第10話 境界封穴(1)

 たっぷりと雨粒をため込んだような灰色に濁った空が天井となり、四方八方から強風を受けて折れ曲がった無数の枯れ木が柱代わりとなった道。

 境界封穴という名前からは洞窟じみた薄暗い穴を想像するが、ほぼ垂直な急斜面の山々に左右を挟まれた”峡谷”と表現したほうが感覚的には近い。


「ここは……」


 一般的には「小さな底なし沼」と表現されることもある「冥界への扉」をくぐり、恐る恐る目を開いたウルシュカが警戒しながら周囲を見渡す。

 うまく言語化できないものの、ただならぬ雰囲気を感じさせる空間だ。

 死者のための世界。命ある人間が存在していい場所には思えない。

 息をすると同時に肺に大量の針を突き刺され、見えない手に心臓を握りつぶされるような思いがする。

 とんでもない場所に迷い込んでしまった小さな子供のように不安がる声が聞こえたのか、臆することなく前方に立っていた少年が振り返ってウルシュカに答える。


「ここは死者の国である冥界に限りなく近い場所ではありますが、決して冥界そのものではないんです。あくまでも地上と冥界の狭間にある空間で、細くて薄暗いことから『穴』と表現される道。地上ともつながっているので、場所を選んで扉を開けば、ロンドウィルの領王が暮らしている城の近くにも出られるはずです」


「何が何だか、って感じだな」


「それはそうでしょうね。本来、理屈で説明できるような場所ではないですから」


「さっきまでいた迷宮もそうだったが、物理法則を平気で捻じ曲げる魔法と同じで、人間社会における常識が通じない場所ってわけか。となると、目に見えるものだけを信じていればいいってことでもなさそうだな」


「はい。ここはもう僕たちが住んでいた地上の世界ではないので」


 もはや地上での常識は通用しないと思ったほうがいい。

 そう言いながらウルシュカから視線をそらして、彼女のそばにいたユリカを心配そうに見つける少年。長らく部屋に閉じ込められていた彼女は屋敷の外へ出るだけでもつらそうだったのに、いきなり境界封穴などという場所に連れてこられて苦しんでいるように見える。

 最終的には自分の意志でついてきたとはいえ、ゆっくりと考える時間や余裕を与えられていたわけではない。

 もっとも、内心でどのように感じているかはともかく、人前で堂々と弱音や不満を吐くような彼女ではないので、心配するような彼の視線に気づくと無理をして微笑んだ。


「あの、私なら大丈夫です」


「そうですか? でも……」


 体調や精神状態を気遣う少年がやはり心配して彼女に近寄ろうとしたとき、背中を向けていた方向から声が聞こえてきた。

 どちらかといえば、不安がるというよりも不満がっている声だ。


「くそ、なんだか妙に頭が痛いな。ちゃんと呼吸ができているはずなのに、大気中の酸素が足りないのか息苦しい。こんなところに長時間はいられないぞ……」


 ズキズキと主張する痛みをこらえるように自分の頭を左手で押さえつけているカッシュである。

 口論となって捨て台詞を残してきた別れ方が別れ方だっただけに、まさか追いかけて来てくれているとは思わなかった少年は喜んで駆け寄る。


「カッシュさん! 大丈夫なんですか?」


「あ? ああ……。何をもって大丈夫だと言ってよいものやら。まだ生きているはずなのに、すっかり死んだような気分だ」


 念のため周囲に注意を払っても危険な敵の姿はいないと見て、ゆったりと腰の鞘に剣をしまうカッシュ。

 完全に操られていた先ほどまでとは違い、境界封穴に入った今は領王の命令に従っている気配がない。

 仲間と対立しないで済むとなれば、本来なら喜ぶべき状況だ。

 しかし、苦笑してため息をついたのはウルシュカである。


「まったく、また何かしでかすんじゃないかと警戒して損をしたじゃないか。少年が近づいても突っ立ったまま呆然としているあたり、ここまでは領王の強制力が通じていないらしいな」


「ん?」


「なんだよ? それともやっぱり取り押さえる必要があるのか?」


 いつでも飛びかかれるんだぞ、と言わんばかりに腰をかがめるウルシュカ。先ほどは油断していたところをカッシュに出し抜かれたので、なおさら用心しているのだろう。

 少年であれユリカであれ、どちらが狙われても対応できるように身構えている。

 わずかにでも怪しいそぶりを見せたら問答無用で即座に組み伏せるつもりに違いない。

 そう思ったカッシュは「いやいや、待ってくれ」といつもの口癖のように言ってから頭を下げる。


「さっきはすまんかったな、ウルシュカ。うまく言えんが、どうやら今の俺は領王の強制力から脱しているらしい。当然ながらロンドウィルの領王が支配しているのはロンドウィルだけだ。ロンドウィル領どころか地上世界ですらない境界封穴までは、さすがの奴の支配力も及ばないに違いない」


