暗がりの中
その夜すぐにアレシア一行はベロニカが召喚されたあの部屋に来ていた。
まだ骸はそのままの状態であり、それが冒険者の一人だとアレシアはすぐに分かった。
聖女を召喚するのはそう言った輩ぐらいしかいないからだ。
その聖女召還魔法陣はまだあれど、その魔法陣が載っていて禁忌書となっている古書は見つからない。
リュックが持って行ってしまったのは考えられなかった。
何故なら、彼自身もその禁忌書の古書がすぐに消えてしまうのを知っているはずだし、唯一の手掛かりとなる聖女召喚魔法陣発動時に出る特有の強い白い光をどこかで見たのか、一人の男が急いで外からこの建物内に入って行ったという情報も掴んでいる。
だから、彼は白か――。
「まあ、ひどいこと……」
屈んでアレシアはその骸の顔を見る。
新人の一人の男はそれを平気で見れないようでしかめっ面になりながらも口にする。
「酷いですね、顔が変形してますよ?」
「一か所でしょ?」
アレシアの言葉を聞いた別の男も平然とその骸の顔を見る。
「……まさか、あの男が?」
疑う余地があるのだろうか。
「それはリュックのことを言っているのかしら? 彼なら、きっとそうね、こうなるかもしれないけど、ここまで酷い事はしないでしょう。もし仮にそうだとしたら」
考えられるのは一つしかない。
フローレスの聖女の奇跡だ。
だが、それは何の確証にもならない。それにこれを罪に問う者はいないだろう。
死人に口なし。
許されている。聖女を守る為だと言えば、それがまかり通ってしまう。
「ジェームズさん、来る気配ないですね」
「しょうがないわよ、今日は違う仕事だったのだから。でも、すぐ近くだったはずよ。そのうち来るでしょう」
「それにしても、強い白い光は確実に外に漏れていたんでしょうね。窓が数枚元々なのか、壊れている」
そう言って見る男にアレシアもその割れた窓を見て言う。
「だから来れたのかしら……。ここを見張っているはずがないもの、あのリュックが。それを運良く見たんだわ。だから……」
よく率先してその光に立ち向かって行った過去を思い出してしまった。
その後に待ち受ける召喚者を痛い目に合わせて、聖女を救っていたリュック。それに釣られてジェームズも鼓舞し、自分もそうだった。
アレシアはふと床に視線を落とした。
大々的に描かれた魔法陣をもっとはっきり見たいとアレシアは声を出す。
「う~ん……明かりをもっと点けてもらえるかしら。この魔法陣の全体的な物を見たいわ」
言われるがままに男達は火を付けて行く。
明らかになったのはやはり禁忌書の古書がないということと、その骸と魔法陣しかない少し汚い部屋だということだ。
「うん、やっぱり花のような形ね。これであのリュックがお姫様抱っこしていた少女はフローレスの聖女ということが確定的」
「どうしてです?」
新人の彼は言う。
「リュックはそういう所にしか現れないし、聖女でなければ助けないでしょう。彼が少年だった頃から私は知っているけれど、でも、もうヒイラギじゃないのにまだ助けるのね……」
少し悲しそうな顔をアレシアはした。
久しぶりに対峙した時、リュックは攻撃をせずに逃げた。
それが何よりの証拠ではないか?
彼女は愛されている。私よりもいつまでもそうだろう。だけど、それが許されるのはいつまでか。
普通の教会に居るシスターとは違う聖女。
尊い存在には違いないけれど、その末路は悲しく寂しいものだ。
誰もがその聖女に感謝するわけではない。
普通にこの世界に産み落とされた命ではないが為に忌み嫌われ、素性も分からぬまま、聖女召喚魔法陣は来ることはできても元の世界に帰る事もできないからとその役目を終えた聖女は結婚を許されるが、決して正妻にはなれずに愛人暮らしとなる。それも子供を望んでも好事家の貴族の子を産み育て生きて行くしかない。
愛情はそこにあるのか、分からない。
同じ女性としてそれほど悲しい人生を知らない。
私は良かった。
好きでこの仕事というべき事ができて。たとえ、ずっと一人でもその方が幸せだ。
でも――。
アレシアはリュックにお姫様抱っこされていた白いワンピースを着た裸足の金髪碧眼少女を思い出していた。
とても可愛らしい子だった。でも、大人しそうであと何年かしたら綺麗になったら、リュック好みの女性になったら……、年上女性好きのリュックに何かされちゃいそう……そんな一抹の不安を拭い去る為、この場にやって来た聞き慣れたその足音に向かって言う。
「悪いわね、ジェームズ。こんな所まで」
「いやいや、考えふけっている所、すみませんね~」
ガタイが良いからか、二十五歳にしては若々しくないおっさんのような言い方で、のこのこ現れた黒茶髪の短髪白人男性、ジェームズはアレシアと同じく、ヒイラギの制服を着ていた。
「そっちの仕事はどう?」
「順調。あ、今、そんなに思ってなかったわ! って、内心怒ってるでしょう?」
「そんなことないわ!」
ぴしゃりとアレシアに言われてもジェームズはお構いなしで。
「思ってたでしょう? どうせ、ろくでもない事だ」
そう言って、ジェームズはアレシアに言われる前にやるべき事をし出した。
手慣れている。
「それを任せても良い?」
「ああ、大丈夫だ。任せてくれ」
その言葉を信じ、アレシアが去ろうとした時、後始末をしていたジェームズがぽろっと小さく言った。
「アイツ、バカだよな……」
それはその骸を見て言ったのか。
「リュックもここに居たってわけか……」
それはリュックと関わりを持つアレシアとジェームズにしか分からない気持ちだった。
「聖女の奇跡は何だろうな?」
それは誰も知らない。それを知っているであろう者はもうこの世にはいない。
だから、その聖女の役目は分からないままだ。
でも、それでも奇跡を起こしていると言うなら、彼女にはまだ役目がある。
「それを感じるの?」
骸を見ていたジェームズは答えに詰まることなく言った。
「生きていた時に起こったのなら、そうだろう。でも、そうじゃなかった場合は違くなる。けれどこれは生前にあった出来事だと思うし、君が問えば良い」
「それは……」
アレシアは言い淀んだ。
「まあ、悪く思わないでくれよ?」
それはその骸に対しての言葉だったのか、アレシアに対してだったのか……彼は知らないはず。
アレシアは今回の件を報告書にまとめる為、一人そこから先に立ち去ることにした。
外に出れば、もうすぐ日が昇ることを空が示していた。
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