第2話 「オカマのいるスナック」

 詩音ちゃんのことがあったからか、そのあとに葵と揉めたからか……。


 ボクは、久しぶりにスナックに足を運んだ。


「あんら~! いらっしゃい宇宙そらちゃん」


 身体をくねくねさせながら、ママが出迎えてくれる。

 相変わらず面白い動き。

 初めて見た時、笑ったんだっけ。

 あんなに思い詰めてたのに……今思うと、不思議だなぁ。


「ん、久しぶり!」


 近づいていって、ハイタッチする。

 スナックには誰もいない。

 いいことだね。


「あれから1回も顔出してくれないから、心配してたのよん?」

「えへへ、ちょっと忙しくって!」

「あっ、そうね。宇宙ちゃん有名人だものね」


 そう言うと、ママはスマホを取り出した。

 画面にはボクらのItubeチャンネルが表示されている。


「登録してくれてるんだ! ありがと~!」

「アンタ達、顔がいいからねぇ。見てるだけで癒されるのよ~」

「あははっ。相変わらず面食いだね~」

「今日の宇宙ちゃんも可愛くって眼福よ~ん」

「嬉しい! ありがと~」


 そんなことを話しながら、ふと、何も頼んでないことに気づく。


「何か頼む?」

「うん! オレンジジュースお願い!」

「あら、お酒じゃなくていいのかしら?」

「いいのいいの」


 このスナックでは、オレンジジュースを飲みたいんだよね。

 思い出の味だし。


 ママは、後ろの冷蔵庫から〇っちゃんを取り出した。

 それから、慣れた手つきでコップに注いでいく。


「どうぞ~」

「ありがとっ」


 さっそく飲んでみる。

 ん~! やっぱり、ここのオレンジジュースは格別だ。

 付加価値ってやつかな。

 家で飲む〇っちゃんとは、全然違う。


「お酒と言えば。宇宙ちゃんって、もう20歳になったのよね?」

「うん。3か月前に!」

「お酒デビューしてみたのかしらん?」

「もっちろん!」


 どや顔してみせると、ママは「あらあら!」と興味深そうにカウンターに頬杖をついた。

 相変わらず、お肌つやっつや。

 腕もつるつるだし、脱毛してるのかな。


「詳しく聞かせて頂戴な」

「いいよ! お酒デビューはね、葵と季楽きらに付き合ってもらって――――」


 あの日のことを思い出しながら、ボクは語り始めた。



---



 誕生日配信もばっちりこなした後、ボクは冷蔵庫からお酒を取り出した。


 え、配信でお酒デビューしなかったのかって?

 飲酒配信はしないんだよね。

 これは、ボクら3人のルールなんだ。

 お酒が入るとどうなるか分かんないしね。

 予定が狂ったり、飲み過ぎて大暴れしたら、グループの株が下がっちゃうし。


「おっ、ついにか」

「私達の分もお願いします」


 季楽きらに頼まれて、仕方なく2人分のお酒を追加で取り出す。


「つまみも取ってくれ」

「……もう持てないよ」


 そう言うと、葵はめんどくさそうに立ち上がった。

 ボクは入れ替わりで座る。


「それで、結局どちらにするんですか?」


 ほ〇よいと本〇麟を見比べながら、季楽が聞いてくる。


「うーん」


 どうしようかな。


「本〇麟の方がいいぞ」


 冷蔵庫のおつまみを吟味ぎんみしながら、葵が言った。


「最初にアルコールに慣れておくと、楽だしな」


 それを聞いた季楽が反論する。


「いいえ。最初はほ〇よいがお勧めです。

 飲みやすいところから始めた方が、苦手意識を持たずに済みますから」

「んなもん、酒飲む意味ねぇだろ。宇宙はな、今日まで酒に憧れてた餓鬼がきだぞ?」


 こら、そこ。

 餓鬼って言うな。


「ほ〇よいの方が宇宙さんのキャラに合っています。ここはアルコールに慣れていないキャラ付けのためにも、ジュース感覚で飲めるものにしておくのがベストでしょう」


 季楽、本性出てるよ。

 一応さ、飲みやすいものから挑戦するってのを理由にほ〇よい推してたじゃん?

