魔女の初恋

黒猫館長

「欲望こそすべてを動かす原動力だ」

 太陽は赤いと人は言う。科学者たちがその知識を集め応用し、撮影したという太陽の写真を見てもそれは間違っていないだろう。しかし肉眼で見た太陽はひどく白んでいたし、こうして今海の底から見ていると最早青白い、おかしなことだ。それに対して光の波長がどうとか反射がどうとか私にはどうでもよいことだ。私の専門分野外であるし、こうして理論も何もない無意味な思考を繰り返すことが長年私の息抜きの一つになっているのだから。今日も巨大なアクリルガラスの外を眺めて趣味にふけっていると、珍しく耳障りな警報が施設中に響いた。


「はて、これは何の警報だったかな。サーモコントローラの故障で稚魚たちが茹だったか、はたまた水槽が割れて中身が出たか…。やれやれ調子に乗って細かい設定ごとに警報音をそれぞれ設定するんじゃあなかった。こうしてまた悩みが増える。」


 私はよれた白衣に両手を突っ込みながら、管制室に向かって歩き出した。その間これが何の警報だったか考え続けていたのだが、管制室の扉が見え始めた廊下でやっとそれを思い出した。


「システムハッキングか。しかしここは外部とのサテライト通信など一切の通信手段を立っているわけで…つまりインヴェイジョン。」


 ここで暮らして10年ほどになるが、侵入者というのは初めてだ。それもそのはずここは組織以外の知らない絶海の深さ1000メートル以上の深海でそう簡単に人が入ってこれる場所ではないのだ。しかしここにハッキングまでしてくるということは組織自体がすでに壊滅したかどこの領海でもないここ付近の海を勝手に開発しようとして見つかったか、ここの場所がばれてから入念に準備してきたのは間違いないだろう。


「とりあえず、顔の一つくらい拝んでおくかな。食いちぎられた後だと判別できないだろうし。」


 46のモニターが並ぶ管制室の快適なソファーに座り、肩ひじをついて様子を見ることにした。しばらくモニターを眺めるも異常は見られない。


「組織のファイア・ウォールは更新が遅いからこうなるのも無理はない。だからすべて私に任せておけばよかったというのに。これを口実にシステムを入れ替えてしまおう。」


 手元に6つと足元に2つ設置されているキーボードを両手足を駆使して操作し、施設内すべての警備システムを書き換えた。主導権を取り戻すとモニター画面が切り替わる。モニター映像が過去のものとすり替わるように操作されていたのだ。モニターの一つに走る一人の男が写っていた。


「ずいぶん若い…少年だ。しかしたった二人での侵入とはよほど自信があるのか、愉快犯か。」


 侵入経路のわずかな熱履歴や侵入した水量から判断してこの施設内にいる侵入者は二人で確定だろうと判断した。しかし施設外部の様子を見ても潜水艦らしきものがない。いったいどうやって来たのだろうか。


「まさか…まあとりあえずこの少年を見てみようじゃあないか。」


 ポチっとなと私は開錠ボタンの一つを押した。キーボードを駆使してルートを選択し、少年のもとに彼らを駆け付けさせる。


「げえ、来たかアンノウン。…絶妙に気持ち悪いのだ。嫌だな。」


 灰色の髪をした少年はそれを見ると怖がるわけでも驚くわけでもなく、ただただいやそうな顔をして身構えた。この反応は少々不満だ。男児というものはサメは好きだろう?彼の目の前にいるのはサメの頭と長く強靭な腕のついた人型の怪物。私が調整した水陸両型特攻用生体兵器、SH8-59。もう少しいい反応があってもいいのではないだろうかと意味のないことをまた悩む羽目になってしまった。


「shhhhhhhhhsshhhh!」


 SH8-59は身長2.5mほどの巨体を持ち、サメの頭はその5分の1程度を占める。自重は前に傾いていて止まっていることが難しくよたよたと前に動き続ける。これが静止状態だ。


「瞬発力と持続力どちらも配分した中途半端な個体だが、人ひとりしとめるのは造作もない。少年には悪いがさっさとご退場願おう。」


 SH8-59の一番の利点は特攻性能だ。行動命令を与えた0.5秒後には時速70キロメートルにまで加速する圧倒的加速性能。その時巨大な腕を振れば時速160キロのラリアットが敵を蹂躙する。銃弾などを受けようとも倒れることのない耐久性や連続運用時間最大54871秒という悪くない構成だ。戦場にひとたび投入されれば、たとえ戦車の砲弾を浴びようととも敵の陣地まで侵入し、完全に破壊されるまで敵を蹂躙するだろう。私は行動命令を与え、経過を見守ることにした。


「shhhhhshshshshsssshhhhhh!」


 SH8-59が行動を開始する。疲れ果てた老人のようによたよたと歩いていたと思えば、その巨体が一気に加速する。少年を囲むように走り出し長い腕が射程圏内に入った。そしてその体の動きの倍以上の速さの強力なラリアットが少年を襲った。その特殊な腕の形状から直撃すれば首が飛ぶのは間違いないだろう。私は数十年間懇意にしているヤクルトをちびちびと舐めながらそれを見守っていたのだが、


