春と夏、境目で仰いで
「お前、なんでキャンプ用品なんて見てんの?」
昼休み、購買で買ったサンドイッチを食べながら携帯を見ていると、木村が僕の覗き込んできた。
「今度行くから」
「お前にそんな友達いたっけ?」
失礼だと怒りたいけど、怒れない。事実だし。
「一人で行くんだよ」
設定的には一人ではないらしいけど。
「へー、死ぬなよ」
「そんなに危なくないよ」
キャンプなんてしたことないから、わからないけど。
「そういう意味じゃねぇよ。お前、気づいたら死んでそうだから」
「死なないよ」
「ならいいんだけどな」
寂しくなったら言えよ、と木村は加えて言ったけど、そういう木村の方がなんだか寂しそうだった。理由は、僕にはわからなかった。
「……何してんの?」
放課後、暇だったので何気に汐温のところに行ってみると、ゴーグルをつけてしきりにあたりを見渡している。あ、あれ、VRゴーグルか。
「なんか言った?」
そう言うと、VRゴーグルを外した。
「言ったよ。バカみたいに口空いてるって」
「彼方君の方がバカそうだから!」
妙なプライドで歯向かってくる。しかも、必死。
「うわの空って感じでよだれたれてたけど?」
慌てて口元を袖で拭う様でちょっと惹かれた。
「うるさい!鼻垂れ高校生!」
「僕の成績知らないくせに勝手なこと言うなよ!」
「顔見たらわかるよ!どうせいつも欠点ギリギリで試験前すら勉強しない自堕落でしょ!」
酷い偏見。全国の僕に似てる高校生に謝れよ!
「そういう汐温だって、勉強出来そうにないじゃないか!」
「残念、私は高校トップ入学です!」
得意気な顔が憎たらしい。頬っぺたを引っ張ってやりたいぐらいに。
「ところで、VRはどうだった?」
キリがないので話題転換した。
「あ、まだ半分ぐらいだけど、めっちゃ楽しいよ。だって周りから写真撮られたりチラチラ見られたり笑われてるのも見えるもん」
本当に楽しそうだから、僕も満足した。終わってみれば何とも思わないのが、人間の不 思議。
「ホントにちゃんと、恋人みたいだね」
「ホントじゃないけどね」
「あ、照れてるでしょ」
照れてる照れてると囃し立ててくる。事実なだけに、なにも言えない。
「でもね、VRで見ると、ホントに私が彼方君とデートに行ってるみたい。私も普通の高校生だったら、こんな感じだったのかな」
すこし寂しげな瞳を、僕は一生忘れることはないだろう。汐温が普通じゃないことをすっかり忘れていた気がする。頭のどこかにはあったのかもしれないけど、こうして話しているうちに、知らない間に治っていて、安静にしているだけではないのかとか、そんな風に思っていたのかもしれない。いや、望んでいたのかも。死を迎える人の方が、よほど現実を見ている。冷雪病は、目に見えて進行がわかる病気だから。本人が一番よく、死を覚悟しいるし、死期をわかっている。
僕と汐温の間に気まずい雰囲気が流れて、沈黙が続いた。何を話していいかわからないし、汐温が何か話すと思ったから。
「そうだ、私、彼方君に余命、教えてなかったね。この前彼方君が来たときに、新しく言われたんだよ」
「おい、待てよ」
何となく、聞きたくなかった。このタイミングで言い出すから、良くないことはわかっていた。そんな僕の都合なんて知らずに無視して、汐温が話し出した。
「0だって」
「私、いつでも死ねるんだって」
「彼方君、覚悟しといてね」
さっきとは正反対に、汐温は、薄く、弱く、笑っていた。
そう言う汐温の髪の色に、雪のような白色が見え隠れするのを、僕は積極的に見ないようにしていた。
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