 あくまでも推測の範囲だがな、と一応は付け加えておく。何一つ確証がないのでは何も断言はできない。

 最悪の場合をネガティブに想像するなら、境界封穴に入った時点で領王が意図的に力を弱めた可能性も考えられるのだ。

 ともかく、ここはカッシュの言い分を信頼することにしたらしいウルシュカはくたびれた様子でうなずく。


「ふうん、そうか。だとすれば、つまりフォズリも今は領王の命令を無視できている可能性が高い。そういうことだな?」


「ふうむ……。まずは俺がすべてを正しく理解しているわけではないと知ってもらった上で答えておくが、そういうことだろう」


 それを聞いて嬉しそうにパチンと手を打ち合わせたウルシュカ。大きくうなずいて顔を上げる。


「……よし! 決めた! いきなりだが、もう限界だ。しばらく休みたいからフォズリに体を返すぞ。何かあったら私を叩き起こしてくれ」


「えっ、おい!」


「任せたぞ! 寝る! お前たちを信頼したんだからな!」


 本当に眠くて仕方がないのか、返事を待たずに彼女は大きなあくびをした。

 それから一瞬こくりと頭を傾かせると、ぱちくりと目を見開く。


「ええと、ここは……? 私たち、迷宮の中にいたんじゃあ……」


 先ほどまでとは違う気配。おびえたような表情と自信なさげな口ぶりからするとウルシュカではない。だとすればフォズリだ。今まで体を動かしていた精霊が眠りについて、交代で彼女が目を覚ましたのだろう。

 会話をしている途中でウルシュカに逃げられてしまったモヤモヤを抱きつつ、それを彼女にぶつけるわけにもいかないとカッシュが軽く右手を挙げる。


「おはよう、フォズリ。どこまで事情を把握できているのかわからんが、いろいろあって俺たちは境界封穴にいる。地上と冥界の狭間にある空間で、普通は生きた人間が入れない場所だそうだ」


「えっ」


 ウルシュカに眠らされていたのを無理やり起こされたあげく、ここまでの経緯を何も知らない寝起きの状態で聞かされるには衝撃の言葉だったらしく、くらくらと倒れそうになるフォズリ。

 その背をユリカが支える。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい」


 すみません、すみませんと慌てて頭を下げたフォズリは彼女の顔を見て目をそらす。ここまで近い距離でちゃんと顔を見たのは初めてな気もするけれど、おぼろげになりつつある自分の記憶が確かなら、領王の命令に操られていた自分が彼女に弓を引いたことまではぼんやりと覚えている。

 その後にウルシュカによって眠らされてしまったので、ここに至るまでの事情が何もわかっていないけれど。

 自分の意志ではなかったとはいえ、客観的な事実としては自分の手で殺そうとしてしまった相手だ。

 もしかしたら彼女は自分が放った矢が刺さって死んでいたかもしれない。そう思うと身の毛がよだつ。幸いにも生きていてくれたユリカに対する申し訳なさと恥ずかしさから、まともに顔を見ることができない。

 そう、一歩間違えれば彼女は死んでいた……死んでいた?

 逃げ場所を探してうつむいてしまったフォズリだったが、そう待たずして冷静になると、びっくりして顔を上げた。


「いや、待ってください。私の聞き間違いでなければ境界封穴って言いました? じゃあ、ひょっとすると……。もしかして私たちは死んだんですか?」


 答えるのはカッシュだ。


「何よりも最初に出てくるであろう当然の疑問だな。普通は地上の世界に戻る手段なんてないから、このまま冥界の底まで落ちていくしかない。つまり俺たちは死んだってことになる」


