最終話 「これから」+あとがき

 ユージさんと別れて、2週間が経った。


 DMでの連絡は、相変わらず続いてる。

 でも、お互い、なんとなく踏み込んだ話題は避けてた。

 前みたいに、概念として見てるからじゃなくて、お互い忙しかったんだ。


 その証拠に、ユージさんのWitterの投稿には必ず「疲れた」と書かれている。

 あと、作った料理の写真や、洗濯しなきゃって投稿もしてたから、家事も再開したみたい。

 彼も、自分の問題に向き合ってるんだ。


 私もそれなりに忙しかった。

 今後のことについて、おじいちゃんとおばあちゃんと話し合ったり、手伝いの量を増やしたりしてるうちに、Witterの投稿頻度も減ってウィ廃を卒業。

 疲れて早く眠ってるうちに、早寝早起きの習慣も身についた。

 健康的な生活になかなか慣れなかったけど、3日前くらいからようやく軌道に乗ったところだ。



 そろそろ、ユージさんに近況報告したい。

 そう思った私は、勇気をだして彼に「会わない?」と連絡を送ってみた。



---



 待ち合わせ場所に行くと、彼はもう来ていた。


「ごめん、待った?」

「いや、僕も今来たところだよ」


 カップルみたいな会話。

 いやいや、じゃなくて。


「せっかくの有休なのに、私との時間に使って大丈夫だったの?」

「全然気にしないで。シオと過ごせるのは……その、とっても幸せだから」


 頬を掻きながら、ユージさんは微笑を浮かべた。


「あ、ありがと……」


 なんだか、私まで恥ずかしい。


 沈黙が流れる。

 き、気まずい。


「っていうか、ユージさんの私服かっこいいね!」


 慌てて話題を振る。

 もちろん本心だ。

 まともな私服がないって言ってたのは嘘だったの? って思うくらいには、かっこいい。

 新しく買ったのかな。


 真っ黒のワントーンコーデ。

 すらっと長いチェスターコートがよく似合ってて、革靴が引き締まった印象を与えてる。


 よれよれのスーツ姿しか見てなかったから、見違えた。

 ユージさんにも、ファッションセンスがあったんだ……。



 いや、待って。





 おしゃれなアパレルショップで服を選ぶユージさんを、想像してみる。


 まず、よれよれのスーツの時点で周りから距離を取られ、アウェイなるよね。

 鈍感なユージさんはそれに気づかず、「あれでもない、これでもない」って服を吟味ぎんみしてるはずだ。


 でも、そこは優柔不断なユージさん。

 なかなか決められずに困るに違いない。


 そこで、アパレルショップのカリスマ的な店員が現れて、ユージさんの隠れた魅力(顔の良さ)に気づくんだ。

 この男……磨けば光る! ってね。


 それから、ずかずかとユージさんの元へ歩いていって、彼に美という名の救いをもたらすために「どのようなお洋服をお探しですか?」って声をかけるんだ。


 ユージさんはコミュ障ってわけじゃないから、普通に頼るはず。

 とは言っても、服に詳しくはない。

 伝える内容もかなり抽象的だと思う。

 かっこいいやつーとか、大人っぽいやつーとかね。


 店員はその要望をもとに、ユージさんを着せ替え人形にするんだ。

 で、おそらく店員のカリスマ力がこれでもかってくらい発揮されるから、結構買わされることになると思う。

 どれも要望通りだろうし、ユージさんは断るの苦手だろうしね。


 お財布が軽くなった彼の背中は、あまりにも物悲しく……。





 って、なに考えてるの!?

 変な妄想なんかしてないで、今は目の前のユージさんに集中しなきゃ。



「シオも可愛いよ。そういうの感じのも、よく似合うね」


 頬を掻きながら、ユージさんは言った。


「ほんと? ありがとっ」


 素直に嬉しい。


 今日はメイクや服装の系統を変えてみたんだ。

 ゆるふわ系ってやつ。


 最近、可愛いものに興味が沸いてきたんだよね。

 髪をふわふわに巻いたし、寒いのを我慢して、スカートにも挑戦してみた。


 最初は、こういう系は似合わないって思ってたけど……意外と可愛く仕上がった気がする。

 こうしてユージさんに褒めてもらえたし、おばあちゃんにも可愛いねって言ってもらえたから、自信持っても大丈夫だと思う。


「あ、そこのコンビニにでも行く?」


 ユージさんが、コンビニに視線を向ける。


「のんびりできないじゃん」

「あっ、そうか」


 もう食料を買う必要もないしね、とユージさんは苦笑した。

 2週間も経ったのに、まだコンビニでご飯を買ってた癖が抜けてないみたい。


 それとも、普段からコンビニにお世話になってたのかな?

