第15話 「第1回 ユージさんがスペアかストライク取れるまで帰れません!」

 1月4日。

 ユージさんの、最後の休日を迎えた。



「ボウリングに行きたいな」


 朝ご飯を食べてる時、ユージさんはそう言って笑った。


「いいね、行こっ!」


 彼の提案を聞いた私は、大賛成した。

 彼にとってボウリングは、大きな気づきを与えてくれたもの。

 だから、最後に結果を残したいんだろう。

 私は、そんなユージさんを最後まで応援したい。





 そして、現在に至る――





「それでは!

 第1回『ユージさんがスペアかストライク取れるまで帰れません!』を開催しますっ」


 割れんばかりの拍手を送る。


 実況、解説ともに、私が担当します。

 ボウリングはしません。

 今回は完全にユージさん……いや、ユージ選手を応援する側に回るのです。


「な、なんか僕よりも気合い入ってない……?」


 なぜかユージさんが狼狽うろたえてる。

 あ、もしかして緊張してるのかな?

 頑張って! の気持ちを込めて、ウィンクで応援してみる。


「え!?」


 あ、なんか失敗したっぽい。

 恥ずかしい。



実況:ユージ選手、かなり戸惑っていますね。こんなに気弱で大丈夫なのでしょうか?


解説:もちろん、問題はありません。彼の瞳の奥は、静かに燃えていますし、ボウリングに対する情熱は十分にあると思いますよ。


実況:なるほど。では、ストライクやスペアを出す確率は高いと?


解説:それは彼の運や努力次第ですね。今の状態のやる気が、どのくらい継続するのかも肝になってくると思われます。



「っていうか、そんなに長くはかからないと思うけどなぁ」



実況:おおーっと! ユージ選手から、かなり強気な発言が飛び出しました!


解説:彼の真面目な性格から察するに、あれからボウリングについて調べたのでしょう。1投目から期待が高まりますね。



 腕のストレッチをしながら、ユージさんが不服そうな顔で私を見ている。

 長時間の企画前提で話を進めたのが、気に食わなかったのかもしれない。

 最初から失敗するって思われてるのは、誰だって不快だ。

 やる気を削がないためにも、ここは信じる姿勢を見せないとっ!


「ユージさんならやれるよ! 頑張って!」


 声援を送る。

 ユージさんのためなら、実況に解説、声援(サポーター)だってやってみせよう。


「ありがとう。

 ……よし、まずは1投目!」



実況:勢いよく投げたああああ! 順調に真っ直ぐ転がっている。どうだ、どうだ! おおっと!? 軌道がだんだん斜めになっている! これは――



 あ、ガター。



実況:……解説をお願いします。


解説:真っ直ぐに転がっているように見えて、軌道がじわじわと変わっていたようですね。

後半になると急激に軌道が変わったので、変化球の類でしょう。上手く利用すれば、ストライクやスペアがとれる技ですが……。


実況:コントロールが出来ない今の状態では、なかなか厳しいですね。


解説:はい、まずは真っ直ぐ投げること。それだけに力を注いでほしいところです。



「まだまだっ!」



 2投目。

 ガター……。



 圧倒的なセンスのなさ。

 これは、絶望だ――


 いやいやいや。


 彼の気合いの入り方を見て勝手に期待しちゃったけど、こうなることは元から覚悟してたんだ。


 今日のうちに1回スペアが取れたら凄い。

 そのくらいの気持ちでいると決めて、この企画を(勝手に)立てたんだ。


「ユージさん! 応援してるよ!」

「う、うん!」


 私に背中を押される形で、ユージさんは3投目に臨んだ。





---





 長い、戦いだった。


「や、やったよ。シオ……! 50フレーム目、突破だ!」


 50フレーム目。

 つまり、5ゲーム目が終了を告げた。


「凄い……凄いよ、ユージさん!」


 100回も休まずボールを投げる精神力は、どんなスポーツ選手よりも最高峰に違いない!

 あとは、ほんの少しの技術力さえあれば……!



実況:まさか、こんなにガターが続くとは……。このままガターで終わってしまうという可能性もあるのでしょうか?