「そうですか……。死んじゃったんですね……」


 つぶやきながら自分の胸に手を当てるフォズリ。

 そこに眠っているウルシュカの存在を感じたのか、死んだと告げられて受けた衝撃や動揺が収まって少しだけ安心した。

 どんな場所でどんな運命が待っていようとも、大切な精霊が一緒にいてくれるなら彼女は大丈夫な気がした。

 今の彼女にとって、死ぬことよりもウルシュカと別れてしまうことのほうがよほど悲しい出来事なのだ。

 もしも自分が原因でユリカを殺してしまっていても、自分も一緒に死んでしまったなら彼女は許してくれるかもしれない。どちらも領王の被害者だ。いや、でも冷静に考えればやっぱり駄目だろうか。表面上は穏やかでも彼女は怒っているに違いない。

 ユリカへの罪の意識に悩みながらではあったものの、意外にもあっさりと自分の死を受け入れたフォズリ。

 しかし、それを否定するのは少年だ。


「死んだという表現は正しくないかもしれません。僕たちは特別な精霊剣のおかげで生きたまま扉をくぐってきたので、まだ体も精神も死んではいないんです」


「……え? そうなんですか?」


「そうなんです。突拍子もない話なので信じられないかもしれませんけどね」


「……確かに信じられない話ですけれど、ここは信じるしかなさそうですね。そうしないと自分が死んだことを認めるしかなくなりますから」


 それに、この場にいる誰も死んでいないということなら私はユリカさんを殺してもいないはず。

 そう言って強く意思を持ち直す彼女。先ほどからずっと背中を支えてもらっているユリカに振り返り、あの時のことを謝るように頭を下げる。

 深く、深く、許しをもらえるようにと誠意を込めて。

 殺していなかったとしてもそれはあくまでも結果でしかなく、殺していても不思議ではなかったのだから。

 そんな、気にしてないですよ! とユリカが答えて、あたふたしながら彼女の顔を上げさせようとした時だった。


「おい、お前たち! 話は終わりだ! あれを見ろ!」


 近すぎず遠すぎず遠慮しあうような二人が会話をしている横で、いきなり大声をあげたのはカッシュである。腰を曲げて深く頭を下げていたフォズリは驚いてバランスを崩し、倒れそうになった彼女をユリカが再び背中から支える。

 すみません、すみませんと謝るのはいったんお預けだ。

 隠し切れない疲労を浮かべた険しい顔をしてカッシュが指をさす先にいたのは、こちらに向かってくる一体の魔物。

 ファナン家の迷宮で戦った巨大カマキリほどではないが、それでも一般的な人間より大きな背丈をした人型の魔物。

 ただし、肉体は朽ち果ててしまったのか頭のないガイコツだ。

 全身が骨だけでできているだけでなく、人間を殺すためにも使える立派な武器のつもりなのか、先端に行くほど丸くなっている図太い白骨で出来たこん棒を持っている。


「冥界にふさわしい、いかにも死体じみている不気味な魔物め! 襲ってくるってんなら容赦はしないぞ!」


「待ってください、カッシュさん! 大変です! その怪物から”神性”を感じます!」


「なんだとっ!」


 先ほど領王に操られて少年やユリカを襲ってしまった「借り」もあり、皆を代表して最初の攻撃を加えようと足を踏み出していたカッシュは思わず前につんのめった。

 そして怪訝な顔をして振り返る。


「今、お前は何と言った? 神性だと? あいつが神? おいおい、だとすりゃ不死身ってことか!」


「はい! なので戦うのは無謀です!」


 それぞれに長さの異なる寿命を持っている人間や精霊とは違い、神性と呼ばれる特別な力を持つ神は不死の存在だ。

 通常の手段では殺すことができず、神を倒そうとするなら特別な手段がいる。

 たとえば殺すのではなく存在ごと消滅させるとか、神性を上回る力で封印するとか、何らかの方法で神性を奪い去るなどしなければならない。

 あるいは、生きたまま死者の世界である冥界に落とすか……。


「何百年も前に精霊と手を組んだ人類との戦争に負けて、すべての神は冥界に落とされたと聞いているが、こんな境界にとどまっているやつもいるとはな。……会うのは初めてだが、やっぱり神は人間を敵視しているのか? 戦争したんだろ?」


