夏、入道雲と青い空
汐温にUSBメモリを届けると、汐温の母親に会った。
「2週間後に退院します。家まで車で送るので、良かったら荷物運びを手伝ってもらえないかしら?」
「構いませんよ」
そういうと、優しい顔でニコっと笑って帰っていった。
「お母さん、なんで来てたんだ?」
今日も天気が良いですね。みたいに軽い気持ちで聞いてみた。
「あー、なんか、退院の予定みたいな?」
汐温もそれを知ってか、目は合わせているけど、適当に答えている。僕も、ふーん。と相槌だけうった。
「次、何すればいい?」
「うーん、何も思いつかないから、横にいてほしいな」
ちょっと寂しそうだった。一時的な退院が決まったのに。
「何かあったのか?」
「何もないけど、なんとなく。ほら、恋人って横にいるもんじゃん?」
沈黙。何も、話さない。不思議な雰囲気が流れている。窓の外を眺める汐温の視線の先を、なんとなく見る。大きな入道雲が真っ白に、青空の7割を埋め尽くしていた。
「散歩いかない?」
切り出したのは汐温だった。
「いいよ」
そう言うと、汐温は前より普通に立ち上がった。
「ゲームしようよ」
唐突。部屋を出てすぐ。思いついたように。今までそんなこと、したことなかったのに。しかも、ちょっと明るくなって。
「いいよ。何する?」
「出来事を聞いて、それが
「何だそれ」
そう言うと、ビックリしたように僕を見る。しかも、大袈裟に。
「知らないの!?人間失格の!」
妙な知識だけ持ってる汐温だった。
「知らないよ!読んだことないし!」
「大丈夫、私がアレンジするから。そんなに難しく考えなくていいよ。価値観を見る、的なやつだし」
よくわからないけど、汐温が考え始めたからゲームはスタートしてるらしい。
「入道雲」
「コメ。存在が面白い」
真面目にやってよ!と階段の後ろから軽く蹴られた。
「冗談だよ。トラ。あの下は豪雨。こっちは晴れ。向かってくる悲劇が目に見えてるのにどうすることもできないから」
「そうそう。トラトラ、大トラ!ルールわかってきたじゃん」
庭に出て歩くペースが落ちた汐温に、歩幅を合わせる。
「階段」
「うーん、コメ。階段って段差があるだけで遊べるし、程々にみんなそこで青春してる」
「なるほどなるほど。なら、リノリウムは?」
リノリウムは、病院の廊下のことらしい。汐温に言われて初めて知った。やっぱり、妙な知識だけ持ってる。
「トラ。悲しいことのほうが多いだろ。そもそも病院がトラ。何一ついい思い出がない」
「あ、わかる。私も良い思い出なんてないよ。強いて言うなら病院食で痩せたぐらい」
疲れてきてるみたいだし、ベンチに座ることにした。
「じゃあ次は、芝生」
地を見ず天を見上げながら汐温が言う。
「コメ。すべてが美しい。朝に行けば朝露、夕方に行けば寝転びながら夕日。ダークな展開にはならないね」
「いや、トラの可能性もあるね。芝生の上で死ぬのって、なんかロマンチックじゃない?」
それ、悲劇って言うのかよ。ロマンチックならコメかもしれないのに。
「チュートリアル終わりね。ここからが本題だよ!」
携帯ゲームの説明みたいになっていた。
「不治の病にかかった女子高生」
急にシリアス。汐温はそういうところがある。
「トラ。そんな年で、死ぬもんじゃないよ」
「そうだね、トラだね。なら、死は?」
「コメ。ただし、それは死ぬ本人だけ。周りはトラ。悲しみだけ背負って生きる」
「いい感じに矛盾してるね。どうやらこのゲームの楽しさがわかってきたみたいだね」
ふふん!と何故か得意気な顔をしている。それを横目で見る僕。コメ。
「私もね、コメだと思う。生きてたら、辛いこととか、苦しいこと、寂しいことが年々増えてく。でも、死ぬことで、全部綺麗になる。死んだら私はきっと、綺麗になったことすら感知出来ない。それでも、生きてるよりは、幸せ。生きてる意味って、ないんだよね。ただ、生を全うしてるだけ。虚無。つまんない」
「なら、生はトラだな」
「そう、生はトラ」
一瞬の沈黙の後、汐温が息を呑む気配がした。
「こんな私と、仮でも彼氏を、続けることは、トラ、ですか?」
「トラ。いずれ死ぬ君に、僕は置いていかれる。その悲しみを背負って、生きていくから。ずっと汐温のことを忘れずに、生きていくから」
俯いてる汐温の横で、僕は空を見上げているる。入道雲が青空を、侵食していく。
Love was cold…… 真白 まみず @mamizu_i
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