エピローグ

第44話 オレと冒険の旅に出よう


 ◇◇◇◇◇



「その後、ユウキ・マリアドールの姿を見た者は誰もいなかった。これが今でも西の大陸で語られている勇者と魔女の恋物語じゃ」



 とある農村の噴水広場にて、ワシこと『お天気占い師のカーラちゃん』は子供たちに英雄譚を聞かせる。

 ワシの話を聞き終えた子供たちは、次々に不満を口にする。



「えーーーー! なにそれバッドエンドじゃん!」


「続きはないの? 魔女さんはどうなったの?」


「続きはない。傍目から見たら勇者は禁域を破壊した上に教会関係者を皆殺しにした極悪人じゃ。ギルドに懸賞金をかけられて街から追い出された。賢者も責任を取らされて辞任に追い込まれた」


「でもそれって悪い魔法使いの仕業じゃないの?」


「残念なことに悪事を立証するための証拠は燃えてしまった。3000年前と同じく、教会はすべての罪を傾国の魔女にかぶせて臭い物にフタをしたのじゃ」


「ぶーぶー。やっぱりバッドエンドじゃん」


「くふふ。そういう見方もあろうな。しかし、勇者はこの結末を選んだのじゃ。愛する女のため罪と呪いを背負い、共に生きる道をな」



 話が終わったところで、パチンと指を鳴らす。

 広場に設置されていた縁石が動き出して、小さなロックゴーレムに姿を変えた。



「わーーー! なにこれ。岩のお人形が動いてる!」


「ロックゴーレムじゃ。ほかにもおるぞ」



 ワシは【精霊使役】を使い、他に2体のロックゴーレムを呼び寄せる。

 ゴーレムたちは紅茶とクッキーを運んできた。



「語りの最後にはお菓子を配るのが古くからの習わしじゃ。遠慮せず食べるがよい」


「わーーーい、やったーーーー!」


「ありがとう。エルフのお姉ちゃん!」


「今度はブシドーさんのお話聞かせて」


「次に来るときまでにネタを仕込んでおこう」



 ワシは笑顔で子供たちに手を振り、後ろ姿を見送る。

 人気がなくなったところで、黒い鎧甲冑に身を包んだ武士が声をかけてきた。



「拙者の話などつまらないと思いますが」


「そうでもないぞ。東の島国にまつわる怪談でも聞かせれば、子供たちは大喜びじゃ。妖刀に操られたサムライの話とかな」


「いやはや。カーラ殿は手厳しい」



 ワシの意地悪な物言いに武士――コジロウは兜の下で苦笑を浮かべる。



「呪いを解くクスリは配り終えたのですか?」


「子供たちに配ったクッキーで最後じゃ」



 この地域に広まっていた【鈍化】の呪いは、実に厄介だった。

 幼少期から気がつかないうちに手足の感覚がなくなっていき、成人を迎える頃には四肢が動かなくなる。

 謎の難病とされて長いこと住民を悩ませておったが、原因は井戸に刻まれた死印にあった。

 曰く。数百年前に井戸が涸れた際、奇跡の御業を使う術士が村を訪れて井戸を復活させた。村人は乾きを癒やすことができたが、それから【鈍化】の呪いが広まっていった……。



「水の精霊ウンディーネに水脈を見てもらったが、死印がなくとも村の井戸は機能しておる。クスリも配った。あとは時が解決してくれるじゃろう」


「さすがは賢者殿。見事なお手並みで」


「賢者はやめろ。ワシはただのお天気占い師じゃ」



 村長(とはいえ若かったが)には状況を伝えてある。

 年端もいかない子供を悪戯に驚かすわけにもいかない。

 そこでクッキーのクスリを混ぜて配ったわけだ。



「あのバカップルはどうした? 村長から報酬を受け取ったはずじゃろ」


「買い出しの途中でござる。そろそろ合流するはずですが……」


「カーラ。コジロウさん。おまたせ~」



 ワシとコジロウが話をしていると、商店街の方から冒険者のカップルが姿を現わした。

 一人は結晶の杖を手にした女魔法使いだ。長い金髪と大きな胸が特徴的だ。



「すまない。ユウキが買い物に手間取ってな。下着の種類が少ないと店主に文句を言って」


「何を言うんだ。雰囲気作りのためにも下着は大事だよ」



 魔法使いの隣にいるのは、漆黒の鎧に身を包んだデュラハンだった。

 聖と魔の魔石があしらわれた大盾を背中に背負い、腰にはブロードソードを提げている。



「ようやく来たか、ロイス。いや、””と呼んだ方がよいか」



 ワシは苦笑を浮かべて、ルースに声をかける。

 ルースと呼ばれたデュラハンは苦笑に苦笑を返した。



「いまは身内だけだから偽名を名乗る必要もないだろ。調子狂うからロイスでいい」


「前から思ってたんだけど、どうしてボクは偽名を名乗らなくていいの?」


「ユウキが魔女であることはワシらしか知らんからな。それに『ユウキ・マリアドール』という””冒険者は死んだことになっている」


「いまのユウキ殿はどこからどう見ても女性の魔法使い。名前も『』と名乗っております。まったくの別人です」


「えへへ。そっかぁ。コレ-トって名前もらったからボクは生まれ変わったのか」



