第25話 委員長、時々美鈴
「ね、委員長、ちょっといい?」
「……何、手塚君? 私に何か用、勉強中に話しかけないで欲しいんだけど」
さっき当たった紙飛行機のお礼をするために委員長に声をかけると、席に座った委員長から帰ってきたのは冷たい視線と声。
学校では徹底して委員長を演じてやろうって言う、そんな声……でも俺は、美鈴本人の口からも聞きたい! 美鈴の口から、ちゃんと事の顛末が聞きたい!!!
美鈴から、私の家に来てって聞きたい……わがままなのはわかってるけど、ちゃんと聞きたい! 美鈴の声、聞きたい!
「いや~、ごめんごめん。ちょっと話さない、って思って? どうかな、委員長? 俺と一緒にちょっと話さない?」
「……何か用事があるの? 私と話したい事があるって言うの、手塚君は?」
「いや、別にないけどさ。良いじゃん、クラスメイトなんだし? 話すくらいは良いんじゃないかな、委員長?」
「……お断り。なんで私が手塚君と話す必要があるの? 私は今勉強してるの、話しかけないで。何か用事があったなら声かけてくれてもいいけど、無駄な事で声かけないで。うっとおしいから」
「あ、あれぇ?」
お、おかしいなぁ?
俺の予定ではここで「わかった、行きましょう」って言ってくれて、そのまま二人で廊下の隅でこしょこしょしっぽり二人でお話……そんな予定だったんだけど。委員長から美鈴になってくれて、このまま二人でお話しする流れだったんだけど。
でも今の美鈴は完全に委員長というか、完全無欠の勉強大好き冷血人間(美鈴称)モードって言うか……あ、あれぇ? ちっともデれてくれる気配がないぞ~?
で、でも頑張れば美鈴になってくれるはず!
美鈴として、俺に話してくれるはず!
「あ、あのさ、委員長……」
「しつこい!!! ちょっと優しくしてくれたり色々手伝ってくれたり、助けてくれたり、その……も、もう! そんな事で私に関わってこないで、勉強の邪魔だから! 邪魔だから手塚君はどっか行って、邪魔なの! 邪魔なの、手塚君は……来るのは、美鈴の時だけにして、美鈴の時にいっぱい甘えて。でも、美鈴の時以外はヤダ……邪魔、手塚君!!!」
「……え?」
「とにかく!!! 邪魔だから! 早くどっか行って、ほら! ほら!!! さ、刺すよ、これ以上一緒に居ると! しゃ、シャーペンの芯で刺すよ、手塚君の事!」
そう言ってしゃーしゃー、と俺の事をシャーペンの芯で刺そうとしながら、ぐるると眼鏡越しに強い目つきで睨んでくる委員長……でもその中に一瞬見えた少しデレた美鈴の姿を、俺は見逃さなかった。
いっぱい甘えて、って言ってくれた美鈴の姿を、俺は見逃さなかった……み、美鈴!そう言う事ね、美鈴! ごめんね、美鈴!!!
「も~、何変な顔してるの! 早くどっか行け、本当に邪魔だから! 私の邪魔しないで、手塚君!!!」
「アハハ、ごめんごめん。わかったよ、もう関わらない。もう『委員長』には関わらない、わかったよ。もう邪魔しないよ、委員長」
そうだ、美鈴はクラスメイトとか先生とかお父さんとか……そう言った委員長を取り巻くいろいろな人たちの、期待に応えないといけないんだ。
真面目な委員長として、勉強以外興味ない冷血人間として……そんな委員長のイメージを保たなきゃいけないんだ。
「わかったならいい! だったら早くどっか行け、手塚君! しっし!!!」
「うん、わかってる。ごめんね、委員長」
だから学校では、俺も俺も関わらないようにしないと。
俺が無理に美鈴を引き出そうとして、それで委員長のイメージとかを壊しちゃダメだから。美鈴のせいで、そのイメージが崩れるのは、委員長にとって不利益しかないから。
だから俺も気をつけないとな!
