第7話 「ガターの呪い」



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 モニターに表示された結果を見て、愕然とする。


「全部、ガーター……」


 力なく、呟く。

 次こそは、次こそはと励まし続けた身としては、とっても気まずい状況。


 おそるおそる、ユージさんに視線を送る。

 俯いていて目が合わない。

 かなりショックだったのかな。

 心なしか、肩も震えてる気がする。


 なんて言ってあげればいいのかな。

 変に励ますのも、かえって傷つけるかもしれない。

 ほら、大人になるとそれなりにプライドがあるだろうし……。


 いや、待って。

 こうして沈黙が続く方が、空気が重くなるに決まってるじゃん。


 手に力を込める。

 なんでもいい。

 ありきたりでいいから、とりあえず何か言おう。


「ユージさん、こういうのはあんまり気にしない方が――」

「ははははっ」


 私の言葉は、大笑いに遮られた。


 思わず目を見開く。

 笑っていたのは他でもない、ユージさんだった。


「僕は、こんなに運動神経が悪いのか」


 自棄やけになってるわけじゃないのは、雰囲気で分かった。

 まるで何かが吹っ切れたような……そんな清々しさすら感じられた。


 呆気に取られてると、ユージさんが私の方を見た。

 目尻には涙がたまってる。


 どうしたんだろう?

 不思議に思ってると、彼が口を開いた。


「もう1ゲーム、してもいいかな?」

「も、もちろん!」


 ろくに励ますことができなかった分、私は全力で賛同した。

 よく分からないけど、ユージさんがやる気なら、とことん頑張ってほしい。


「せっかくだし、スペアくらいはとって帰りたいな。全部ガターでは終わらせたくない」


 椅子に座って、スマホと睨めっこしながらユージさんは言った。

 その表情からは、真剣さがありありと伝わってくる。

 ボウリングの攻略法でも調べてるのかな?


 ん?


「ガター?」


 思わず聞き返す。


「え?」

「ガーターじゃなくて、ガターって言うの?」


 今までガーターだと思ってたんだけど、もしかして違うのかな。

 漢字の読みを間違えて覚えてた時と、まったく同じような羞恥心が、じわじわと心を侵食し始める。


「ああ……正式にはガターって呼ぶらしいんだ。だけど、ガーターも一般的に知られてるだろうし、どっちでも問題はないはずだよ」

「そうなんだ。詳しいんだね」


 ユージさんは博識なんだなぁ。

 さすが大人。


 知識が豊富な人には、すごく憧れる。

 私の知らない世界をいっぱい知ってるから。

 なにより、自分からたくさんのことを学ぼうとする勤勉な姿勢。

 自分が惰性で生きているからこそ、そういう人には尊敬の念を抱かざるを得ない。


 私の熱い視線を感じたのか、ユージさんは慌てて両手をぶんぶん振った。


「あ、いや。

 今調べてて、たまたま知っただけだよ」


 あ、そうなんだ。

 残念。


 っていうか、今のでスマホが飛んでったんだけど、なんで拾わないんだろう。

 もしかして、気づいてない?


「スマホ、飛んでったけど……」

「え!?」


 ばっと後ろを振り向いて、ユージさんは慌てて立ち上がった。

 まさかとは思ったけど、本当に気づいてなかったみたい。


 いつぞやに想像した物悲しい背中が、しばらくオロオロとした末に、長いため息を吐いた。


「スマホ、大丈夫?」


 後ろから覗き込んでみる。

 あ、画面が割れてる。

 それも、かなり派手に……。


「動作はちゃんとするから、大丈夫。

 どうせ、使うのは今日までだし……ね」


 苦笑しながら、ユージさんは立ち上がった。

 電話できるの?

