第15話 アンシー・ウーフェン:中層

 夜も更けた頃。

 ウィルは紙切れに示された店へと足を向けた。

 このオースグリフの街の中でもいっとう入り組んだところで、道ばたには人間もトカゲ人も関係なく座りこんでいた。彼らの間をウィルが歩いても、視線すら無かった。ときおり、死んだような目が見上げることはあっても、気にされることはない。ここはオースグリフの表側からは見えない場所だった。

 店はそんな入り組んだ通りの片隅にあった。

 こんな場所に――まだ成人すらしていない新人作家が呼び出すというのは奇妙だ。しかし、だからこそ僅かな期待も持てるというものだ。

 不意に、ウィルを射貫くような視線があった。どこかで感じたような視線だ。顔をあげると、キラカ・ペチカが店の前でウィルを見ていた。相変わらず帽子と眼鏡をかけている。だが、それはウィルも同じだ。目があうと、にっこりと口元だけで笑った。


「来てくれたんですね、ウィルさん」

「……招待は受けてやる。面白いものがあるというのなら」


 キラカは頷いた。


「はい。僕も、あなたに是非見てもらいたかった。……では、行きましょう。少し遠回りになりますが、こちらからお願いします」


 二人はそのまま店の中に入った。

 だが気がつかなかった。

 その後ろをこそこそと付けてくる、光る目の存在に。


 店の中で話をするかと思いきや、そうではなかった。キラカは店の中をまっすぐに突っ切り、個室の中に入ってから更に裏口から出た。この街であまり見かけない裏道へと入る。


「こちらです。ここを使えば、どれほど監視された道でも見つかりにくい」


 案内された先も、やはり奇妙に入り組んでいた。まるで普通の道ではない。建物は湾曲し、そうかと思えば二手に分かれた道の向こう側はすぐに行き止まりになっていたりする。裏通りとも違い、果たしてなんのためにこの通りが作られたのかわからない。表通りとは大違いだ。そもそも表側ではきっちりと並んでいる建物が、何故裏側だけこれほど入り組んで作られているのか。四角い建物ならばわかるが、表は資格なのに、裏側だけこれほど歪曲しているのも意味不明だ。


 ――なんだ、この落書きみてぇな道は……?


 意図的に歪曲している道を、歩かされているような気がする。

 強烈な違和感があった。何かが引っかかる。

 キラカに目をやるが、キラカは慣れたもので、すいすいと道を歩いていった。


「……なあ。一つ聞いていいか」

「なんです?」

「この街を作ったのは誰なんだ?」

「誰って、ドラゴニカ・エクスプレスですよ」


 キラカはあっけらかんと答えた。


「この街は、あの会社が中心になって作り上げた街なんです。正確に言うと駅長ですね。トカゲの方々は寿命が長いですから、いまから百年か二百年は経ってるかも。この国のものは、どれをとっても正確に計って作られているんだそうですよ」

「……」

「街、というかこの国そのものといった方がいいでしょうか。この街の反対側に広がる草原もそうです。環状線の内側は皆、あの会社が細部に至るまで管理しているんです」

「……それは、この裏道もか?」

「ええ、そうです。さすがにこのあたりのセンスは疑ってしまいますけどね。変な作りですよね」


 キラカは特に異変を感じていないようで、肩を竦めただけだった。むしろこの国にいるからこそ、こういうものだと思っているのかもしれない。

 再び、どこかの建物の中へと入る。中はアパートのようだった。キラカはそこを通り抜けて、また表の通りへと出た。駅に近い場所に出たが、普段のような賑やかさは無い。駅には直接入らず、こそこそと回り道をして線路へと入る。

 キラカの合図に合わせて姿勢を低くし、忙しく働く人々を遠目に見ながらたどり着いたのは、貨物列車の入り口だった。


「ここは……駅のようだが、普段と違うな」

「環状線ではないですよ。アンシー・ウーフェンに向かう貨物列車です。こちらから向こうに物資を運ぶためのものなので、見つかりにくいんですよ」

 それから、言いにくそうに続ける。

「……あの、誘っておいてなんですが……、こっそり行くにはこの方法しかなくて」

 キラカはそれだけは本当に申し訳ないと思っているらしく、少しだけ目をそらした。

「……なるほどな」


 ウィルは荷物でいっぱいになった車両を見ながら、ふっと鼻で笑った。それから自棄になったように颯爽と足をかけ、体を荷物と天井の間に滑り込ませる。中は暗く、狭い。

 ごそごそとキラカが乗ってきたが、体の小さな少年はまだ余裕があった。

 やがて列車が動き出すのがわかった。


「大丈夫ですか、狭いですよね」


 返事の代わりに、ごんっという凄まじい音がした。


「う、ウィルさん?」

「全身が痛い」

「……すみません……」


 キラカは心の底から謝った。

 それから列車に揺られて着くまで、ウィルは一言も喋らなかった。

 やがて列車がとまった。外ではがやがやと声がする。見つからないうちに、さっさと出てしまうことにした。出てきたとき、ウィルは真顔で死んだ目をしていた。キラカは申し訳なさそうな目をした。それで手打ちとして、二人は列車の影に隠れた。その辺に積まれた荷物の影を移動し、アンシー・ウーフェンへと近づいていく。