「?」


 画面が一瞬真っ白になり、それが治ったと思うとおかしなことが起きていた。少年をしとめるはずのSH8-59がバラバラになっていた。しかしこのようにバラバラにされようともすぐに再生するというのがこの生体兵器たちの共通性質であったはずなのだが、まったくと言っていいほど再生は行われずそれどころか体が崩れ始めている。


「スロー再生。」


 とりあえず先ほどの映像をスロー再生でもう一度見てみることにした。画面が真っ白になる直前SH8-59が少年に殴りかかった際少年はそれを見て避けた。イナバウアーのように体をそらし、腕の直撃を避け彼の右手に光が現れる。十字の光が巨大化し光の剣のようになっていくのが見える。そのあとはすぐに画面が真っ白になってしまった。画面が戻った時には消えていく光の剣が記録されている。


「あの体を再生不可にするには2000K程度の熱量が必要なはず。…まさかあの光の剣がそれに相当するエネルギーを?しかし彼の周りの大気や設備に熱力学的変化は見られないが…。」


 低温プラズマではさすがに再生できるのはすでに実験済みだ。熱履歴の伴わない強大な力のほとばしり、そう考えるほかない。なるほどやはり間違いないのだろう。


「会って話をしてみよう。何はともあれ、対話は私たちの特権だ。」


 立ち上がって背伸びをした私は、新調したセグウェイに乗り彼のもとに向かうことにした。


 彼がいるのは地下3階f棟、特殊生体兵器保管室。私の作った作品の展示室だ。柱のように乱立するカプセルの中は液体で満たされており、各種チューブでエネルギーを与えながら冬眠状態のようにして保管を行っている。その姿はどれも人型をしているが、サメ、タコ、エビ、ゾウリムシ、その見た目は海に生息する生物たちに酷似している。想像力の豊かな人間がこれを見れば海洋生物を人型にしたとか、人に海洋生物の遺伝子を組み込んだキメラだとかそんなことを考えるかもしれないが実はそうではない。


「そんなに物珍しいかい?私としてはゆっくり見てもらっても構わないが、かといって君と会話をしたい欲求もあるんだ。どうするのがいいかな。」


「珍しいといえばそうですね。まるで仮面ライダーの悪の秘密結社内に入ったみたいです。地上のアンノウンはどちらかといえばまさに神話の怪物といったふうで、こんなに本来の生物に近い感じではないといいますか。」


「アンノウンか。確かにこれらはいまだその領域にいる。しかしわかってきた部分もあるんだよ。君の言う生物らしさはそのおかげともいえる。」


 彼は懐中電灯をこちら方向に向けてくる。顔に当てないようにと配慮はあるみたいだが、私にはすでに少々つらいところであった。


「すまないが懐中電灯は消してくれないか?どうも目が痛くて。」


「…ずいぶんと夜目が訊くのですね。こんな真っ暗な中、普通の人間は活動できない。」


 そうだった。普通の人間にはここは真っ暗闇に見えるのだった。深海は震度1000メートルを超えるとその光は一パーセントも残らないという。ここも例にもれずその程度の光量しかない。


「特殊な目を持っているからかな。この目、瞳孔がらせん状だろう?その構造自体は別に意味はないのだが、それを構成している細胞が人の数千倍の光感度を有している。実験上あまり光を使えないからその対応策さ。」


「それは難儀ですね。地上で生きるにはつらいでしょう。」


「しかし私にはここがある。なかなか優遇されていてね、地上に出ずとも快適なのさ。」


「そうでしたか。では話を戻しましょうか。」


 どうも反応がたんぱくだ。もっと驚いてくれてもいいのにとなぜだろうかそんな乙女にでも戻ったようなすねた感情が私を支配していく気がした。目の前の少年からすれば、得体のしれない科学者として警戒して当然だとは思うが、侵入者に対してこれほど穏やかに接している自分に対して不公平だと思うのは理不尽だろうか。


「この施設にあるアンノウン、現在確認しているだけで200体程度ありましたが、これはあなたが製造したということで間違いありませんか?」


「その通りだが、それが何だというんだ。」


「あなたおひとりで?ほかの人間はどうも職員というわけではなさそうだ。」


「この施設すべてが私の手足だ。言っただろう?このようにボタン一つでコーヒーも淹れられる。」


「インスタントじゃないですか。」


 あらびっくり、今まで話していてこの部分で一番彼の表情が変化した。どうも彼はコーヒーにはうるさいらしい。あくまで香りとカフェイン接種を目的にしている私からするとよくわからないが、そんなに味が違うものだろうか。今の場合香りで嗅ぎ分けたというほうが正しいから香りの方も違うのか。


