22話 お茶会に参加します -4-

「……それでは、お茶会開催前の記念に一曲お聴きくださいませ──。曲名は『─────』」


 指定した曲名は、このシェイメェイ王国の民なら誰でも知っている童謡だ。

 童謡と侮ることなかれ。

 9月の季節柄にぴったりの、秋が到来した喜びがテーマの楽曲である。


(歌曲は教養として覚えていても、ぶっつけ本番で歌える楽曲は限られてくるわ。それでは、いざ──)


 両手は2人としっかり繋いだままで、両隣にいるユリカとカルムに、私ははっきりとアイコンタクトをとる。

 ユリカとカルムは、未だ動揺を隠せないでいるが、私の必死のアイコンタクトに小さく頷く。


 そして、私はアカペラで歌い出す──。




(……完っ全に抜かったわ~~~~~!!!)


 転生したことを自覚してからは、特に人前で歌ったことなどなかったので今まで気づかなかった。

 ……"私"、リーゼリットは、"音痴"だ──。


 先程までユリカをけなしていた令嬢達が、クスクス笑っている。

 カルム以外に控えていた宮廷音楽師たちは、耳まで押さえていて大変失礼である。


 最早私に合わせてくれて歌っているユリカや、プロであるカルムですら、つられて音程を大幅に外す始末である。

 ユリカは本気で泣きそうになっているし、カルムに至っては羞恥の極みでとんでもない表情になっている。


(1番が終了。2番では挽回してみせる)


 だが、曲が進むにつれて、ユリカとカルムの顔色が変わってくる。

 そして、2人して私の方を見て、驚愕の様相を浮かべている。

 どうやら、私と2人との感覚の共有が成功したらしい。


 それに合わせて、魔法の効果が表れていく──。


 なんだか、心や体が軽くなってきた。

 歌っている私まで、だんだん気持ちが軽くなってくる。

 まるで、天使の羽が付いたかのように天にも昇る気持ちだ。


(2番が終了。お次は最後の3番、気合い入れるわよ)


 気合いを入れて声を出したせいで、さらに"音痴"の酷さは増す。

 だがこのころには、ひそかに笑う者や耳に手を当てている者は誰もいなくなっていた。


 皆が皆、曲に聴き浸っている。

 童謡にも関わらず、楽曲に合わせて腕を上げて振ったりする者まで出てきた。


 かくいう私も、浮き浮きしてきて無邪気な気持ちが暴れだす。

 やる気が溢れ出てきて、どうにも抑えられなくなってくる。

 しまいには"音痴"にも関わらず、童謡なのに変な節を付けて歌ってしまう。


(……これは流石に魔法が効きすぎだわ。でも、気持ちを抑えられない! 今にも走り出して、魂の叫びをあげたいほどなのよ!!)


 そして、なんとか無事? に、3番まで歌い終わった──。



 最初から最後まで全て外しっぱなしだったが、楽曲は3番までの歌であるため、リーゼリットは童謡の終わりまできっちり歌い終えた。

 歌をどうにか歌い終えたことにホッとした後、先程の曲を捧げた相手を思い出して、私はゲネヴィア第1王太子妃を見る──。


 ──第1王太子妃の顔面蒼白は消え失せ、顔色は格段に良くなっていた。


 そして、顔色が良くなった第1王太子妃から声を掛けられる。


「…貴女が……リーゼリットね」


(なっ何を言われるのかしら!? "音痴"について? 貴女の歌はあまりにも"音痴"すぎるから、今すぐ会場から出ていきなさいとか!?)


 リーゼリットは、心の中で慌てふためく。


「お茶会の開催を記念した一曲として、とても素晴らしかったわ。是非また、聞かせてちょうだいね」


 そう言ったあと、第1王太子妃は用意された席に優雅な動作で着席し、王太子妃主催のお茶会は無事に開催されることとなった。




 やるべきことはやり終えたので、私はダリアン第1王子の母である第1王太子妃からは、できれば遠くの席に座りたいと思っていた。

 だが序列の関係もあり、私は第1王太子妃に比較的近い席に座ることとなった。


(ゲネヴィア様のことに思考を全開にしていたから、全然予習ができていないせいで、何を喋ればいいのかすらさっぱりわからないわ。近頃の流行とかにも、あまり詳しくないし……)