 ワシとコジロウの説明に、ユウキは嬉しそうに頬を掻く。



「一方でロイスは【不落】の二つ名が広まるほどには有名人じゃからな」


「ふっ……。まさか有名であることが足かせになるなんてな」


「うわ。ま~た格好つけてる。最近のルースくん調子ノリすぎ~」


「少しくらいはいいだろ。前と態度を変えた方が別人感も出る。今のオレはデュラハンの・コレートだ」



 ルースことロイスは、漆黒の鎧を軽く叩いて自身を誇示する。


 冒険者ギルドに登録されていたのは、『パラディンのロイス・コレート』と『プリーストのユウキ・マリアドール(男)』だ。

 魔竜の洞窟崩落事件で賞金をかけられた二人は、名前と身分を変えて旅を続けていた。



「拙者のことはムサシと呼んでくだされ。二刀流を使う謎の鎧武者として『二天』の称号を目指します」


「二天……もしくは仁王におうと言ったか。東の島国に伝わる、太刀で魔を払うとされる守護神の名前だったな」


「さすがは賢者殿、よくご存じで。拙者はこの旅で人を護る活人剣を極めたいと思っております」



 コジロウことムサシの決意に、ルース……。

 ええい! ややこしい。元の名前で呼ぶとしよう。

 ロイスが感心したように頷いた。



「オレもコジロウと同じ気持ちだ。世の中にはまだまだ死印の呪いがはびこっている。そいつを払って笑顔を取り戻したい」


「そうだね。3000年前に犯した罪の清算……それがきっとボクがこうして生きている理由だと思うから」


「それは違うと思うぞ。のう、ロイス」


「ああ」



 ワシのパスを受け取り、ロイスは気持ちよく頷く。



「誰のためでもない。自分のために今を生きていいんだ。おまえは魔女の生まれ変わりじゃない。ユウキ・コレートという一人の人間なんだから」


「ロイス……」


「今すぐ冒険を辞めて田舎でスローライフを送ってもいいんだぞ? そうするか?」


「ううん。それだとキミとの約束を果たせないから」



 ユウキはためらうことなく首を横に振ると、ロイスの手を取り笑顔を浮かべる。



「ボクは決めたんだ。ロイスとおもしろおかしい旅を続けるって。これからもよろしくね。ボクの勇者さま」


「ああ!」


「ワシらがおるのも忘れるな」


「拙者たち、ずっメンではなかったのでござるか……」


「わーーー! ごめんごめん。二人も忘れてないって。頼りにしてるよ」



 ワシとコジロウの嫌みに、ユウキは慌てて肩を抱き寄せてくる。



(ワシの望みも叶ってしまったな……)



 呪いにより長いこと生き続け、余生に意味を見いだせなくなっていた。

 しかし、最後の最後でようやく欲しかった宝が手に入った。

 なんてことはない。ワシは気の合う仲間と旅に出たかったのだ。



(いや、これが最後ではないか)



 ワシは自責半分、嬉しさ半分の笑みを浮かべる。



「ゆくぞ、皆のモノ! ワシらの冒険はまだ始まったばかりじゃ!」


「おーーー!」「合点!」


「オレのセリフを取るな! やっぱりおまえとは馬が合わない」


「きゃー。助けておくれユウキ。おぬしの旦那がいじめるのじゃー」


「それはいけない。ロイス、おすわり!」


「うわっ! 首輪に魔力を込めるなっ。く、苦しい!」


「大丈夫。ロイスは死んでも死なないでしょ」


「左様。むしろレベルアップするからな。いいぞ、もっとやれ!」


「無駄死にはごめんだ! おまえらには人の心がないのか!」



 ◇◇◇◇



 ――――後の世人曰く。

 死の概念すら超越した、恐ろしくも気高き魂を持った魔人の集団がいた。


 彼らは3大陸にはびこっていた呪いをすべて払ったあと、

 歴史の表舞台から忽然と姿を消したという。


 【心眼の賢王カーラ】は、5大精霊神の怒りを鎮め、

 【二天の剣聖ムサシ】の剣が、東西大国の戦を食い止め、

 【救世の聖女ユウキ】の祈りが、この世すべての呪いを浄化した。


 そんな英雄たちを率いていたが、【不落の勇者ルース】だった。

 勇者の盾は多くの民の命を救い、街を、国を、世界を護った。


 これはやがて最強無敵の勇者に成り上がる、とある騎士の物語。

 すべては、とあるパーティーメンバーを追放したところから始まる……。



 <<了>>




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 以上でロイスとユウキの出会いの物語は一旦閉幕となります。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

  

 読者さまの☆や作品フォローが創作の後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、応援の程よろしくお願いいたします。



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