18話 鉱山を見学します -7- ~ターナル視点有~
ガラティア侯爵家の令息である次男ターナルは、今回の一件で侯爵令嬢リーゼリットのことを判断しかねていた。
──ノーマン侯爵家の令嬢、リーゼリット。
学園での噂では、
ろくなことしかしでかさない、関わった者が損をするご令嬢。
兄ザネリの意見では、本来ガラティア侯爵家が頂戴するべきだった秘宝を横から奪い去った、忌々しいノーマン侯爵家のご令嬢。
そんなろくでもない評判しか聞いてこなかったから、ガラティア侯爵家の鉱山採掘に"個人"で支援を申請してきた時には、正直驚いてしまった。
兄は単なる気まぐれだろうと言っていたが、気まぐれで"個人"が支援できるような金額ではない。
──だから、苦し紛れで相談してみた。
もしかすれば、あなたなら兄さんを止めてくれるかもしれないと──。
リーゼリットは、本気で問題解決に取り組もうとしていた。
ターナルの相談にも乗ってくれた上で、鉱山採掘現場にも向かってくれた。
職人たちや領民の村人たちとも、向き合って話し合ってくれた。
大人たちの心情を上手く理解出来ずに、どうすれば父や職人たちを助けられるかで苦しんでいた"魔法使い"のメルの心も癒してくれた。
メルの動揺で家屋の揺れが何度も生じたときには、彼女がどうしたいのかすら不明だったが、メルが実際にコントロールができるようになった際は驚きを隠せなかった。
──まさかリーゼリットが、"魔法使い"と関連ある能力の持ち主であることには驚愕してしまった。
それで、メルがリーゼリットに懐いてしまったのもあって、一度彼女にメルを任せることにしてみた──。
我々が鉱山へ訪れた日の翌日に、盗賊たちが"聖石"を狙って襲ってきたことは思いもよらぬ事件だったが、それもメルと協力して被害を最小限に抑えてみせた。
リーゼリットはメルを事件に関わらせた罪悪感を抱いていたが、ターナルは咄嗟の判断としては悪くなかったように思う。
「(『どんな力でも、無闇やたらに使ってしまったら、ありがたみというものがなくなってしまうわ』でしたよね……)」
そうリーゼリットは、メルに言っていた。
ターナルもその言葉に同意する。
もし仮に今、兄が秘宝を手に入れたとしても、そのありがたみを失うような使用方法をする予想しか思い浮かばない。
「……たとえ、秘宝"ホープ"がなかったとしても、我が家はやっていける。それを今一度、証明せねばなりません」
弱者にも思いやりのあるリーゼリット殿。
もしかしたら本当に、あなたなら兄さんを止められるかもしれない───。
*****
大変だわ!!
私ってば、寝るときにいろいろ明日からのことについて考えていたはずなんだけれど、起きたらほとんど忘れてしまったわ~~~!!
こんなこと、シュジュア様との盗難事件に巻き込まれた日にもあったような?
それからどんどん月日が経過していくと、私は盗賊事件の夜に悶々と悩んでいた事柄を忘却したことすら忘れてしまった──。
盗賊事件後にガラティア侯爵邸に泊まった次の日、特に何といった事柄もなく、馬車でノーマン侯爵邸まで帰ってきた。
ザネリはガラティア侯爵邸からの出発間際に、私にまた一瞬冷たい視線を送ってきたが、すぐにそれを止め礼儀正しく見送ってくれた。
ターナルは鉱山や村で一緒に過ごした時間があったからか、柔和な微笑みを見せて、私やシュジュアに御礼を言いつつ見送ってもらえた。
「リーゼリット殿。この度は鉱山採掘の支援に尽力いただき、誠にありがとうございました。よろしければ、また遊びにいらしてください」
(ターナル様の柔らかい微笑み顔~~! ターナル様は生真面目さからか、あまりこういったお顔を見せないから貴重だわ!!)