「どうでしょう? 魔なるものに襲われて冥界に落とされたときに僕が出会った神は話ができたんですが……」


 もしも言葉が通じるのであれば戦わずにやり過ごすことができるかもしれない。あいさつ代わりに剣で切りかかるよりも、大声で呼びかけてみるほうが効果的かもしれない。

 神性を帯びた魔物――すなわち神――からの返事は声によるものではなく、身体的な行為によって示された。

 まだまだ十分に距離のある場所で骨こん棒を振り下ろし、大地にたたきつけたのだ。

 完全なる威嚇行為である。ずいぶん気が立っているように見える。


「お前が特別な存在だって自信があるなら俺も止めはしないぞ、少年! あいつにも会話が通じるか試してみるか!」


「声をかけたって耳も口もないんですよ! とりあえず逃げましょう!」


「そうしたほうがよさそうだな! 向こうに小さな穴が見える! いったんあそこに逃げ込もう!」


 数百年前のことを今に伝える数々の伝承の通りに神が不死であるとすれば攻撃を挑むだけ無駄だ。暖かな暖炉の前で休息をとったとはいえ短時間に過ぎず、迷宮攻略の疲労が完全に消え去っているわけでもない。

 命が惜しければ追いつかれる前に逃げるのが最善策だろう。

 くたびれた様子を隠せずにいるフォズリとユリカにも異論はなく、息を合わせた四人は壁のような崖にぽっかりと空いていた穴へ向かって駆け出した。

 そこは小さな洞窟となっており、これなら巨大ガイコツも入ってくることができそうにない。

 ひと時の安全地帯である。


「あとはこの洞窟の先が無慈悲な行き止まりになっていないことを願うばかりだな」


 不安がりながらも、決して足を緩めることはない。急がなくても大丈夫だと油断して怪物に追いつかれた場合のほうが厄介だ。そう長くない小規模な洞窟なのか、曲がりくねった先の方向から外の光が入り込んでいたため、奥まで進んでも暗闇に視界を奪われることもなかった。

 侵入者の足を止める落とし穴といった罠もなく、迷宮で飽きるほど相手をさせられた吸血コウモリのような魔物も出ず、それほど苦労することなく人間が一人ずつ潜り抜けられる程度の大きさしかない出口を迎えて、小さな空間に出た。

 外だと喜ぶにはまだ早い。行き止まり、と言っても過言ではないかもしれない。

 まるで天井だけがない部屋みたいだ。


「おやおや、これはこれは。肉体が腐り果てた死人なら見るが、心身ともに健康な生きた人間が来るとは珍しい」


 という声が聞こえてきたのは先頭を歩くカッシュの足元からだ。

 うわっ、びっくりした! と大声をあげて驚くカッシュ。そんな彼の声に驚いて後ろの三人が飛び下がる。臆病さが原因で最後尾にいたフォズリは危うく洞窟の出口に頭をぶつけるところだった。

 ともかく立ち止まったカッシュは警戒を強める。勘違いでなければ、周囲には人影もないのに声がした。

 そんなわけがないのに一体どこから……と思って下を見れば、なんと地面に顔がある。

 頭部だけのガイコツ、つまり頭蓋骨だ。


「なんだ、こいつは。動く骨に襲われたばかりだから魔物かと思ったが、人間の言葉をしゃべっているからには違うと見える。冥界に落ちる途中で境界封穴に引っかかった人間の遺骨か?」


 もしも本当に人間だとすれば、骨だけの状態で生きているわけがない。

 いや、死んでいても動けるのが冥界に近い境界封穴の特徴だろうか。

 そう思っていれば、糸で操られた人形のように口が動いて返事がある。


「遺骨だと? 失礼な人間だな。俺の機嫌が悪ければ出会い頭に死んでいただろう」


「なるほどなるほど、ペラペラと人語をしゃべる魔物か。どんな理屈で動いているのかもわからん不気味なガイカツめ。蹴とばすのは簡単なんだぞ」


「気をつけてください、カッシュさん。そのガイコツからも神性を感じます」


 過酷な環境下である境界封穴で怪物から逃げるために走り続けた結果として息が上がっているのを落ち着かせているらしく、ふー、と胸をなでおろしながら声をかける少年。

 どんな見た目であれ、不死能力をもたらす神性を有しているからには危険な存在である。ただの魔物や精霊とは格が違う。当然、人間とも。相手に何をされるかわからない以上、用心のため下がるようにとカッシュの腕を引く。

 しかし境界封穴に来るまで本物の神など見たことがなかったカッシュはいまいち危険度を理解できていない。


「神性? こんな骨だけの化け物が神だと? さっき襲ってきたのは体があったからまだ様になっていたけどな、こいつはどうだ。打ち捨てられて地面に転がっているだけの頭蓋骨じゃないか」