「…本当は今のうちに色々聞いておきたいのですが、何分余裕もないので手短にこちらの要求を提示させていただきます。速やかに全面降伏していただき、そちらの人質アンノウン及びすべての研究結果を譲渡していただきたい。」


「ずいぶんと急に大胆な要求じゃあないか。かのアメリカですらもう少しましなものを用意するだろう。」


「ここにいるのが普通のアメリカ軍であれば、侵入する前に爆撃で終わりでしょうね。あなたの研究は危険が過ぎる。」


「そんなことはない。何故ならばこの研究はアメリカこそ欲しがるものだ。頂点に上るもかゆいところに手の届かない彼らにこそ。」


「アメリカ軍全員がスパーマンになればさすがに敵なしですかね。…そんなにかっこいいものじゃないでしょう?」


 ピリピリと皮膚の神経に微電流が流れる感覚がある。これが殺気というのだろうか目の前の少年は睨むわけでも憧憬を見るわけでもなくただ、無機質な目を私に向けてくる。しかしどうだ、彼とは波長が合うらしい。テンポがいいし返ってくる言葉もどこか心地よいものに感じる。そのうえでこの殺気を受けるというのは何とも非日常的でアドレナリンが染み渡る心地だ。


「君たちがアンノウンと呼んでいるものを、私たちはデウスと呼んでいる。花一輪、3.24グラム程度のある薬を人体に投与することで原子で言うラジカルな状態になる。その後人体はアンノウンへと変化するわけであるが、私はこのラジカル状態に着目して研究を行った。」


「ラジカル…光を照射したときなどに反応性が高まるあれですか。そのラジカル状態を操作するとこのサメやエビが再現できるとかでしょうか?」


「その通り!その超活性化状態において、人体の一部がエネルギー体に変換する過程がありこのエネルギー体に作用するのが人間の意識であることが分かった。エビ人間を作りたいならエビをサメ人間を作りたいならサメを被験者の意識に刷り込むことで変化させることができる。どうも顔のイメージが強くて他がおろそかになるパターンが多いがね。」


「しかし顔が変わった程度では実用性がないのではないですか?先ほどのサメ怪人も登場のインパクトはありましたが、サメである必要性が感じられませんでした。あの頭でかみついても来ないし。」


「かみつくとはその発想はなかった。水陸両用型として運用するうえであの頭はなかなか良かったんだが、少年との戦闘では活躍できなかったな。水中戦ならば大分利点があるのだが…。」


「水中戦はできればやりたくない…あ、来ましたか。」


 少年の背後から近づいてその頭をはたこうと腕を振り下ろすも、どう見えていたのかわからないが、少年は見向きもせずそれを受け止める。


「聞いていれば話がずれまくっているじゃない。さすがに聞くに堪えないから仕方なく来たのよ。」


 暗視ゴーグルを身につけた白髪の少女だ。先ほどまでのハッキングを行っていたのは彼女で間違いないだろう。


「貴方ならただの人間一人すぐに鎮圧可能でしょう?何をためらっているのかしら?」


「まあそうなんですが、何とも変な感覚がありまして。」


 それにしても、白髪の少女とは過去を想起させるものがある。あれからもう20年は立つ気がするが、目の前の少女では少し幼すぎるだろうか。しかし気になると夜も眠れない従来の性格から、質問をしてみるほかなかった。


「二人で話し込むとは悲しいな。しかしそこの少女よ、どうかそのゴーグルをはずしてくれないだろうか。目は口程に物を言うならばやはり会話は目を見たい。」


「この男と違って私は見えなくても知覚できる能力はないのだけど、これで満足かしら?満足したならさっさと降伏してくれないかしら?」


 少しうっとうしそうにゴーグルをはずす少女の瞳を見て私は驚いた。光が海に溶けたような美しい青のサファイア色。とても懐かしいよく覚えている色だった。


「なるほどそういうことか。はははまさかそんなことがあるとは思っていなかった。」


 少年たちは急に笑い出す私を怪訝な目で見つめる。そんなに私が笑うのはおかしいのかわからないが、とりあえず理由を説明することにした。


「20年ほど前、代理出産した娘が確かに君のような目をしていた。まさかこんな形で再開することになるとは思わなかったよ。」


「…すみませんちょっと何言ってるかわからないのですが。」


 少年が困惑した顔をする。緊張が取れてきたのか表情が豊かになってうれしい限りだ。しかし少年は知らずに来たらしい。勝手にサプライズだと思ったのだが、そうでもないのか。少女はわざとらしいため息をついていった。


「何を言い出すのかと思えば、わけのわからないことを言わないでくれないかしら?」


「確か内ももに変わった青あざがあったはずだ。口で説明するのは難しいが、こんな感じの。」


 私がゼスチャーを行うと少女は、いやとりあえず娘の方がよいだろうか、表情に出さないが驚愕図星といった反応をした。なかなか直感というのは精度のいいものだ。直感が当たった時ほどすがすがしい気分になることはそうない。しかし少年はまだ理解が追い付いていないようで質問を重ねてくる。


