第11話 「心を通わせたい人」

 ジャッという音とともに、日の光が私を容赦なく照らす。


 眩しい……。

 祖母も時々やるけど、太陽で人を起こすのって一種のテロじゃない?

 法律で禁止されてもいいと思う。


「起きろ。もう9時だぞ」

「……?」


 目を開けると、天王寺がいた。

 え、なんで?


「天王寺、ホテルの場所知ってたっけ」

「なに寝惚けてんだ。ここは俺の拠点だっつの」


 拠点……。


 そうだ。

 昨日はスナックに行って、おか――マーメイドと話して、

 それから天王寺が来て、いきなりサブ拠点に連れて来られて……。


「!?」


 思い出した。

 天王寺の前で散々泣き喚いて、そのまま寝たんだ……。


「どういう顔だよ」

「な、なんでもない……」


 布団で顔を隠す。


 っていうか、身体が痛い。

 このベッド絶対に安物だ。

 ホテルのベッドは柔らかすぎたけど、それでも身体は痛くならなかった。

 ちょっと恋しい。


 ん?


 待って。

 なんでベッドに寝てるの?

 私の記憶が間違ってなければ、昨日はソファーで寝たはずだけど……。


 え、え、私、下着だけなんだけど。


「わ、わたしの、服は?」

「濡れてたろ、脱がして洗濯突っ込んだ」


 とても親切だ。

 これは、お礼、お礼を言わないとね。


「へ、変態っ!」


 ありがとう。


 あ、

 逆だった。


餓鬼がきの身体に興味ねぇよ。

 これ羽織ってこっちに来い。飯が冷める」

「あ、うん」


 私に上着を投げつけて、天王寺はリビングへと向かった。

 裏起毛でもこもこのジャケットだ。


 朝ご飯、わざわざ作ってくれたんだ。

 身体を起こす。

 うっ、背中が痛い。

 だけど、ソファーで寝るよりはずっとマシだった……んだよね?

 うん。そう信じよう。


 なんか、天王寺の優しさの象徴みたい。

 言葉遣いとか態度は壊滅的に悪いけど、温かさで心を包んでくれる。

 きっと、そのおかげで気持ちを吐露できたんだ。

 初対面だったのに。


 そっか。


 昨日、私の気持ちが伝わったんだ。

 やっと、受け止めてもらえたんだ。


 胸元に手を添える。

 心にぽっかり空いてたはずの穴が、塞がってる気がした。





--


 天王寺の作った朝ご飯(食パンの上に目玉焼きを乗せたやつ)は、不味かった。


 食パンは黒焦げ。

 目玉焼きに至っては、天王寺に言われるまで何なのかすら分からなかった。


 これも、彼なりの不器用な優しさの象徴なのだ。

 そう思って無心で食べた。

 限りなく無心で。


--



『葵ぃぃいいいい、編集データが全部消えちゃったよおおお!』


 天王寺のスマホからアニメみたいに大袈裟で情けない声が漏れたのは、朝ご飯を食べ終えて、私が着替え終わった時のことだった。


「おお、どうしたどうした。何があった?」


 電話の相手の扱いに慣れているのか、天王寺は動じることなく応じた。


 っていうか下の名前、葵っていうんだ。

 ちょっと意外。

 だけど、似合ってる。


 落ち着いた天王寺の声を聞いて、少し理性を取り戻したのか、電話の相手は『昨日ね? 編集がはかどっててさ、徹夜で作業したんだよ。そしたら、さっき寝ぼけてデータ消しちゃって……』と今にも泣きそうな声で言った。


 ……いや、もう泣いてる?

 それに編集って。

 え、天王寺って動画投稿者か何かなの?


「あー、やっちまったなあ」


 特に責める感じもなく、天王寺は言った。


『今日の投稿時間に間に合う気がしない!

