第8話 「ハードルは下げれるだけ下げるべし」
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結局、全部で3ゲームも遊んだ。
この後カラオケに行こうと思ってた私は、ちょっと腕がだるい程度で、なんとか体力を温存したまま終えることができた。
でも、全力でストライク(またはスペア)を取りにいったユージさんは、汗だくで息を切らしていた。
とてもじゃないけど、会計ができる様子じゃない。
だから、どっちがお金を出すかは揉めなかった。
こっそり、私が出しておいた。
既に会計が済んだことを知ってびっくりしたユージさんの顔を見て、「ホテル代のお返しができたかな」って一瞬思った。
だけど、ボウリングに誘ったのは私。
ユージさんは付き合ってくれただけだ。
それを思い出して、結構本気で打ちひしがれた。
死ぬまでに何かお返しをしたいのに、なかなか上手くいかない。
「まさか、自分がこんなにボウリング下手だとは思ってなかったよ」
公園のベンチに座って、彼は屈託なく笑った。
初めて見る表情。
一昨日の瞳の暗さは、もうない。
これがスポーツの力……ってやつなのかな。
私は無難に済ませちゃったから、いまいち共感できないや。
力抜いてそこそこ楽しめばいいやーって、思ってたし。
彼を見てると、ちょっぴり損した気分になる。
空を見上げる。
冬独特の澄んだ青が、私の視界を埋め尽くした。
……。
もし。
私も、本気でやってたら……。
ユージさんに視線を戻すと、
彼は、満足そうに目を瞑っていた。
……こんな風に、私も笑えたのかな。
(ちょっと、未練かも)
少し肌寒い風を頬に受けながら、
私は、1人静かに息を吐いた。
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「次は何がしたい?」
ユージさんの声で、はっと我に返る。
危ない。
ぼーっとしてた。
「カラオケにも行きたいけど……とりあえず一旦、どこかで休む?」
最悪、カラオケには行けなくてもいい。
ユージさんの体力面が心配だし。
残念だけど、ボウリングで十分楽しめたし。
こればっかりは仕方がない。
あくまでも、私たちの目的は今日の夜にある。
それを忘れてはいけない。
無理して遊んで、肝心なところで力尽きるなんて嫌だ。
「そうだね。丁度いいし、一旦休もうか」
と、ユージさんは腕時計に視線を落とした。
「あそこのカフェで昼食をとって、少し休んだ後にカラオケに行こう」
「うん」
空を仰ぐ。
太陽が真上まで昇っていた。
そうか、もうお昼なんだ。
……1日の半分が、もう終わったんだな。
あっという間だった。
残りの半分も、きっと一瞬だ。
しっかり、楽しまなきゃな。
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指定された部屋に入ると、テレビが爆音で流れていた。
思わず耳を塞ぐ。
でも、これだ。
これこそがカラオケだ。
そわそわしながらソファに腰かける。
カラオケには、人生で2回だけ来たことがあった。
最初は藤咲とで、最後は1人。
3,4年ぶりくらいかな?
待ちに待ったカラオケだ。
歌がものすごく好きってわけじゃないんだけど、マイクを持って歌うのが楽しいから、カラオケは大好き。
だって、マイクなんて滅多に持たないし。
この時だけ歌手みたいな気分になれる。
ちょっとだけね。
ちなみに、ユージさんはまだ来てない。
受付が終わって伝票を渡された直後、お手洗いに行った。
お腹が冷えたらしい。
原因は、直前に飲んだアイスコーヒーだと思う。
……遅いな。
マイクをスタンドから2本取り出しながら、ドアを見つめる。
人影はない。
この感じだと、しばらくは戻ってこないかもしれない。
そんなに酷い下痢なのかな。
ちょっと心配。
っていうか、ユージさんって歌うのかな。
カラオケの話をしてた時は、乗り気だったように見えたけど……。
もしかして、とんでもなく上手かったりする?
かっこよく歌うユージさんの姿を、思い描いてみる。
かなり……いや、プロ歌手さながらの貫禄でマイクを持つユージさん。
採点は常に90点以上で、
のびのびとした歌声に、抑揚のコンボ。
あまりの上手さを目の当たりにした私は、思わず「人生最期の日にこんな素敵な歌を聞けてよかった!」と涙ながらに拍手を送る――
(いやいやいやいや……!)
