第二章

第36話 2時間で58回も?

 それから二日後、クロスティーナさんの葬儀が執り行われた。国葬、というような大々的なものではなく、身内だけの静かな別れの儀式だった。王の計らいで俺も末席での参加が認められた。


 第5王妃の崩御は火焔神龍国の国民にも知れ渡り、王宮の外に設けられた献花台には、それから数日に渡って献花に訪れる人々が列を作った。


 クロスティーナさんの死を悲しむように、王都アストラットは5日に渡って雨が降り続いた。





 葬儀の翌朝から、王宮の地下に作られた「訓練場」で、ラムルさんが訓練に付き合ってくれている。

 ここは本来王宮守護兵が訓練する場所だそうだ。と言っても、地下に作られたただのだだっ広い空間であるが。


「はっ!」

「踏み込みが遅い」

「ふっ!」

「読み易い攻撃です」


 ラムルさんは、遂に「木剣」を持って相手してくれるようになった。なぜ槍に見立てた「棒」じゃないかって言うと、この世界ではやはり「剣」を武器にする人が多い事が理由だ。

 今まで戦った相手はなぜか「大剣」が多かった(と言っても二人だが)が、対人戦を想定すると「長剣」に慣れるのが一番らしい。


 あんまり人相手と戦いたくはないけど、そうも言ってられない。先日もアストラットへの道中で襲われたように、こっちにその気がなくても向こうから襲ってくるからね。


 俺には今、ネロ、ラムルさん、クロスグリースさん、そしてクロスティーナさんと4人のドラグーンの力が分け与えられている。魔法属性は、ネロから火、ラムルさんから無、クロスティーナさんから闇を授かった。


「そうです! 槍の間合いで攻撃するのです!」

「はぁぁぁああー!」


 さっきからずっと槍の間合いのつもりなんです。ラムルさんの踏み込みが速過ぎるんですよ……


 俺の攻撃は、言うまでもなく全て木剣で弾かれている。こちらとしては嵐のような勢いで攻撃を繰り出すのだが、僅かな間隙を縫ってラムルさんは間合いを詰めて来るのだ。


「そんな我武者羅な攻撃では当たりませんよ!」

「こんのぉぉぉおおー!」


 ひと際気合を入れて上段・下段・中段に突き・払い・横薙ぎの三連撃を繰り出すものの、上体を反らし、片足をひょいと上げ、木剣の腹で受け止められる。

 次の攻撃のために空気を吸い込んだ瞬間、ラムルさんに俺の懐に入られ、下から木剣の切っ先を喉に突き付けられた。


「これで今朝は58回死にましたね」

「うぐぅ……参りました」

「今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございましたー!」


 はい。2時間で58回死にました。2分ちょっとの間に1回死ぬって何なの?


 軽く汗を流し、ネロと一緒に朝食を頂く。あの日、二人で抱き合って思う存分泣いてから、ネロは普段通りの明るさだ。俺が言う事じゃないけど、ネロが塞ぎ込んだりしなくて安心している。


「今日も蔵書室に行く?」

「うん。行ってもいい?」

「もちろん!」


 ネロは俺の手を握って蔵書室に連れて行ってくれる。あの日から、これまで以上にスキンシップが激しくなった。ここはある意味ネロの実家だと言うのに、夜眠る時も離してくれない。

 きっとまだ寂しいんだろう。僅かな時間しか一緒にいなかった俺だって、まだ悲しくて心の整理がついてないくらいだ。ネロの心が癒えるまで好きにさせてあげたいと思う。


「昨日の続きを調べる?」

「いや、今日はちょっと違う所を見たい」


 俺達が調べようとしているのは「邪神の遺物」「アルファの鱗(仮)」「魔法属性の獲得方法」の3つ。

 なんだけど、圧倒的に情報が足りない。と言うか手掛かりが少な過ぎる。どこから調べれば良いか分からないって言うのが本音だ。


 まず「邪神の遺物」について。俺が見た自販機と自転車の残骸だな。これはネロのお父さん、つまり国王なんだけど、なんと800年以上生きていらっしゃるお父さんにも聞いてもらったのだが、国王でもなぜ「邪神の遺物」と呼ぶのか知らないとの事だった。


