第16話 「おじいちゃん、おばあちゃん」
目を覚ます。
朝だ。
横を見てみると、隣のベッドではユージさんが背中を向けて眠っている。
今日は、私の方が早起きしたみたい。
重たい身体を動かして、仰向けになる。
そうすると必然的に、視界には天井が広がった。
冷たい空気を、頬で感じる。
寒いなぁ。
12月だし、仕方ないか……。
あ、もう1月だっけ。
年越しも終わったんだよね。
祖父母と毎年食べてた
でも、後悔はしてない。
私にも、ユージさんにも、この期間は必要だった。
それは間違いないから。
さっき、何か夢を見ていた気がした。
どんな夢だったかな。
うまく思い出せないけど、きっと、いい内容だったよね。
だって、心が澄んでる。
満たされてる。
スマホで時間を確認する。
まだ6時。
そりゃあ、ユージさんも起きてないわけだ。
(2度寝、しようかな……)
試しに目を瞑ってみる。
うーん、しっかり眠い。
あと数秒あれば、また夢の続きが見られるかもしれない。
夢。
夢か……。
目を開ける。
今日はだめだ。
普段なら全然いいんだけど、今日は家に帰る日――現実と向き合う日なのに、夢を望んじゃいけない。
そうだ。
たまには、私が朝ご飯を買ってこよう。
起き上がって、思いっきり背伸びをする。
カーテンは開けない。
声も出さない。
ニュースも、明るいBGMもつけない。
鳥のさえずりと、布の擦れる音だけが響いた。
--
コンビニから帰ると、ユージさんが起きてた。
まだ6時30分だし、昨日のボウリングの疲れがあるだろうから、なかなか起きないだろうって決めつけてたけど……。
私が思ってる以上に、しっかりした生活習慣を身に着けているらしい。
私を見るなり「おはよう」と頬を弛緩させたユージさんに、「おはよう」と返す。
こうして顔を合わせて朝の挨拶をするのは、今日でしばらく最後だ。
そう考えると、ちょっぴり寂しい。
「朝ご飯、買ってきたよ」
「ありがとう。いくら使った?」
流れるように財布を取り出そうとするユージさん。
慌てて首を振る。
「いいの! これくらい、お金出したい」
「……どうして?」
「え?」
思わずユージさんを見る。
彼が私の行動の理由を聞くなんて、珍しい……。
「どうして、シオがお金を出したいの?」
再度、ユージさんが言う。
穏やかな表情のままだけど、声色は真面目だ。
恥ずかしいから適当に誤魔化たいけど……それは、しちゃいけない感じがする。
「いつも出してもらってて、申し訳ないし……。あと、お礼も込めて、最後くらい私がお金だしたいから」
固唾を飲む。
どうして突然、理由なんか聞いてきたんだろう。
そんなに引っかかることだったのかな。
奢ることに命とか尊厳でも賭けてた……とか?
怒られるのかな、私。
分かんない、怖い。
「じゃあ、ありがたくもらうね」
私の予想に反して、ユージさんはにっこりと笑った。
「変なこと聞いてごめんね。
ただ、ちゃんと知りたかったんだ。
自分の予想で、シオの気持ちを決めつけたくなかった。これからも仲良くするんだし、その辺はきちんとしたくて」
頬を掻きながらユージさんは言った。
そっか。
彼の真面目な声色は、私と向き合おうとしたからなんだ。
胸の前で、手に力を込める。
……なんだか、嬉しいな。
相手の考えを、その場その場でちゃんと確認。
これまでは、そんな面倒なことやってられないって思ってた。
言っても分かんないじゃんって、突っぱねてた。
だけど、今は違う。
私も学んだ。
面倒なことほど、やらなくちゃいけないって。
言葉をどれだけ尽くしても、伝えることは難しい。
だからこそ、全身全霊で伝える努力をしなくちゃならないって。
「シオ、早く食べよう。何を買ってきてくれたの?」
「珍しいのがあったから、それを買ってきたよ。ゴキブリ味のグミなんだけどね――」
「え?」
こうして、私たちの休日が幕を閉じた。
---
胸に手を当てて、呼吸を整える。
家出から久しぶりに帰ってきたら、とても帰りづらいらしい。
これも、新しい学びだね……。
朝ご飯を食べ終わった後、ユージさんは一緒について行こうかと提案してくれた。
自分が説明した方が、シオは怒られないんじゃないかって、心配してくれた。
だけど、私は断った。
まずは1人で頑張ってみたかった。