慌てて首を振る。
期待しちゃいけない。
ボウリングの時も、密かに期待してたじゃん。
めちゃくちゃ運動神経いいかもーって。
その結果は……ね?
だから多分、今回も期待しない方がいい。
酷い結果になるに違いないから。
音痴だ。
間違いなく、音痴。
熱中したユージさんは、高得点をとるまで何回も同じ曲を歌うんだ。
それで私はまた、スポーツ観戦でもするような気持ちで彼を応援するんだ。
失礼だけど、最初からそのつもりでいた方が落胆しない。
ハードルは極限まで下げておこう。
そんなことを思ってると、突然ドアが開いた。
「お待たせ。1人にしてごめんね」
噂をすればなんとやら。
「ぜ、全然。大丈夫だよ」
「何歌うか決まった?」
「まだ」
タッチパネルを手に取って、
最近よく歌われてる曲の一覧を開いてみる。
おお。
古いものから新しいものまで、幅広く歌われてるんだなぁ。
知らない曲名もたくさんある。
どれにしようかな。
ばーっと目を通しながら、見覚えのある曲名を探す。
すると、一時期ハマってた曲が目に留まった。
この曲、2年くらい経ってもずっと歌われてるくらい人気なんだよね。
予約ボタンを押すと、テレビ画面に曲名が表示される。
「『ウェットフラワー』か。いい選曲だね」
「でしょ。一時期ハマってたんだ」
タッチパネルをユージさんに渡し、マイクを握る。
それと同じタイミングで、前奏が始まった。
あれ?
そういえば……と、あることに気づく。
できれば最後まで気づきたくなかった。
いや、気づくべきではなかったことに。
ユージさんの実力ばかり気にしてたけど、
私も、そんなに上手くないんじゃなかったっけ。
ってか歌える?
ブランクありまくりだけど、ちゃんと歌えるの?
手が震えだす。
どうしようどうしよう。
久しぶりのカラオケでテンションが上がってて、気づかなかった。
出来ることなら1回中断したい。
許してくれるよね?
視線で、ユージさんに助けを求める。
「頑張って!」
曲を選び終わったらしく、彼は喜色満面の笑みでタンバリンを手に取っていた。
カラオケでほんとにタンバリン使う人、初めて見るかも。
私も後で使ってみよう。
じゃなくて。
……これ、後には引けない状況だよね。
ユージさんの瞳は、期待の色を一切隠さない。
き、期待されてる!?
ハードルが高いよユージさん……!
ど、どうにか下げる方法は……。
そうだ。最初に保険かける?
「下手だから、そんなに期待しないでね」って。
うーん、駄目かな。
逆にハードル上がりそう。
ほら、上手い人って謙虚な感じじゃん。
誤解されそう。
そんなことを考えてるうちに、どんどん歌唱パートが近づいてくる。
もう、どうしようもない。
変なことして出落ちする方が恥ずかしいし、
ここはもう、覚悟を決めるしかない。
それに、ここでの目的を、しっかり果たさなきゃ。
上手く歌えるかなんて、二の次。
ボウリングの時はちょっと後悔しちゃったから、カラオケでは本気で楽しむんだ。
忘れちゃいけない。
今日でぜんぶ、最後なんだ。
マイクを強く握り直す。
(ええい、ままよ!)
私は、思い切り息を吸い込んだ。
歌い終わると、ユージさんは割れんばかりの拍手(タンバリンを全力で振る)を送ってくれた。
「上手だね」
「あ、ありがと」
なんとか歌いきった……。
1番のサビの音程を大きく外した時はテンパっちゃったけど、それ以外は特に問題なく歌えた。
音程もそこそこ。
加点は控えめ。
結果は87点。
最後に採点した時と変化はないから、衰えてはないらしい。
点数自体も多分、平均的なんじゃないかな。
後半はしっかり楽しめたし、満足だ。
安堵してる間に、次の曲の前奏が始まる。
「僕の番だね」
ユージさんが、やる気満々といった風に立ち上がった。
うん、完全にボウリングの時と同じ流れ。
っていうか曲が渋い。
『千の台風になって』って……カラオケで歌うイメージないんだけど。
歌えるのかな……。
いや、そんなことは気にしちゃいけない。
ユージさんだって、歌を楽しむために来てるんだから。
上手さなんか関係ない。
私は私で、精一杯盛り上げよう。
あっ。
盛り上げる曲じゃないか……。
いやいや、ささやか程度でもね!
