迷いこんで、見失って

 揃えたキャンプ用品を一つのリュックに全て詰め込む。キャンプ場までバスが出ていたのでそれで向かうことにしていたので、適当にお金も持っていく。最近、汐温のためにお金を使いすぎたせいで金欠だった。バイトの3文字が脳裏によぎる。そこまでするものかな、なんて思いつつ、カメラを手にして出かけた。


 キャンプが初めての人間に、ソロはあまりにも難しかった。近くにいたサラリーマン達に助けてもらいながらようやく完成させたテントに入って寝転ぶ。家を出たのは午前中なのに、もう夕方だった。カメラなんて気にせずご飯も作らないでやろうかと思った。ただ、それをすると、いよいよここに来ている意味がなくなるので、仕方なく、ネットに載っていた方法でご飯を炊いた。

 雨宮汐温は、近いうちに死ぬかもしれない。それがいつになるのか、彼女自身もわからないだろう。死ぬのが怖くないなんてことはない。汐温に直接聞いても「怖くない」以外言わないだろう。段々と汐温がどういう人間なのか、僕にもわかってきていた。

「なあ、汐温。お前、本当は死ぬの、怖いんじゃないか?」

 いつの間にか暗くなった空に向かって言いたいことを言いたくなった。この広い空なら、全て受け止めてくれる気がしたから。

「汐温、本当は寂しいんじゃないか?心が完全に冷めきらないか、不安なんじゃないか?もっと、周りに、僕に、甘えていいんだ」

 母に言えなかったことが、僕の身体の中で激流のように渦巻いて溢れ出す。母が死んだとき、僕は何も出来なかった。僕は甘えてばかりで。何だかんだ、母は死なないと思っていて。僕は、世界が何も僕から奪わないと思っていた。現実は、案外簡単なものなんだって。でも、それを面白がるように、現実は真逆の答えを平気で突きだす。現実は残酷だ。母も、帰ってこない。僕が何も出来なかった現実を、覆せない。だからもしかしたら、僕は汐温に甘えられたいのかもしれない。汐温が死んだとき、僕は汐温に出来ることはやったと、自分で思いたいのかもしれない。自己中で、嫌になりそうだった。

 ご飯を食べてあたりをフラフラと歩く。宛もなく、迷い込むように。僕が汐温が考えていることを考えるみたいに、暗中模索で。気づけば汐温のことばかり考えている。彼女はどんな気持ちで今、生きているのだろう。あの「早く死にたい」は本心からなのか。いや、考えるだけ無駄だ。きっと、ずっとそそ思ってるのだろう。汐温は僕で、苦しさを紛らわせることは出来ているのだろうか。「雪」は溶けてきているのだろうか。僕は、汐温と出会ってからずっと、彼女に振り回されている。普段なら嫌なのに、案外楽しかった。あの、喜怒哀楽の激しい彼女の性格に、影響されたのかもしれない。寧ろそれより、彼女に惹かれているのかもしれない。強く生きようとしながら、死を漠然と受け入れようとする弱々しい彼女に。僕の「氷」は溶けてきている。汐温という人間を、受け入れている。だからって、変わらない。僕が汐温を受け入れたからといって、何も、変わらない。何もできない。ただの小さな人間。世の中の大抵の人間がそう。それでも僕は、せめて、汐温にとっての何者かには、なりたかった。彼女の「雪」が少しでも溶けていたらいいのに。


 日が上ってテント内に光が差し込みだし、その眩しさで目が覚めた。僕の未来は何も明るくないことを再認識した昨晩に対する皮肉みたいで苛立った。

 さっさとテントを片付け、一番早いバスに乗って家に帰った。家に帰ると中から、珍しく父親が出てきた。

「どこ行ってたんだ?」

「どこだっていいだろ」

 面倒くさくて、適当に返す。端的に言うと、僕は父親が嫌いだった。母が死んだときも、父親は近くにいなかったから。僕の母親の死を、どうにも感じていないような澄まし顔をするから。

「グレてもいいが、人に迷惑はかけるなよ」

 そういう父親は実際僕なんか見ずに、淡々とコーヒーを飲んでいた。

「かけないよ」

「今回の朝帰りは目を瞑るが、酷かったら担任の先生に言うからな」

「勝手なことすんなよ!」

 母がいなくなってから、僕と父親は輪をかけて仲が悪くなった。僕に興味がないことなんかわかっているのに、表面だけ父親のように振る舞うのが癪で仕方がなかった。

 こんな父親と二人で昼食なんか出来るわけないと思って、僕はさっき撮り終わったばかりのデータを、汐温に渡しに行くことにした。

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