 でも、あの動画って告知もあったし、先延ばしにはできないよね……。いっそ業者に頼む?!』


 対する電話相手は、完全に焦ってる。

 そりゃそうだよね。

 編集がどれだけ大変なのかは分からないけど、やってたことが全部消えたとなると、ショックだろうし……この感じだと、時間もかかる作業らしいし。


「業者でも間に合わねぇだろ。

 ……それに、俺はお前の編集が好きだ。

 もしマジで間に合わねぇーってなったら、そんときゃ代わりに配信でもしようぜ。

 告知はそっちで大々的にすりゃいい」

『あおいぃぃ……』


 鼻をすする音。

 完全に泣いてる。


 でも、もし自分が酷い失敗をした時に、こんな言葉をかけてもらえたら……。

 きっと、私もこんなふうに泣いちゃうんだろうな。

 あ、昨日すでに泣いたんだった。



 いいな、電話の相手。

 人間関係、超恵まれてるじゃん。

 こんな優しい存在が、私の身近にも居てくれればよかったのに。


「いつも努力してんのは俺も、あいつも、リスナーだって知ってる。

 だから焦る必要なんかねぇ。

 誰も責めたりしねぇから、安心して、とりあえず頑張ってみろ。な?」


 なだめるような、励ますような。

 だけど、このまま放り出そうとする甘えを決して許さない、強くて優しい言葉。

 きっと相手も、それを求めて電話をかけてきたんだ。


『うぅ……葵がそこまで言うなら、頑張ってみる』

「おう。今晩、差し入れ持っていってやるよ」


 電話を切った後、天王寺は私の方を見た。


「俺もよ、言葉なんか当てに出来ねぇって思う時はあった。お前の行動で伝えるってのと……まあ、似たようなもんだ。

 口にするより、互いの身体に触れ合った方が伝わんじゃねぇかって、言葉を疎かにしたことがあった」


 目を見開く。

 天王寺にも、そんなふうに思うことがあるんだ。


「だけどな、それでも言葉は使わなくちゃいけねぇ。切り離せねぇんだ。

 誰かに伝えたいことがあるんなら、伝えなきゃならねぇことがあるんなら、尚更」


 そんなことは分かってる。

 でも、伝わらないんだ。言葉じゃ。

 どんなに頑張って、自分の気持ちを言語化しても。

 言葉を介した瞬間、薄っぺらいものになってしまう。


「言葉が嫌いなら、信じられねぇなら、もっともっと沢山の言葉を使え。

 知ってる言葉を全部絞り出して、しつけぇほど繰り返し使うくらいじゃねぇと、誰にも何も伝わんねぇよ」

「そんなの、無茶だよ」


 私の言葉を聞いて、天王寺は頭を掻く。


「難しいことなのは、わぁってるよ。

 だけど、お前にもいるんだろ。心を通わせてぇって思う奴が」


 心を、通わせたい人。

 色んな人の顔が浮かぶ。


 祖父母は、本当はどんな気持ちで私を育ててくれたのかな。

 私を裏切ったあの子は、なんで笑ったのかな。

 ユージさんは、どうして私の誘いに乗ってくれたのかな。

 ……どうして、いきなり断ったのかな。


 分からないことだらけ。

 分かろうと、しなかったことだらけだ。


「……うん。いる、いるよ。たくさん」


「なら、早くそいつらの所に行け。

 お前のスマホ、ずっと鳴ってて耳障りなんだよ」


 そう言うと、天王寺はテーブルを指さした。

 ずっと振動してる。

 気づかなかった。


 スマホを開いてみると、100件以上の通知が溜まっていた。

 全部ユージさんからだ。

 心配、かけたんだな。


 ……行かなくちゃ。


「天王寺、ありがとうっ!」


「おう。気をつけてな!」


 天王寺の言葉を背に受けながら、部屋を出る。

 行く場所は決まってた。





---



 部屋をノックすると、ユージさんが出迎えてくれた。

 目の下に、大きな隈。

 服に染み込んだ、煙草のひどい臭い。

 きっと、ろくに寝れなかったんだ。

 私のせいで。


「ユージさん、昨日はごめんなさい。

 話も聞かずに出て行っちゃって……」

「……いいんだよ。それより、無事でよかった」


 そう言って、ユージさんは自販機で買ったであろうココアをくれた。

 反対の手には、いつもの缶コーヒーが握られてる。


「あ、ありがと」


 あったかい。


「……シオのこと、可哀そうな子どもだって、同情したことはあるよ」


 喉を潤した後、ユージさんがぽつりと言った。


「だけど、それが理由で誘いに乗ったわけじゃないんだ。

 僕は本当に死にたかったし、なにより、最期をシオと迎えたかったんだよ」

「……なんで、私なの?」

「シオのことが、大切だから」

 

 間髪入れず、彼は答えた。


 どうして、そんなふうに言ってくれるんだろう。

 私には、なんの取り柄もないのに。

 周りに迷惑をかけて、のうのうと生きてきただけなのに。


「シオは、孤独で苦しんでいた僕に、唯一温かい言葉をかけてくれた。話を聞いてくれた。

 ……あの時、本当に救われたんだ。

 だから、シオは僕の恩人なんだよ」

「でも、それは私が自己満足でっ」

「それでもだよ」


 本当に嬉しかったんだ。と、ユージさんは頬を掻いた。


 私の自己満足が、彼を救ってたなんて。

 信じられない。

 だけど、彼はこんなことで嘘を言わない。


 知れてよかった。

 そっか。

 こうして話さない限り、ずっと気づけなかったんだ。

 ぜんぶ、ちゃんと話さなくちゃ。


 彼のこと、知りたい。


「ユージさんの話、改めて聞かせてもらってもいいかな?」

「うん。勿論だよ」


 ユージさんは嫌な顔一つせず、快く応じてくれた。



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次回 2023年1月5日18:00

第12話 「向き合う」



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