第29話 師匠との別れ


 水晶の洞窟は、カーラの手で再び封印された。

 途中で休憩を挟んで3日かけて小屋に戻ると、カーラの本体は悪びれた様子もなく笑った。



「いや~、助かった。水晶の洞窟の魔石増殖を放っておいたら手に負えなくなってな。周辺の作物にも影響が出て困っておったんじゃ」


「やっぱりオレたちに後処理をさせたんだな。クエスト達成の報酬と迷惑料を別に貰うぞ」


「それくらいのはした金はくれてやる。領収書はギルドに回せよ? ワシがひと声かけて予算にねじ込んでやる」


「それって職権乱用なんじゃ……」


「くふふ。細かいことは気にするな。黒塗りの書類が増えるだけじゃて」



 心配するユウキをよそにカーラは悪い笑みを浮かべると、ユウキに金色のバッチを差し出した。



「ゴールドランク冒険者の証じゃ。受け取れ」


「ありがとう」


「いいのか? ギルドを通さずにバッチを渡して」


「安心しろ。ワシはこれでも【心眼】の賢者として、そこそこな有名人じゃからな。それにあのクリスタルゴーレムの脅威度はA+。ドラゴン並じゃ。実力も申し分ない。誰にも文句は言わぬよ」



 カーラはユウキが回収した魔石をテーブルに置くと、巾着袋に詰め込んだ。



「連鎖崩壊を免れたこの魔石には純度の高い魔力が宿っておる。ユウキの使う【ダークエンチャント】に耐えうるほどの強度があり、長いこと洞窟の奥で眠っていたので手垢もついておらぬ。これを使って武器を新調しろ」


「武器を?」


「ロイスは盾を失ったじゃろ。それに普通のブロードソードやメイスではユウキの使う強化魔法に耐えられん。ワシの紹介で腕利きの鍛冶師を紹介してやるから装備を調えるのじゃ」


「ありがたい」



 オレは素直に礼を言って巾着を受け取った。



「他にも困ったことがあれば声をかけるがよい。これからもおぬしらをサポートしてやるぞ」


「なあ、ひとつ訊かせてくれないか? どうしてそこまでユウキに肩入れするんだ?」


「罪滅ぼしじゃよ。3000年もの長い間、ワシらエルフは受けた恩を忘れてユウキをひとりぼっちにした」



 カーラは遠い目をして語る。



「ユウキがロイスと歩いているのを見てワシは心から安堵した。魔女さまが笑顔を取り戻したことに。同時に情けなくなった。賢者などと、もて囃されておるがワシは恩人に手を差し伸べることすらできぬのかと」


「カーラ……」


「それで決めたのじゃ。おぬしらの冒険を応援しようと。その結果、教会に睨まれることになっても悔いはない」



 それまでの飄々ひょうひょうとした態度は鳴りを潜め、心からの悔いと決意を語る一人の少女がそこにいた。

 顔を上げたユウキはカーラに声を変える。



「カーラもボクらといっしょに来ない?」


「そうしたいのはやまやまじゃが、歳を重ねるごとに立場というしがらみが増えていってな」



 ユウキの誘いにカーラは首を横に振る。



「今回も試験官の立場を利用してユウキに手を貸している。ワシが表立って動くと国の連中が騒ぎ出すのじゃ」


「カーラって実はすごいエルフなの?」


「最初からそう言っておるじゃろ? ワシは【心眼】の賢者。宮廷お抱えの魔道士にして、冒険者ギルドの役員でもある。それと昔はエルフの森で長老もやっておった。事情を知らぬ一般人相手には『お天気占い師のカーラちゃん』で通しておるがな」


「ふぇ~。いろいろな肩書きを持っててスゴイな」



 ユウキの間の抜けた発言に、カーラは苦笑を浮かべる。



「傾国の魔女に比べれば薄っぺらい肩書きじゃよ。ユウキ、おぬしは3000年前にその名を轟かせた伝説の魔女なんじゃからな」


 

 そんなカーラのおだての言葉にオレは口を挟んだ。



「前から疑問に思ってたんだが、どうしてユウキは傾国の魔女だなんて呼ばれてたんだ? 【死印付与】を覚えているからって、そんな物騒な二つ名はつかないだろ」


「ふむ……。ユウキは過去の記憶が曖昧であったな」



 カーラは神妙に頷くと、飲みかけの紅茶を置いて真剣な表情でオレに問いかけてきた。



「死印を付与された相手はユニークスキルを覚える。そこまではよいな?」


「ユウキが死印を与えたことでオレが【死因回避】を覚えたり、カーラたちエルフが【精霊使役】を覚えたりしたんだよな」


「左様。【精霊使役】を覚えたのはワシを含めた第一世代のエルフじゃ。精霊の暴走を止めたあと、ワシらは死印とユニークスキルを解析した。その解析結果を基に、【精霊使役】と長寿の呪いをエルフ族全体に感染させたのじゃ」


