第38話 これが飛空艇(アナログ)か
男の浪漫、飛空艇。RPGでは欠かすことの出来ない、謎動力で飛ぶ謎乗り物である。
「ほら、ウォード! あれが飛空艇だよ!」
今目の前で、丁度着陸しようとしている飛空艇があった。
わさーっ、わさーっと巨大な翼竜が翼を羽ばたかせる音が響く。
その飛空艇の客室(?)部分は、底が平らな船のような形をしていた。前世で言えばクルーザーくらいの大きさだろうか。真っ白な船体に金色の装飾が施され、たくさんの窓が並んでいる。操舵室に当たる部分は展望台のように全面ガラス張りである。
そして、その船体の四隅から繋がる8本のぶっとい綱。綱の先には4体の翼竜。
うん、何となく分かってた。動力は翼竜なんだろうなーって。
飛空艇を引っ張って飛ぶのは「アズダルコドラゴン」という翼竜。体長20メートル前後、翼長は50メートル近い。草食で大人しく従順な性格で、その巨体を使った突進以外の攻撃手段はない。体色は全体的に薄い青色をしている。
アズダルコドラゴンは攻撃力がないし、あったとしても飛空艇を引っ張っている間に戦闘など出来ない。そのためアズダルコドラゴン1体につき2体のワイバーンが護衛に付く。
これらの翼竜は人化能力を持たない下位竜で、孵化した時から専門の調教師によって訓練される。その中から適性のある竜だけが飛空艇の運航に携わる事が出来る。
以上、すべてネロからの受け売りです。
「めちゃくちゃ揺れそう……」
船酔い体質だった俺にとって、揺れるか揺れないかが最も大事だ。見た感じ、船なんて目じゃないくらいに揺れそう。死活問題である。
「ん? 大丈夫、そんなに揺れないよ?」
「でも、翼を動かす度にすっごく揺れそうじゃない?」
「ああ、そっか。ウォードはドラゴンが飛ぶ仕組みを知らないんだね」
「飛ぶ仕組み? 翼を使うんじゃないの?」
「翼はね、方向を決めたり速度を調整したりするために使うんだ。飛ぶのには風魔法を使ってるんだよ」
「風魔法!? あれって魔法で飛んでるの!?」
「うん、そうだよ!」
初耳! え、って言うことは、翼竜はみんな風魔法が使えるってこと?
「うん。飛行に特化した風魔法だけどね」
「ほぇー」
確かに、言われてみれば降下してくる飛空艇は全然揺れていない。アズダルコドラゴンはデカい翼を広げて羽ばたかせているけど、あれは降下速度を微調整するためのようだ。
その上空で旋回していたワイバーン達は、飛空艇が無事地面に着地するとどこか別の場所に降下していった。そして、アズダルコドラゴン達もその巨体の割にほとんど音も立てずに地面に降り立った。
「すごい……」
近くで見ると迫力が物凄い。前世で、電車1両の長さが25メートルくらいだったと思うんだけど、それに近い20メートルもある生き物がすぐ目の前にいるのだ。顔は走竜と近いかな? なんとなく愛嬌のあるトカゲって感じだ。
ネロが俺と繋いだ手を一番手前にいるアズダルコドラゴンの近くに引っ張る。
「ネ、ネロ?」
「大丈夫だよ、大人しいから」
大人しいと聞かされても、顔の高さが1.5メートル以上あるのだ。俺なんか丸呑みされること請け合いである。腰が引けた俺を
「おつかれさま。ほら、ウォードも撫でてみて?」
「う、うん」
恐る恐る手を伸ばすと、アズダルコドラゴンがその口を少し開き、「ぶふーっ!」と盛大に鼻息を吹き出した。「びくっ!」として思わず手を引っ込めた。開いた口からは俺の手の平大の牙が並んでいるのが見える。
「フフフ! この子は悪戯好きみたいだね。ほら、大丈夫だから撫でてごらん?」
ごくりと唾を飲み込み再度手を伸ばす。指先に触れた感触は、冷たくて滑らかな石のようだった。
目の後ろ辺りをゆっくりと撫でてみる。凸凹した鱗は尖った部分が全然なくて、まるで陶器に触れているような感じ。アズダルコドラゴンは目を細めて気持ち良さそうにしてくれた。
