とある街の中心地で
手入れなど後回し感のある赤毛のボブ、すっごい美人でもないが仕事できますよ! 系の大人の女性が一人制服を着て、月の光しかない夜の森の中でこちらに向かい立っていた。
怖さからか、ベロニカがリュックにしがみ付きたそうにして来る。
「アレシアさん」
彼の口から微かに発せられたそれは合図だったのか。
数十人の男達を率いて先頭に立っていた彼女は夜の中でも迷いなくリュックを確認すると告げた。
「あなた、リュック?! 聖女をどこに連れて行く気?」
「お久しぶりですね、そこ
お姫様抱っこのまま、そこを尋常じゃない高さで跳躍し、その団体の頭上を弧を描いて飛び越えて走り去ってしまった。
「あれは……」
呆然とその高さに速さに追い付けず、ただ見送ることになってしまったアレシアの後ろに控えていた一人の若い男が呟いた。
「昔、ここに居た男よ……。やっぱり、惜しい人材だわ――」
アレシアも同じく、何も出来ぬまま見送ってしまった。
あの男ならば、聖女を召喚した者よりマシだ。
命を取ることはないだろう。
「聖女の保護は無理なようね。無事でいることを祈りましょう。私達はあの強い白い光があった所に行くわよ! きっと召喚者が居ると思うわ。まあ、そちらの方は無事ではないでしょうけど」
決定事項のような口調で彼女は同じ制服を着る数十人の男達と一緒にそこに向かうことにした。
追って来ないことが分かり、ほっと息を吐く。
一先ず、安全になったか? とリュックは何も言わずにガクガク震えているベロニカを地面へと下ろした。
そこは街の中心地であり、あの初めて会った場所から遠く離れていた。
夜でも明るく、楽しく人々がそれぞれ自由に騒いだり、酒を飲んだり、店の中で笑い合ったりしている。
「やっぱり、冒険者達はすごいよな……」
その光景を見ながら、にかっと笑って、リュックはベロニカに訊いた。
「何か飲むか? 落ち着くような物を」
「ショコラ……」
「それは、買って来ないといけないな」
また笑って、落ち着かせてくれた。
それだけで良いとベロニカは喋る。
「あの人達は何なんです? リュックさんの名前をあの女の人は知っていました。聖女って私のことですよね?」
「それはあんまりこの辺では言わないようにしたい。そうだ、宿を取ろう。まだこの時間なら部屋は空いてるはずだ。馬車はもうあそこにはないと思うし……良いか……」
ぶつぶつとそんな事を言うと、またベロニカをひょいと持ち上げて、お姫様抱っこをしてくれる。
そんなリュックにベロニカは訴えた。
「靴を下さい! それで私は歩けます!!」
「うん、そうなんだけどね。生憎今は宿代しか持っていなくて、靴はまた後日ってことで」
「そんな~……」
彼女の弱々しい声はあっという間に消えた。
「すごい、べっぴんさんだね~」
「いや、そうでもないでしょ」
リュックは唐突に絡んで来た酔っ払いおじさんにベロニカをそれ以上見せないようにしようとした。
「靴が欲しいのかい?」
「おじさんのをあげようかって? いらないよ。それより、この辺に宿はない?」
「宿? ああ、あるよ! 良い所がね!」
酔っ払いおじさん……後で覚えておけ! ボロボロじゃない新しく出来立ての宿……そこは新婚さんばかりの宿のようで……甘い言葉の数々が至る壁の向こう側から聞こえる。
壁が薄いらしい。それにここの部屋のベッドは一つ。これに二人で入るって? 無理だろう! 新婚さんとか付き合ってる二人なら良いだろうけど!! そんな広さを見て、仕方なく、リュックはソファで寝ると言い、ベロニカにはふかふかの白いベッドを勧めた。
彼女はするっとその中に潜り込み、もう顔を見せてくれなくなった。
まだ聞こえる……。それを聞きたくないに違いない。
「あの、あんまり周りの音は聞かない方が良いと思う」
ボスッとベロニカのふわふわ柔らかそうな大きな枕がリュックの方に飛んで来た。
怒れなかった。
違う宿を探そうとしたが、ここで良いと言ったのは彼女の方で、それは自分に気を遣ったのかと思う所もあり、引くに引けない状態だ。
どうしてそうなってしまったのか、リュックは考えた。
もぞもぞ動きもしないベッドの中のベロニカはあの服装だ……。
そこから新婚さんだと思われたのか――導き出された答えを知り、リュックは意を決したようにドアを開け、部屋を出て行った。
この宿は安全なのかどうかも分からないのに行ってしまうなんて……とベロニカが一人ベッドの中で身を小さくして静かにしていると、また突然部屋のドアが開く音がした。
ドキッとする。
少しの不安がさらに大きくなり、布団の中から外に顔を出すことができなかった。声も出そうにない。
部屋の明かりはたぶん煌々と点いている。
それでも、怖い。
さらに身を小さくしようとベロニカがした時、聞き覚えのある声がした。