 適当に相槌を打ってごまかしてはいたが、他の令嬢達の話はさっぱりわからない。

 ドレスやアクセサリーだって、流行に敏感な母が選んだものを着用しているのだ。


「リーゼリット、ちょっといいかしら」

「ゲネヴィア様、どうされましたでしょうか?」


 第1王太子妃は私を呼び、囁くような声で話しかけてくる。


「……実はね、わたくしも会話についていけていないのよ。最近はずっと調子が悪くて、寝込んでばかりいたから」

「ゲネヴィア様もですか? ……では、私の方からお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「いいわ。何を聞きたいのかしら?」

「昔話を聞きたいですわ。王子殿下の皆様が小さかったころのお話を」


 第1王太子妃は瞠目するが、すぐに穏やかな表情に戻る。


「……わかったわ。わたくしがあの子たちの面倒を見ていたころの話をするわね──」


 そして、第1王太子妃は場所を変えて、お茶会の会場中心から少し離れた場所で、私に昔話をし始めた。



 *****



「「「ダリアン兄上~!!」」」


 ダリアン第1王子の元に、3人の王子たちが駆け寄ってくる。

 カドゥール第2王子と双子のサトゥール第3王子、一番年下のラドゥス第4王子は、長兄のダリアン王子に懐いていた。


 ダリアン王子と3人の王子たちの母は違えど、そんな事実は関係ないかのように仲が良かった。

 また、3人の王子たちは、ダリアン王子の母であるゲネヴィア第1王太子妃にも懐いていた。


「ゲネヴィアさま! 絵本を読んで~~」

「ずるいぞ、ラドゥス。なら俺は、ダリアン兄上と剣の練習の続きをするからな」

「ダリアン兄上はサトゥール、お前が木刀を振り回したせいで、思い切り手首を捻っていただろう。今日はゲネヴィア妃と読書の日にしよう」


 ダリアン王子は元気いっぱいなサトゥール王子と、まだまだ甘えん坊なラドゥスに振り回されていた。

 そんな兄弟の中で1番大人びていたカドゥール王子は、いつも2人の弟を褒めたり窘めたりしていた。


 ゲネヴィア王太子妃は、4人の王子全員を自分の子のように愛していた。

 夫の王太子と、弟王子3人の母の第2王太子妃は、どの王子にも一線を引いていたけれど、その分ゲネヴィア王太子妃はこの子たちを愛してあげようと思った。

 本を読んだり、勉強を教えたり、歌を歌ったり、絵を描いたり、一緒にできることは進んで取り組んでいた。



 そんなある日のことだ。

 カドゥール第2王子が行方不明になったのは──。


 一番聡いカドゥール王子のことだ。

 大丈夫だと思いたいけれど、心配になる。

 他の王子たちもソワソワしだして、探しにいくのを堪えている状態だ。


「サトゥール兄上、カドゥール兄上はなんでいなくなったの?」

「知らないよ、ラドゥス。いつもは俺を置いていったりしないのになんでだ?」

「落ち着け、サトゥール。ラドゥスもだ。カドゥールは賢いからな、すぐに帰ってくる」


 そう言いつつも震えているダリアン王子や、不安になっているサトゥール王子とラドゥス王子をゲネヴィア王太子妃は宥めつつ、ただひたすら帰りを待っていた。


 思えば、その頃からだ。

 ゲネヴィア王太子妃の実家、ロイズ公爵家がおかしかったのは。

 ゲネヴィア王太子妃の父、ロイズ公爵は何かと王子達に様々な品を献上しに王宮へ参上していた。

 その日もロイズ公爵は、小さな丸玉を王子達に渡そうとしていた。


 結局その日にカドゥール王子は、随分と時間が経って帰ってきた。

 だが、王子達の身の安全が確保されていないのなら、いくら自分の父でももっと警戒すべきだったのだ。



 ──カドゥール王子は、11歳と若くしてこの世を去った。


 表向き事故となってはいるが、その真偽は定かではない。

 だが恐らく、ゲネヴィア王太子妃の父ロイズ公爵が絡んだ事件だ──。


 既に6年前の事故となっているが、ゲネヴィア王太子妃の心の傷は癒えていない。

 ゲネヴィア王太子妃が王子たちを愛したりしなければ、カドゥール王子の未来は絶えずに済んだのであろうか──。



 わたくし──ゲネヴィアは、そればかりが心残りになって仕方がないのだ──。

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