第16話 決戦(1)

 二日後、誰一人として欠けることなく全員が無事な状態で城にたどり着いた少年たちは裏道や抜け道を探さず、正面から堂々と入り込んだ。

 決戦の舞台、ロンドウィル城である。

 いくつもの防壁に囲まれ人里を離れた山の上にあるため、通常であれば武装した騎士団であっても攻め入るのは容易なことではない。

 ただし彼らの足は速く、ほとんど誰にも止められなかった。

 魔物がいれば少年やナヴィレアが退治して、邪魔しに出てきた騎士や役人たちがいれば魔法で眠らせていく。

 その最大の功労者である老人を肩に乗せたカッシュが先頭を急ぐ。


「ほっほっほ、自分が歩かずに済むこんなに楽な乗り物があるとはな」


「目の前に出てきた人間を眠らせる便利な道具扱いしているのはこっちも同じだから文句は言わないが、落とされたくなかったらあまり暴れるなよ」


「そうしておこう。治癒魔法は使えぬので怪我をすると大変じゃ」


 などと会話しながらも、的確に魔法を駆使して邪魔者を眠らせていく。

 難なく城門をくぐり、そのまま城内に入って、上階と下階に分かれた階段の前に来た。


「カッシュさん、道はわかりますか?」


「わからん! お得意の直感で案内しろ!」


「そんなに便利じゃないですよ。たまに直感が当たるというだけで、いつでも自由に使えるわけじゃないんです」


「じゃあ老人を連れまわして城内の観光と行こうじゃないか。どんなに広くたって壁や廊下が動いたりはしないんだから迷宮よりは迷わずに済む」


 ここまで先を急ぐように走り続けてきた休息もかねて、進路を決めるついでに立ち止まって会話をする二人の脇を抜けていくのはウルシュカだ。


「どうせ上だろ! 行くぞ! ほら、ユリカも!」


「あっ、はい!」


 権力者といったら最上階にいるのが定番だろと息巻くウルシュカに手を引かれ、自分も足を止めて少年たちの会話に加わろうとしていたユリカは遅れまいとその手を握り返す。

 目指すは上階。ここを駆け上がれば、おそらくナァドルドが待っている。

 そんな五人を呼び止めるのはカッシュの肩に腰かけている老人だ。


「待ちなされ。我々が向かうべきは上ではない。下だ」


「下?」


「うむ。ナァドルドが座る領王の玉座は地下にあるんじゃよ」


 それも一階や二階下がった程度ではない。

 もっと奥深く、洞窟のような地下通路を進んでいった先に領王が待つ玉座は設置されている。

 つまりここは地下に向かって伸びる地底城だったのだ。


「そういや、じいさんはナァドルドの野郎に仕えていたんだったか。耳元でうるさいんで黙らせることばかり考えていたが、道案内に適任じゃないか」


「あいにく城には数回来た程度じゃよ。すべての構造を熟知しているわけではない」


「それでも知っている分には案内してもらうぞ。じいさん、次からは誰かに問われる前に教えろ。危うくみんなで無駄足を踏むところだったじゃないか」


「教えてください、じゃな」


「教えてください。これでいいか?」


「それよりカッシュさん、進むべき道がわかったんです。急いで下に行きましょう」


 敵と戦う前に仲間同士で喧嘩になってはならぬと、あわてて仲裁に入った少年だ。もっとも、カッシュと老人は仲良く言い合っているだけでちっとも腹を立てていなかったが。

 少年に促される形で階段を駆け下りていく一行。握ったきりで離さずにいたウルシュカに腕を引かれるユリカが思わずこけそうになったところで、さりげなく逆の手をつかんで助けたのがナヴィレアである。


