第37話 ウォードの決意
SIDE:ネロ
ボクは今、不機嫌である。
なぜなら、ウォードが朝の訓練に向かった後、ウォードのお日様のような匂いが残った枕に顔を埋めて二度寝するという楽しみを邪魔されたからだ。
お父様が忙しいのは分かってるけど、何もこんな朝早くから呼び出さなくても。呼びに来てくれた侍女は凄く申し訳なさそうだったし、ラムルに訓練中止を伝えたり、どんな服を着て行けばいいのかとウォードはあわあわしているし。
フフフ。慌ててるウォード、可愛い。
「ネロ、寝ぐせ寝ぐせ!」
自分の身支度を整えたウォードが、ボクの髪を優しく梳いてくれる。もっと幼い頃、お母様に髪を梳いてもらった事を思い出して胸が温かくなる。
「ウォードもちょっと寝ぐせついてるよ?」
交代してウォードの髪を梳く。男の子の髪ってこんなに細くてサラサラなの? 明るい茶色の髪はまるで絹のようだ。いつまでも触っていたい。
「ネロ? そろそろ着替えないと」
「そ、そうだね」
ウォードの髪の毛を触ってたら気分がだいぶ良くなった。ボクは普段から着る物に無頓着だから、今朝も適当なシャツとパンツでいいか。クローゼットから赤いシャツと白のパンツを手に取って着替えた。ウォードは気を利かせて背中を向けてくれている。別に見られても……ううん、もっと見てくれても良いのに。
「さっ、行こうか!」
「はやっ!? 着替えるの、はやっ!」
ボクはウォードの手を取ってお父様の私室に向かう。
お母様が亡くなってからウォードは更に優しくなった。手を握ると握り返してくれるし、お風呂に乱入しても嫌がらない。夜寝る時も、ボクが眠るまで背中を抱いてくれたり、頭を撫でてくれたりする。一緒に居る時は、ずっとボクの事を気遣ってくれてるのが分かる。
ウォードからお母様の龍気を感じるんだ。これは気のせいなんかじゃないと思う。ウォードの傍に居るとお母様も近くに居てくれる感じがして、凄く安心出来る。今も、ウォードとお母様の三人で歩いている気分だ。
「ネロ様、国王陛下がお待ちでございます」
「うん。ありがと」
お父様の私室の前には全身鎧の宮廷守護兵二人が既に立っていた。扉を開けてくれた兵にお礼を言って中に入る。
「来たか、ネロ。ウォードも。ここに座りなさい」
「おはよう、お父様」
「お、おはようございます」
「うむ、おはよう」
ウォードは未だにお父様と会う時は緊張するみたい。まぁ、ボクの目から見てもお父様は厳ついもんね。
ボクはお父様のだらしない所もたくさん知ってるけど、これでも一国の王だし、国内最強だしね。緊張しなくていいって言っても難しいかも。でも、そのうち自分のお父さんのように思ってくれたらいいな。
「二人を呼び立てたのは、ウォードに確認したいことがあったからだ」
「お、俺ですか?」
「うむ。私は其方のことをクロスティーナから頼まれ、出来るだけ力になると約束した。その上で確認なのだが、其方は『雷属性』を目指すのか?」
お父様から突然問われ、ウォードが一瞬考え込む。
「……分かりません。ですが『雷属性』を目指す事が『強さ』に結び付くというのなら、俺は目指そうと思います」
「なぜ其方は『強さ』を求める?」
「守りたいから、です。ネロさんやラムルさん……大切な人や大切な物を」
「そうか……容易い道ではないぞ?」
「はい。そのように聞いています」
「……分かった。ネロよ、ウォードと共に
「地磊神龍国、アリグナク?」
「左様。彼の国には、龍属性持ちの人族がいる。その者は5つの魔法属性を獲得したという話だ」
「5つ!?」
ウォードの声が裏返る。ボクもびっくりした。5つは凄い。いったいどんな人族なんだろう。
「その者に話を聞く事が出来れば、ウォードの役に立つであろう。お前達が訪れることは先方に伝えておく」
「お父様! ありがとう」
「あ、ありがとうございます!」
「よい。話は以上だ」
朝一番で感じた不機嫌が吹っ飛んだ。ボクはお父様の私室を出てから、思わずウォードに抱き着いてしまった。
「ウォード!」
「ネ、ネロ? どうしたの? 大丈夫?」
「うん!」
お父様がウォードの事をちゃんと考えてくれていた事、魔法属性の獲得方法が分かるかも知れない事が凄く嬉しい。
でも、それよりも……ウォードがボクのことを「大切な人」って! 「大切なネロを守りたい」って!