天王寺は、最初からユージさんと一緒に取り組むこと前提で話したけど、ユージさんに頼るのは、失敗してからにしたい。
……あんまり負担をかけたくないっていうのもある。
彼も、自分の問題と向き合わなくちゃいけないから。
チャイムを鳴らすと、祖父母がそろって出迎えてくれた。
「心配かけて、ごめんなさい」
頭を下げる。
叩かれることは覚悟してた。
身勝手に家を飛び出した責任は重い。
もしかしたら、勘当だってありえるかもしれない。
そう思ってた。
だけど、祖母は力いっぱいに私を抱きしめた。
驚いて目を見開く。
「いいの、いいのよ。こうして無事に、帰ってきてくれたのだから」
「本当に、無事でよかった」
2人の言葉は、とてもあたたかい。
ずっと、忘れてた温もり。
……こんなの、愛されてるに、決まってんじゃん。
あの日だって、ちゃんと伝わってた。
伝わってたはずなのに……。
唇を噛み締める。
声が震えないように、
「おじいちゃん、私のせいで倒れちゃったんだよね。無理をさせてしまって……本当に、ごめんなさい」
「え?」
ん?
予想外の反応に、思わず顔を上げる。
表情から察するに、予想外だったのは、おじいちゃんも同じだったらしい。
お互いの頭に疑問符が浮かぶ。
おばあちゃんが申し訳なさそうに、そして、心底呆れたように言った。
「ああ、そのことなんだけどね……。
おじいちゃんが倒れたのは、お散歩中に背伸びをして、ぎっくり腰になったからなのよ。
軽めの症状で、すぐに退院したの」
「その日は、シ○バー人材センターも休みだったしのお」
ははは、と後頭部を掻きながら、おじいちゃんは笑った。
「な、なんだ……」
私も笑おうとした。
だけど、上手くいかない。
口が震えて、思った通りに動いてくれない。
「よかった。本当に、よかった」
涙が溢れる。
何かの病気にかかってたらどうしようって、ずっと不安だった。
動けなくなったら、死んじゃったら……って考えて、怖かった。
「心配かけたのう……」
ぽん、とおじいちゃんの手が頭に乗る。
「ねぇ、おばあちゃん、おじいちゃん。
話したいことが沢山あるんだけど……聞いてもらえるかな」
私を見て、2人は驚いたように顔を見合わせた。
それから穏やかに微笑んで言った。
「詩音ちゃんの話なら、いっぱい聞きたいよ」
「久しぶりに、わしのことを“おじいちゃん”って呼んでくれたしの」
あ、そうか。
あの日から、ずっと祖母、祖父って呼んでいたんだ。
必要以上に馴れ馴れしくしないために、自分から壁を作ってた。
怖かったんだ。
愛してないって、直接言われることが。
だから、最初から決めつけて、遠ざけていた方が、傷つかないようにしてたんだ。
「私ね、2人のことが大好き」
「おばあちゃんも、詩音ちゃんのことが大好きよ。愛してるわ」
「じいちゃんもじゃぞ」
こんなに、こんなに簡単なことだったのに。
2人なら、私の言葉を、想いを受け取ってくれる。
だから、ちゃんと伝えよう。
「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。
あのね、話っていうのは――」
私は、ぜんぶ話した。
中学の頃、いじめを受けていたこと。
あの日の夜、おばあちゃんの言葉を聞いて、誤解してしまったこと。
死にたいって思ってたこと。
自殺しようとしたけど、色んな人に背中を押されて、向き合っていく覚悟を決めたこと。
情けないことも、みっともないことも、ぜんぶ誤魔化すことなく、詳しく話した。
話し終わる頃には、夜になってた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、たくさん泣いてくれた。
大変だったね、しんどかったねって、力いっぱい抱きしめてくれた。
ようやく、ぜんぶ話せた。
1つ残らず、伝えきれた。
何年も言えずに苦しんでたことを、
今、ようやく伝えられたんだ。
「ありがとう、ありがとう……」
2人に抱きしめられながら流した涙は、とても温かかった。
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次回 2023年1月10日18:00
最終話 「これから」
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