17話 鉱山を見学します -6-

 黙り込んでしまったターナルとシュジュアに、どう話しかけていいかわからない私はおろおろしだす。


(ターナル様も、シュジュア様も、なんで何も言わずに黙っちゃったの!? 私もしかして、とんでもないことをしでかしてしまったのかしら……?)


 私がどうすべきか慌てているうちに、私やメル、ジオと同じく被害が及ばないよう奥の方に隠れてもらっていた職人たちが、ぞろぞろと顔を出してきた。


「おい、さっきの賊の武器がパンパン壊れていったのはメルがやったのか!?」

「そうだよ。おねえちゃんと一緒に、悪いひとたちの剣を壊したの! わたし、ちゃんとコントロールできるようになったのよ!!」


 メルの言葉を聞いた職人の代表は、複雑そうな表情でメルに語りかける。


「……ありがとうな、メル。助けてくれて。でももし何かあったら、メルの父ちゃんに顔向けできなくなるからな。お願いだから無理はすんなよ」

「……うん、わかった。言うこと聞かなかったわたしをさっきも心配してくれてありがとうね、おじちゃん」


 そうだった、メルはまだ8歳の少女だ。

 そんな少女を私は、盗賊退治に巻き込んでしまったのだ。

 職人たちや領民たちに、リーゼリットに対して文句を言われても仕方がない。

 だが職人たちは、私を責めたりはせずに、最後まで礼だけを尽くしてくれた。




 メルが職人たちと和解したのを見届けたところで、鉱山の見学に訪れた私、ターナル、シュジュア、ジオ、シュジュアの護衛、私の侍女の6人はガラティア侯爵邸に帰ることになった。

 盗賊たちは全員縛りあげて、ガラティア侯爵領の自警団達に一旦突き出した。

 今後の措置は、ガラティア侯爵やザネリにも判断をあおぐらしい。


「ありがとうね、おねえちゃん。おねえちゃんのおかげでみんなと仲直りできたよ」

「メルちゃんこそ、ありがとう。メルちゃんがいてくれたから、誰も怪我をせずに済んだの。魔法は無闇に使っちゃ駄目だけど……私はあの時、勇気を出してくれて嬉しかったわ」

「……うん。今のわたしは、魔法は自分勝手に使っちゃいけないって、ちゃんとわかるよ。またきてね、おねえちゃん」


 帰り際に、メルや職人たちに挨拶回りをし終えて、私達は帰路につくことになった。



 行き道と同じく馬車が通れる道の場所まで、リーゼリットはターナルの馬に二人乗りになる。

 ターナルが先程黙り込んでしまったこともあって、私が話しかけるのを躊躇っていると彼の方が口を開く。


「……リーゼリット殿は強いですね」

「強い?? ……私がですか?」

「勇気がある、ということですよ。結果的に盗賊騒動の事態は収束し、ガラティア侯爵家と職人達との結束力が高まりました。それにメルが今後成人するまで鉱山を出入りしないと約束したのは、あなたの発言があったからだと思います」


 私の発言?

 そんな大層なことを言ったかしら?


『いい、メルちゃん。力というものは、いざというときに使うものなのよ』


『いざというとき?』


『そうよ。どんな力でも、無闇やたらに使ってしまったら、ありがたみというものがなくなってしまうわ。メルちゃんを庇ってくれている、職人たちの心配を無視してはいけないのよ』


 メルに話したことを脳内で復唱する。

 柄にもなく、言いたいことを言っていた気がする。


(そうだった、あのときのお話をターナル様にも聞かれていたんだった! 推しに見聞きされていたなんて、なんだかいまさらになって恥ずかしくなってきたわ~~!)