「20年前代理出産って…あなたは人間ですよね?見た目20代に見えるのですが。」


「肉体年齢はそれで正しい。老化機能を完全停止させることでそれ以降肉体は同じ状態を保っている。代理出産についてはそうだな、どうせなら言ってしまおう。」


 もったいぶっているが、久しぶりに自分の身の上を話すというのはなかなか楽しいことだった。少年は律儀に聞き手に回ってくれているのもとても気分がいい。


「組織のプロジェクトの一つでね、支給された受精卵を移植し出産まで行うことで、報奨金が出るというときがあったのだよ。私もまだひよっこだったから研究費が欲しくてね、プロジェクトに参加した。処女受胎とか言って最初こそ面白がっていたが、いざ出産するとき大変だったよ。それから数年養育したが、すぐに組織が持って行った。その時の子供が、そこの娘とよく似ていてね。というか本人であってそうだ。」


「何を馬鹿な。」


「しかし、組織の管理下にある娘が来たということは少年も組織の者かと思っていたのだが違うみたいだね。」


「そういえば名乗っていませんでしたね。私ブラッドリー家の養子にして使用人をしているジュリー・ブラッドリーと申します。こちらは同僚のジューンです。」


「ブラッドリー?ああ、軍事産業で巨万の富を築いているイギリスの貴族にそんな家があった気がする。少年は養子…しかし、娘がいるということは協力関係ではない?」


「申し訳ありませんが、あなたの組織とやらと組むほど、腐った家ではございませんので。」


「手厳しいな。確かに組織は大分非人道的な活動を行っているが、それによるリターンも計り知れないのだがね。」


「あなた方だけのが先につきそうですがね。」


 少年は一回深呼吸をすると、私をまた見据えた。動揺の見えた先ほどまでとは打って変わり、最初の無感情な目に戻る。目的を達成するためにそれ以外の考えをいったん捨てたのだ。


「詳しい話はあとでいいでしょう。降伏してください。我々がここに侵入した時点であなたに勝ち目はないのですから。」


 少年にその眼を向けられることがどうにも悲しかった。おかしな話だが、長らく感じていなかったこの悲しいという感情がどうにも私を喜ばせる。故に私は彼らに笑いかけ二歩に前進した。


「少年、これは勧誘なんだが私の部下にならないか?君が望むなら娘も連れてきて構わない。別に研究の手伝いをしてほしいわけではない、ただ私の身の回りの世話をしてくれるだけでいい。ここからは出る機会は少ないだろうが、それ以外のあらゆる自由を保障しよう。」


「話がかみ合わない。一体何を言っているのかしら?」


 娘は憤りが隠せないようで私をにらんでくる。確かに脈絡もない話ではあるが最後につじつまは合わせればいいだろう。


「今日初めて会ってまだ間もないが、少年の子供が欲しいと思ってね。いうなれば、発情した。」


 娘はその言葉を聞いて絶句した表情を浮かべた。しかし少年のほうが何の反応もないのがやはり不満だ。


「私の卵子はいくつか冷凍保存され、この体も排卵を停止させていたから、処置を行えば正常に使用可能だ。一度人工子宮の実験で私の卵子を用いて子供をつくったが、やはり何の感情も持てなかった。しかしどうだ、少年とは波長が合う。私と少年の子供ならうまくいくかもしれない。今までは手の届かなかった、新しい境地に至れる気がする。」


 こまった、言いたいことをうまく言語化できない。感情が先行して言葉足らずになってしまうというのは覚えている限りでは初めての感覚でうまく制御できないのだ。


「その子供をまた実験体にするのかしら?ここにいた人間たちのように化け物にでも改造する?ふざけたことを言ってるんじゃないわよ。」


「確かにそれも興味こそあるが、嫌だというならやらないさ。どちらかというと子供をつくること自体に興味があるというか…そうだな娘を見たおかげかもしれないが。」


「わかりませんね、この状況下でどうして勧誘ができるのか。これだけ接近し場合によっては命の危険がある状況下でその提案をする理由がわからないです。」


 少年の言葉には少し動揺の色が出始めた。この手の話は慣れていないのか。やはり未だ少年ということだろう。しかし娘と違い真っ向から否定しないことがうれしい。


「少年、私は君たちの一族が組織に対抗しうるとは思っていない。すでに一国の軍事力、技術、財力すら超えている我々の組織に敵対して生き残れるとは思えないのだ。そんな危険な状況下で人生を過ごすより、私と子づくりしながら平和に生きる方がよいだろうという提案なんだが…おかしいだろうか?」


「確かにあなた方の総力がどれほどか俺にはわかりませんが、あなた方の敵はブラッドリー家だけではない。なによりあなた方は超えてはいけない一線をすでに超えている。勝たねばならない相手だ。」