 駅や環状列車の中から見ていた時よりもずっと巨大だった。本当に樹木なのかどうかさえ疑いたくなってくる。洞の中では作業員たちが忙しく出入りしていた。カナリアがいるはずだが、ここからでは見えないだろうと踏んで気にしない事にした。見つかってうっかり口を滑らせても困る。

 隅の方には警備隊とおぼしき人物が突っ立っている。作業員と会話しているのを見計らい、先へと進んだ。ようやくアンシー・ウーフェンの外側へとやってくると、誰もいなかった。ようやく息を吐く。

 草原は暗く、陰鬱に沈んでいた。空がとてもよく見える。遠くの方にぽつぽつと灯りが見えている。


「あれは……」

「鉄道警備隊です。今日はこちらには来ませんよ」

「何故だ?」


 キラカは答えなかった。先へと進み、ちょうど巨大な幹が重なり合っているところへとやってきた。


「ここをのぼります」


 幹にできた隙間を指さす。


「登るって、どうやって」


 キラカは荷物の中から、ホチキスの針型をした楔を取り出した。それを、目立たないところに開いた穴に手で打ち込んでいく。足場にはちょうど良かった。ロッククライミングならぬ、ツリークライミングだ。キラカは楔を穴に引っかけながら、軽々と登りはじめた。どうやら退路は無いらしい。

 ため息をついて、キラカに続いて軽く楔を掴んで揺らす。手でぐいっと軽く打ち込んだだけだが、意外にしっかりしていた。埋め込んでもその都度ぐっと入り込んでくれるのは、樹の自然治癒力のおかげだろうか。とにもかくにも、大きなホチキスの針はウィルの体重も支えてくれるようだった。

 樹木の上の方まで来ると、急にキラカが消えた。消えた地点まで行くと、幹の樹の間に隙間ができていた。中からキラカが手招きしている。小さな隙間だったが、なんとか上半身は通り抜けられた。手で幹をぐっと押し、滑り込むようにむりやり内部に潜入する。膝をついた拍子に若干バランスを崩し、勢いよくなだれこんだ。


「大丈夫ですか」

「……なんとかな。それより……」


 目線を向ける。

 巨大な樹の内部がくりぬかれ、廊下のように続いている。まるで採掘現場だ。キラカの案内に従って、狭い廊下を進む。


「いったい何の為の裏道なんだ、これは?」

「……昔、仲間がなんとかここまでたどり着いた跡です」


 キラカはそれだけ答えた。


「ウィルさん。このアンシー・ウーフェンについて、何か聞いていますか?」

「何って、そうだな。この街のエネルギー源で、食糧が出てくるぐらいか。あとは、盗賊団がここを狙っていると」

「なるほど。つまり、何も知らないんですね」

「……」

「もうすぐです。少々お待ちを」


 キラカは通路の行き止まりで、小さな鎧戸を開けた。下を確認する。下からは仄明るい光が入ってくる。どうやら通路になっているのか、足音が聞こえた。僅かに鎧戸を閉めて、隙間を小さくした。足音が遠ざかるのを待ってから、再び鎧戸を開けた。下へと降りる。どうやら天井から通じているようだった。ウィルがそれに続いた。


「……なんだ、これは……?」


 内部は人工物で出来ていた。ごく普通の廊下のような作りになっている。簡素だが床も壁も作られ、灰色の通路が続いていた。壁にはコードが何本も束になって張り巡らされ、どこかに通じている。古いものもそのまま残っているらしく、切られてそのままぶら下がっているものもあった。古いコードや管の上から新しい管が通り、そのまま使われているようだった。割れたシリンダーも放置されたまま残っている。そのおかげで廊下を圧迫していた。

 外から見たどころか、さっきまでと印象がまったく違う。これではまるで人工の塔だ。

 キラカが案内する先へと向かいながら、ウィルは周囲を見つめた。


「これは……、エネルギー採取用の管か? それにしては……」


 仰々しいどころの騒ぎではない。

 そのうえ見張りがいるほど警備は整っているのに、肝心の通路がこれでは意味がわからない。しかも交換ではなく、古びたコードもそのままにして使っているなんて。それほど慌てて付けられたのか。まるで、いっときも絶やさず何かを動かし続けているような構造だ。


