第10話

「はっ…、はぁ、はっ…」


川の側で佇んだまま動けず、呼吸を落ち着かせた。


川に突き落とした訳ではない。このために持ってきた出刃包丁で刺したのだ。


柔らかくて、呼吸の気配を感じる感触と、鉄のような匂い。先生の体温と、重み。


先生の最期は、温かかった。


足元には五年前目にしたのと同じ異質が転がっていた。


「死んだら皆一緒なんだ…先生も、先生の先生も、多分、僕も」


呟いてから、空を見上げた。


夏の星が空いっぱいに広がっていた。


溜息を吐いて、しゃがみ、先生に向かって言った。


「もう終わらせるから、すぐそっちに行くから、もう連鎖で苦しむ人はいないよ」


いつ始まったのかも分からない程長く続く、愛と苦しみの連鎖はもう終わる。



そうして、握りしめたままの出刃包丁で自分の腹を貫く。

先生も、お墓をつくったら悲しくなくなるかもしれない、そう思った。だが今となってはそれももう叶わない。

そう考えると少し虚しくなった。


最後に見えた僕の手にはまだ、先生の血がついていた。


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先生 riasu @ariasu

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