第13話 「類は友を呼ぶ」

 ユージさんと話し合ってから、2日が経った。


「ジンベエザメ、大きかったなぁ」


 水族館から出ると、ユージさんが感動したように言った。


「そうだね」


 返事をしながら、1番大きな水槽の前に来た時のユージさんを思い出す。

 「わあ……」って感嘆のため息を漏らした後、30分くらい張り付いてたっけ。

 子どもより夢中になってたのが面白かった。


 だけど、さすがはユージさん。

 人が増えてきたら、すぐに後ろに下がってた。


 「前で見なくてもいいの?」って聞くと、身長が高いから問題なく見れるんだーって、どや顔してた。

 本人は自覚ないんだろうけど、あれは間違いなくどや顔だった。


「水族館、初めてだったの?」

「10年前に行ったことあるよ。

 久々だったから、感動したんだ」


 そんなに前なら、確かに感動するかもしれない。

 次は、私もそのくらい空けてから来てみようかな。


「この後はどうしようか。夕飯時だし、何か食べて帰る?」

「あー、いいかも」


 歩きだす。

 ふとユージさんに視線を移すと、分かりやすく口角が上がっていた。

 水族館に来られたのが、よっぽど嬉しかったみたい。



 あれから、ユージさんが私に結論を催促したことは1度もない。

 各々の家に帰ろうと提案することもなければ、ユージさんの休日が終わる4日までに決めてほしいとも、自分の望む選択をさせようと誘導するような発言も、何もない。


 かといって、投げやりになってる様子もなければ、愛想を尽かした素振りもない。

 相変わらず、私が起きる前に朝食を買いに行ってくれてるし、いつも私の意志を第1に動いてくれてる。


 本当に、いつも通りだ。





 ユージさんは優しい。

 だから、私から言うのを待ってくれてる。

 もしかすると、このまま答えを出さないって選択もできるのかもしれない。

 この話自体を曖昧に流すことも……多分、できると思う。


 でも、それじゃ駄目なんだ。

 ずっと、こうしてはいられないから。


 私たちのこの時間には、期限がある。

 ユージさんは仕事があるし、

 私だって、今死ぬつもりがないんなら、一旦は祖父母の元へと帰らなくちゃいけない。


 終わりは確実に近づいてる。


 明日までには決めなくちゃいけない。

 それは分かってる。

 なのに、どうしても決められない。

 決断することが、怖くてたまらない。



 どうすれば、この状況を変えられる?

 1人では解決できる気がしない。

 なら、誰かに相談するのは?

 ユージさん……には、流石にできないし。

 祖父母……いやいや、だめでしょ。

 他に頼れる人は…………。


 いない。


 思わずため息を吐く。

 学校にもバイトにも行ってないんだから、私に人脈なんてあるわけないか。

 仕方ないけど、このまま1人で考えるしかない。


(こんなんで、明日までに決まるのかな)


 無理かも。

 限りなく無理だ。

 いや、諦めてるとかじゃなくて。


 急いで決められることなら、一昨日のうちに決まってるはずだ。

 あの話し合いの時に、判断できたはず。

 少なくとも、こんなに待たせることはなかった。


 視線を上げると、ユージさんの背中があった。

 さっきまで隣にいたのに。

 考え事してたから、いつの間にか歩く速度が下がってたのかな。


 もし。

 明日までに決められずに、別れることになったら……。



 ユージさんとは、縁を切ろう。

 これ以上、迷惑はかけられない。


 彼の背中は私より大きくて優しい。

 だけど、薄い。

 強くはないんだ。


 だから、負担をかけちゃいけない。

 彼は、私がいなくても生きられるはずだ。

 死んだら悲しんでくれる……大切な家族がいるんだから。

 普通の幸せのための1歩を、踏み出したんだから。


 そんなことを思っていた矢先、

 ふと、ある人物の顔が頭を過ぎった。


 思わず足を止める。


 待って。

 いたじゃん。

 相談できる相手。


 そう。

 この前、状況を変えるきっかけをくれた人。

 お人好し過ぎて、初対面なのに思わず心を許しちゃった、あの人。


(急がなきゃ……!)


「シオ?」

「ごめん! 寄るところがあるから、またホテルで会おう!」


 走り出す。

 一刻も早く、会わなきゃいけない。


「え、夕飯は?!」

「それぞれで食べよっ!」


 風を切って走る。

 頬が痛いけど、これくらいは我慢しなきゃ。


 大丈夫。

 彼なら、きっと――





--



(確か、ここだったはず……)


 ぼろぼろのマンションを見上げる。

 心なしか、この前よりも寂れてるような気がするんだけど……。

 まだ日が落ちきってないからかな。

 あのときは真っ暗だったもんね。



 部屋はここだ。

 2階に上がってすぐそこだから、覚えやすかった。


 少しだけ、緊張するな……。

 ゆっくりインターフォンを鳴らす。

 出かけてるかな、やっぱり帰ろうかな?

