第14話 「決断」

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 悩みを話すのに、さほど苦労はしなかった。

 ずっと脳内で反芻はんすうしてた、ささやかな成果かもしれない。


 祖父母の家を出たってところから話したから、時間はかかっちゃったけど。


「お前、別に迷ってないだろ」


 天王寺はどかっと座り直して言った。

 いかにも「くだらない」といった感じが、態度からありありと伝わってくる。


「え?」


 突然の態度の変化に目を見開く。

 話し終わるまでは、黙って真剣に聞いてくれてたのに。

 茶々を入れることも、変に質問をすることもせず、頷いて相槌を打ってくれてたのに。


 それなのに、なんで。


「やること決まってんじゃねぇか。

 挑戦したいって思ってんならしろ。

 上手くいかなかったら、そのとき死ねばいいじゃねぇか」

「簡単に言わないでよ」


 眉をひそめる。

 少し、頭にきた。


 そんなこと、簡単にできるんならやってるに決まってんじゃん。

 勇敢なチャレンジ精神があるんなら、苦労してない。


「言っておくが、俺はお前を甘やかさねぇ。

 逃げる理由なんか、作らねぇよ」


 天王寺の視線が、私を刺した。

 甘えをいっさい許さないって感じ。


「そんなことっ」


 望んでない。

 そう勢いで反論しそうになるのを、ぐっと堪える。


 本当に望んでないの?

