あたたかな光を浴びるまで

「ん-……」


 日がのぼる前に目が覚めてしまった。だけれど、今すぐに夢の世界に戻ろうとは思わない。ただなんとなく、ぼんやりとしていたい。


 今は、何時かしら? まあ、何時でもいいけど。


 部屋の中は暗いけど、ねこ目な私にはそんなに関係ない。


 家の中をちょっとだけ、歩き回ってみようかしら。


 そのままじっとしているのもなんか違うと思ったので、布団ふとんけ出す。

 布団を抜け出すと、寒さがおそってくる。……結構寒い。私の生まれた“北の大陸”ロシェルチル大陸にある、フェリュアの冬と変わらなんじゃないかってくらい寒い。ここ、そこに比べたら相当南にあるはずなのに。

 厚手の服を羽織はおってから部屋の外に出る。


 部屋を出たら少し寒くなった気がするけれど、多分気のせい。早くも布団にもぐりたくなってきたけど、階段を下り始めてしまったからあきらめて階段を下り切ることにする。動けば多少体もあたたかくなるはず。




 階段を下りた先は、店のカウンターになっている。もちろん、こんな時間には誰もいない――はずだった。


 なにか、いる。


 階段を下り切った私は、を見つけてしまった。暗闇くらやみの中こちらを見ているのだから、こわい。

 でもその恐怖きょうふは、一瞬だけで過ぎ去る。その正体は、私のよく知っている人だった。


「お、珍しいな」


 ご主人は私を見つけたようで、私に声をかける。


「ご主人も珍しいんじゃないの? こんな時間にここに居るなんて」

「まぁな。珍しく目が覚めちまった。サフィーは?」

「同じようなものよ」


 目が覚めて、そのまま寝ようと思っても眠れなさそうだったから、なんとなくその辺を歩きたい。そんな、よくわからない気分でここに来たのだから、理由なんてない。


「コーヒー、飲むか? 温まるぞ」

「苦いのはきらいよ。ミルクと砂糖さとうを入れるならしいわ」

「ミルクとは、ちょっとねこっぽいな」

「いいじゃない。元々猫なんだし。それに、ご主人も猫舌じゃない。人のこと言えないんじゃないの?」

「はは、そうだな。それじゃ、猫同士ちょっとゆっくりしてこうぜ」


 そう言うと、ご主人は指を振って私の飲み物を作り始める。別に変な意味があるわけじゃない。魔法で、直接見えないものを動かしているだけなのだ。


 私は、ご主人のそばに歩み寄る。ご主人のところまで行くと、外の景色が良く見える。


 外は、雲の無い夜明け前の空が広がっている。




「よーし、できたぞ」


 しばらく空をながめている間に、ご主人が作っていた飲み物が完成したらしい。


「はい、サフィーの分だ。ちと熱いかもしれんから、飲むときに気を付けてな」

「ありがとう、ご主人」


 早速、ご主人のくれた飲み物に口をつける。

 あたたかさと甘さが、真っ先に口に広がる。その少し後に、ほんのりと苦味が追いかけ来る。


「あったかい……」


 外の寒さと、ご主人がくれたあたたかい飲み物。目の前に広がる、あたたかな光の混ざるサファイア色の夜空。


 ご主人と、最初に呼んだ時のことを思い出す。


「……この空、あの時の空みたいね」


 あの時の私も、こんな気持ちだったっけ。あたたかいものが体をめぐって、夜明け前の空に、未来を重ねて。


「あのとき……?」

 

 ご主人は、私の目をのぞむように見つめる。それで答えなんて出てくるのかしら。


「――あぁ、そうだな。今は寒さでふるえていたりしないかい?」


 思い出してくれたみたい。

 

「外は寒い。でも、体はあたたかいわ。ねぇ、ここで日の出を見ない?」

「あぁ、しばらく見ていようか。この格好だとあんまり長く居られそうにないが」

「もっと着込めばいいじゃない」

「そうだな。それじゃ、魔法で持ってくるか。サフィーの分もな」


 私たちふたりはそのまま、夢の世界に戻らずに日が昇るのを待つ。

 歩んだ旅路の記憶を、ふたりで辿たどりながら待つ。

 その身体が、あたたかな色の陽光を浴びるまで。

 

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