解説:あり得ますね。ですが、1本でも倒してしまえば、その後の上達は早いかもしれません。


実況:なるほど。コツを掴めるかどうか……それが鍵になるんですね。


解説:問題はユージ選手の体力です。現時点で、かなり疲れているように見えます。



 ユージさんに視線を向ける。

 表情はまだ明るいけど、確実に疲れてる。


 2時間30分もぶっ通しで投げ続けたんだ。

 明日の筋肉痛はまぬがれない……仕事が始まるのに、大丈夫なのかな。


「休憩する?」

「そうだね……」


 こうして、私たちは一旦休憩――という名の、作戦会議をすることになった。





「何がいけないのかな」


 険しい顔でコーヒーを口にしながら、ユージ選手……ユージさんは言う。

 優雅な音楽が流れる喫茶店には、ちょっと合わない空気感。


「調べたことは実践してるもんね……」


 私は運動音痴ではない。

 苦手ではあるけど、やれと言われたら平均的にできる。


 だから、どうして彼が上達しないのか、

 ガターを何度も出してしまうのか、

 まったく分からない。


 ん、ここのパンケーキ美味しい。

 ふわふわしてるし、上に乗せたアイスとの相性もかなり……。

 これは止まらない。


 ふと、押し殺した笑い声が聞こえてきて、顔を上げる。

 ユージさんだ。

 何を笑ってるんだろう。


 不思議に思って見ていると、それに気づいたユージさんが言った。


「あ、ごめん。シオが可愛くて、つい」


 パンケーキ好きなんだね、と微笑ましそうな顔をされる。


「甘いものはなんでも好きだよ」

「なんでも? 凄いね」

「ユージさんは、甘いものは食べれないの?」

「うん。残念だけど、苦手なんだ」

「……そっかぁ」


 甘いものが苦手、か。

 どんな感じなんだろう。


 誕生日ケーキはどうするんだろう。

 クリスマスとかバレンタイン、ハロウィンみたいな行事だと、みんなと一緒に楽しめないんじゃ……。


「その代わり、辛いものには強いよ」

「えっ凄い!」


 思わず声をあげる。

 辛いのが苦手な私にとって、辛党は憧れの存在だ。

 まさか、こんなところでお目にかかれるとは。


「僕の数少ない自慢だよ。

 〇スソースまでなら、普通に味わえるんだ」

「おおおぉ」


 〇スソースって、かなり辛いんじゃなかったっけ。

 動画投稿者がこぞって挑戦して発狂する流れを、何度も見てきたし。


 辛いものが得意、か……。

 どんな世界なんだろう。


 全然想像できないけど、楽しそう。


「出来ても、あと1ゲームくらいだろうね」

「え?」


 一瞬、何の話をしているのか分からなかった。

 だけど、すぐにボウリングのことだと理解する。


 肩に手を添えてる。

 痛いのかな。


「あ、まだ大丈夫だよ。紛らわしかったね、ごめん」


 もう少しで痛めてしまう気がするんだ。と、ユージさんは苦笑した。


 そうだよね。

 普段運動してないのに、長時間ぶっ続けでやっちゃったし。


「さて、あと1ゲーム。頑張るぞ!」

「おー!」


 私も、ユージさんの応援を頑張ろう。




--




 固唾を飲む。


 今、9フレーム目が終わった。

 つまり、あと1フレームしか、ない。

 ガター祭りから何かを学んだり、掴んだりした様子も……ない。

 ないない尽くしだ。


「よ、よし、頑張るぞ……っ」


 ユージさんがボールを振りかぶろうとする。

 その瞬間。


「待てぇぇえええい!!」


 ボウリング場に、誰かの大声が響き渡った。

 驚いて、声がした方を振り返る。


 すると、おじいさんが仁王立ちしていた。

 ほんと、どこにでもいそうな、何の変哲もないおじいさんが。


 私たちが呆気にとられてるのなんかお構いなしに、おじいさんはずかずかと近づいてくる。


「全然なっとらんわい!」


 老害。

 そんな言葉が脳裏にちらついた。


「ここと、ここ! 力を抜いてみぃ!」

「え、あ……え?」


 無遠慮に身体に触られて、ユージさんは戸惑いを隠せないでいる。

 いや、どこから来たの? このおじいさん。

 怖いよ……。


「何時間も投げりゃいいってもんじゃないぞ!」


 ほれ、投げてみぃ! と、おじいさんに言われるがまま、ユージさんは「は、はい」と頼りない返事をしてボールを投げた。



 結論から言おう。

 4本倒れた。



 ユージさんは何も言わなかった。