馬車での帰り道、私はターナルの微笑みの余韻に浸っていた。
その間、シュジュアとジオは何やら小声で相談し合っていた。
(「記述にあった通り、魔法が掛けられていない"聖石"は無色透明だったな」)
(「はい。そして、メルさんが感情を爆発させた時に地割れを起こした際、近くにあった"聖石"の原石が若干色を持ちました」)
(「やはり、"魔法使い"によって、"聖石"はその魔法の色を纏うのか」)
私の侍女は耳が良いので、二人の会話は聞こえているだろうが、それを感じさせない無表情だ。
事務所でなく馬車で話している以上は、私がもし聞きかじってしまっても良いことなんだろう。
しばらくして、ノーマン侯爵邸に到着した。
そのときに、シュジュアは私に声を掛ける。
「それでは、リーゼリット嬢。夏季休暇が終わったあとに、学園でまた会おう」
その言葉に私はそのまま卒倒しかけたが、何とか正気を保って小さく手を振った。
*****
待ち望んでいた夏季休暇がいつの間にやら終わり、王立学園は新学期を迎えることになった。
休暇前ぶりに王立学園へと登校した私は、突如の事実に衝撃を受ける。
(完っ全に忘れていたわ~~! 確かこの学園では、学期ごとに成績順でクラス分けがされるんだった!!)
私が夏季休暇前に受けたテストの総合成績は30位以内。
前後はあるが30位程度までは、一番頭の良い生徒達が振り分けられるクラス。
つまり、推したちのいる成績優秀者のクラス。
(まさか自分のために頑張った勉強が、推したちのいるクラスに振り分けられることに発展するなんて~~~!!)
気分は既にハイテンションである。
そのようなワクワクした心持ちで成績優秀者のクラスに入ろうとすると、学園の生徒たちから、いやに気持ち悪い視線を向けられる。
(「あの侯爵令嬢リーゼリット様が、成績優秀者なんておかしいわよ」)
(「でも最近は、必死に机に向かって勉強していたって噂よ」)
(「だからって、一気に成績が上がるなんて変に決まってるじゃない」)
(「不正かもしれないって噂も、実は本当かもしれないわね」)
まさか、私の成績が上がったせいで、不正まで疑われているなんて。
確かに"わたくし"はポンコツだけれども、"私"が努力してきたことまで疑われているのは辛い。
これでも、一気に成績を上げるまでには苦労を重ねてきたのだ──。
私が成績優秀者のクラスに入るのを
「リーゼリット殿、どうしたんですか? あなたのクラスはここで合っているでしょう? ……疑いが向けられているとしても、それが事実なら堂々としていれば良いのです」
「でも、その、疑われることが続けば私は……」
「メルに全力で語りかけていたあなたはどこに行ったのです? ……ならばその成績を維持し続ければ、誰も文句は言ってこなくなるでしょう。それまでの辛抱です」
そうか……ターナルは私に挫けるなと言ってくれているのか。
「……そうですね。ありがとうございます。少し落ち着きましたわ」
そうして、勇気を振り絞り、成績優秀者のクラスに入室する──。
意外にもクラスに入ってからは、どの生徒からも気持ち悪い視線を向けられることは無かった。
ただ、私自身の潔白を認めてくれているというよりは、不正なんて
だが、先程の視線を集めるよりははるかに息がしやすいので、極力このクラスから出ないようにしようと決める。
「ターナル様、先程はありがとうございました」
「リーゼリット殿は以前から噂の
「(以前の"わたくし"と今の"私"は違うのです)私は貴族令嬢としてまだまだ未熟ですもの……。たまにくらい、弱音だって吐きますわ」
これ以上私の弱いところを悟られないよう、ターナルの方を向いて全力の微笑みを見せる。
ターナルはその微笑みを見て目を見張ったが、すぐにいつもの生真面目そうな顔に戻した。
「そうでしたか。では、私は何も聞かなかったことにいたしましょう」
「ありがとうございます。おわかりいただけたようで嬉しいですわ」
「──ダリアン兄上の次はターナル? リーゼリット、そなたはなかなかに節操がないみたいだね」
ふとその言葉に振り返ると、翡翠の瞳と目線がかち合う。
そして、その美貌に目を奪われる。
だが、ほんのひとときの時間が経過して正気を取り戻すと、その相手が
ああ、やってしまった──。
ダリアン様を追いかけるのを止めるだけで終わっておけば、このようなお顔はなさらなかったかもしれないのに。
推しの1人に、目の前でこんな表情をされたくなんてなかった。
「ラッ、ラドゥス様───」
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