夏前の暑さと憂鬱な雲

「最近、元気なこと多くなったね」

 学校、つまらない日常、それをぶち壊すより憂鬱な兵器、テスト。僕は当たり前のように欠点スレスレ。耐えた。はずなのに、提出物を出さずに学期末欠点。まるで新喜劇。別に卒業に影響するわけでもないからどうでも良かった。一回ぐらいなら痛くも痒くもない。そして今まさしく、そのことについて担任のめぐちゃんと話している。

「そんなことないですよ」

「そんなことあるよ。去年の彼方君、死んでたから」

 事実、生きてる心地はしていなかった。虚しく空いた心の穴が、ブラックホールみたいに感情を吸い込む。だから、ある意味、毎日夢みたいな。どちらかというと悪夢の。そんな感じ。

「いつまでも、人が死んだこと引きずってられませんからね」

 そういうと、めぐちゃんは少し寂しそうな顔をした。

「先生はそんなことないと思うよ。身内の人が死んじゃうと誰だって悲しいし、辛いよ。でも、それを彼方君は乗り越えたんだ。先生、安心したよ」

 人の良さそうな顔をしてニコニコするめぐちゃん。最近の悩みは誰も自分に敬語を使ってくれないことらしい。そりゃそうだと思う。話しやすすぎるから。

「先生にもご迷惑をお掛けしました」

「いいよいいよ〜、気にしないでね」

「自殺なんて、するもんじゃないですね」

「そうだよ、死んだところで、きっとたのしくないよ。それに、お母さんも悲しむだろうから」

「そうですね。もう、大丈夫です」

「あ、雨宮さんのところに行ってくれたんだよね?」

「はい」

 めぐちゃんが少しほっとしたような顔をした。

「ありがとね!先生が行っても良かったんだけど、きっと生徒の子が行ったほうがいいと思って」

 勿論、あれから僕が何度も行っていることは黙っていた。説明するのも面倒だったし。

「雨宮さんも喜んでましたよ」

「それなら良かった。じゃあ、先生もう行くね。あ、鍵閉めるから彼方君も一緒に出よっか」

 めぐちゃんに言われて教室を出る。学期末なので、部活中の声が聞こえる中、フラフラと帰る僕。なんだか少し寂しい。社会に行く遅れたような、そんなような。それとも一人で帰ることが寂しいと感じているのか。暇だし、汐温に連絡を入れようか迷っていた。

「彼方君!先生の車、乗って帰る?」

 めぐちゃんが車からそう言ってくれたので、面倒だし、乗って帰ることにした。

「彼方君、部活入らないの?」

「入りませんよ。2年から入っても遅いですし」

「そんなことないよ。遅れた分は取り返せばいいの。無くした分も、取り返せばいいの。あと一年で、人より時間は短いかもしれないけど、その分だけ濃密な時間を過ごせばいい。きっとそれは、他の人より幸せな時間になると思うよ」

 ふっ、と汐温のことか頭によぎった。人より時間は短くてもその分濃密なら、より幸せ、か。僕と汐温の、足りない何かを、それなら埋められるのかもしれない。1年間と言わず、何年も、濃密な時間を送って。冷雪病は何も何歳までに死ぬとかはなかなかない。だからこそ、汐温は重度だと言える。余命なんて珍しい。それでも、言われた余命を超えたのだから、これから長く生きられるだろう。そう、思いたかった。

「彼方君の家、ついたよ」

 気がつくと、僕の家に着いていた。随分と考え込んでいたのかもしれない。

「あ、お父さん、出てきたよ」

 極力目を合わせたくなくて何も無い方をとっさに見つめる。合わせたくないと言わんばかりに。演技の下手くそな自分を恨む。

「すみません、彼方が、また何かやりましたか?」

「いえいえ!たまたま帰りに見つけたので送ったんですよ」

「そうですか、それなら良かったです」

 ふと、そう言う父親の顔を見たくなった。明るい声で話す父親なんて珍しいからだ。いつもは興味なさそうに暗いのに。

「よかったら、お茶でもどうです?」

 そういう父親の顔は笑顔だった。何か、ゾッとするものを、感じた。背中から、ずっと、悪寒がするような。冷えきったもの。

「いえいえ!今日は帰りますよ!ありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 またね、彼方君。というと、めぐちゃんは帰っていった。しかしその目は、僕と合っていなかった。

 それから父親と話すこともなく部屋に戻って、携帯をポチポチイジっていると、汐温から連絡が届いた。

 →彼方君って、次いつ来れる?

 →明日行くよ

 →何時ぐらい?

 →わからない。終業式の終わる時間次第

 →まってるよ。データ、忘れないでね。

 そういえば、汐温が学校に来れるようになることがあるのだろうか。僕が届けなくても、気軽に受け渡し出来たらいいのに。汐温が学校にいてくれたら、どれ程楽しいか。いや、僕と関わることなんてなくなるかもしれない。それはそれで少し寂しくて。

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