 話は平行線になる。当然といえば当然だが、論より証拠だ。彼らを説得するにはそれだけの明確な証拠がいるのだ。私の好奇心を満たすためにも欲求を満たすためにも切り札を出してみることにしよう。


「わかった。ならば証明しよう。私に君たちは勝てないと。ついてきたまえ。」


 私が床をつま先で押すと、タイルがスライドするように床が動き、垂直に落下した。その瞬間の少年たちの顔はなかなかの見ものだった。


 ポヨンとトランポリンのように弾性と衝撃吸収力のある地面に着地し、いそいそと所定の位置に移動する。その間にワイヤーロープにつかまり少年と、少年に抱きかかえられた娘が下りてきた。それが妙に似合って見えて妬いてしまう心地になるが、私は笑顔をたたえて仁王立ちして少し高い場所から二人を見下ろした。熱い合金の壁がドーム状に連なり、多数のモニターやセンサーが見下ろす実験場。壁に突き出るように設置された台場にある電算機器を操作し、上昇する台場から二人にマイクで話しかけた。


「少年、デウスの被検体にどうして変化誘導を行ってサメやタコなどの体を再現させたのか疑問に思っていたな。その理由の一つは彼らの想像力に起因した有用な身体的特徴を再現できる場合があるからだ。魚類なら高い遊泳能力、軟体類なら伸縮性、または甲殻類の軽く強靭な殻。そして一つ、デウスには素晴らしい特性がある。それは高い適合能力。これは再生能力も含むが、デウスは別固体の対組織を移植しても高い確率で適合し、自在に操ることができる。つまりこういうことだ。」


 広大な壁の一部が浮き上がりながら開き始める。そこには体組織維持のためのカプセルが一つだけ格納させていた。中の培養液があふれ出しながらカプセルが開く。電気信号で起動したそれはゆっくりと姿を現した。魚類と爬虫類を掛け合わせたような頭と筋骨隆々で強靭な外殻に覆われたからだ、長く鋭い爪をもった腕をもつ巨人。


「KM-352-03、俗にいうキメラというやつだよ。私が調整した現在最強のデウスだ。」


 私は明かりをつけるとともに目を保護するゴーグルをつけて少年たちに呼びかけた。


「勝負をしよう。このキメラを倒せたならば私は君たちに従おう。しかし勝てなければ、私のものになってもらうぞ。」


「ったくこっちは巨大化できないってのに。ジューンさん。援護をお願いします。」


「ええ。でもこの状況、あの女を撃った方が速くないかしら?」


「今日は殺意高いですね。…まあ最終手段でお願いします。下手に刺激してここ一帯爆破されでもするとさすがに危ない。」


「だからってあの女の思惑に乗るのは癪だわ。」


「わからなくはないですね。」


 少年の右手に光の剣が現れる。先ほど解析をしたが、どうやらクリスタルに正体不明のエネルギーが流れた物体であるようだ。娘の左手にも原理は不明だが、ライフルらしきものが現れる。おそらく間違いがないだろう。いつかに話で聞いた魔法使い、デウスと同じく未だ科学では説明できないエネルギーと物理法則を操る人知を超えた存在。彼らはまさにそれなのだろう。


「少年たちの自信はそれに起因するのか。それ以外にも要因がある?しかし、人ひとりのエネルギーで私のキメラが倒せるだろうか?」


 私は心の躍動を感じながらその様子を見つめた。やっと理解した、格闘技やスポーツを観戦する人間たちがどうしてあんなにも熱狂していたのかが。少年はキメラに向かって走る。おおよそ人間に出せるスピードではないが、私のキメラのほうが素早い。腕のいたるところから管のような触手が生え、そこから高圧の水流を発射する。イカの隅のように黒く染まったそれは、工業用ウォーターカッター以上の威力を誇る。実験場の床も削れてしまうのも困るが、それを発射させて早々これでは少年を殺してしまうのではないかと慌てた。


「っ!」


 しかし私の心配は全くの杞憂だったようだ。少年は左手に創り出した青く輝く盾を使ってウォータージェットを防ぎながら跳躍しジェットを放出する腕めがけて、剣を振り下ろした。


「硬っ!」


 少年の剣はキメラの腕に命中するも、その外郭によって完全に防がれはじかれた。デウスで再現された甲殻類の殻はおおよそ生物界に存在できないほどの硬度と耐衝撃性を持っていた。通常のデウスを一撃で屠った少年でもさすがに破壊できないようだ。そう誇らしく思っていたのだが、その次の瞬間にはその自信も崩れ去ることになった。


「GRRRRAAAAA!」


 突如キメラが悲痛な叫びをあげる。観察してみると、キメラの腕に銃創らしき傷跡ができていた。娘の発射したライフル弾が装甲を突破して腕に穴をあけたのだ。


「やりなさい駄犬!」


「爆破します。3,2,1!」


 傷ついた腕に光が集まったかと思うと突如爆発した。その衝撃でキメラの片腕がちぎれ落ちる。私はすぐに解析を行った。結果わかったのはあの爆発は水素爆発によるものだということだ。少年が何らかの能力で水素と酸素を凝縮し、腕内部で爆破したのだ。