 ビジネス精神が出ちゃってるよ。


 葵は振り返って、季楽を睨んだ。

 つまみを漁る手は止まってる。


「キャラ付けは今関係ねぇだろ。視聴者も見てねぇんだし」

「いいえ。初めて飲んだ酒の話くらい、いつかしますから」

「んないつになるかも分かんねぇ話で、宇宙の酒デビューを潰すってのか?

 それに、アルコールが苦かったってオチでも、キャラに矛盾はねぇだろ」

「葵さん。あなたは少し、危機管理能力を高めるべきですよ」

「あぁ?」

「――はい、そこまで!」


 ヒートアップしていく言い争いを止めて、大袈裟にため息を吐く。

 呆れてますよってアピールだ。


「その会話、今日で3回目だよ?

 1回目はコンビニ。

 2回目はコンビニから帰った後。

 3回目は配信が終わった今。

 全部さ、ボクが止めるまで続けるの、やめてくんない?

 ボクより先に成人してるなんだから」

「……なら、どっちを飲むんだよ?」


 葵が遠慮がちに聞いてくる。


 確かに、そろそろ決めなきゃな。

 ボクが迷ってる限り、この話題はあがるだろうし……。


 とは言っても、悩んじゃうよ~。

 ほろ〇よいが安全そうだけど、本〇麟で最初にアルコールの洗礼を受けておくのも悪くないし……。


 うーん。

 どっちも捨てがたい。

 なんか、丁度いい案はないかな。


「俺と季楽、どっちが好きかで決めてもいいぞ?」

「馬鹿ですね。余計決められなくなるでしょう」

「……それもそうか。宇宙は選べねぇか」

「ちなみに、私は葵さんより宇宙さんの方がまだマシです」

「あー、なるほどな。お前はそういう奴なんだな」


 雲行きが怪しくなってきたのを無視して、真剣に悩む。

 とりあえず、季楽と葵のどっちかを選ぶのは出来ないよね。

 葵には恩があるけど、好感度的には同じくらいだ。


 このグループ自体が好きなんだ。

 だから、どっちかを選べって言われたら、迷わず「どっちも」って答える。

 3人いなきゃ【チーム・イケメン】は成立しないからね。


 ん?

 どっちも、選ぶ……?


 あ、待って。

 思いついちゃった。

 同時に少しずつ試せばいいじゃん!


 ボクは1人じゃないんだから。

 頼れる先輩が2人もいるんだから。

 飲めなかった分は、飲んでもらえばいいじゃん!


