるところまで、無理やり連れていこうとする。
私は抵抗して逃げようとするものの、ガーネットの力が強すぎるのか、私が非力すぎるのかはわからないが逃げられない。
抵抗もむなしく、とうとうダリアン王子がいるところまで、私は無造作に連れていかれてしまう。
「そうなんです! こちらのリーゼリット様がわたくし達に無理やり、ユリカさんをいじめろと命令したんです」
──えっと?
私が伯爵令嬢のガーネットに、子爵令嬢のユリカをいじめろと命令??
「ほう?」
「──! いっ、いえ違います! 断じてそのようなことはしておりません!!」
私は首を大きく振って、命令した件についての否定をする。
横を見ると、ガーネットは先程の焦りはなかったかのように、私を見てニヤニヤと笑っていた。
(こっ、この卑怯者──!!)
「ほっ本当に違いますわ、ダリアン様! ……だって、"わたくし"だったら……」
「……貴殿だったら?」
ダリアン王子がこちらを向いて、続きを促してくる。
あまり自分で言いたくはないが、意を決して言う。
「"わたくし"だったら……言うことを聞いてくださるような、他の令嬢の取り巻きなんて全くいないので、自分で直接対決するしかありませんもの!!」
私の声は、体育倉庫の裏で大きく響いた。
「それが……つまり……どうした?」
ダリアン王子にもう一度意味を聞かれてしまった。
私は同じようなことを言わなければならないのが、もう恥ずかしくてたまらない。
「ですから、他の令嬢を使っていじめることすらできないので、その相手に自分で真っ向勝負するしかありませんの!!」
「そっ、そうなのか……?」
「そっ、そうなんですね……?」
ダリアン王子どころか、ユリカにまで、その事実に引かれる始末である。
どうしてくれようかと、ガーネットをキッと睨むと、先程のニヤニヤを止めて残念そうな目をされた。
「……とにかく、リーゼリットが言いたいことはわかった。まぁ、今回のことについては、貴殿は関わっていないのは既に知っている。……そういうわけで、ガーネット。異論はないな?」
(知っていたなら早くおっしゃってくださいな! いらない羞恥を晒してしまったじゃないですか!)
そう思って私がダリアン王子に苦言を呈しようとしていたそのとき、ガーネットがこっそりポケットに手を入れる。
ガーネットを注視していて、その行為を何やら危ないと感じた私は、彼女のポケットに入れていた手を無理やり取り出す。
「なっ、何をするのよぉおお~~!!」
ガーネットは騒いでいるが、無視して放っておいて、彼女が手に持っていたものをつまんで取る。
ガーネットの手からつまんで取ったものは、小さな丸玉だった──。
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