 自分に問いかける。


 私は今、

 死ぬのも挑戦するのも選びたくなくて、

 どっちの選択肢にも決定的な理由がなくて、

 彷徨ってる状態だ。


 だから、心のどこかでは「諦めてもいいよ」って言葉を待ってたのかもしれない。

 ぜんぶ放棄してもいいよって、甘やかされたかったのかもしれない。


 こんなに悩んでも決められないんなら、きっと挑戦しても失敗する。

 じゃあ、最初からやらない方がいいに決まってる……って。


 “しなくてもいい理由”や“逃げるための口実”を、ずっと探してたのかもしれない。


 相談することで、何か前進できるかもしれない。

 そう思って、天王寺を頼ったつもりだった。

 だけど、心の奥底で求めてたことは、違うのかもしれない。

 きっと、違うんだ。


 唇を噛み締める。

 目の前でふんぞり返ってる彼の言ったことは、何も間違ってないんだ。

 彼は、私より私の心を知ってる。


 相談だと嘘をついて甘えを求めてるだけの、心底くだらない茶番だったんだ。

 そりゃあ、軽く一蹴されるよね。


 だけど、真面目なのは本当だったんだよ。

 本気で悩んで、訳わかんなくなって、だから助けを求めたんだよ。

 それも伝わらなかったのかな……。


 心が冷めていく。

 ……少しの間、忘れてた感覚だ。


『――そんなことで悩んでんの』


 こびりついた言葉文字が、フラッシュバックする。


『世の中には、もっと辛い人がいるよ』


 うるさい。


『君は十分、恵まれてるじゃないか』


 うるさい、うるさい。


『悲劇のヒロインぶらないでよ』


 うるさいうるさいうるさい。

 もう、放っておいてよ。

 耳を塞ぐ。


 分かってるよ。

 自分がどれだけ贅沢なことを言ってるかくらい。


 世の中にはさ、

 自分で死ぬタイミングを選べない人であふれてて、頼れる人が本当に1人もいないって状況の人も、たくさんいる。

 それくらい、分かってるよ。


 世の中の私より辛い人たちと比べたら、私は恵まれてるんだろうね。

 無理に答えを出さなくても、とりあえずは生きていけるし。

 それを支えてくれる、祖父母もいる。


 むしろ、死ぬかどうかなんて答え、出さない方が健全なのかもしれない。

 なんとなく生きていけば、それでいいのかもしれない。

 誰かが許可したり、私を甘やかさなくたって、投げ出せることなのかもしれない。


 だけど、私も苦しいんだ。

 喉に何かが詰まった感覚が抜けなくて、

 ユージさんの顔を見る度、思い出す度に申し訳なくなって。

 答えを出したいって思うのに、ちっとも考えがまとまらなくて……。


 ぜんぶ分かんないから、ぜんぶ忘れたいって、密かに思ってた。

 思ってたんだよ、私は。

 「もういいよ」って、言ってもらいたかったんだ。


 ほんとに、彼の言った通りなんだ。

 自分が情けない。

 そりゃ、くだらないって思うよね。

 仕方ない、よね。



 …………帰りたいな。

 ユージさんのところに。


「どういう顔だよ」


 気づけば、苦笑した天王寺が目の前にいた。

 両耳を塞いでいたはずの手は、彼に掴まれている。


 自分がどんな顔をしてるのか、分からない。

 だけど、きっと、酷い顔をしてるんだろう。


「逃げるための理由なんか、お前も求めてねぇだろ?」


 違う。

 求めてたんだ。

 天王寺に甘やかしてもらおうと思って、逃げる理由をもらおうと思って、ここに来たんだ。


「本気で逃げたくて、誰かに甘えてぇって思ってんなら、俺のとこには来ねぇだろ。

 お前のことを馬鹿みてぇに甘やかす奴が、すぐ近くにいんだからよ」


 ユージさんの顔が、頭を過ぎる。

 思い出すだけで苦しくなった、彼の優しい笑顔。


 彼なら、すぐに逃げ道を作ってくれるはずだ。

 何も聞かず、責めず、ただ一言「諦めていいよ」と楽にしてくれる。

 「シオが望むなら」って、尊重してくれる。

 それが、ユージさんの優しさだ。


 それなのに、私は彼を頼らなかった。

 相談すれば逃げれたのに。


 そうだ。

 本気でこの悩みから逃げたいんなら、

 放棄したいんなら、

 ユージさんのところに行ったはずだ。


 天王寺がどういうふうに人と接するかは、あのとき理解したはずじゃん。

 過ちを許してはくれるけど、諦めることは絶対に許してくれない。

 私に対しても、宇宙さんと電話してた時も、その姿勢は崩さないでいてくれた。

 それが、天王寺の優しさだ。


「お前は俺に、“やらなきゃいけねぇ理由”を求めてきたんだろ」


 私は、天王寺のことを理解してたから、ここに来たんだ。

 逃げたいと思ってる心に鞭を打って。

 本当に選びたい方を、選ぶための理由を、探して……。

 甘えないために、ここまで来たんだ。


 涙が滲む。

 よかった。

 私は、まだ諦めたくないんだ。


「そう、そうだよ。

 自分じゃどうしても見つけられなくて……だから、天王寺と一緒に探したい」


 私の言葉を聞いて、天王寺は「だろ?」と、笑った。


「安心しろ。俺は絶対に甘やかさねぇ」


 天王寺が隣に座る。

 すると、いい匂いが鼻腔びくうをくすぐった。


「いいか。このまま死んだら、後悔することになんぞ。どんだけ泣いても喚いても、二度と伝えられねぇ。

 知れば何かが変わったことを、知らずに死ぬことになるかもしれねぇんだぞ」


 まずはジャブという感じで、彼は言う。

 話し合い形式で探していくっぽい。


「死んだら後悔もしないじゃん」


 自問自答した内容を、迷わずぶつける。


「それで納得してねぇんだろ? このまま死んでもいいやって、妥協出来ねぇくらいには」

「うん。……でも、だからって簡単には出来ないよ。上手くできる自信もないし……」


 視線を落とす。

 ここから先の答えが、出ないままだ。


 さすがに、天王寺も困るかな。

 会話しながら探すとはいっても、私が永遠と屁理屈こねてるだけだし。

 屁理屈なんかに答えを求める方が、おかしなことだ。

 お手上げって言われても、仕方ない……。


 そんな私の考えを否定するかのように、天王寺は力強く即答した。


「簡単だろ」

「え、どこが?」


 思わず聞き返す。

 諦められないから挑戦する……ってこと?

 そんな単純な結論の出し方じゃ、覚悟が決められないって言ってるのに。


「1人でどうこうするならともかく、ユージって奴が一緒になんとかしてくれんだろ?

 そんな都合のいい味方バフがあんなら、躊躇ためらうこたぁねぇだろ」

「……ほんとだ」


 思わず言葉を漏らす。

 どうして、今まで気づかなかったんだろう。


 ユージさんと話し合った時のことを思い出す。

 あの時、彼は頑張ろうって言ってくれてた。


 それなのに、私はずっと1人で頑張る前提で考えてたんだ。

 あんなに協力的な味方がいるのに。


 ……2人なら、挑戦できるかもしれない。

 一筋の光が見えたような気分になって、思わず頬が緩む。


 だけど、すぐに我に返った。

 そんなに都合よくはいかないのだ。


「もし失敗したら?」


 散々ユージさんに頼って、協力してもらって、それで失敗したら……。

 完全に無駄骨だ。

 きっと、立ち直れない。


「失敗したって、別にいいじゃねぇか。

 結果に未練があんなら、また再挑戦すりゃいいだろ?」

「そんな簡単にはできないよ」


 再挑戦なんか、できるわけない。

 1回目の挑戦ですらこんなに渋ってるんだから。


「だろうな。お前は特に苦戦しそうだしな」


 天王寺は口の端を吊り上げた。


「じゃあ……!」

「――それでも、この世の中に、“絶対”なんかねぇんだよ。100%必ず成功することなんか、ただの1つもねぇ」


 一瞬、天王寺が苦しそうに顔を歪めた。


 重みのある言葉だと、直感的に悟る。

 もしかすると、彼の経験から出た言葉なのかもしれない。


「お前、失敗したらそれっきりだと思ってねぇか?」

「そりゃあ……」


 そうでしょ。


 この世界に時間という概念が存在する限り、

 タイム〇シンが開発されない限り、

 失敗は取り返せない。

 どれだけ後悔したとしても。


「いいか。命がありゃ何回でも挑戦できんだ。

 最初に望んだような、理想の形にはならねぇかもしれねぇけど、回数こなしゃあ、いくらでもになんだよ」

「いい結果?」

「おう」


 たとえば、と天王寺が続ける。


「俺のダチの中にはな、恋人に裏切られて、暴力沙汰を起こした奴がいる。仕事のために、婚約者に内緒で上司と身体の関係を持って、振られた奴だっている。でっけぇ失敗だろ?」