 なんで、どっちかを選ぼうとしてたんだろう。


「よし決めた!」

「おお、氷結〇糖にするか!?」

「それとも、み〇くちゅじゅーちゅさわーですか?」

「どっちも買ってないでしょ。てか何で2人してお勧め変えてんの」


 もう1回、ため息を吐く。

 ボクも含め、このグループは仲が良いのか悪いのか分かんないや。


「どっちも飲むことにした」

「まじか」

「将来の酒豪ですね」

「いや、ぜんぶ飲むんじゃなくてね? ちょっとずつ飲むから、残りは飲んでほしいなって」


 そう言うと、2人は顔を見合わせた。


「まあ……。そういうことなら、協力しましょう」

「デビューだしな。そのくらいはしてやるよ」


 こうして、ボクらは2日酔いの扉を開けた。



---



「え、3人で酔い潰れたわけ?」


 話を聞き終わったママが、目を丸くさせる。


「思ったよりボクがお酒に強くてさ〜。調子に乗って、どこまで飲めるか試してたら……ね」

「キャラがどうのこうの揉めてたのに、めちゃくちゃじゃないの〜(笑)」

「んね! ボクも思った」

「季楽ちゃんが止めると思ってたわ」

「あー。季楽はなんだかんだ押しに弱いから」

「あらっ、そうなの。いいこと聞いたわ」

「悪用しちゃだめだよ!」

「どうしましょうかね~」

「もー!」


 2人で笑い合う。

 なんでだろう。

 ママと会うのは、これで2回目なのに。

 ボクは、ママのことを結構信用しちゃってる。


「スナックは、最近どうなの?」

「女の子が1人来たわよ~。それも、ずぶ濡れで!」

「え、ずぶ濡れ!?」


 女の子ってことは、詩音ちゃんのことなんだろうけど……それは初耳だ。

 思わず聞き返すと、ママは「よくあることなんだけどね」と目を伏せた。


「ほら、近くに海があるでしょう?

 毎年……特に夏や冬は、ちょくちょく自殺する人がいてね。そこで思いとどまった人がよくうちに来るから、珍しいことじゃないのよ」

「あそこ、自殺の名所みたいになってるんだ」

「そうよ~! だからこそ、ここでスナックやってんのよ」

「ふーん」


 確かに、ママの目的には合ってる。

 どうしてもっと街中まちなかにしないんだろうって思ってたけど、そういうことなら納得がいくや。


「ママは、いつまでスナックを……避難所を続けるの?」


 ふと浮かんだ疑問が、そのまま口をいた。

 慌てて「否定するつもりはないんだけどさ」と付け加える。

 同じような内容で葵と言い争ったから、この手の話題は少し慎重ならないとね。

 ボクは、学ぶ人間なんだ。


「死ぬまで……に、なるかしらねぇ」


 遠くを見るようにして、ママは言った。


「それは、どうして?」

「ここに来る子がいなくなればいいのだけど……運よく何年かは人が来なくても、いつか来るかもしれない。そう考えると、一生になっちゃうのよね」


 ママは苦笑した。

 それから「もちろん、何かしらのトラブルで閉店することもあるかもしれないわよ!」と、わざとらしく悲しそうな顔をした。


「閉店したら寂しいな~」

「あら、てっきり辞めてほしいのだと思ってた」

「それはまあ……。でも、ママに会えなくなるのは純粋に寂しいよ」

「安心しなさいな。よっぽどのことがない限り、辞めないから」

「うーん……」


 後悔は、ないのかな。

 前に、天王寺が「オカマは蓄えがあるから生活には困らない」って言ってたけど……それは、あくまで表面的なものだ。


 ボクは、ママの精神面が気になる。

 こんなことをしていて、幸せなのかな。


 葵が警察に捕まったら、一緒に捕まるかもしれないのに。


「どうしたの? 変な顔しちゃって」

「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「ん~、いいわよ」


 微笑を浮かべて、ママはオレンジジュースを飲んだ。

 ボクのを用意する時に、自分のも用意してたみたい。

 全然気づかなかった。

 器用だなぁ。


 ママはきっと、そういう人なんだ。

 器用で、とっても優しい。

 だからこそ、心配なんだ。


「自分の生き方に、後悔はしてないの?」

「勿論よ」

「つらいな、悲しいなって思うことは?」

「そりゃあ……そのくらいは、たまにあるわよ」


 「でも、誰にだってあるでしょう?」と、ママは手をひらひらさせた。


「……ママは今、幸せ?」

「ええ」


 迷いなんて、一片もなかった。

 強くて優しい眼差しは、揺らぐことなくボクを捉えている。


「そっか」


 ボクは、意識して頬を緩めた。

 ママの幸せを、尊重したいと思ったんだ。


「幸せなら、いいんだ」

「なによも~。かっこいい顔しちゃって!」


 ママはくねくねと動き始めた。


「失礼な。ボクは可愛い顔です~」


 同じようにくねくねしてみる。


「あっ真似したわね~?」


 そう言うと、ママは更にくねくねとした。

 対抗してボクも腰に力を入れる。


 それから、30分くらい張り合ってた。







 次の日、ひどい筋肉痛になった。



✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



次回 2023年1月15日18:00

最終話 「必要なのは金と顔」



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