「感染……?」


「長寿を望まぬエルフにも無理やり呪いを与え、一族全体で【精霊使役】を使えるようにしたのじゃよ。そうしなければ、荒れ狂う精霊の暴走を止められなかった」



 カーラはそこで顔を青くしているユウキの手に、そっと自分の手を重ねた。



「呪いの感染とスキルの伝播でんぱはワシらの責任で行った。ユウキのせいではない。気に病むな」


「うん。ありがとう」


「……ユウキが傾国の魔女と呼ばれて畏れられたのは、この呪いの感染力にこそある」



 カーラはそう言うと、懐から石コロを取り出した。



「ある人間が死印によって強力なユニークスキルを得た代償に、石化の呪いを授かったとする。もしもその人間が人助けをするつもりでユニークスキルを人に教えたとしたら、どうなると思う?」


「力を得た人間は強くなれるが、その代わり……」


「石化の呪いが広まる……?」


「左様。実際、そういった事例があったらしい」




 カーラ曰く。

 救国の使命を帯びた高名な将軍が、魔女から死印を授かった。

 将軍は国を強くしようと、配下の騎士だけでなく平民にまでその力を広めた。



「結果、呪いが国中に広がって戦を起こす前にその国は滅びた。魔女の忠告を聞かなかった者の末路じゃ。自業自得じゃな」



 説明を終えたカーラは石を指で弾いた。すると、石は粉々になって砂となった。



「じゃが、教会はすべての責任を魔女に押しつけた。あとはユウキの知るとおりの流れじゃ」


「魔女であるボクは力を奪われて、暗い洞窟の奥に封じられた……」


「以上がワシの知る傾国の魔女にまつわる伝説じゃ。とはいえ、ワシも森を出た後にこの話を知った。教会が一方的に広めた話でもある。信憑性は怪しいと思うぞ」


「そっか……。ボク、本当に国を滅ぼしたことがあったんだね」



 カーラの話を聞き終えたユウキは顔色を白くさせていた。

 覚えていないとはいえ、自分の力で国を滅ぼしたことがあるのだ。ショックだっただろう。



「大丈夫か?」


「平気だよ。ある程度は予想できたことだ。ボクが閉じ込められていた洞窟にも同じようなことが書かれた書物があったからね。ただ、ボクの記憶と微妙に食い違って部分があるんだよね……」


「気になるならもう一度、に出向いて調べたらどうじゃ?」


「は……? どうしてそこでが出てくるんだ」



 カーラからの思わぬ提案に思わず言葉が出る。

 逆にカーラの方がキョトンとした表情を浮かべた。



「知らなかったのか? 傾国の魔女が封じられていたのは魔竜の洞窟じゃよ」


「なんだって!? そんな話、聞いてないぞ!?」


「そういえば具体的な場所をまだ伝えてなかったね。けど、どうして驚くの? もしかして行ったことあるの?」


「ある……。ただし、オレが死ぬ前の話だ」



 オレは流れをかいつまんで説明した。

 ユウキもカーラも『死に戻り』については知っている。

 オレは魔竜の洞窟に挑み、闇落ちしたユウキに斬られて死んだのだ。


 オレの説明にカーラが神妙な面持ちで腕を組んだ。



「なるほど。パーティーを追放されたユウキは封印の洞窟に戻り、理由はわからぬがそこで真の力に目覚めたのじゃろう。そしてロイスたちと鉢合わせた」


「オレたちが魔竜の洞窟を目指したのはユウキを追放したあとだ。そんな偶然あるのか?」


「何者かが手引きしたのかもな。もしくはユウキには予感があったのかもしれん。いずれ自分の元にロイスたちがやってくると」


「運命ってヤツだね!」



 ユウキが目をキラキラと輝かせる。オレは苦笑を浮かべた。



「今ならその話も信じられるかもな」



 ユウキはオレとの再会を求めていた。

 前世では復讐のために。今世では愛のために。

 赤い糸ではないが、運命の力で引き寄せられていたのかもしれない。



「魔竜の洞窟に行けばユウキの力を取り戻せるかもな」


「ボクも自分を知りたい。もう一度文献を漁って、過去の事件を洗い直そう」


「決まりじゃな。ユウキも晴れてゴールドランクの仲間入り。いつでもクエストに挑めるぞ」


「善は急げだ。街に帰ったらさっそくクエストの申請をしよう」


「コジロウさんも呼ばないとね」


「ワシからもギルドにひと声かけておこう。クエストの許可が下りるまで街で待機しておれ。装備の件も忘れるなよ」


「ありがとう、カーラ。何から何までお世話になっちゃって」


「これくらい気にするな。ワシらは友達なんじゃからな」


「うん!」




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 お読みいただきありがとうございます。

 これにて昇格試験編は終了、幕間を挟んで最終章に入ります。

 これまでの冒険とフラグを回収していく章になっています。

 最後までお付き合い頂けると幸いです。


 読者さまの☆や作品フォローが創作の後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、応援の程よろしくお願いいたします。



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