「す、すみません」


「どうせ助けてもらえるなら私じゃないほうがよかったかい?」


「……え?」


 くいくいっと顔と目の動きで示すのは前を走っていた少年だ。


「どうせ手をつかまれるなら……」


「おいこら、ナヴィ! 何か余計なことを言ってんじゃないだろうな!」


 少女の声に耳ざとく反応したカッシュが顔だけで背後を振り返ったとたん、その肩に乗っていた老人が頭を抑えつけた。


「階段を下向きに駆け下りながらよそ見をするんじゃない。転んだらワシもただではすまんじゃろ」


「わかったわかった、前を向くから首をひねろうとするな! 振り返るのはじいさんの得意技だろうが!」


「皆さん! 階段が終わります! 一番下まで着きました!」


 敵陣に乗り込んでいるとは思えないほど賑やかな彼らである。

 ひとまず冷静になるためにも、階段から続く地下通路の入り口で先頭から順に足を止めていく。

 最後に止まったユリカと手をつなぐウルシュカとナヴィレアはどちらともなく叫んだ。


「真っ暗じゃないか!」


「侵入者のために明かりは用意せんじゃろう」


 確かにそれもそうか。そう思った少年がカッシュの肩に座っている老人を見上げる。


「なんにせよ明かりは必要です。松明たいまつやランプを探しに上の階まで戻りますか?」


 言外に案内を頼むと、老人は首を振った。


「その必要はない。まあ見ておれ。……ライト


 言うと同時に老人が指を鳴らすと彼の目の前に光の球が発生して、それまで暗かった空間を照らした。

 しかもそれは頭上に浮き上がって、動くのに合わせてついてくる。


「便利な魔法だな。重い荷物だと思って捨てずに抱えてきてよかった」


「口うるさい乗り物じゃの。さあ、降ろしてもよいぞ。ここから先は自分の足で歩く。おぬしも戦闘の準備をするんじゃ」


「言われんでもわかってる。なんだか頭蓋骨を思い出すな」


 境界封穴でのボルニスのことを言っている。さすがに投げ捨てたくなるほどではないが、年長者に対する苦手意識を少しだけ強めたカッシュである。これは悪く言うと生意気で反抗的に見えがちな彼の性格にも原因があるけれど。


「おじいちゃんのおかげで明かりがついたからよく見えるようになったけど、これが城の通路かい? 洞窟みたいじゃないか」


 欠陥住宅を不安がる住人のような顔をしてナヴィレアが触っているのは地下通路の壁だが、壁というよりは地中を掘り進んだだけの岩肌といったほうがいい。ちょっとやそっとの衝撃でも崩れそうにはないが、ロンドウィルを治めている領王が待つ部屋まで続く通路にしては貧相だ。


「地面より上の部分を飾っている城は後から建築されたに過ぎない。もともとここは巣だったんじゃよ。ワシらがこうして立っている地下の空間は人間のために用意された城ではなく、巣穴なんじゃ」


