春、暖春の年
僕は今日、一人で喫茶店に来ていた。
「恋に恋するアイスジェラート、ください」
僕がマカロンを買ったあの街で、不審者一名出現。お世辞にもイケメンとは言えないから、余計に危険性が増している。店員にも危ない奴を見る目で見られている。当たり前だと思う。向かい側の席にカメラを自撮り棒で固定して置き、一人で嫌そうに動画を撮ってる奴に危なくないやつなんていないだろう。これも全部、汐温のせい。
「恋人ってどういうこと?」
「恋人は恋人だけど?」
一週間前、汐温に会いに行った日、唐突に、何の前触れもなく、僕に恋人が出来た。恋してないから恋人ではないと思うけど。
「ほら、ノート見たときに書いてあったでしょ?」
「あー……」
記憶の断片を上手く拾い上げて、あのシーンを思い浮かべた。確かに、書いてあった。
「人を愛してみたいってやつ?」
と言うと、枕が飛んできた。
「声に出さなくてよろしい」
ちょっと怒りだした。ご機嫌取りに、買ってきたマカロンを渡すと「マカロンだー!」と喜びながら食べ始めた。単純なやつ。
「認めてあげるよ。彼方君は私の恋人だ」
「汐温がいいなら何でもいいよ」
ちょっと面倒くさくなって適当に答える。大袈裟だし。マカロンに釣られてるし。それにしても幸せそうな顔で頬張っている。喜怒哀楽の激しい人だなと思った。
「で、恋人になって何するの?汐温、入院中だし、何もできないでしょ」
「それなんだけどさ」
と言うと、この間持ってきた道具箱から何かを取り出した。
「じゃーん!これなーんだ!」
「VRゴーグル?」
お〜、正解!と拍手してくれる。
「彼方君が、一人で出かけます。で、それをずっと動画で撮り続けます」
なんでも、僕が撮ってきた動画を汐温に直接持っていき、それをVRゴーグルで見るらしい。それであたかもデートしたみたいになる、という。
「あ、ちゃんとずっとカメラまわしといてね?途中カメラ切っててテレポートしてたらそれ、デートじゃないから。と言うわけで、この専用のアクションカメラとバッテリーあげる」
と、言うわけで不審がられながらもずっとカメラを回している。自撮り棒まで使いながら。汐温が恋人目線というので、目線を合わせられるように。喫茶店を出た後、また別の喫茶店へ不審がられに向かい、そしてまた別の喫茶店へと、計4箇所回った。僕も第三者だったら気味が悪くて仕方がない。ちなみに、汐温に全部指定された場所である。なんでもテレビで紹介されていたところらしい。だから余計に他の客が多かった。僕のことなんてまるで一切考えられていない。恋人とは何なのだろうか。
「何それ!そんなに大変だったの!?」
僕の苦労話を聞いて無邪気に笑う。今日だけは悪魔に見えた。学校帰りで制服の僕と笑う悪魔。病院にエクソシストも配置してほしい。
「移動中もずっと見られたよ。僕みたいなのが自撮り棒持って1日歩き回ってるから目立ちすぎて二度と街を歩けない」
そう言うと、またゲラゲラ笑っていた。それを見つつ、汐音の手の届く位置に動画の入ったSBカードを置いておく。
「じゃあ、次はね〜」
そう言うと、あのノートを出してきた。
「まだやるの?」
「当たり前じゃん。どこのカップルが一回で辞めるのさ」
デートって辞めるっていう使い方、あってんの?
「それに書いてるの?」
「そうだよ〜」
僕の顔を見ずに言ったと思うと、突然「見ちゃだめだよ!」とノートを隠す。僕も「見ないよ」と軽く返しておいた。
「じゃあ、次はキャンプ」
「え?キャンプ?」
「そう、流行ってるじゃん。やってみたかったんだよね」
帰ろうとした。このままここにいると危ない。命の危機を感じた。高校2年生になって、16年間生きてきて、身に付いた危機察知信号が最大限に鳴り響く。
「待って!お願い!私には彼方君しかいないんだから!恋人でしょ!」
「僕は絶対やらないからな!」
ちょっとむきになって帰った。行ってたまるか。絶対に行きたくない。それでも僕に「恋人」が重くのしかかる。
「キモいな、僕は」
なんて呟いたりして。
僕はホームセンターにテントとランタンを買いに行った。
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