「畳み掛けなさい!」


 娘はライフル弾をキメラの首に打ち込む。そして瞬時に反応した少年が、そこを爆破した。首がちぎれると、そこから黄色い球体の組織が露出する。


「コアを発見しました。破壊します。」


 デウスたちの核、エネルギー制御をつかさどる弱点だ。少年は持っていた剣を巨大な斧に変化させ、そのコアを切り裂いた。


「GR…GRRRAA!」


 キメラの頭部はコアを破壊され光の粒子になり崩れ消えていく。


「ふう。大したことのない相手だったわ。」


「娘よ危ない!」


 娘は気が抜けたらしく、額の汗をぬぐった。しかし、私はこれで終わりでないことを知っていた。頭部を失ったキメラの体は残った方の腕を曲げたかと思うと、パンチを繰り出すように娘に向かってそのこぶしを突き出した。私もキメラの頭部を破壊されたことにあっけにとられとめるという判断が追い付かなかった。モンハナシャコを参考に改良した音速を超える必殺の一撃。直撃すれば、鉄筋のビルも粉々になるだろう。


「そうやって気が抜けるのは悪い癖ですよジューンさん。」


「少年!」


 私はキメラを一時停止し、二人の様子をうかがう。キメラが娘を襲う直前、少年が割り込み回避したのだ。しかし避けきることはできなかったようで、右わき腹がえぐれ大量の血が流れている。


「なんて顔してるんですか?今日は貴女らしくないですね。」


「少年、もうわかっただろう?このキメラは複数のコアを体内に保有し、過半数を失わない限り、何度でも再生する。すでに頭部左腕部も再生が終わっている。エネルギー供給を行っているこの施設全体を破壊でもしない限り、君たちに勝ち目はない。」


 私の言葉を無視して二人は話始める。


「…ごめんなさい。その…。」


「とりあえず、さっさとあの怪物を倒してしまいましょう。詳しい話は家でゆっくり聞きますから。っていうかそろそろこの陰気な場所もうんざりなのですっきりしてさっさと帰りたいです。」


「本当…あなたは空気が読めないというか、伏線回収は本来こういう場面で行うものじゃないのかしら?」


「こんな場所で話してたら、重要な内容も八割忘れますよ。マンガじゃないんですからいいんです。ほれ、切り替えていきましょう。」


「ええ。そろそろあの偉そうな鼻っ柱おらないとぐっすり寝れなくなりそうだわ。」


 少年はあれだけ出血していたというのに大したこともなさそうで、娘を軽く抱きしめこちらを向いた。すでに出血も止まっているようだ。それに安堵すると同時に私は何を見せられているんだと少し内心拗ねてみる。


「お待たせいたしました。」


「別に構わないがね。…本当に勝つつもりかい?」


「ええ。そんなくだらない肉人形ごときに負ける私たちではないわ。」


「それは心外だな。私の長年の研究成果なんだが。」


「ずっと言ってやりたかったのよ。さんざん人の命と尊厳をもてあそんできたあんたたちに。」


 娘は少年の肩を抱いてこちらに不敵な笑みを浮かべた。


「そんなに人体実験したきゃ自分の体だけ使ってろバカ!」


 そして少年の血がついた衣服をはむと娘の体に変化が現れる。その美しい青の瞳の奥に燃えるような赤の光が灯り、体の周りがプラズマのようなエネルギーでおおわれていく。


「モード・ルビー」


 少年が右手を、娘が左手を前にかざすとどこからか現れた光子が集まり始める。そしてそれが形を成し何かがわかった。


「レールガン。しかしなんて巨大な射出口だ…まさか。」


「GRRRRRR!」


 キメラの拘束はすでに解いた。彼らの宣言を無視して停止を続けるのは野暮だと思ったのだ。ウォータージェット、音速パンチ、触手による連撃、それらをことごとく二人はよけ続ける。そしてレールガンにかつてないほどの光量が充填されていった。


「これが私たちの最高火力よ。喜んでやられなさい!」


 音は聞こえなかった。いや音はあとからやってきた。まるで高密度のプラズマがレーザーのように発射されたようだ。レールガンから発射された光がキメラの体を包み込み削り取るように破壊した。光はキメラを突き抜け、彼方へと飛んでいく。私はしりもちをついてただそれを眺めるほかなかった。