 と言えば、しゃべる以外にはまともに動けないらしい頭蓋骨がにやりと笑った。


「素晴らしいとは思わんか? 同じような見た目ばかりの人間とは違い、神は多種多様なのだ」


「多様性は素晴らしいが、骨だけ、頭だけで威張られてもな」


「カッカッカ、そう悪いものじゃないぞ。このみすぼらしい見た目のおかげで神を狙った討伐隊に目を付けられなかった。無知で無礼な浅ましい人間に古い時代の知識を要求するのは酷な話かもしれんが、神は一人残らず冥界に落とされたことくらいは知ってるだろう?」


「ああ、知ってる。ずっと昔に暴虐の限りを尽くしていた神々は精霊と手を組んだ人間との戦争に負け、二度と出てこられないようにと奈落の底に封じ込められたって話だ。おかげで今や地上は精霊と人間の楽園だよ。傲慢な神に居場所はない」


 伝承によれば、神性を持った神々はおごり高ぶって人間と精霊を見下し、地上世界を支配して傍若無人に振る舞ったという。

 やがて目に余る神の横暴を見逃せなくなった精霊たちと契約を結んだ人類が戦争を挑み、敗北した神の陣営を一人残らず冥界に閉ざしたとされている。

 精霊と人類の勝利で終わった古代の人神戦争。つまり神は敗者なのだ。

 人類にあだなす危険な存在として恐怖されてはいても、敬われてなどいない。


「ハッ、面白いことを言ってくれる。傲慢さで言えば人間と精霊も大差ないだろう。だが知っているのなら話は早い。遠い昔に冥界へ閉じ込められた神々は地上世界に戻るため、生きた人間の体を求めるものなのだ。ここに来た時の焦りようを見るに、どうせお前たちも首のないガイコツに襲われたのだろう?」


「よく知ってるな。その通りだ。あれはお前の仲間なのか?」


 あきれたように問いかければ、どこか自慢げに頭蓋骨が答える。

 よく聞けよ、とでも言わんばかりに。


「いいや、あれも俺自身だ」


「は?」


「かつての戦争では俺も神の陣営の一人として果敢に戦ったがな、剣術に長けた人間の英雄に頭と体で真っ二つにされたのさ。愛すべき我が半身は今では完全に独立して、体だけのくせに勝手に動き回り、気配で察知したものを手当たり次第に襲っている。特に生きた人間は大好物だ」


「厄介な話だな……。それで、頭だけになった神であるお前も、生きた人間である俺たちの体を狙っているのか? だとすりゃあ、動けないうちに粉々に砕いてやらないとな。俺は英雄じゃないが、今度ばかりは真っ二つじゃ済まないぞ」


「落ち着け。他の神々と違って俺はここの暮らしが気に入っているんだ。低級神である俺は他の神々にいいようにされてきたからな。地上でも冥界でもないここは居心地がいいのさ。だからお前たちの命を奪うつもりはない。ただし……」


 もったいぶって前置きの言葉を口にした瞬間、すでに薄暗かった空間が一段と闇を増した。

 四方を壁に囲まれているのに風が吹いたのか、ぬめりけのある肌寒さが四人に降りかかる。

 グラグラと周辺と小石を揺らしながらガイコツが震えた。


「精霊は人間と契約して力を与えるようだが、俺たち神はそんなことをしない。人間に与えるのは試練や呪いだ。神には人間を好きにする圧倒的な力がある。お前の体を動物に変えてしまうことも、罰と称して殺してしまうことも簡単だ」


「……低級な神でもか?」


「何を勘違いしている? 低級なのは神の階級における話だ。すべての神は人間の上に立つ存在だぞ」


「でもお前たち神は負けたんだろ。人間の上に立つ存在ってんなら、どうして今は冥界に……」


 すべてを言い切る前に、少年がカッシュの背中を引っ張った。


「カッシュさん、よけてください!」


「無駄だ」


 冷たい声で言い放ったのはガイコツである。

 くぼんでいた目の部分が赤黒く光ると、魔法が発動されたのかカッシュに大量の骨が突き刺さった。

 まるで四方八方から槍で貫かれてしまったかのように。


「かっ、はっ……!」


「お前に俺の神性を少しだけわけてやる。その力で俺を元の体に戻せ。できなければ、その時はお前の体をいただく」


 突き刺さっていた骨がひとりでに動いて内側に入り込み、もともとあったカッシュの骨と置き換わっていく。

 足先から、頭のてっぺんまで、見る見るうちに骨格が作り替えられていく。

 低級神ボルニス。

 彼らの目の前に転がっている頭蓋骨は、死してなお残る「骨」をつかさどる神である。

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