「ベロニカ? もう寝たか?」
安心する声。
ここまで連れて来てくれたリュックだ! と思えば、ベロニカは顔をちょろっとだけ布団から出して、リュックの顔を見た。
安心した。
「良かった……。どうにかこうにか用意して来たよ。君が欲しがってた靴と服を」
買って来てくれたのか、手渡してくれたのはどちらもとても安そうなボロい普段着として使える物だった。
「上等な物は今はあげられない。それで満足してくれ」
「……分かりました。ありがとうございます、明日からこれを着させていただきます」
「そんなに敬語じゃなくて良い。それに君をベロニカと呼ぶのは不味そうだ。そうだな……ロニーはどうだ? 君の愛称にもなるだろう」
「ロニー?」
「ああ、君が聖女だと知られると俺が困る。見ただろう? あの夜の中に居た数十人の奴等……あれは最小限のものだが、俺がそこを離れて数年が経った今でも新しい奴を入れ、増やし続けている」
何の話をしているのだろう? とベロニカは思った。
そのきょとんとした顔で分かってしまったのか、リュックはベッドの近くにあった椅子をベロニカの入っているベッド近くに移動させると、そこに座りながら言う。
「ああ……君が質問して来た事への答えだ。ここなら大丈夫だろう。それよりも大切な事をやっている連中が多いから」
バゴッと彼女に渡した靴の片方がリュックの方に飛んで来た。
避けることもせず、上手くキャッチ出来たが、この靴が要らないって意味じゃない。
彼女は至って正常のようだ。
そういう事にも精通しているようで安心する。
教えなくて良い事は教えなくて良い。知っていて欲しい事は教える。
それで良いんだ。
「あの女性はアレシアと言って、俺の元上司みたいな人でね。通称『ヒイラギ』と言われる聖女保護団体のメンバーなんだ」
「聖女保護団体?」
「ああ、君のような聖女を保護し、その後の世話もする」
彼は淡々と話す。
「最初に説明したと思うが、禁忌書の古書に載っている聖女召喚魔法陣は花の形のようになっていてね。そこからその聖女のことを『フローレスの聖女』と呼ぶこともある。だから、君の名前はベロニカ・フローレスということになる。フローレスには『花』という意味があり、その聖女達のファミリーネームみたいなものでね。聖女の証ということになるんだ。こちらの一方的な決め事だけどね。どこまでも花と結び付きがあるんだ、君達には」
リュックは少し黙った。
どうしてだろう? とベロニカが思っているとまた喋り出した。
「俺はそこに八年間居たんだが、二年前にヒイラギを抜けた。それはこの世界、君にとっては異世界になるのかな? その決まりに疑問を生じたからだ」
「疑問?」
「可哀想な聖女の保護を目的とし、役目を終えた聖女はこの国の好事家でもある富裕層の貴族の男に嫁ぐことになる。だが、それは正妻ではなく、愛人でだ。そして、その人との子を産み、育て、生きて行くことになる。それは果たして本当に正しいのかと、俺にとっては四人目の聖女に関わった時に思い、そうして今、君という五人目の聖女に出会い、どうすれば良いか? となっている」
ベロニカは何も言えずにいた。
周りの音がうるさくてじゃない。
これはこの人の本音だろう。
そう言っているのだ、彼の眼が、表情が疑う余地もなく、彼は困っていた。
だから、ベロニカは思った。
この人が居なかったら、自分はその『ヒイラギ』に行き、その末路を辿るのだと。
「私は――」
リュックの顔がこちらを向き、その眼がベロニカを直視する。
「あなたに付いて行きます。あなたが誓った言葉を信じて」
それはリュックが最初に約束した言葉。
それこそも真実だろう。
これは大きな賭けか、彼の答えを出す鍵となるのか、今のベロニカには分からない。
けれど、ベロニカはそのヒイラギ以上に今、リュックを信じている。
だから、彼を見て、きちんとその心に従い、素直になった。
「なるほど、そうなると俺はずっと誠実でいなくてはいけないね、君に対して」
そう言うとリュックは待っていて……と言って、もう一度部屋を出て、戻って来ると手にはショコラと一本の長いパンがあり、それをベロニカに全て渡した。
「どうしたんですか? これは」
「まあ、こんな非常事態の時に使う為に持ってたやつを売った。それで出来た金で買った物だ。ちゃんとお釣りもあるから心配しなくて良い。これを食べたらロニー、もう休もう。明日の朝は早い」
「はい」
素直にベロニカはそれに応じた。
リュックが本当に自然と『ロニー』と言って来て、ベロニカは驚いてしまった。
順応が早い……それはリュックも同じ事を思っていて、ベロニカのぐっすり寝顔を見ると安心して、浅い眠りに就いた。
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