「下手に触ると、警報が流れます。気をつけて進んでください」

「……警備は厳重そうだな」

「ええ。なにしろこの先に、竜の秘宝があるはずですから」

「なに?」


 ウィルは思わず聞き返す。

 通路を曲がろうとして、キラカは身を潜めた。


「しっ」


 ウィルもそれに倣った。

 こつこつと警備兵たちが向こうの廊下を通り過ぎていく。警備兵たちがいるのは、いま二人がいるところよりもずっと明るかった。あそこを通り抜けるには素早く行った方が良さそうだ。

 目線を向ける。その先にも管が続いていた。管の中を移動する緑色の光は、上か下のどちらに流れているのかわからない。じっと身を潜めていると、やがて足音は遠ざかった。


「……行きましょう」

「ああ……」


 立ち上がって、先へと進む。

 ウィルはその背を追った。明るい通路を足早に通り抜ける。


「……さっきの話だが」

「はい」

「お前は俺に一体なにをさせようっていうんだ」


 率直に尋ねると、キラカは足を止めた。

 ウィルもそれに倣って、足を止める。振り返った顔は。口を一文字に結び、獣のように鋭い目でウィルを見ていた。決意の光に満ちている。やはりこの目は、どこかで見たことがある。

 ぐっと、小さな拳を握った。


「僕は……。僕らは、あなたに、……竜の秘宝を――」


 言いかけたキラカがハッと何かに気付いた顔をした。ウィルの後ろだ。


「……誰かいますっ」


 ウィルは思わず振り返った。

 誰かが四角いものを構えていた。

 パシャッとカメラの灯りが光る。濃紺色のマントで顔を隠したが、どちらが早かっただろう。だが、その隙に距離を詰め、その腕を取る。


「ヘイウッド!?」


 カメラを構えていたのは、ドラゴニカ・エクスプレス新聞の女記者、ヘイウッド・ペグだった。

 間違いようもない。


「お、お前なんでこんなところに……」

「なんでじゃあないわ、当然、あなたを追いかけてきたのよ!」


 声をあげて迫ってくるヘイウッドに、ウィルは思わず手を離し、両手をあげた。掌を見せてのけぞる。


「おい、声がでか――」

「最後の魔法使いの奮闘を描く新人作家と、本物の魔法使い……! その二人が密会しているとなれば、当然後をつけるでしょう? そしたら何? こんなところまでやってきて! ねえ、あなた、どういうこと?」


 ウィルの腕を掴み返して吼えた。

 だが攻めるような口調は、途中で取材に切り替わったようだ。


「ほ、ほら。そんなに怒るといい女が台無しに……」

「もう騙されないわよそれには!」

「うぐぐっ……」


 さすがにもう通じなかった。


「わ、わかったからとにかく静かにしろ。見つかるだろうが!」


 キラカは二人を見ながらそっと通路の端を見た。落ちたまま放置されているシリンダーを見ると、体をかがめた。視線を外さずに、シリンダーを手にする。そうして、勢いよく向こうの方へと投げつけた。

 シリンダーは垂れ下がったコードの束にぶつかり、ばちっと大きく音を立てた。

 途端に、ビーッ、ビーッ、という警報音があたり一面に鳴り響く。


「……っ、なんだ、この音!?」

「すみません。どうやら見つかってしまったようです」


 明らかな緊急事態が発生していた。

 廊下の向こうがにわかに騒がしくなる。


「くっ……」

「潮時みたいですね。すみません、ここまで来てもらったのに。撤退しましょう」

「……仕方ねぇな」

「ねえ、ちょっと、なんなのこれ!?」

「いいからお前も来るんだよ、ヘイウッド!」


 ウィルは苛つきながらその腕を取り、一気に走り抜けた。

 なんだ、どうした、どこかで物音がしたぞ。明るい廊下から警備兵たちの声がする。


「早く!」


 来る時はまだしも、帰りは天井に行かねばならない。ウィルは屈んでキラカを肩車し、天井へと押し上げる。


「ねえ、なんで私も逃げなきゃ――」

「いいからさっさと行け!」


 キラカがヘイウッドの手を取る。上半身はなんとか入り込んだが、ばたばたと足を揺らす。その足を支えて、無理矢理天井へと押し込んだ。

 そして最後にウィルは勢いよくジャンプして天井へと手をかける。上半身はなんとか引き上げられたが、まだ足が残っていた。そのまま這うように中へと進む。苦労して残った片足をあげると、キラカが勢いよく鎧戸を閉めた。

 鎧戸が閉じられた瞬間、その下をバタバタと警備兵たちが通り抜けていった。ウィルはヘイウッドの口元を手で抑え、キラカはじっと物音を立てないように潜んだ。やがて警備兵たちの足音が遠ざかっていくのがわかった。

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