学校では美鈴の事気にせずに委員長として接して……なるべく関わらないようにして、学校外で「柚希」と「美鈴」の関係になるのが正解だ。
学校では委員長でも、家では美鈴だから……少なくとも、俺と二人きりでいる時は美鈴になってくれるはずだから。
だから俺はその時にしっかり「美鈴」をいっぱい感じよう……一線は超えてしまわないように、そこは我慢しなきゃだけどね! なんか美鈴、その……具体的な「そう言う関係」になるの、嫌みたいだし。
最初はなんか色々言ってたけど、お父さんとか、イメージとか……そう言うので、「そう言う事」は良いけど、具体的な「そう言う関係」になるのは嫌みたいだから。
俺は絶対「そう言う事」したら「そう言う関係」になるのを迫っちゃうから、一戦は超えないように我慢しないと……俺は別に恋人関係になっても良いんだけどね。
「やーいやーい、フラれてやんの! フラれてやんの、ゆず!」
「委員長狙うとか物好きだな、ゆずも! 一回優しくされたくらいで全力なのも童貞っぽいぜ、流石俺たちのゆず!」
そんなハッピーな事を考えながら自分の席に戻ると、友達達がそう楽しそうに茶化してくる。
「やめてくれ、そんなんじゃないから」
友達にはそう言うけど、俺の心は少し踊っていた。
これからも俺と美鈴はちゃんと「柚希」と「美鈴」になれる、俺はまた美鈴と一緒に色々できる。
それが嬉しくて、楽しくて。
例え週に1回限定の時々の美鈴でも。真面目な委員長の土曜日だけのウイークリーな「美鈴」だとしても。
俺はその一回を、全力で楽しく過ごしたいな。
あの時間を、俺はしっかり楽しんで、美鈴にも俺と一緒に楽しんで欲しい……いや、でも写真は送ってくれても良いんだよ、美鈴! あの写真、その……すっごく良いから!
すっごく捗るというか、その……あ、と、とにかく! 明日が楽しみって事です、焦らされたからね! 美鈴とお互い、いっぱい楽しもうね!!!
「……ゆず? 委員長の事、本当に何もないの? やっぱり、その……何もないの、ゆず?」
「何もないって、朱里。本当に何もないからね」
「……私的にも気になります? 何もないの、ゆず君?」
「まーちゃんは相変わらず近いって、本当に何もないんだから」
☆
「姉ちゃん、行ってきます! お昼は冷蔵庫に入ってるから、それ食べてね! お仕事一週間お疲れパーティーもしていいから!」
次の日、土曜日。
お昼前のカンカン照りの太陽の下で、美鈴に会うために珍しく起きてソファでテレビを見ている姉ちゃんにそう声をかける。
「それを許してくれるのは嬉しいが、もう行くのか、ゆず? もっとゆっくりしていっても良いんだぞ?」
「うん、もう行く。夜ご飯までは帰ってくるから安心して……あ、でも安心して飲み過ぎないようにね! この前みたいにキス魔になったら夜ご飯は作ってあげないし、明日のお昼もなしだよ! 夜は作るけど!」
「あー、キス魔の事は言わないでくれ、私も恥ずかしいんだ、あの時は……わかった、飲み過ぎない。ゆずが居なくてもコントロールくらいして見せるさ、私は大人だからな! 大丈夫だ、ゆず! 私の事は心配しないで、いっぱい友達と遊んで来い!」
「嫌なら飲まなきゃいいのに……でもありがと、姉ちゃん! 夜ご飯はとびっきりの、作るからね……姉ちゃんが飲み過ぎてなかったら、だけど!」
そう姉ちゃんに釘を刺しておいて、俺は家を出る。
「はーい、善処しま~す! それじゃ、ゆずも行ったしお酒お酒~!!!」
「善処できてないじゃん、全く……そう言うとこも好きだけど、姉ちゃんの」
家の中から聞こえてきた欲望丸出しの声に苦笑いしながら、美鈴の家に足を進める。
「熱いなぁ、今日も。もうすぐ、というか季節的には秋なのにプールとかに入りたいくらいだ……美鈴の水着も見たいし、プールでも行きたいな、今日は。スク水じゃない美鈴も、みたいな。黒ビキニとかレースアップとか……ふふふっ、ホントバカだな、俺。昼間っからこんなエロい事……最低だな、俺。」
そんな邪でいやらしいことをまだ主張の激しいお天道様の下で考えながら。
ちょっとこれじゃ天国には行けないな、なんて……でもしょうがない、しばらく美鈴見てないんだから欲望が爆発してもしょうがない。
美鈴が悪いんだからね、美鈴が俺の事をスク水の美鈴の記憶で放置するから……ふふっ、本当に天国には行けなさそうだな、俺は。
とにかく楽しみだな、やっぱり!
美鈴と一緒に水着着て、二人でもプールでも……プール行くのは、ささやかな抵抗です。俺が最後の一線超えないための、そのささやかな抵抗です!!!
~~~
「ん~、どうしよ、どうしよ……ん~、柚希が、喜んでくれる……あ、これなら! これなら柚希も……えへへ、喜んでくれるかな?」
★★★
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