「巣って、何の巣だい?」


「人食いの巨大蜘蛛、領王ナァドルドを加護する土地精霊、ロンドウィルフェアリーイーターの巣じゃ」


 つまり、領王は土地精霊の住処を普段の寝床にしているというわけだ。

 よほどの臆病者か、常にそばに寄り添いたいほど精霊を愛する者か、あるいは……。

 牢獄で会ったナァドルドの顔を思い出しながら考えていると、張り詰めた声がした。


「そのフェアリーイーターが来たようですよ」


 かろうじて光が照らしている通路の先を見据える少年だ。

 そこにいたのは黒い体に赤い目がついている蜘蛛である。

 犬よりは大きく、人間よりは小さい。

 カタカタと足音を立てながら、八本の足をすべて別々のタイミングで動かして歩いている。

 老人が目を細めた。


「気配は間違いなく土地精霊のもの。しかし、ワシの記憶が確かならこんなに小さくはなかった」


「だったら嬉しい誤算だな! きっと弱体化したに違いない!」


「カッシュ君、油断!」


 怒るというより心配のほうが強かったナヴィレアの忠告が現実のものとなったのか、土地精霊の弱体化を信じたカッシュの喜びは長続きしなかった。


「もう一体出てきました!」


「二匹だ!」


「後ろにもです!」


 少年、ウルシュカ、ユリカが順々に声を上げる。

 最初の一体に合わせて三体。すなわち合計で四体の蜘蛛が出てきたのだ。

 声もなく互いに合図を取り合っているのか、それらが前後から襲い掛かってくる。

 いよいよ最終決戦の始まりだ。


「ようし、全員、俺みたいに油断をするなよ! 助けがいるやつは言え!」


「ユリカさんと、どう呼ばれても振り返っちゃうおじいさんも!」


 勇ましく剣を構えたカッシュと少年が全員に声をかけて、それぞれの敵を見定める。

 可能な限り魔力を温存するため身を引いたユリカと老人以外の四人が一体ずつ相手をするのだ。


「どういうことじゃ……? これではまるで、土地精霊が分裂したようなものではないか」


 守られつつも困惑する老人をよそに、戦闘は少年たちが優勢となって終局へ向かっていく。

 不気味なのは動きだけで、反撃らしい反撃を受けることなく、ほとんど同時にすべての蜘蛛がこと切れた。

 あまりにもあっけなく感じたものの、これで一つの決着はついたと信じたい六人。


「待ッテイタゾ」


 しわがれた声がして、全員の動きが止まった。

 最初に口を開いたのはカッシュだ。


「貴様が領王か、ナァドルド! まさか自分からのこのこと出てくるとはな!」


 続いて動いたのはウルシュカと少年だったが、二人は口を開かなかった。

 先制攻撃をかけるべくウルシュカが最初に切り込んで、追い打ちをかけるように少年が剣を突き刺す。

 首を狙って剣を水平に振り払ったのは即座に追撃を加えたウルシュカで、心臓を貫いていた剣を引き抜いて今度は剣を上から垂直に振り下ろしたのは少年である。

 そして発動するのは特訓を重ねた技だ。


「冥なんとか!」


 ウルシュカに首を落とされた領王の足元に沼が広がり、立っていられず倒れるように沈み込んでいく。

 手足でもがいた抵抗は意味をなさず、間を置かずして領王の体は沼に引きずり込まれて消えた。

 最後に沼が干上がったのを見て、蜘蛛を退治した余韻も消えていないカッシュは歓喜の声を上げた。


「よくやった、少年! これでやつも奈落に落ちた! 俺たちの勝ちだ!」


 ナァドルドを倒せば土地精霊が生き残っていたところで術は使えない。術が使えなければロンドウィルの領民はみんな自由を手に入れる。

 すなわち少年たちの勝利だ。

 しかしこれに続く歓喜の声はなかった。


「……いや、待ってください。違います」


「そうだ。今のは違う。領王じゃない」


「ワシも同感じゃな。戦争は終わっていない」


 少年にウルシュカに老人にと三人が立て続けに言うので、眉尻を下げたカッシュが振り返って肩を落とした。


「ユリカとナヴィはどう思う? 一人で喜んでいた俺が馬鹿みたいに見えるか?」


「そんなことないですよ!」


「そうだよ。そんなことない。いちいち落ち込むんじゃないよ、カッシュ君。元気なやつが一人くらいいてくれたほうが全員の士気も上がるしね!」