 なんて思う暇もなく、すぐにドアの向こうから声が聞こえてきた。


「はーいっ! ちょっと待ってくださいねー」


 え、誰。

 明らかに天王寺の声じゃない。


 彼女さんが来てるのかな?

 いやいや、恋人をこんな部屋には招待しないか……。

 サブ拠点だし。


 じゃあ、単純に私が間違えた?

 実は1つ向こうの部屋だったとか……。

 うわ、もしそうなら恥ずかしい。

 今からでも引き返した方がいいんじゃ――


 わたわたとしてたら、ドアが勢いよく開いた。


「お待たせしました――って、どちら様……?」

「ごめんなさい間違えました」


 早口で謝罪して、踵を返す。

 顔から火が出そうだ。


 私がここに来たことはどうか忘れてください。

 私も忘れます。

 今すぐ、この場から消えたい。

 とりあえず出直そう。

 30分後くらいにまた行こう。

 そんな思いが、心を支配していた。


 だけど、すぐに足を止めることになった。


「詩音?」

「えっ」


 正面に、ビニール袋を持った天王寺がいた。

 驚いた顔で私を見てる。


「お前、また家出か」

「え、なになに。

 もしかして、葵の?」


 背後から声が聞こえて、振り返る。

 さっきの人だ。


 よく見てなかったけど、かなり可愛い子だ。

 地雷系の服も着こなしてるし、

 メイクも凄く上手。

 いやらしい笑みを浮かべてるところも、なんか小悪魔っぽくて可愛い。


 そして、サイズ感も可愛い。

 150cmくらいかな。

 ちっちゃい。

 愛される要素が詰まってる子だなぁ。

 元が良いのもあるんだろうけど、自分磨きにかなり力が入ってるのが分かる。


 っていうか、じゃないです。

 小指立てないでください。


「なわけあるか」


 呆れたようにため息を吐く天王寺。

 続けて、「用事があって来たんだろ。さみぃから、早く入れよ」と顎で促した。


「あ、うん。……お邪魔します」

「どうぞどうぞ~っ!」


 部屋に入ると、他にも人がいた。

 オールバックで眼鏡にスーツの……いかにも女受けしそうって感じの人。

 顔のパーツが整ってるなぁ。

 あ、三白眼だ。

 かっこいい。


 そんなことを思っていると、怪訝そうに眉を寄せられた。

 悲しい。


「なんですか、その女性は。……――まさか」

「だーかーら! ちげぇっつってんだろ」


 天王寺にばしんっと背中を叩かれ、男のオールバックが少し乱れる。

 よかった、私の存在が気に食わないわけじゃなさそう。

 彼女じゃないし。


「叩かないでください。せっかくセットしたのに、乱れるじゃないですか」


 そう言うと、男はスタンド鏡を取り出して素早く整え始めた。

 慣れているのか、手つきがいい。


 「じゃあいつものやつかー」と、地雷系の子がつまらなそうに言う。

 それを聞いた男も、「またか」と言いたげに呆れた顔をした。


 いつものやつってなんだろう。

 もしかして、デリヘルか何かだと思われてる?

 違います。違いますよ。

 断じて違います。


「お姉さん、葵に相談があって来たんでしょ?」


 地雷系の子がこちらを覗き込む。

 人の本質を見透かすような瞳。

 圧が凄い。


 あ、相談のことか。

 それなら当たってる。

 首肯すると、地雷系の子は「だよね!」とにっこり笑顔を作ってくれた。


「ってか、葵のことSNSで見たことある?」

「? ないです」

「ぶはっ。そっかそっか、ならよかった」

「はあ」


 何が良かったんだろう。

 全然分かんない。


 あ、そこそこ有名な人達なのかな……?

 動画投稿してるっぽいし。

 なら、嘘でも知ってるって言った方がよかったかな。


 っていうか。

 この子の声、聞き覚えがある。

 ちょっと少年っぽくて、アニメチックな感じの。


 うーん、思い出せない。

 実はSNSで見たことあるのかな?


「葵はお人好しだからさ~。時々連れてくるんだよね、悩んでる子。

 で、その子が数日後にもっかい来るってことも、よくあるんだよ」


 なるほど。

 それなら、初対面の私に優しくしてくれたり、マーメイドが止めなかったりした理由とも辻褄つじつまが合う。


「だから、勘違いして恋に落ちないでね!

 ほんっっと誰にでも優しいんだから!