ほどよく盛り上げますとも。
「頑張って!」
タンバリンを持って、応援――合いの手の態勢に入る。
うわ、結構うるさい。
ユージさん、よく使いこなせてたな。
よし、私も邪魔にならないように鳴らさなきゃ。
音痴でも大丈夫。
心構えさえできていれば、ジャイ〇ンの歌声だって、耐えきれる。
楽しむことだってできる。
……多分。
大きく息を吸い込む音が、歌の始まりを知らせた。
結論から言うと、ユージさんの歌は超がつくほど上手かった。
タンバリンを置いて、ライブさながらの拍手を送る。
歓声も出したかったけど、それは私の理性が制した。
圧倒的だ。
ライブの経験があっても不思議じゃないくらい。
路上で弾き語りとかしてたのかな。
音程はほぼ完璧。
強弱? 抑揚? が、とにかく凄い。
千の台風、しっかり見えた。肌で感じた。
加点もたくさん入ってて、全体の結果は98点。
カラオケ番組でしか見たことない点数。
そしてなにより――
「声が良い」
「え、あぁ……え?!」
あ、思わず心の声が。
ユージさんは恥ずかしそうに咳払いした後、真面目な顔をした。
いや、作った。
ん?
デジャヴを感じる。
初めて会った時も、この流れしなかったっけ。
「シオも、その……奇麗な声だったよ」
頬をぽりぽりと掻きながら、ユージさんは言った。
頑張って作ったであろう真面目な顔は、一瞬で見る影を失っている。
っていうか、人を褒める時に真顔になる必要あるの?
あ、にやけるのを隠すためか。
「あ、ありがとう……」
歌を褒められたのは、これが初めてだった。
藤咲と行ったカラオケでは、盛り上がることにしか力を入れてなかったから。
学校の合唱も、口パクでやり過ごしてきたし。
しかも、ただ褒められたわけじゃない。
私が凄いなと思って褒めた人に、褒められたんだ。
光栄というか、なんというか……むず痒い感じ。
心なしか顔が熱い気がする。
こんなことで舞い上がってるのがバレたら、恥ずかしいな……。
いや待って。落ち着いて。
一旦、冷静に考えてみよう。
目を瞑る。
彼はあくまで、私が褒めたから、褒め返してくれただけだ。
社交辞令。
そう、社交辞令なの。
こんなんでいちいち喜んじゃ、だめだって。
必死で言い聞かせる。
照れてるのがバレて、ちょろい奴って思われたくない。
外側だけでも、強くありたい。
そうだ。真顔を作ろう。
ユージさんの戦法を真似するんだ。
よし……。
……だめだ、自然とにやけちゃう。
顔の火照りも収まんないし。
「さ、さて! 次の曲でも入れようかな」
タッチパネルを手に取る。
ここは、気にしてない体でいこう。
本当はユージさんが歌ってる間に決めるべきだったんだけど、聴き入ってて全然集中できなかった。
「デュエット曲でもする?」
横から、すっとユージさんが顔を出す。
歌った後だからか、普段よりちょっと色っぽい声。
ってか距離が近い。
いい匂いがする。
さ、鎖骨が見える……!
心臓が大きな音を立て始める。
待って待って、こんなに近かったら息が――
「シオ、この曲歌える?」
ユージさんが『ちがう話』という曲名を指さす。
よかった、知ってる曲だ。
歌ったことはないけど……何回も聴いたし、どうにかなりそう。
「歌える!」
「よし、じゃあこれにしよう。
さっきも思ったけど、僕ら趣味が合うね」
そう言って、ユージさんは笑った。
ボウリングの時と同じだ。
無邪気で、心から楽しんでる顔。
好きなジャンルが同じなのかな。
それは、なんか嬉しい。
思えば、そういう話はしたことなかったな。
文字だけとはいえ、1年も会話を続けてたのに。
好きな食べ物とか、
休日は何をしてるのかとか、
小さい頃の夢だとか、
これまでどんな人と交際したことがあるのか……とか。
心の状態は何となく知ってても、そういう、プライベートなことは知らないんだ。
私たち、お互いのこと何も知らないんだな。
「曲始まるよ!」
「あ、うんっ」
がばっと立ち上がる。
そうだ。
こんなこと考えてる場合じゃない。
今は、楽しむことだけを考えよう。
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次回 2023年1月2日18:00
第9話 「不器用な温かさ」
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