「私の負けだな。」


 最高傑作の敗北、長い年月の成果の否定であるというのに、なぜかとてもすっきりした気持ちだった。自然と笑みがこぼれてなぜか無機質な天井を見上げてしまう。


「やばいやばいんですって!兄さん!早くワープゲートお願いしますマジで死にます!」


 感傷に浸っていたというのに急に情けない声が聞こえてくる。


「なんなんですか馬鹿なんですか!?威力高すぎて天井突き抜けたんですけど!?ここ深海ですよ!?」


「し、仕方ないじゃない!加減して倒せなかったらカッコ悪いんだもの。あなただって賛同したじゃない!」


「正直勝ち方としてはだいぶすっきりさせていただきましたよ!ただ大量の水に押しつぶされるっていうのは本能的に恐怖がすごすぎる!」


 少年と娘が言い合いをしている。よく見ると天井に穴が開いており、そこから大量の海水が流れ込んでいた。さすがに絶句する。


「とりあえず重要人物は確保しました。早急に離脱しますよ早急に!」


 するといきなり娘を抱きかかえた少年が私も抱きかかえてくる。見た目に似合わないがっしりとした腕の感触と突然のことに言葉が出ない。


「しっかりつかまっててください。」


 そして少年は台場から私たちを抱えて飛び降りた。私は混乱と驚きでただ彼にしがみつくしかなかったのだ。



 後日ブラッドリー邸


「とりあえず、あの深海研究所の所長でありただ一人の職員であったエレナ・真波・マルシェフさんは捕虜という形でサリム兄さんの研究を手伝う形で落ち着くそうです。何をやらせるかは知りませんけどね。また研究所に拘束されていた人間の話ですが、駄目ですね。もともと麻薬や精神異常者を使っていたようでそれぞれの国に送還という形になりましたが社会復帰は難しいかと思います。」


「そう、わかったわ。」


 ジュリー・ブラッドリーとジューンはリビングルームの大きなソファーに座りながら目も合わせず話していた。ジュリーはしばらく外のバラ園を見ていたが、一息ついて本題に入る。


「それでは次の話に入りましょうか。あなたがどうしてあの場所をわざわざ襲撃するに至ったのか。」


「アンノウンの製造の人体実験が行われていると知ったから。それでは不服かしら?」


「もちろん。まあ私的な理由がなくてもこのような結果にこそなったでしょうが、しかし今回は貴女の事情があった。なんせ任務中の貴女はあまりにも様子がおかしかった。そしてエレナさんの娘という言葉。」


「DNA検査でもしてみるかしら?」


「代理出産でも何かしら影響あるんですかね?…いやまあでも何かはあったのかもしれません。なんせ第一印象どこか貴女に雰囲気が似ていた。」


「馬鹿なこと言わないで。あんな人間と…。」


 ジューンを落ち着かせるように背中をやさしくさすりながらジュリーは続ける。


「そんなに憎いですか?」


「貴方も知っているでしょう?人体実験のために創り出された私たちのこと。こうして名前をもらうまで、私は人間ですらなかった。…以前組織の施設の一つをつぶしたときに、その関連の資料が見つかったわ。その中には実験体を産ませた被験者のリストもあった。ご丁寧に実験体番号も一緒にね。」


「そこにあった名前がエリナさんであったと。殺す気だったんですか?」


「もちろんよ。私たちの命と尊厳をもてあそんだ、その報いを受けさせたかった。だというのにあなたは何やらもたもたとして…さっさと捕まえてくれればためらいなく撃ち殺せたのに。」


「言い分はもっともですがね。」


「ずいぶん言葉を濁すのね。生みの親なんだから殺すなとでもいうつもり?それとも、全部忘れて感謝しろとでも言いたいのかしら?」


「よくわからないけど、産んでくれたら感謝するものじゃなかと?」


 ジューンがジュリーに詰め寄っていると、キッチンから同僚のメイド、モモセがやってくる。


「話に割り込んでごめんね。これ昨日作ったケーキばい。好きなのとっとって。」


「あのねモモセ、そんなに簡単なものじゃないのよ。チョコケーキ貰うわ。」


「そうなん?あ、ジュリー君は?」


「ショートケーキ貰います。」


 モモセは残ったモンブランを手に取り、三人でソファーに座って小休止する。紅茶で少しほっこりしてから話を続けた。


「ジューンさん。少し素で話してもいいですか?」


「…ええ。」


「俺はほんの少しだけだけども、お前の境遇も知っている。だから、別に感謝しろとか憎むななんて言うつもりはない。割り切れないことは世の中多いし、特に親や家族ならなおさらなんだよな。」


「含みのある言い方ね。それで、いったい何が言いたいのかしら?」


「以前言っただろう?俺はお前に会えてよかったと思ってる。もちろんモモセサンやエリザベート様ともな。なかなか居心地のいい生活をさせてもらってる。ならば俺はお前を産んでくれた母親には感謝しなければならない。あれだけの敵対行動をとっておいて、俺が何も咎めず容赦したのはその借りを返しただけなんだ。」


「…そう。」


「真実は知らん。本当にお前を産んだのがあの人なのか調べるつもりはない。周りに公言する必要もないだろう。だけどそれが本当だというならお前の心の中でだけ、認めてやってほしい。いつかいい人生が送れたって感謝できる日のためにさ。今は憎んでいい嫌っていい、それでもお前を産んでくれた人がいたってことをなかったことにはしてほしくないんだ。」