 半分はお世辞だが半分は事実を伝えたナヴィレア。

 本気で落ち込んでいたわけではないにせよ励まされた気分になったカッシュが前を向くと、そこには奈落に落ちたはずの領王の姿があった。


「くそ! どうやら三人の悪い予感が当たっていたようだな!」


「ハハハ。今ノハ私ガ作リ出シタ傀儡ダ。残念ダッタナ」


「……私?」


 全員が領王の言葉と疑わぬ中、違和感を覚えたウルシュカだけが低い声で問い返した。


「ソウダ。私ダ」


 いびつに口をゆがめて笑う。

 ウルシュカの違和感は正しく、その”私”は、人間のものではない。


「ナァドルド、トカ言ッタカ。ヤツノ体ハ毒デ眠ラセ仮死状態ニシタ。精霊契約ヲ通ジテ術ダケハ使エル。コノ状態ナラ何十年モ生キテクレルダロウ」


 すぐには誰も何も言えなかった。

 目の前にいるのは――領王ではない。

 倒すべき敵だったはずのナァドルドはすでに土地精霊の餌食となり、毒による仮死状態で術だけを利用されている。

 話の内容を理解した瞬間、殴りかからんばかりの勢いでウルシュカが叫ぶ。


「見下げたぞ、土地精霊! 人間のために加護を与えたんじゃなく、自分のために人間を使ったか!」


「シャシャシャシャシャ!」


 散り敷かれた大量の枯葉を踏み鳴らすような笑い声が地下通路に響き、領王の体を模した土地精霊が答える。


「ソウダ。使ッタ。人間ハ便利ダ。馬鹿デ、弱ク、本当ノ意味デハ群レルコトモデキナイ」


「人間は強い! 物事をよく考えて、優しくて、力になってくれる! 精霊を愛してもくれるだろ!」


「契約シテ加護ヲ与エレバ、術ヲ使エル道具ニナル。ソレ以上ノ価値ハナイ」


「ふざけるなよ、土地精霊! 人間は友達だ! 仲間だ!」


 しかしウルシュカの叫びは土地精霊の心に響かなかった。

 人間を見下して生きるフェアリーイーターはウルシュカを無視して、有り余る魔力で作った領王の体を通して語る。


「神性ヲ手ニ入レルノハ難シイ。シカシ不死ヲ手ニ入レルノハ簡単ダ。群体トシテノ命ヲツナゲバヨイ」


「群体……そうか、先ほどワシらを襲ってきたのは!」


「私ノ命ヲ分ケ与エタ子供ダ」


「つまり、まだまだ大きいのがいるってことかい!」


 うんざりした気分で声を荒げたナヴィレアを糸が襲った。刃物と違って体を傷つけるものではないが、身動きを封じるものだ。

 太くて粘性のある糸なので簡単には振りほどけそうにない。


「残念ナガラ私ハ弱イ。貴様ガ言ッタヨウニ限界ガアル」


「くっ。そうだよ、あんたは完璧じゃない!」


「シカシ私ハ無数ノ私ヲ生ミ育テ、ヤガテ人間ヲ超エル群レトナッテ、ロンドウィルヲ支配スル。ソレガ完了シタナラ、次ハ大陸ヲ」


「何をふざけたことを言ってんだい!」


「スデニ神ノ世ハ終ワリ、次ニハ人間ト精霊ノ時代モ終ワル。始マルノハ私ノ時代ダ」


「ナヴィレアさん、失礼します!」


 大雑把に風を吹き荒らして、魔物を攻撃するのに比べれば威力を抑えた魔法を使ったユリカが糸を切る。正確に狙いをつけるのは依然として苦手だが、首さえ切らなければナヴィレアの場合は大丈夫だ。


「ちょっぴり痛かったけどありがとね、ユリカちゃん! あとは任せな!」


 拘束を解かれたナヴィレアが首に気を付けながら剣を振る。小さな蜘蛛は踏みつぶす。

 瞬く間にナァドルドは殺されてしまったが、ナヴィレアに達成感はない。所詮は偽物なのだ。

 あたりが静かになったことを確認して、少年が全員の前に出て宣言する。


「とにかく、結論は出ました。僕たちの敵は領王じゃない。この奥に待っているという土地精霊だ」


 人間を殺す人間や精霊を殺す精霊だけでなく、精霊を殺す人間が存在するように、当然、人間を殺す精霊も存在する。

 魔物とは違い「尊き者たち」と呼ばれる精霊であれ、すべての精霊が人間の味方をしてくれているわけではないのだ。

 ロンドウィルフェアリーイーター。

 それこそがロンドウィルの領民を長らく苦しめ続けてきた元凶である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る