も、もうこれは、ボクを「好き」って事で間違いないよね!?
あー、ウォードが成人するのが待ち遠しい……人族の成人は15歳、その頃にはボクも成人してるから、け、結婚だってしてもいいはず……!
ドラグーンは寿命が長い分、見た目の変化は凄く穏やかなんだ。ボクの今の見た目は、人族で言うと14~15歳だと思うけど、8年くらいじゃほとんど変わらない。だから、ウォードが成人する頃は丁度釣り合いが取れて……。
「えっと、ネロさん? ほんとに大丈夫?」
「うっふふー! 全然大丈夫、丁度いいはずだよ!」
「??? ……ならいいんだけど」
よし! テンション上がって来たー!
早速結婚式……じゃなかった、地磊神龍国アリグナクに行く準備をしなきゃね。ラムルにも話さなきゃ!
SIDE:ウォード
国王の私室を出てからネロのテンションがおかしい。いや、明るいのは良い事だ。……良い事だよね? 丁度いいって何だろう。まぁいっか。
「ねえネロ、地磊神龍国ってどこにあるの?」
「ん? ああ、アリグナクの場所ね。東の大陸だよ」
「へぇ、東の……大陸!? ってことは、海を渡るってこと?」
「うん。船を使うとなると……そうだね、1ヵ月はかかるかなぁ」
「1ヵ月!?」
うへぇ……1ヵ月の船旅かぁ……。
俺は前世で船が苦手だったのだ。すぐ船酔いする体質なのである。数少ない友達に磯釣りに誘われた時、そこに至るまでの短い間で盛大に船酔いしたのが前世でトラウマだったんだよな……。
「まぁでも、飛空艇で行けば3日で着くよ」
「飛空艇…………だと?」
「うん。翼竜の体調にもよるけどね」
飛空艇……ひと昔前のRPGを知る者にとっては、中盤以降の欠かせない移動手段。そのおかげで行ける場所が一気に広がるという夢のアイテムである。
その「飛空艇」がある……のか? なんか「翼竜」の体調次第って言葉から推察すると、俺が思っているより随分アナログな乗り物の気がするけど。
「えっと、その『飛空艇』って奴に乗れるの?」
「そうだよ!」
「……それって見れたりする……?」
「もちろん! 今から見に行ってみる?」
「うん、見たい!」
「じゃあ旅の準備はラムルにお願いして、それから見に行こうか」
「うん!」
ラムルさんだけに準備をお願いするのは気が引けるが、「飛空艇」は男の浪漫。これは見ざるを得ない。いや、乗れるならその時に見れるとは思うんだけどさ。
前世では、空港で飛行機に乗る時あまりじっくりと飛行機を見る機会はなかった。ターミナルの窓からちょっと遠目に見るくらいで。
ファンタジーの代名詞と言っても過言ではない「飛空艇」、可能なら間近で見たいって思うじゃないか!
それから俺達はラムルさんを探し、魔法属性の獲得方法を探るために
「ウォードが飛空艇を見たいらしいから、ボク達はスカイポートに行ってくるね!」
「かしこまりました。準備の方はお任せください」
「ラムルさん、お願いします」
「はい。ウォードさん、ネロ様をお願いしますね」
「はい!」
ラムルさんが快く準備を引き受けてくれたので、俺達は王宮敷地内にある走竜の厩舎へ向かう。1日に1度は卵と一緒にプラネリアとマフネリアの顔を見に来てたんだけど、乗せてもらうのは久しぶりだ。
「その『スカイポート』って遠いの?」
「それほどでもないよ。王都の中……いや、一応あそこは外か。外壁に沿うような形で南側にあるんだよ」
「そうなんだ」
「走竜に乗って行けば30分もかからないよ!」
いつものようにプラネリアに二人で乗る。置いて行かれるマフネリアが少し寂しそうだ。
「あっ、そう言えば飛空艇には走竜も乗れるの?」
「もちろん乗れるよ」
良かったー。走竜達も一緒に旅が出来るんだな。
背中にネロの温もりを感じながら、プラネリアに乗った俺達はスカイポートに向かった。
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