第39話 走竜の雛(?)

「ボ、ボクは外にいるから! 雛と仲良くなったら呼んでね!」

「私も外にいます!」


 ネロとラムルさんが慌てた様子で部屋から出て行ったんだけど……これはアレか、最初に見たものを親と認識する、インプリンティング的なやつか。地球では鳥類の話だが、こちらの世界ではドラゴンも適用されるのだろうか。


 そうこうしているうちに卵に入ったひびが大きくなり、遂には殻が一部落ちた。そこから見えるのは……え? 走竜の雛って毛が生えてるの?


 雪のように真っ白でほわほわした毛が見える。そして雛が身動きする度に割れた殻が落ちて、とうとう全身が見えた。


 耳のないフェレットのような顔。顔の割に大きくてつぶらな瞳は綺麗な紫。しっかりした後ろ足と小さくて可愛らしい前足には指が5本。大きさはニワトリくらいだろうか。


 ん? こいつなんか光ってない?


「キュル?」


 紫の瞳と目が合った途端、小首を傾げて俺を見つめてくる。


「キュルルゥ!」


 そして俺の胸に飛び込んで来た!


「ぐへっ」


 予想より遥かに力強い突進が鳩尾に入った! そのまま胸に抱いて全身を撫でてみる。


「キュルルゥー♪」


 こ、これは喜んでるのか? スリスリと体を摺り寄せてくる。くぅっ、これはアカン! 思ってたより1万倍可愛いぞ。


「か、かわいい……!」

「キュルゥ!」


 顎の下辺りをナデナデしていると目を閉じてうっとりしている。短い尻尾の先まで真っ白な毛で覆われていて、頭から尻尾に向かって撫でると背中には小さな翼が……。


「はぁ!? なんで翼が?」

「キュルル!?」

「ああ、ごめん。びっくりさせちゃったな」

「キュルゥ~」


 翼があろうが可愛いから良いや。そうやって30分くらいあちこち撫でくり回していると、雛は「キュゥゥ……」と眠ってしまった。


 眠った姿も可愛い。すっかり安心して俺に身を任せている。真っ白な毛の周りには、キラキラした金色の粒子が……って、やっぱりこいつちょっと光ってない?


 雛を胸に抱きながら、起こさないようにそっとベッドから立ち上がり扉に手を掛ける。というか抱っこしてるから取っ手が……肘で押し下げて開けた。レバー式で助かった。


 扉のすぐ外でネロとラムルさんが待っててくれたみたい。二人が俺の腕の中で眠っている雛を覗き込んでいる。


「わぁ……!」

「フフ……!」


 二人は宝物を触るように、そっと雛を撫でる。三人で再度部屋の中に入り、俺がベッドの端に腰掛けると、ネロは隣に、ラムルさんは椅子を引っ張って来て雛がよく見える位置に座った。