 自炊あんまりしてなかったって言ってたし……。


「どこに行きたい?」

「うーん」


 周りを見渡す。

 あ、ちょうどいいところにステバが。


「そこのステバはどうかな?」

「いいね」


 短い話し合いの末、私たちは近くのステバへと足を運んだ。



--



 初めて2人で来たステバ。

 もう1回来れるなんて、あの時は思ってなかったな。


「何を頼む?」


 席に座ると、ユージさんが言った。

 さすが2回目。

 注文を聞かずにカウンターに行くって失敗は、もうしないみたい。


「じゃあ、私はこの前と同じキャラメルフラペチーノで。カスタムはなしでいいかな」

「分かった。行ってくる」

「ありがと!」


 カウンターへ向かうユージさんの背中を、母のような気持ちで見送る。


 自信に満ち溢れる背中。

 これなら安心だ。

 彼なら大丈夫。

 お母さん、応援してるからね。

 ……。


 初めての時は、注文を聞いてないせいで、かなり戸惑って苦戦したらしい。

 だから、人気なものを店員に聞いて頼んだんだって。


 そのおかげでキャラメルフラペチーノの味を知れたから、私としては結果オーライだったし、面白いからもう1度わたわたしてほしい気持ちもあるけど……やっぱり今回は成功してほしいね。

 ほら、お母さんは子どもの成功を願うでしょ?



(暇だな……)


 周りを見渡す。

 相変わらず、みんな笑顔だ。

 苦労なんて全くしてないし、死にたいなんて毛ほどにも思ったことがないような、明るい人たちで溢れてる。


 ユージさんと出会う前の私なら、ねたんでた。

 苦労も知らない人間が、どうしてこんなに幸せなんだ。

 私だって、脳内お花畑になって幸せになりたいのに……って。



 でも、違うんだ。

 今見える一面だけが、その人たちの全てじゃない。

 きっと、1人1人に違う悩みがあって、泣きたくなる夜がある……。


 幸せな人たちが、ここにいるんじゃない。

 幸せを手に入れようとしてる人たちが、ここで、笑っているんだ。

 私や、ユージさんと同じように。


 みんな、戦友なんだ。

 そう思うと、不思議と笑みがこぼれた。


 突然、目の前にキャラメルフラペチーノが置かれる。

 驚いて視線を上げると、「お待たせ」とユージさんが微笑んだ。

 なんだこのイケメンは。


「今回は、自分の注文するメニューを決め忘れてたよ……」


 ユージさんは大袈裟にため息を吐く。

 言われてみれば、彼は私の注文を聞いた後、すぐに席を立ってた。


「いつになったらスマートに注文できるんだろうか」

「まあまあ。また次、リベンジしよ」

「次、か。……そうだね、そうしよう」


 妙に嬉しそうな顔で、彼はコーヒーを口に含んだ。

 私も一緒に喉を潤す。

 うん、美味しい。


「あれから、どうだった?」


 遠慮がちに、ユージさんが言った。


「祖父母――おじいちゃんとおばあちゃんとは、しっかり話したよ。で、ちゃんと分かってもらえた」


 ぱあっと、分かりやすくユージさんの表情が明るくなる。


「よかった。ずっと気になってたんだよ。

 その後はどうしたの?」


 気にしてくれてたんだ。

 忙しいし、私のことなんか考えてられないよねって思ってたのに……。


 でも、そうだよね。

 じゃなきゃ、わざわざ有休使ってまでして会ってくれなかったよね。


 胸の奥がじんと温かみを帯びて、思わず笑みがこぼれた。


「えっとね――」


 私は、別れてから今日までの出来事を細かく話した。


 おじいちゃんとおばあちゃんと話し合った後、お寿司を食べに行ったこと。

 久しぶりに、3人で川の字になって眠ったこと。

 学校に行くために、カウンセリングを受け始めたこと。

 ユージさんが私のことを気にかけてくれたように、私もユージさんを気にかけてたこと。


 今日まで生きられたのは、ユージさんのおかげだってこと。


 感謝も込めて、たくさん、たくさん話した。



 あと、捜索願は出されてないってことも伝えておいた。


 私が家出して「捜索願を出さなくちゃ」と狼狽うろたえるおばあちゃんに対して、おじいちゃんが「まあまあ。連絡があったんじゃから、大丈夫じゃろ」となだめ続けてくれていたらしい。


 放任主義というか、なんというか。

 そう言いながらユージさんは苦笑してたけど、どこか安心したようだった。

 やっぱり、そこら辺は気にしてたみたい。



--



「シオが頑張っていて、なによりだよ」


 話し終わると、ユージさんは穏やかな笑顔を浮かべた。

 捜索願の話をした時よりも、安心したような顔。


 ってか、まだシオ呼びなんだ。

 もうそろそろ本名で呼んでくれたっていいのに。


 ……あ、ユージさんに本名教えてなかったんだっけ。

 てっきり教えたものだと思ってたけど、初日に断ったんだ。


「詩音」

「え?」

「私の本名、丹羽にわ 詩音だから」


 言いながら目を逸らす。

 改めて名乗るの、なんか慣れないな。

 自己紹介とか、しばらくしてないし。

 ちょっと気まずい。


 ……あれ?