「申し訳ございません! 私が勝手に、メルに言いたいことを言ってしまったようで……」

「……貴族社会は、本音を隠して言葉を連ねるものです。ですがあなたは、領民たちに寄り添って本音で話していらっしゃった。立派なものですよ」


 いまいち褒められている気がしないが、感心されているのはわかる。

 私はその言葉を素直に受け取ることにする。


「……はい! ありがとうございます」

「素直ですね。嫌味で言ったつもりはさらさらありませんが、あなたを貴族らしからぬ令嬢だと言ってしまったのに……」

「お気になさらないでください。確かに、貴族らしからぬことをした自覚はありますので」


 そのような話をしている間に、一行は馬車小屋にまで到着した。



 ガラティア侯爵邸に着くと、執事たちが出迎えてくれる。

 帰りの馬車では、私は疲れて眠りこけていたので、いつの間にやらガラティア侯爵邸に着いていて驚いたものだ。

 馬車を降りる際に、その姿を私の侍女に冷たい目で見られ、ターナルやシュジュアたちに見られていたことを察すると同時に情けなく思った。


(やってしまったわ~~! 推しが寝ている姿を私が見るのではなく、私が寝ている姿を推しに見られるなんて羞恥以外の何物でもないわ~~!!)


 ターナルやシュジュア達は苦笑するだけで、私が眠りこけていたことについては幸い何も言ってこなかった。


 今日は既に夜遅いので、夕食は客室の各部屋に届けられる形となった。

 食事と入浴を済まし、リーゼリットは客室のベッドに寝転がって眠りつつも考えに入り浸る──。



 *****



 今回も恐らく、推しが自分たちで解決するべき事柄に私が介入して、色々お節介を焼いてしまった。


 "聖石"の採掘できる鉱山の見学に行くと、"魔法使い"の少女メルに出会った。

 メルは破壊魔法の使い手で怪我人の父に代わり手伝いたい彼女と、彼女を気にかけて阻止しようとする職人達は対立していた。


 そこに私が割って入り、メルに破壊魔法のコントロール方法を教えた。

 次の日メルと共に鉱山に到着すると、突然盗賊たちがきて戦闘を交えることになった。

 その戦闘が長引きそうになってきて、私が危険だと判断し、メルの能力を使って盗賊たちの武器を壊していった。


 結果的に、職人たちのガラティア侯爵家への信頼度は高まったけれど、一歩間違えればさらに亀裂が入っていたかもしれない。

 それに職人たちへ課せられたノルマが多いという、根本的な問題はまだ解決していないのだ。

 このままでは、私自身も思わぬうちに、ザネリとターナルの喧嘩にも介入してしまうかもしれない──。


 シュジュアと対面して、盗難事件に遭遇した時もそうだった。

 あの時の私は、推しの未来に関わってしまうことを『どうすればいいのかわからなくなってきた』と、そう思った。


 ──けれども、実際の私はどうだ。


 推しの運命に、積極的に関わっていこうとしている。

 だって"私"は、目の前の人が悩んでいるののにそれを放っておけるほど……強くない。

 シュジュアのことも、ターナルのことも、まだきちんとお会いしていないラドゥス王子のことも、私は彼らに何かあればこれからも邁進まいしんしてしまうだろう。


 ならばもう、開き直るしかない───。



 こうなればもう、積極的に推し達に関わって、シュジュア様の衰弱、ターナル様の決別、ラドゥス様の死亡ルートを回避させてみせるわ。

 そして、推したちの幸せルートを新たに開拓してあげるのよ。

 うん、推したちの幸せが私の幸せ。


 なんだか、しっくりくるようになってきたわ。

 原作の小説バイブルでは不憫キャラだった推し達を、私の手で、この上ないくらい多幸なキャラにしてみせましょう。

 そして、ノーマン侯爵家のご令嬢という立ち位置で、最後まで推し達を観察するの。


 小説バイブルを書いてくださった原作者様という名の神様、本当にごめんなさい。

 でも、もう決めてしまったの。

 原作改変を目指して、やれる限りのことはやってみせますわ。


 さぁ、明日からも頑張るわよ~~!!



 ガラティア侯爵邸の客室のベッドの中で眠りながら、私──リーゼリットは極力小さな声で「えいえいおー!!」とときの声を上げた──。

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