 私も、何も言わなかった。


 いや。

 2人とも、何も言えなかった。


 ただ1人、おじいさんだけが満足げに頷きながら言った。


「お前さんは身体に力が入りすぎじゃ!」

「ごっ、ご指導ありがとうございます!」


 先に我に返ったのは、ユージさんだった。

 これが社会人の力。


「礼を言うにはまだ早いぞ、若いの! まだスペアはとれるかもしれんからの! 次は、こうやって投げるつもりでやってみぃ!」


 ボールを投げる素振りをしながら、おじいさんは豪快に笑った。

 乱入してくるし常に大声だからって老害説を疑ってたけど、意外といい人なのかもしれない。


「はい!」


 ユージさんは、弟子さながらの気合いの入った返事をした。

 瞳には既に、おじいさんへの尊敬の気持ちが宿っている。


 あ、ユージさんの口角が上がってる。

 やっと見えたんだ。

 希望が。


 彼は3回ほど深呼吸をして気持ちを落ち着かせたあと、静かにボールを投げた。



 倒れたのは5本。

 ああ、1本だけ残ってしまった。



「か~~~~っ、惜しい!」


 サッカー観戦でもするかのように、おじいさんは悔しがった。

 私も、おじいさんと同じ気持ちだ。

 ここまで頑張ったんだから、スペアくらいとらせてくれたっていいのに……そんな思いが溢れた。


 これで、終わりなんだよね……。

 もう1ゲームする気力は、残ってないだろうし……。

 本当に、残念だ。


 沈黙が続いて、空気がどんどん重くなっていく。



 そんな中で、誰かの声が響いた。


「やった、やったぞ……!」


 ユージさんだ。

 ユージさんが、ガッツポーズして喜んでた。


「シオ、やったよ! ついに、ついにピンを倒せたんだ! それも9本!」


 おじいさんの大声に負けないくらいの音量で、彼は喜色満面の笑みを咲かせた。


「そうじゃのぉ! 次はスペアの1つや2つ、とれるはずじゃぞ!」


 ユージさんの喜びに感化されたのか、おじいさんまで一緒に盛り上がる。

 だけど、今度はユージさんの表情が曇った。


「あ、今日はこれで終わるんですけど……」

「明日があるじゃろ!」


 間髪入れずに、おじいさんが言う。



 明日がある。



 その言葉に、

 私もユージさんも目を見開いた。


 ああ、そうだ。

 私たちには、があるんだ。


「これ、わしの電話番号じゃけぇの!

 また行き詰ったら、いつでも連絡せい!」


 そう言って、おじいさんはユージさんに紙切れを手渡した。


 アナログな方法だ……とか思ってると、「本当に、ありがとうございます!」と大きな声がボウリング場に響く。

 なんかユージさん、おじいさんに影響されてない?

 いや、嬉しいのは分かるんだけどさ。


 とにかく、ユージさんはとても喜んだ。

 ピンが倒せて、

 おじいさんにボウリングのコツをいつでも聞けるようになって、

 嬉しいこと尽くしだ。


 この企画の目的は、ストライクやスペアを出すことだった。

 だから、結果的には大失敗。


 でも、それだけじゃないんだ。

 失敗の中にも、成功があるんだ。



 今回の収穫の目玉は言うまでもなく、あのおじいさん。


 あの人は、ユージさんが長時間ボウリングをしてるって前提で話してた。

 彼が努力してるのを、遠くで見守ってくれてたんだと思う。


 それと、おじいさんは、むやみやたらと下手くそを見つけてアドバイスをしてない。


 ユージさんほどじゃなくても、連続でガターを出して項垂うなだれながら帰る人を、私は何人か見た。

 長時間やってるユージさんのことを知ってるんなら、おじいさんもそういう人を見てるはずだ。


 でも、私たちがボウリング場にいる間、おじいさんの大声なんて1度も聞こえてこなかった。

 おじいさんは、最後まで諦めないユージさんを見て、心が動かされたから特別にアドバイスをしたんだ。


 ユージさんの頑張りが、認められたんだな。

 そう思うと、自然と頬が緩んだ。


 挑戦し続ければ、いい結果にはなる。

 彼の、言った通りだ。



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次回 2023年1月9日18:00

第16話 「おじいちゃん、おばあちゃん」



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