 ユージさんからの返事がない。


 ゆっくりと、彼の方へと視線を戻してみる。

 すると、ユージさんは目を大きく見開いたまま、硬直してた。


「いい、名前だね」

「あ、ありがとう……?」


 そんなに驚いて、どうしたんだろう。

 なんて思ってると、ユージさんの目に涙が滲んだ。


「な、なんで泣きそうなの!?」


 咄嗟とっさに立ち上がって、彼の近くに行く。


 よく考えれば、本当は聞くべきじゃなかったのかもしれない。

 だけど、ユージさんのことはちゃんと知りたい。

 向き合いたい。

 気持ちをぶつけることを、躊躇ためらいたくない。


 それは彼も同じだったようで、

 嫌がる素振りを見せることなく、すぐに話してくれた。


「……初めて出会ったあの日、本名を教える必要がないって言ったよね」

「う、うん」

「あれさ、地味にショックだったんだ。

 概念同士の付き合いだって理解はしてたけど、僕らはSNSだけの関係なんだ……って、改めて線引きされたみたいで」


 そうだったんだ……。


 私は、あえて明確な線引きをした。

 変に個人を認識しないように。

 慣れ合って、死ぬ前に未練が生まれないように。

 その判断に、後ろめたさなんて感じなかった。


 だけど、ユージさんは違ったんだ。

 私の線引きに、ショックを受けてたんだ。

 名前を教えただけで、泣いちゃうくらいに。


「傷つけちゃってたんだね」


 そう言うと、ユージさんは首を振った。


「気にしなくていいんだ。現実では初対面だったし、あの時の僕らには必要ない情報だったからね。

 今、こうして教えてくれただけで、充分だよ。本当に」

「でも――」


 私の言葉を遮るようにして、「あ、そうだ」と彼は続けた。


「僕は高坂 雪路こうさか ゆきじだよ」


 高坂、雪路。

 きれいな名前だ。


 ん?