巨大な翼竜との初めてのスキンシップを経験した俺。飛空艇の中を見るのは乗る時のお楽しみに取っておき、俺達は王都の中心に帰る事にした。
二日後。俺達は
最初は、国王が数人護衛を付けてくれるって話になったんだけど、その護衛にネロの異母兄であるクロスグリースさんが是が非でも入るって言い出して、それをネロが全力で拒否(焔魔法をチラつかせた)。結局護衛の話自体がなくなって、これまで通りラムルさんだけが同行する事になった。
「うっわー。すごく豪華だね」
「ボクは普通のでいいって言ったんだけど、お父様が聞かなくて」
そう。俺達が乗ることになったのは、王族専用の飛空艇なのだ。足首まで埋まりそうな毛足の長い絨毯が敷き詰められ、景色が良く見えるようにキャビンは全面ガラス張り。内側の壁には趣のある絵画が飾られ、調度品も一目で高級と分かる物ばかり。
アズダルコドラゴンが飛空艇を引っ張るのは変わらないけど、特別優秀な子達らしい。何が優秀なのかは分からないけど。
飛空艇は三層構造になっていて、一番上のここにはリビング・ダイニング・キッチン・応接間がある。真ん中の層には個室が12部屋。一つ一つが前世で俺が住んでた部屋4つ分くらいの広さがあった。一番下は貯蔵室・荷物室と乗組員などの部屋、走竜達を入れる広いスペース、そして飛空艇の出入口がある。
俺達3人以外に、飛空艇の乗組員が8名、料理人2名、掃除などの雑用係が2名。火焔神龍国に到着するまでは旅と言えば野営バッチ来いだったので、戸惑いがない訳ではない。だってこれ、移動する高級ホテルだもの。心配していた揺れもほとんどないし。
今更だけど、ネロは王女様なんだなーってつくづく思う。
この豪華な飛空艇で向かっている地磊神龍国は、俺達が住むボルスノア大陸の東、ラムスノア大陸という所にある。歪な「C」の字の形をしたラムスノア大陸の丁度真ん中辺りにあって、地理的にはボルスノア大陸から一番近い。
俺は優雅な空の旅に心を躍らせた。
出発して二日経った。心が躍ったのは最初の日の夕方、美しい夕焼けを見るまでで、今ではすっかり飽きている。だって、ずーっと景色が変わらないんだもん。
飛空艇の構造上、真横しか見えない。つまり見渡す限り「空」である。
飛空艇の中では槍の訓練も出来ないし、魔法の練習も出来ない。プラネリアとマフネリアの所に遊びに行ってもせいぜい1時間くらいしか潰せない。ネロとラムルさんはずっと本を読んでるし、俺はする事がないのだ。
本当は、クロスティーナさんが残してくれた指南書にある闇魔法を試したくてうずうずしていた。でも飛空艇の中で試す訳にもいかない。
これが前世だったらなぁ。ネットで小説読んだり動画を見たり、スマホでゲームしたりして時間を潰せたんだけど……この世界に転生して、これほど暇で辛いと思ったのは初めてだ。
「……ウォード? 本でも読む?」
「読む読む!」
ウロウロして落ち着かない俺を見かねて、ネロが本を貸してくれた。有り難い。
俺は、飛空艇に乗ってから寝る時以外肌身離さず抱っこしてる「卵」をベッドに置き、ネロの隣に寝転んだ。
ネロから借りた本のタイトルは……「人族における犯罪奴隷と経済奴隷―各国の法律による扱いの違い―」……
きょ、興味ねぇーっ!! もしかしたら凄く大切な事が書いてあるのかも知れないけど、全く興味が湧かない!
「ウォードとこんな風にゆっくり過ごすの、初めてだね!」
「そ、そうだね」
ネロと出会ってから色んな事があったもんなぁ。確かにゆっくり過ごすのは初めてかも。
「ん?」
「うん? どうしたの、ネロ?」
「卵が動いた気がする」
「え?」
俺は傍らに置いた卵を振り返った。
カツッ……カリカリカリ……ピキッ!
プラネリアとマフネリアの卵に皹が入った。
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