「邪神の遺物は邪神の遺物である。余が生まれた時からそうであった」


 ってな感じだった。これは「邪神」から調べるべきなのだが、邪神について記された文献はほとんど残ってないようなのだ。


 「アルファの鱗(仮)」も同様。本当は実物を研究者に見てもらう予定だったけど、俺の手首に同化しちゃってるから。もう、皮膚と一体化して馴染んじゃってる。

一回ラムルさんがナイフで抉ろうとしたのを、ネロが必死に止めてくれた。ありがとう、ネロ。


 実はアルファの鱗っていうのは、これまでいくつか見つかってるらしく、火焔神龍国にもそのうちの一つが保管されている。保管というより「封印」と言うべきか。


 どうもアルファの鱗には妙な力があるらしく(激しく同意)、その防御力もさることながら、魔法的な触媒として利用できるとの話だ。

 鱗の裏に何やらびっしりと魔法陣が書き込んであったようだし、カローサス村の北の森で起こったスタンピードはこれが原因ではないかと睨んでいる。


 大元の「始まりの龍・アルファ」についても文献が少ない。と言うか一冊しかない。そこにはネロが前教えてくれた通り、神龍に初めて至ったものの邪神の眷属に堕ち、その後邪神と共に滅ぼされたと書いてある。


 だが腑に落ちない。アルファの鱗に触れた時、誰かの記憶が流れ込んで来たと俺は考えている。俺は、あの記憶の主こそがアルファではないかと思っているのだ。

 そして、大切なものを守るため、自分を犠牲にして巨大な敵を討とうとした。そんな気がしているのだ。


 もちろん、そういう風に思わせたい誰かが作った幻影という可能性もある。つまりはこれも情報不足。


 そして「魔法属性の獲得方法」。今はこれについて調べている。


 ドラグーンによるアシグナシオン以外で、魔法属性を得る方法はある。


 一つは、狙った魔法属性を持つドラグーンが龍化した所を倒し、その血肉を取り入れる方法。これは色々と無理ゲー過ぎるので却下。


 他に、魔法属性のコアを持つダンジョンの攻略。ただし、これは記述がフワっとし過ぎてて具体的な方法が分からない。ただ最下層まで行けば良いのか? ダンジョンボスと言われるモンスターを倒さなければならないのか?


 さらに、この大陸ではほとんど姿を見せないと言われる「精霊」から力を分けてもらうとか、どこかにある「属性石」なるものを長く身に着けるとか、はたまた属性を持つ人と長く一緒に居るとか。


 アシグナシオン以外でも魔法属性を獲得出来るようではあるのだが、どうも憶測の域を出ないんだよな。


 それもそのはずで、複数の魔法属性を持てるのは俺のような「イレギュラー」。人族なのに種族属性が「龍」という激レアなケースだけだから、そもそもドラグーンの国にその情報を求める人がいないんだよ。


 王宮の蔵書室には相当な数の書物があるのだが、これはやはり人族の国で調べた方が良いかも知れない。





 その日の夜。俺とネロ、ラムルさんが今後について話している部屋に、クロスティーナさんの侍女だったマリアナさんが訪れた。


「失礼します。こちらをウォード様に」


 そう言って、薄い本のような物を手渡された。


「俺に、ですか?」

「クロスティーナ様から託されたものです」

「そうなんですね……ありがとうございます」


 俺は礼を言って受け取り、話をしていた椅子に座り直す。「ご主人へ」と書かれた表紙には、文字の横に可愛い黒猫のイラストが描かれている。


「クロスティーナ様から俺に、だって」

「ボクも手紙を貰った。それは多分、闇魔法の指南書だよ」


 それは、ネロの言う通りクロスティーナさんお手製の「闇魔法」の指南書だった。そして最後のページにはこんな事が書いてあった。


「ご主人へ


 ご主人は優しいから、自分の事を責めるかも知れませんね。そんな想いをさせてごめんなさい。これは388年間、ご主人を待っていた私の我儘だと思って許してください。

 そして、娘にも伝えたけど絶対に自分を責めないで。残された力をご主人にアシグナシオンすることこそ、私の幸せなのです。ネロとご主人のおかげで、私の最後の望みが叶ったのです。

 だから私は心から感謝します。本当にありがとう。

 最後に一つだけ。ネロのことをよろしくお願いしますね」


 俺はネロと一緒に最後の一文を読んだ。喉がぎゅっと締まり、胸の奥が引き絞られる感じがして涙が溢れそうになるが、なんとか堪える。俺の腕に絡ませたネロの腕に少し力が入ったのが分かった。


(クロスティーナさん。俺、時間は掛かるかも知れないけどネロを守れるくらい強くなりますね。だから安心して下さい)


 俺は再び固く誓った。


 翌朝。ネロのお父さん、つまり火焔神龍国の国王から呼び出され、俺達は慌てて身支度を整えて王の私室に向かった。

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