「そんなの何の意味があるのかしら?何の利益にもならない。ただずっと心のもやもやが増えるだけじゃない。」


「俺のわがままだよ。ただ、たとえ最初がどうであれ最後によかったと思えたならそれは素晴らしいことだと思っただけだよ。相手が悪意を持って行動したことが、全部裏目に出て感謝されるなんてこれほど愉快なことはあるまい。俺はただ心の底から愉快そうに笑っているお前が見たいだけなのかもしれないな。」


「…ジュリー君なんかキザったらしくてバリうけるっちゃが。ぷくく…。」


「む、笑わなくてもいいじゃないですか。なかなかいいこと言ってると思いますが?」


「そうかもしれんけど、なんていうかジュリー君だから。くははっ。」


「すみませんねきざな言葉が似合わない人間で。しゃー。」


「威嚇せんで。ごめんごめん。」


「貴方たちね。…まったく本当に場の空気が読めないというかなんというか。」


 ジューンはジュリーの持っていたショートケーキに乗っているイチゴをフォークでとるとはむと一口で食べてしまった。


「あ、何するんですか!」


「貴方みたいにちんたら残しておくから取られるのよ。ざまあないわね。」


「行儀悪かよジューンちゃん。ジュリー君。お詫びに一口あげる。はいあーん。」


「はむ。あ、おいしいですね。」


「あ、ずるいわ駄犬!モモセ私にもあーんして頂戴!」


「私はジューンちゃんのチョコとクリーム貰っちゃうばい。」


「あっひどいわモモセ!私の最後の楽しみを!」


「ちんたら残しておくのが悪か。」


「モモセのいけずー!」


「さてそれでは、僕はエリザベート様への報告等ありますので。モモセさん。しばらくジューンさんの相手を頼みます。」


「えー。」


「えーってなによー。ほらモモセ傷心の私を慰めて頂戴!」


「私はそっちの気はなかとよ!抱き着くんじゃなか!」


プチン


そこで音声が途切れた。興味本位で盗聴器を仕掛けてみたのだが、どうやらばれてしまったらしい。そしてすぐに少年から電話がかかってきた。


「もしもし。」


『もしもし、ジュリーです。お時間よろしいですか?』


「構わないよ。すでに今日のタスクは終わって暇だったくらいだ。」


『それは何よりです。今回は許しますが二度目は許さないのでそのつもりで。』


「はて何のことかな?」


『ジューンさんについては大体貴女の聞いていた通りです。』


「この場合ありがとうというべきかな?」


『感謝の気持ちがあるならば一つお願いを聞いていただきたいですね。』


「ほう。なんだい?」


『正直貴女はまともではないと思います。非人道的でまさにマッドサイエンティスト深海の魔女だ。しかし貴女はジューンさんの親でもあるらしい。ならば、俺が貴女に求めることは一つだ。』


「…。」


『彼女に誇れる親になっていただきたい。今までの狂った魔女をやめて人のため特に自分の娘のため良心と正義を持って行動できる人間になっていただきたいのです。』


「また突拍子もないことを言うものだ。私に正義の味方にでもなれと?」


『そこは自分で考えてください。ただ俺は彼女の味方だ。彼女のためになるようにあなたに協力してほしいというだけですよ。具体的な方法は指示できるほど俺は頭がよくありませんね。』


「私が良心を持って娘のためになると?」


『どうでしょうか?しかし子供目線で言えば誇れる親の存在は大きいと思っています。ほかの親は見当たらないのでね、とりあえず全部責任取ってください。』


「はははそれは責任重大だな。ちなみに失敗した場合は?」


『しっかりと対処させていただきます。もちろん俺にとって致命的に琴線に触れる余罪が発覚した場合もね。心配なさらないでください。俺は人以上に他人の痛みがわからないですから。』


「善処するよ。」


『それでは失礼いたします。』


 そうして電話を切られてしまった。私は安いパイプ椅子に座りながら机に頬杖をついて考え込む。約束こそしてしまったが、いったい良心と正義というのは何だろう。人や娘のためになること…自分の好奇心を満たすために生きてきた私にはあまりにも難しいタスクだ。


「しかし達成すれば少年の好感度も上がるだろう。子供を産んだ暁には娘もあわせて四人で研究するのも面白いかもしれない。」


 私はいまだあきらめていない。今回の一件は私に強烈な刺激を与えた。いろいろな欲望があふれて止まらない。少年のあの赤い目が私の心を狂わせたのかもしれない。欲望こそすべてを動かす原動力だ。理想の実現のため、とりあえずこの新しい環境で頑張ってみようじゃないか。私は新しい上司に仕事をもらうため椅子から立ち上がり、扉を開いた。 



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魔女の初恋 黒猫館長 @kuronekosyoko

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