25話 お茶会に参加します -7-

 私──リーゼリットは、自分自身の能力の実態に仰天した。


("魔法使い"の魔法の力を向上させる能力だとか、そんな想定外なものが私の"異能"だなんて───)


 しかも、推したち3人全てにいつの間にか、その能力について知られていたらしい。

 だから先程、私が美術室に入ってくるまでの間、3人で会議に近しいことをしていたのか。

 私はこれでようやく納得ができた。


「そなたが公に能力を披露した以上、これからはそなたに間抜けのままでいてもらっては困る。だからこそ、事実を知っているシュジュアとターナルを呼んで対策を練っていたのだ」


(間抜け……。とうとう"私"、ラドゥス様に間抜け扱いされてしまったわ……)


 ラドゥス王子からぞんざいな発言をされても、至極真っ当すぎてもはや涙も出てこない。


「それで……その対策とは?」

「仕方あるまいが、僕とシュジュアとターナルとで当分の間、今後そなたの動向を監視することにした」

「えっ!? 監視……ですか?」


 ラドゥス王子にそう言われて、愕然とする私にターナルが補足する。


「監視という名目とはなってしまいましたが、実質的にはリーゼリット殿。あなたをお護りする為にそうさせていただくことになりました」



 うそっっ?

 まさかの推し達が、私を護ってくれるということ?

 一瞬素直に喜ぶが、よくよく考えるといつもの監視員(侍女)と変わらないので、全然喜ぶことではないのだろうと理解する。


「えーと……でも、子爵令嬢のユリカさんみたいなすごい"魔法使い"に、監視はついていないじゃないですか? なんで、私だけ?」

「ユリカはダリアン兄上やマリウス、ザネリが周囲に目を光らせている。それにそなたは"魔法使い"ではないのだから、自分で自分の身を守れたりしないだろう」


 ラドゥス王子に、自分ではどうにもならない痛いところを突かれる。


(それにしても子爵令嬢のユリカさんは、第1王子のダリアン様だけでなく、キュール公爵家長男のマリウス様や、ガラティア侯爵家長男のザネリ様まで攻略しているということ──!?)


 驚愕の事実に開いた口が塞がらない。

 まさか、小説バイブルではなかった、逆ハーレムルートが成立しているなんて!!

 推し3人のガーディアン計画(という名の監視員計画)よりも、私にとってはそちらの方がとんだ驚きである。


「……まぁ、私がポンコツのせいで、普段から監視として周囲に目を配られるのには慣れているので……ハイ」

「そういうことなので、とにかく暴走はするな。いいか、報連相は大事だ。何かあれば、僕かシュジュアかターナルに必ず連絡を入れろ」


 リーゼリットはラドゥス王子にそう警告されて、会議もどきは一旦終了となった──。




 その後はいつも通り、ラドゥス王子と一緒に、リーゼリットは美術室で漫画の続きを描いていた。


「ほう、見事なものだな。ラドゥスの独特のセンスも上手く入り交じって、内容も面白いものになっている。刊行するつもりはないのか?」

「素晴らしい作品だと思います。聖ワドルディを題材にした作品は他にもありますが、これは圧巻です。ぜひ本で読みたいですね」

「シュジュア、ターナル。絶賛してくれるのは構わないが、描いてる途中に近くで話してくれるな。これでも、集中しているんだ」


 シュジュアとターナルの称賛に小言を言うラドゥス王子だが、顔を見ると真っ赤になっている。

 ただ、恥ずかしがっているだけのようだ。


「それに……伝記漫画など、突飛すぎて売れはしないだろう。僕でも描き始めた当初は、驚いたからな」


 確かに、描き始めた当時のラドゥス王子は本当に驚いていた。

 私が解説漫画を描きつつ、漫画について色々教えていた頃だ。


『なんだ、このコマ割りというのは!? 何故なにゆえそれぞれ大きさが違うのだ!?』


 この世界にはネットも動画もないので、一から全部教えるのには苦労したが、ラドゥス王子が天才かつ努力家なのもあって教え甲斐はとてもあった。


「ならば試しに、学園の皆に頒布はんぷすれば良いだろう」


「頒布……ですか?」


 シュジュアの提案に、私が疑問の声をあげる。

 頒布……頒布できるような催事なんて、学園にあったかしら?