 なんて聞ける空気じゃない。

 ここは黙っておこう。

 海の近くに公衆電話があればいいんだけど……。

 もしなかったら、その時は私のスマホを貸してあげよう。


「よし。大体調べ終わったから、そろそろ投げてみるよ」


 期待とか希望に満ちた瞳で、彼はレーンを見据えた。

 さっきまでスマホを割って落ち込んでた人とは思えない。


「頑張って!」


 私の声援を背に受けて、

 ユージさんは上級者っぽくボールを構えた。


 かっこいい。

 なんか、様になってる。


 ユージさんも、この時点で何かしら手応えを感じたらしい。

 自信満々に大きく振りかぶって、ボールを投げた。


 もしかすると、1発でストライクが出るかも……!

 期待しながらボールを目で追いかける。



 ガコンッ



 あ、ガター。


 いや、今のは準備運動。

 新しい知識に身体が追いついてなかっただけだ。

 次で順応すれば、スペアはとれるかもしれない。


 ほら。

 ユージさんも、真剣にボールを構えてる。

 諦めてない。

 闘志の炎は、消えてない。

 いけるっ!



 ガコンッ



 あ、ガター。


「つ、次があるから!」

「……そうだね」


 ユージさんは、顎に手を当てて考え込んでる。

 どうすれば真っ直ぐに投げれるのか、悩んでるのかな。

 落ち込んだ素振りはない。

 大丈夫。

 諦めない限り、チャンスはあるはずだ。


 私も、何かアドバイスできればいいんだけどな……。

 感覚で投げてるからか、まったく言語化できない。

 ビュンと投げてドーンだよって言っても、意味ないだろうしなぁ。


「シオの番だよ」

「あ、うん」


 忘れてた。


 立ち上がって、ボールを持つ。

 1ゲーム目でもう腕が疲れたのか、さっきより重い気がする。


「よっと」


 4本倒れた。


「ほっ」


 次は5本。

 あ、スペア逃しちゃった。惜しい。


「シオは成績が安定してるね」


 モニターを見ながら、ユージさんが感心したように息を漏らした。


「その代わり、高スコアは出せないけどね」


 椅子に座りながら、控えめに謙遜する。

 本当は「下手くそだよ」って全力で自虐したいけど、嫌味になっちゃいそうだから自重しておこう。


「僕も頑張るぞ」


 膝をパンと叩いて、ユージさんは立ち上がる。

 お年寄りみたいな動作、彼もするんだ。

 意外。


「シオって、ここら辺に立って投げてるよね?」


 真ん中より少し左側に立って、ユージさんが振り返った。


 どうだろう。

 言われてみれば、そんな気がする。


「た、多分っ」

「分かった!」


 そう言って、ユージさんはさっきと同じようなフォームで勢いよく投げた。



 ガコンッ



 あ、ガター。


 この流れ、もはやお決まりのパターンになってきてる。

 ユージさん、心折れてないかな……。


 そんなことを思ってると、「今のでコツを掴んだ気がするよ!」と、こちらを振り返って彼は言った。

 表情は明るかった。

 瞳に宿る希望は、まだ消えてない。


「うん、頑張って!」


 そうだ。

 普段の立ち位置と違ったから、慣れるために1投必要だったんだ!


 幸い、ボールが転がる方向は変わってる。

 反対のガターにさえ気をつければ、次こそは。


 たかぶった気持ちを静めるため、

 ユージさんは、丁寧に深呼吸を繰り返した。


 その光景に、思わず息を呑む。

 凄い。

 完全にボウリング選手のオーラをまとってる。

 これだけの集中力があれば、スペアが取れるかもしれない!


「よしっ!」


 これまで聞いたことないくらい、気合いの入った声が響く。


 それから、

 迷いを断ち切ったような動作で大きく腕を振って――

 ボールを投げた!



 ガコンッ



 あ、ガター。


「そん、な………………」


 ユージさんは、

 ゆっくり、

 ゆっくりと、

 膝から崩れ落ちた。







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次回 2023年1月1日18:00

第8話 「ハードルは下げれるだけ下げるべし」



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