「う、うん……」

「でもな、そいつらは何度も挑戦して、いい結果を生み出してきたんだよ。

 より多くの人に価値観を理解してもらえたり、やっとの思いで罪を償うことを許されたりした」


 ボウリングで、ユージさんが笑っていたのを思い出す。

 彼は、ストライクもスペアも取れなかった。

 どれだけ上達方法を調べて投げても、できなかった。


 だけど、彼は大きな成果を手に入れてた。


 自分のことを完璧な人間じゃないって再確認して、失敗を受け入れて……。

 また、前を向いてた。


 ユージさんはきっと、これからも失敗するんだ。

 彼は不器用だから。


 でも、挑戦をやめることはしない。

 諦めないために、私と一緒にいることを選んだのだ。


「だけど、私にはできないよ」


 彼や天王寺の友だちは、強いから何回でも挑戦できる。

 私は弱い。

 周りのみんなとは違う。

 出来損ないで、情けない人間だ。


「なんでだよ」


 天王寺は呆れたように苦笑した。


「繰り返し挑戦してきたはずだろ? お前の心の傷が、それを証明してんじゃねぇか」


 思わず目を見開く。

 私が、挑戦してた……?


「初めて会った時も、お前は俺に挑戦しただろ」


 そう言われて、すぐに思い至った。


 …………そうだ。

 私は、伝えることにずっと挑戦し続けてきた。

 SNSでも、現実でも。

 その度に失敗して、傷ついてきたんだ。


 失敗だけじゃない。

 ちゃんと、成果もあったじゃん。

 ユージさんや天王寺に、伝わったじゃん。

 この前も……今、この瞬間だって。


 たしかに回数は少ないかもしれない。

 だけど、ちゃんと成功もしてたんだ。


 1回も否定されたくない、話した人全員に理解されたいって理想は叶わなかった。

 でも、2人には伝わったじゃん。


 これが、天王寺の言う“いい結果”。


 私が挑戦を繰り返して、その度に傷つきながら得た結果だ。



 これから先も、私は失敗を繰り返す。

 どれだけ頑張っても、それは避けられない……と思う。

 ユージさんや天王寺の友だちみたいに強くないから、再挑戦するのにも時間がかかりそうだし。


 だけど、いつか“いい結果”を手に入れることはできるんじゃないかな。

 1人じゃできないこともあるかもしれないけど……私には、ユージさんがいる。


 それに、これまで伝えようと頑張ってきた私なら、できるはずだ。


「……早く帰れ。お前を大切に思ってくれてる奴に、あんま心配かけんな」

「うん、そうする」


 スマホを見ると、19時55分になってた。

 配信、20時って言ってたよね?

 ……こんなにギリギリまで、話を聞いてくれてたんだ。


 甘えてばかりだな。

 だけど、天王寺に背中を押してもらったおかげで、前に進める気がする。


「天王寺。本当にありがとう」


 頭を下げる。

 きっと、これで最後になるだろうから。


「……おう」


 リビングに顔を出して、2人にも頭を下げる。


 ユージさん、心配してるかな。

 優しい彼のことだから、してるんだろうな。



 行こう。

 答えは決まった。







---




 ホテルの前まで来ると、ユージさんが外で煙草を吸ってた。


「あ、シオ! 戻ったんだね」

「うん。ただいま」

「おかえり。ちょうど、一服してたところなんだ」


 そう言うと、ユージさんはいそいそと煙草を消した。

 まだ吸えそうだったのに……。

 もったいないことさせちゃった。


「部屋に行こうか」

「あ、待って!」


 思ったより大きな声が出ちゃった。


「どうしたの?」

「……私も、ユージさんと生きたい」


 言った。

 伝えた。

 選んだ。


 どんな顔してるかな。

 怖くて見れないや。


「そっか」


 やけに無機質な声。

 もしかして、怒ってる?

 答えるのが遅すぎたかな……。


 そんなことを思ってると、急に抱きしめられた。

 え、え!?

 突然のことに目を白黒させる。


「決めてくれて……本当に、ありがとう」


 泣いてた。

 ユージさんは噛み締めるように、何度も「よかった、よかった」と繰り返した。

 身体が震えてる。

 寒さで凍えてるわけじゃないっていうのは、なんとなく伝わった。


 そうか。

 彼は、ずっと不安だったんだ。


 いつも笑ってて大人びてるユージさんも、私と同じように怖くて、悩んでて。

 でも、私には悟らせないようにして……。



 ユージさんは、ただの大人じゃないんだ。

 頼りがいがあったり、子どもの私より色んなことを知ってる“大人らしい”ユージさんだけが、彼の全部じゃない。

 脆い部分も、弱い部分もある。



 私と同じ、1人の人間なんだ。



 胸にすとんと、何かが落ちた気がした。



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次回 2023年1月8日18:00

第15話 「第1回 ユージさんがスペアかストライク取れるまで帰れません!」



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