 好きになったら後悔するタイプだよ~。こいつ女泣かせだし!」

「は、はい」


 いきなり捲し立てられて、思わず顔が引きる。


 なんでこんなに必死なの。

 ってか、天王寺のことなんか絶対好きにならないんだけど。

 イケメンで優しいのは認めるし、私もそれに頼ってるけど……恋人としてはちょっと無理。


 あ、もしかして、この子が天王寺に好意を寄せてるのかな。

 好きな人の欠点を周囲に教えることで、誰も好きにならないようにしてるとか。

 いやでも、それとはまた違うような……。


 恋する純情って感じの話し方じゃないし、敵意を剥き出したような感じでもない。

 どちらかと言えば、「他の女子に同じ思いしてほしくない」という切実な願いを感じる言い方。

 それに加えて、妙な説得力がある……。


 もしかして。


「天王寺の元カノ!?――とか考えんなよ」

「なっ」


 読まれた。


「こいつ男だからな。20歳の。

 あの時、電話でびーびー喚き散らしてた奴だ」


 あ、だから聞いたことあるのか。

 特徴がある声だったし、印象的だったんだよね。

 うんうん……。


 って、え?

 男!?

 それも私より年上の!?!?!?!?!


 驚いて、地雷系の子の方を振り向く。


「もー! すぐバラすなんてひどい!」


 彼女――彼は、頬をむっと膨らませて天王寺を睨んだ。


(まったく男に見えないんだけど)


 骨格も華奢だし、振る舞いも可愛い女の子のそれだし。

 まさか、本物の男の娘ってやつ?

 実在するんだ……。


「あ、その目は疑ってるなー? 生粋の男だよーん。自己紹介が遅れたけど、ボクは宇宙そら。宇宙って書くんだー!」


 凄い名前。

 ネットで使ってる名前かな。


「お姉さんの名前は知ってるよ! さっき葵が詩音って呼んでたの、聞いたからね〜」

「はあ」


 確かに呼ばれた気がする。


「そこのオールバック眼鏡くそ真面目つまんない男は、季楽きら。季節に、楽しむって書く!」


 こっちも凄い名前だ。


「誰がオールバック眼鏡くそ真面目つまんない男、ですか」


 げんこつが宇宙さんの頭に落ちる。

 これが隕石か……。


「自己紹介とかいらねぇだろ。

 んで、お前はなんでこっちに来たんだよ。

 相談なら、スナックで油売ってるオカマでもよかっただろ」


 あ、オカマって呼ぶんだ。

 今どき、デリカシーのない人は嫌われるけど、そこんとこ大丈夫なのかな。

 ……天王寺はルックスもいいし、常連客っぽいし、許されてるのかな。


 3人とも本当に顔がいい。

 宇宙さんも季楽さんも、かなり顔面偏差値が高い。

 学力で言えば、東大に合格できるレベルだ。

 芸能人って言われても普通に納得する。

 小さい頃から色んなところでスカウトされてそう。

 こんなに顔がよかったら、人生勝ち組だろうな。

 いいなぁ。


 ……って、そうじゃなくて。


「相談するなら天王寺がいいし、夕方だったらスナックじゃなくてサブ拠点にいるかなって思って」

「まって、サブ拠点?」


 宇宙さんが横やりを入れる。

 あの、そろそろ相談したいんですけど……。


「普通にここが本拠点なんだけど(笑)」

「馬鹿、余計なこと言うんじゃねぇよ」


 見栄っ張り乙~と、宇宙さんが肘でつつく。

 あ、普段からここで生活してるんだ……。

 どうりで生活感があると思った。

 こんなボロボロなマンションに、イケメンが3人……なんか、とんでもない空間。


「とにかく、相談な。

 ……20時には配信が始まるから、18時までなら、聞いてやってもいい」


 天王寺の言葉を聞いて、宇宙さんと季楽さんがなにやら話し始めた。

 内容は聞こえないけど、雰囲気から察するに、宇宙さんが季楽さんを言いくるめてるような感じがする。

 どうしてこのタイミングで?

 不思議に思って見てると、不意に2人が振り返った。

 宇宙さんは満面の笑みで、

 季楽さんは不機嫌そうに眉を寄せてる。


 「葵」と、宇宙さんが呼びかける。


「あ?」

「僕らの方で配信の準備しとくから、18時30分までは大丈夫だよ~」


 宇宙さんは私に親指を立てながら言った。


 もしかして、そのために話し合ってくれたのかな。

 見ず知らずの、私のために。


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げる。

 すると、「思いあがらないでくださいよ」と、季楽さんが眼鏡をくいっと上げた。


「時間に余裕がなかったからと切り上げた結果、あなたの悩みが解決していなかったら、天王寺さんが配信に集中できませんから。

 あくまで、我々の収益のためです。あなたのためではありません」

「もー、季楽はツンデレだなー」

「宇宙さん。無駄口を叩いてないで、今日の流れを確認しますよ」

「はーい」


 2人は、それぞれのパソコンやスマホと睨めっこを始めた。

 何かについて真剣に話してるけど、内容はよく分からない。


 2人とも、優しいんだな。

 天王寺もお人好しだし、やっぱり類は友を呼ぶんだろうか。


「こっち来い」


 視線をやると、天王寺がドアを開けて待っていた。



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次回 2023年1月7日18:00

第14話 「決断」



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