夏休み気休みひと休み
木村との約束もない、気軽で気楽な夏休みが始まった。
「また悪いけど、雨宮さんにお手紙届けてくれない?」
めぐちゃんに頼まれて、今回は不満もなく受け取る。その様子にめぐちゃんが少しビックリしていた。面倒くさがると思ったんだろう。めぐちゃんが汐温に定期的にプリントを渡すのは、学校に来れそうなとき、気軽に来るためらしい。めぐちゃんの気遣いに、勝手に感心する。僕が何目線かはわからない。
「お前、また雨宮のとこ行くの?」
クソ暑い中、一学期最終日の放課後という開放的な時間に、木村に捕まってファミレスで昼食を食べる。何が楽しくて、こんなことしてるんだろう。どうせならカメラ、持ってくればよかった。
「行くよ、頼まれたし」
「そんとき、俺も呼んでくんね?」
「気が向いたらな」
呼ぶ気はこれっぽっちもなかった。
「あ、おは〜彼方君」
寝ていた汐温を起こして申し訳なく感じる。
「汐温が寝てるの、珍しいな」
「私も人間だから寝るよ?」
「僕が来るときはいつも起きてるから」
そう言うと、汐温が少し黙る。それでおもむろに外を見た。
「お母さん、来たんだ」
なるほど。外を見る必要がなくなったから、寝ていたのかもしれない。それはそれで、良かった。
「お母さん、なにか言ってた?」
「私と、向き合ってくれるって。ずっと私を、見守っててくれるんだって。私のところに来なかったこと、一言も言い訳しなかったや。ホントは私、知ってたんだ。お母さんが忙しいこと。そして私にきっと、来ない理由、一言も言い訳しないこと。ずるいよね、私。自分で自分を傷つけて、悪い方向に全部持ってく」
少し黙って「キモいね、私」と呟いた。
「そう、悲観的にならなくていいと思う。汐温がそんなこと言ったって誰も怒らないそれに、汐温が優しくていいヤツだって知ってるから。病気なんて関係ないよ。そうじゃなくても、皆汐温に優しくする」
そう言うと、一瞬キョトンとしてフフッと笑う。奇妙。まるで悪役。
「もしかして、励ましてくれてる?」
なんだか少し照れる。直接言われると、はずかしいものがある。
「そうだよ」
「意外と優しいんだね、彼方君って」
「僕をなんだと思ってたんだよ!」
「私と関わろうとする変人だけど、ちょっといい人?」
「いい人で全てを誤魔化そうとするなよ」
バレたか〜と言い、何が可笑しいのか笑っていた。なんだか全てが、うまく行っているような、そんな気がした。汐温の懸念もまた、消えたし。安堵感に包まれ、僕の心も休まった。なんだか息苦しかったのも、消えたみたいな。汐温との距離も、縮まった気がした。だんだんと心を開いてくれている。それによって僕も物事をのんびり考えている。今だって、直面する間近の死を感じるようなこともない。日常をゆっくりと、描いている。これからも、ずっと、そうでありたい。そう思い浮かべる。そうすると、忘れていた何かを思い出すような気がした。
あ、プリント持ってきたの忘れてた。木村は忘れてないけど忘れた。
「これ、学校の」
あ〜!と言って汐温が受け取り、ペラペラ見ている。5分くらい見てたけど、飽きてベットの横に放置していた。
「私今度、前言ってた検査なんだよね」
「それは大変だな。健闘を祈るよ」
薄っぺらい!とプリントを投げてくる。
「僕だってそれなりに心配してるんだよ!こういうときどう言ったらいいのかわかんないんだよ!」
「笑えば、いいと思うよ」
さっき投げられた紙を投げ返してやった。汐温はケラケラ笑ってる。
「それでね、その間、デート行きたいし、彼方君は彼氏として、しておいてほしいことがあるの」
「なんだよ。どこでも行くよ」
それから汐温の検査までの一ヶ月近く、僕は汐温の指定する先に行ったり病院に行ったり、翻弄させられることになった。こんな日が、毎日続けばよかった。明るくて、楽しい、未来を望むような。
「パワースポット行って滝に打たれてきて!」
勿論一人で行って、滝に打たれた。カメラは周りの人に持ってもらっていた。どう考えてもヤバいやつ。
「私、その辺で採った草でサラダ作ってみたい」
美味しい野野菜とかいう胡散臭い本を買ってそれを頼りにひたすらむしる。鍋にぶち込む。勿論、キノコはない。僕も死にたくないから。結果、不味かった。死ぬほど不味かった。
「メイド喫茶行ってみたい」
カメラを持ってメイド喫茶に入る。もうバカみたいだ。何が違うのかわからないオムライスが運ばれてきて、バカみたいな値段を取られた。平静を装わないと後で汐温に怒られそうなので、照れることなく耐える。どこの世界に彼氏を一人でメイド喫茶に行かせる彼女がいるのだろうか。
「メイド喫茶は良くなかったね……」
ちょっと不貞腐れながら汐温が言う。なら提案しなければいいのに。
「一人で路上ライブしてみたい」
「え?」
「路上ライブ」
「聞いてください。冷たい君に」
僕は一体、何をしているのだろう。流行った曲を歌いながら、天を見上げて嘆く。早く警察に来てもらいたい。怒られたい。そしたら、帰れるのに。
街を歩く人は僕をクスクス笑いながら写真で撮り、去っていく。知らないお婆ちゃんがニコニコ頷きながら前に立っている。消えてほしい。いや、僕が消えたい。
ようやく警察に怒られて帰るところで、携帯を開くと、汐温からメッセージが届いていた。
➝検査の結果、出たよ。私、一時的に退院出来るらしい
路上ライブ後じゃなければ、素直に喜べたのに。
➝良かったな
それだけ返信することにした。過度に喜ぶのも、違う気がしたから。
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