「仲良くなれた?」


 ネロが小さな声で尋ねる。俺もなるべく抑えた声で答えた。


「うん。かなり懐いてくれた」

「ウォードさんなら当然ですね」

「そうなの?」

「ええ。名前はもう決めましたか?」

「そうそう! 名前を付けてあげなきゃ」


 名前……そうか、名前を付けないといけないのか。


 プラネリアとマフネリアの間に生まれた子だから……じゃなくてその前に聞いておかないといけない事がある。


「あのさ、この子翼があるんだけど」

「 「えっ」 」

「しーっ!」


 二人が大きな声を出したので思わずたしなめてしまった。


「あと、こんな風に毛が生えてるのは普通? それになんだか光って見えるし」


 俺の言葉に、ネロとラムルさんはじーっと雛を覗き込む。


「ほんとだ」

「光っていますね」

「ウォード、ちょっと待ってて」


 ネロとラムルさんは再び部屋から出て行った。何だろう、雛に何か問題でもあるんだろうか? こんなに可愛くて元気なのに。病気とかだったらどうしよう……。


「キュル?」


 雛がいつの間にか起きていた。俺を見て「だいじょうぶ?」と聞いているような気がした。


「大丈夫、きっと大丈夫だから……」


 立ち上がり、赤ちゃんをあやすように揺らしてみる。


「ごめんウォード!」

「お待たせしました」


 二人が戻って来てくれた。


「ネロ……」

「どうしたの、ウォード……あ、そうか、雛が心配だったんだね」

「うん」

「大丈夫、問題ないよ」

「キュル!」

「起きてた!」

「起きたんですね!」


 ネロとラムルさんは目覚めた雛を見て「かわいい!」「キュートです」と言いながら優しく撫でる。


「ねえ、ネロ?」

「ああ、ごめん! あのね、その雛はたぶん『特異種』だよ」

「トクイシュ?」

「走竜に限らず、竜種は卵の間に龍気の影響を受ける事が稀にあるんです」


 ラムルさんが説明してくれる。


「えーと、つまり?」

「ウォードさんが卵をずっと傍に置いていたので、ウォードさんの龍気の影響で特異な竜種になった可能性があります」

「そ、それは悪い事じゃない?」

「ううん、良い事だよ!」

「はい。特異種は優れた能力を持ち、普通種より強くて長生きになる傾向にあります」

「そうなんだ……良かったぁ」


 取り敢えず病気とかじゃなく、体に異常もなければ良い。元気に育ってくれればそれだけで良いんだ!


 ん? これってすっかり「親」の気持ちじゃなかろうか。ま、いっか。


「走竜の子供で翼があるという事は、恐らく『滑走竜』か『翔竜』ではないかと。いずれも希少種です」


 ほうほう。生まれながらにしてエリートって訳か。うん、素晴らしい。


「光ってるのは?」

「……分からない」


 ほうほう。分からないのか。まあ、ネロやラムルさんだって知らない事もあるよね。そんなにギラギラ光ってる訳じゃないし、何となく悪い感じはしないから別にいいや。完全に勘だけどね!


「うん、光ってるって言っても何となくそう見えるってだけだし。今は気にしない事にするよ。じゃあ名前を決めないとだよね」

「うん!」

「そうですね」


 名前かー。自慢じゃないけどネーミングセンスないんだよなー俺。プラネリアとマフネリアの子……


(ウルシアナ)


「えっ?」

「ん?」

「どうしました?」

「今何か言った?」


 ネロとラムルさんは揃って首を横に振る。


(気のせいか)

(ウルシアナよ)


 まただ。女の子の声が聞こえた気がする。部屋の中を見回すが、もちろん俺達三人と雛しかいない。……雛?


 俺が雛を見つめると、雛もじーっと俺を見返す。


「ウルシアナ?」

「キュルルゥ♪」

「ウルシアナがいいのか?」

「キュル!」

「ウルシアナ、良い名前だね!」

「その子も気に入っているようですよ」


 もうさっきの声は聞こえない。本当に「声」だったのだろうか。この雛の――ウルシアナの心の声? それとも、今まで暇過ぎて脳内に誰かを作り出してしまったのか? でもどこかで聞いた事がある気もするんだよなぁ。まぁ、また聞こえたら考えよう。


「よし、じゃあお前の名前はウルシアナだ!」

「キュルゥゥ!」


 走竜だか滑走竜だか翔竜だか知らないけど、ウルシアナはウルシアナだ。翼があるから乗って走れないかも知れないが、可愛いから全部許す!


「お父さんとお母さんに報告しに行こう」


 俺達はプラネリアとマフネリアにウルシアナを見せに行った。


「ほら、お前達の子だよ。名前はウルシアナ」

「クルルゥゥゥー!」

「クルゥゥゥゥー!」


 走竜達はちょっと興奮気味にその場で足をジタバタさせ、いつもより甲高い声で鳴いた。ウルシアナがどんな反応をするかドキドキしたけど、頬を寄せて来るプラネリアとマフネリアに自分の体を擦りつけている。ちゃんと親だって分かってる感じだ。


 その場でウルシアナを床に降ろすと走竜達は伏せの姿勢になった。ウルシアナは二人の間をとてとて走り、体によじ登ろうとしたり顔にぶつかったりしている。


 俺とネロ、ラムルさんの三人はその様子を微笑ましく見守った。

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至神転生―復活の龍と最強の魔法― 五月 和月 @satsuki_watsuki

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