「ああ。11月に行われる学園祭。それに合わせて、試読できる本を作ればいいんじゃないか?」


(学園祭? 学園祭……思い出したわ! 確か、小説バイブルでリーゼリットやユリカ子爵令嬢が歌を披露する日!!)


 以前の"わたくし"はそれなりに歌を歌えたはずだけれど、"私"は超がつくほどの音痴である。

 それなりに歌を歌えるだけで自慢しまくっていた"わたくし"もどうかと思うけれど、超絶音痴な"私"は一刻も早く辞退したい。


「どうしましたか、リーゼリット殿。顔が真っ青ですが……大丈夫ですか?」


 顔が青白くなっている私をターナルは心配してくれる。


「その……学園祭と聞いて……。私は……歌を披露する日であることを思い出してしまって……」

「? 立候補者と推薦者選出は10月に行われるから、まだ決まってはいないだろう。もし嫌なら、立候補しなければいいだけのことだ」


(そうよ! 立候補しなければいいのだわ!!)


 ラドゥス王子の言葉に、リーゼリットは天からありがたい言葉を授かったような心持ちになる。


「リーゼリットは、何故歌を歌いたくないのだ?」

「それについては聞いてないのですね。詳しくはカルムさんから聞いてみてください。絶対に立候補しない方がいいと言われますから」


 ラドゥス王子は、未だに納得ができていないようだ。

 シュジュアとターナルも、お茶会開催前に歌を歌ったことしか知らないみたいなので、私はこれ以上は何も言わずに話題を戻すことにする。


「それでは……学園祭で試読できる本を製作するということですか? どうされます、ラドゥス様?」

「それは……せっかく描いている漫画だ。読んでもらいたいことに変わりはないが……」

「……ならやってみましょう、ラドゥス様! この際、シュジュア様やターナル様にも、手伝っていただきましょう!!」


 ラドゥス王子はまだ決心がついていないようだが、こういった催しは楽しんだもの勝ちだ。

 まさか名前が挙がると思っていなかった、シュジュアやターナルは抗議の声をあげる。


「俺はこうみえて結構忙しいんだ! 漫画? の手伝いなど何もできないぞ!?」

「私も漫画? の手伝いなど、何もお力になれないと思います!!」


 抗議の声を、私はニコニコ笑顔を見せて制する。


「伝記漫画を本にしてみてはどうかとおっしゃったのは、シュジュア様とターナル様のお二人ですよね? こういうことは、言いだしっぺがするものです。この際、巻き込ませてもらいますよ」



 こうして、シュジュアとターナルも、昼休みに漫画を描く手伝いをすることになった──。



 *****



 ──数日後。

 私は本日も学園に登校し、教室に入ろうとして声をかけられる。

 声をかけられた人物に、私は目を見張る。


「リーゼリット様、先日はドレスをありがとうございました」


 声をかけてきた人物は、まさかのヒロインである子爵令嬢ユリカだった。


「別に感謝されるほどのことではないわ。それより、他の令嬢たちに気をつけることね」

「ありがとうございます。こちら、大したものではありませんがお礼です」


 そういって丁寧にラッピングされている、綺麗な刺繍の入ったハンカチを渡される。


「ありがたく使わせていただくわ。それより貴女、その手はどうしたの?」


 確かユリカは、小説バイブルでも刺繍が上手かったはず。

 このような裁縫で、怪我をしてしまうような女性ではない。

 なのに、ユリカの手はあちこち絆創膏ばんそうこうだらけだ。


「この手は……いえ、なんでもありません」


 ハンカチを渡し終えて、彼女は素早くきびすを返そうとしたとき、リーゼリットは目ざとく見つける。


「──貴女、その教科書どうしたの!? ちょっと待っていなさい! 私の教科書を貸すわ」

「えっ!? そんないいです! 大丈夫ですから」


 ユリカは断ろうとしたが、私が半ば無理やりに渡す。

 彼女は何度もお礼を言って、自分の教室に帰っていった。


 そこで、私はふとした疑問が浮かぶ──。



「あら? 子爵令嬢のユリカさんって、成績優秀者のクラスじゃなかったかしら??」

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