 待って。


 雪路……。

 「き」を除いて、ユージ。


「ぷはっ」


 思わず吹きだす。


「な、どこか面白かった!?」


 あ、自分の名前が馬鹿にされたのかと思ったのかな。

 ちゃんと訂正しなきゃ。


「名前はきれいだなって思ったよ。ただ……ユーザー名、安直すぎだなーって」


 そういうと、ユージさんは納得したように苦笑した。


「それは詩音だって同じだろう?」

「あ、しれっと本名呼びしてる」


 私が指摘すると、ユージさん――雪路さんは、頬をぽりぽりと掻いて言った。


「こっちでも関係を築いてくれるから、名前を教えてくれたんだろう? なら、僕も応えないと」

「……うん」

「僕の名前、呼んでくれる?」

「恥ずかしいから、また今度で」

「え、今がいいな」

「いーやーだ!」

「そんなこと言わずに」



 しばらく謎の攻防が続いた。

 結果は、私の負けだ。



「……雪路さん」


 根負けして呼ぶと、彼は頬をぽりぽりと掻いて「ありがとう」と笑った。

 笑顔が可愛いから、負けて正解だったのかもしれない。



--





 そろそろお開きにしようかという空気になってきた時、雪路さんが重たそうに口を開いた。


「詩音は、まだ死にたい?」


 多分、ずっと気にしてたことだったんだろう。

 彼にとっては、これが本題だったんだ。



 確かに私は、雪路さんに決断を伝えた時、自分の問題に向き合いたい、ユージさんと一緒に生きたいって伝えた。


 だけど、

 今はまだ、根本的な死にたい気持ちは変わってない。挑戦してだめだったら、死にたい気持ちがなくならなかったら、一緒には生きられないかもしれないとも言った。


「ううん、今は死にたくない。

 だけど、まだ挑戦してないこと、乗り越えてないことがあるから、死にたくなる日は来る……と思う」


 まだ、藤咲と話せてない。

 彼女と話して、過去を乗り越える足掛かりを見つけなきゃ、根本的なものは変わらない。


「そっか……」


 雪路さんは、残念そうに目を伏せた。


 ここで「生きたくなった」って答えられたら、どれほどよかったか。

 彼のことを安心させてあげられるほど、私が強ければ……どれほどよかったか。


 ……でもやっぱり、嘘は吐けない。

 今ここで強がって「大丈夫」って言ったら、私たちは、きっとどこかで後悔することになる。


 死にたいって気持ちを抱える期間が長ければ長いほど、気合いや根性で誤魔化すことは出来ない。

 根本的な問題と向き合って、自分なりに答えを出して乗り越えない限り、自殺願望は消えない。


 だから、私は決めたんだ。


「生きたいって思えるように向き合い続けるよ。死にたいって思ったとしても、死なないようにする。

 おじいちゃんやおばあちゃん、雪路さんと、これからも一緒にいられるように」

「……無理、してない?」


 心配そうに、雪路さんは私に視線を向けた。

 彼の瞳には、優しさが詰まってる。


「僕のせいで、シオに無理はさせたくない」

「してないよ。……ちょっと、怖いけど」


 挑戦だし、怖いのは当たり前なんだけどさ。

 肩を竦めてみせると、急に手を握られた。


「休みたい時は、一緒に息抜きしよう。

 壁にぶつかった時は、一緒に考えよう。

 傷ついた時は、僕が必ず傍にいる。

 ピンチの時は、絶対に助けるから」

「……うん!」


 彼の言葉に、大きく頷く。

 恐怖がなくなったわけじゃないけど、彼が一緒にいてくれるなら、きっと大丈夫。

 不思議とそう思えた。


 向き合った結果、もっと死にたくなったとしても、彼が助けてくれる。

 支えてくれる。

 万が一死のうとしても、彼が止めてくれる。

 だから、安心して真正面から向き合おう。


「詩音のこと、応援してるよ」

「ほんとに心強い。ありがとう!」


 感謝を込めて、力いっぱい手を握り返す。


 ふと、ある疑問が浮かんだ。

 私たちの関係には、どんな言葉が当てはまるんだろう。


 一緒にいるとドキドキするから、恋人?

 それとも、体のいい依存相手?

 心を許し合った友だち?

 ここにいる人たちと同じ、戦友?

 うーん、難しい。

 どれも違う気がする。


「じゃあ、そろそろお開きにしようか」


 そう言って、雪路さんは席を立った。


「そうだね」


 返事をしつつ、ショルダーバッグを手に取る。

 見つめ合った私たちの表情は、明るかった。

 迷いや絶望なんか、微塵もない。


 何があっても大丈夫なんだ。

 私たちには、明日がある。

 何度でもやり直せる、チャンスがある。



 そんな日々を送りながら、見つけよう。

 この人生の中で、たくさんの言葉に触れて。

 私と彼の関係に相応しいと思えるような言葉に、出会えると信じて。



 不器用な私たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。









【完】



✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



次回 2023年1月13日18:00更新

番外編 ~チーム・イケメン編~

第1話 「仲間」


 ☆や♡、小説のフォロー、応援コメントをしていただけると、大変励みになります。

 よろしくお願いします。



【あとがき】


 最終話まで読んでくださり、ありがとうございました。

 本編は、これにて終了となります。

 こんなに力を入れて書いた作品は初めてですので、とっても名残惜しいです。


 さて。

 次回予告にもある通り、番外編があります。

 チーム・イケメン編……そうです。

 後半に登場した、個性豊かなあのキャラクター達です。


 良い感じに掘り下げますので、楽しみにしていてくださいね。

 本編では見られなかった一面があるやもしれません。


 番外編はいくつかありまして、1つにつき3話ずつで構成されています。

 本編よりサクサクと気軽に読めますので、ぜひ楽しみにしていてください。

 最後までお付き合いいただけると、幸いです。



「感謝」


 ここまで読んでくださった方々には、本当に感謝してもしきれません。


 自分語りになってしまうのですが、更新を始めて数日は「いつPVが0になってもおかしくない」と毎晩震えていました。

 予め書き終わっているとはいえ、誰にも読まれないのであれば作品を消してしまおうとも思っていました。


 この作品がここまで更新されたのは、間違いなく皆さんのおかげです。

 1PVの有難さ、応援コメントや♡、フォローを通知欄で見る喜び、星やレビューをいただける光栄さを教えてくださり、ありがとうございました。



・週間ランキング 現代ドラマ部門20位(最高)

・総PV数1200回

・☆100個

・♡500個

・応援コメント70件

・小説フォロー60件


 以上が、現時点で本作が突破した記録です。


 貴重な経験をさせていただきました。

 本当に、本当にありがとうございます。


 もしお時間があれば、番外編まで見守って下さると嬉しいです。


 それでは、またどこかで。

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