暁闇の箒旅
「入るねぇ」
分厚い木製の
彼女の耳にまで届くかは置いておいて、断りを入れる。部屋に入ると、薄暗い部屋の中でスミレが分厚い本を読んでいる。
スミレが顔をあげる。書を読むときにかける、小さな丸
「夜遅くに珍しいわね。こんな夜中に――フォレスフォードに行くのね」
疑問を
「あぁ、そうだよぉ。店を空けることになるから、店番をお願いしたくってねぇ」
分厚い
「まあ、そんなところだろうとは思っていたわ。あなたがここに来るのは、フォレスフォードに行く時くらいなものね」
「うっ……。ま、まぁいいじゃないか。スミレの研究を邪魔したくはないからねぇ」
「のびのび研究できることには感謝しているわ。こうやって邪魔の入らない部屋も作ってくれているしね。店番はメリッサにやらせておくわね」
「メリッサぁ!? メィリィにやらせるのぉ?」
てっきり、スミレが店番するものだと思ってたから
「私は研究をしたいのよ。まだ中途半端もいいとこだし」
それとなく、視線を羊皮紙に向けるスミレ。私に早く出ていって欲しいというのがよくわかる。
「研究途中なのはわかるんだけど、メイリィ、店番大丈夫なのかなぁ?」
「店番は無難にできると思うわ。もちろん
「接客は苦手、だもんねぇ?」
「苦手というよりは、勝手がわかっていないだけよ」
「まぁ、その心配はいらないと思うよぉ。店に来るったって、魔法使いと
「巫女?」
「
「そういえば、ここの転移陣の周りの花はあなたが管理しているものね」
扉の横にある柱時計を
「おっと、そろそろ出発しなきゃねぇ。それじゃぁ、行ってくるねぇ」
「ええ、いってらっしゃい」
スミレは再び魔導書を開き、研究を再開する。
私は地下の書斎を出て自分の部屋に戻り、小旅行の支度を始める。魔法使いの
店のドアを開けると、真夜中の村にウインドチャイムの奏でる音が
向こうは晴れているかなぁ……。
玄関前に置いてある、左の方のランタンを手に取る。真新しいそのランタンには、モッコウバラを象った浮き
手に取ったランタンに向けて呪文を唱える。
「イクスツス・ライダス……」
ランタンの中に、
ランタンの明かりを頼りに通りを進み、
しばらく
広場の周りには、四季折々の花が
転移陣の運用によって発生するマナは、“東の大陸”チェルナーの植物たちにとっては不要な物。むしろ悪影響すら及ぼしかねないものだ。この植物たちは、そのマナを吸収して鎮守の森の環境を守るための役目を果たしている。そんな背景があって、特異な空間となっているのだ。
広場の中央に描かれた転移陣の前で立ち止まると、ポシェットの中を探って、エメラルドグリーンの粉が入った
青緑色の光を確認して陣の中央に立つと、転移に必要な呪文を
「リグスタ・オ―・リリマック、レヴィ・ラル・フォレぇ――」
間違えた。危ない危ない、うっかり、250㎞の旅程が消し飛んでしまうところだった。
……気を取り直して、もう一度。
「リグスタ・オ―・リリマック、レヴィ・イド・メリアリルム……」
詠唱を終えると、周囲が
高速で流れていく星々を
ここは“西の大陸”レヴァルロ大陸のイドフォデア地方の港町、メリアリルムの転移陣だ。東雲で
快晴で満天の星空、最高じゃないかぁ。うんうん、いい旅になりそうだねぇ?
手に持っているランタンを、箒の
メリアリルムの夜空には、満天の星と共に色とりどりの
箒に魔法の光を灯すのは、魔法使いたちの慣例。夜間飛行の
進路を西に取ってウバルム湾を横断し始めるとカモメの群れを見つける。群れはウバルム湾の沖の方、西を目指して飛行しているようだ。
普段は遅すぎて目にもくれずに後ろから群れを突っ切っていくのだが、今夜は年に2、3回あるかどうかの絶好の天候だ。
のんびり星を眺めるのに丁度いいので、群れと一緒に飛んでいくことにした。
一緒に飛行している間は、カモメ達の間を
湾の対岸が見えると、群れが進路を徐々に北へと変えてゆく。私とは別の場所を目指すようで、ここでお別れのようだ。
私はそのままの速度を維持したまま、この地方きっての大都市、エンデルバルグを目指す。
程なくして眼下が海から陸地へと微妙に色が変わる。そして前方には、大地に小さな光の粒が見える。あれがエンデルバルグ、旅の中間地点だ。
エンデルバルグに到着すると、時計塔の屋根に腰掛ける。東の空は、
30分くらい、休憩しようかなぁ。
箒で飛行するためには、少しながら魔力を必要とする。もちろん、速度によってまちまちではあるが。今夜はのんびりとはいえ、3時間を超える飛行をしている。ゆっくり飛んでいるから、魔力消費はそんなに激しくはない。しかしこの先、山脈越えが控えているのでしっかりと休んでいくことにする。別に休まなくても、旅の終着点までは飛行できるだろうが、多分飛行時間的に集中力の方が持たない。もちろん、魔力も自然回復したほうが安心だ。
黒色の大地に少しずつ彩りが戻ってくる様子をぼんやり眺めたり、自分の周囲を魔法の光で彩ったりして休憩する。
しばらくそうして時間を潰すと、大地の様子が少しずつしっかりと見えてくる。黒一色から、それぞれの場所の個性がなんとなくわかるようになってきた。
足元の文字盤を見ると、長い方の針がVIに差し掛かろうとしている。
そろそろ出発の時間だねぇ。
数十分飛行すると山脈に差し掛かる。山の空気はひんやりを通り越し、ローブを着ていても少々寒い。
山は天候や気流が変わりやすい。今日については空気が乾いており、天気の心配はいらない。ただ、気流に注意するのは必須で、油断すると山肌に
地上からおおよそ100mの高度を保ちながら、海抜900m程度の
後ろを振り返ると朝焼けが見える。もうじき午前5時になり、日が昇ってくることだろう。
山脈を越えればフローハンメル大樹海に入る。そこからフォレスフォードまではおおよそ80kmといったところだ。
時間、足りないかなぁ? ちょっとだけ飛ばさないといけないねぇ。
少し
時間を気にしているのには理由がある。ヴェーラと確実に会うためだ。彼女が天候預言をするのは昔からのことで良く知っている。それが始まる時刻が午前6時ということも。しかし、その後の彼女の行動は予測できない。集落の中に居ることがほとんどなのだが、決まってどこかに居るという訳ではない。タイミングを逃してしまうと、ヴェーラ探しにとても骨が折れる。儀式の時間を逃して、何回か痛い目に
「もっとスピード上げなきゃ、間に合わないねぇ?」
小さく
未明に始まった小旅行はもうすぐ終わりを告げる。緑髪の魔女は、旅の終着点へと
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