第7話 迷宮の主(1)

 屋敷にこだまする精霊のざわめきが少年たちを導いた。

 おそらく、その先に怪物がいる。本来なら安全を期するためにも避けて通るべきかもしれないが、それは同時に、迷宮の出口を示すファイゼルヤママユの糸の先でもあった。

 暴走して理性を失っていた土地精霊ファイゼルに代わって、迷宮の主となったという魔物。侵入者を待ち構えているのか、どうやら遭遇せずに迷宮を脱出することは難しそうである。

 可憐なフォズリの顔をゆがめて、ウルシュカが行儀の悪い舌打ちを響かせる。


「まったく、面倒な展開だ。どうやら奴とは決着を付ける必要がありそうだな」


「面倒なのは同感だが、最初から俺たちは魔物と戦うことを覚悟して屋敷に入ったんだ。ウルシュカ、お前は大丈夫なのか?」


「平気な顔で大丈夫だと答えてやりたいところだけど、あいにく強力な魔法を何発も打てるわけじゃない。しかも回収できている矢は全部で四本しかないときた。あまり期待しないでくれと答えておきたい気分だな」


「安心してくれ。その分は俺と少年が努力すればいい話だ。な、少年?」


「はい! 僕たちで努力しましょう!」


 気合を入れる意味もあって少年は力強く答える。

 勢い余って拳をぶつけ合う二人の様子を見て、ウルシュカは嬉しそうに口元を緩めた。


「頼もしいもんだな、仲間がいるっていうのは。奥手な性格のせいもあってフォズリには信頼し合える友達がいなかったから、私にとっても人間の友達は初めてだ。フォズリを守るために私の存在を隠していたのもあって、こうして普通にしゃべってるのが不思議な気分だぜ」


「人間の友達が初めてってことは、精霊の友達はいたのか?」


 何気なくカッシュが問いかけてみれば、意外にもウルシュカは考え込んだ。


「ふむ。精霊の友達か。答えに困る難しい質問だな……」


「じゃあ答えなくていい」


 と言うと、自分に興味を持たれていないと感じたのかウルシュカが不機嫌そうにむっとした。


「あ? なんだよ答えなくていいって」


「待て待て、だからそうすぐに怒るな。他人に貸しを作れない精霊契約もあって、今まで俺も人とは積極的に関わらないように生きてきたんだ。友達と呼べる人間がいるのかどうか、簡単なように見えて難しい質問なのはわかってる。だから無理に答えなくていいと言ったんだ。お前に興味がないわけじゃない」


「だったら最初から丁寧にそう言えばいいんだ。誤解するだろ」


「それもそうだな。配慮が足りなかった」


「……こっちこそ怒りっぽくて悪かったな。次から気を付けてくれればいい」


 カッシュとウルシュカが仲良くやっている隣では、いつもより歩調を遅くした少年が少女に声をかけていた。


「もうそろそろ屋敷の出口につくとは思いますが、おそらく僕らを邪魔しようとして強い魔物が出てくるはずです。なので、なるべくユリカさんは後ろに下がっていてください」


「あ、はい……」


 思わず素直に頷いたけれど、本心ではそれでいいのかと申し訳なく思うユリカである。いつまでも彼らに助けられてばかりいて、自分では何もしないでもいいのか。最終的に外の世界に踏み出したいと願ったのは他でもない自分だ。危険な戦闘のすべてを人任せにしていいとは思えない。

 とはいえ、魔物と戦った経験が一度もない彼女が勇気を出して加勢したとしても、かえって足を引っ張る結果になってしまいかねない。申し訳なさを理由にして意味のない蛮勇を奮うよりも、今はおとなしく後ろの方に下がっていたほうが彼らのためかもしれない。

 まずは生きてここを出ることだ。余計な考えに足を取られて目的を見失っては元も子もないのだから。

 そう思って顔を上げたユリカだったが、前向きになった気持ちで数歩ほど足を進めたところで体勢を崩した。

 何もない廊下で足をくじいたのではない。

 屋敷全体がきしみを上げ、崩壊するかと思われるほどの振動が四人を襲ったのだ。


「な、なんだっ!」


「地震……いや、この屋敷が動いているんです! 皆さん、気を付けてください!」


 何をどう気を付ければいいのかわからぬまま、いいように彼らは翻弄される。いきなり床が前方へ向かって大きく傾くと、その場に立っていられないくらいの急な下り坂になったのだ。

 あっさりと重力に引かれ、先の見えない暗闇に向かい、ずるずると滑り落ちていく四人。これまで進路を示していたファイゼルの糸もプツンと切れ、少年に協力してくれていた小さな精霊たちも急斜面となった通路の上に置き去りにされていく。

 だが彼らには予感があった。

 これは罠だ。この先に怪物が待っている。

 状況に流されるまま、あたふたと動揺してばかりもいられない。


「くそったれ! なんで勝手に床が動くんだ! 助けがいる奴は声を上げろ!」


 情けなく尻餅をつき、急な角度で傾いた床に寝転がったままで終着点を迎えるのは危険だ。滑り落ちつつも腰を上げて、中腰の姿勢でなんとか身構えたカッシュは左右を見渡して叫んだ。

 答えが返ってくるのを待つ間に剣を引き抜いて、何が来てもいいようにと下向きに構える。逆の手では精霊樹の盾となる種をつかんだが、つい先ほど酷使したばかりなので有効に使えるのは一つしかない。


「うるさいな、迷宮なんだから床ぐらい動くだろ! 私は平気だ!」


 カッシュのすぐ右隣りで答えたウルシュカは床に尻餅をついたまま、上半身だけを起こした姿勢で滑りながら、弓を下向きに構えていた。


「僕も平気です! ユリカさんも!」


「は、はい……!」


 しかし彼女には喋る余裕がない。ひっくり返って頭から落ちそうになって、それを目にした少年が腕をつかんで助けてくれたに過ぎない。床に手をついて速度を落とそうとした彼女の手は摩擦で熱くなって、思わず右手をひっこめた。代わりにつかみなおすのは少年が伸ばしてくれている腕だ。

 足を引っ張りたくないと覚悟を決めたばかりだが、こればかりはどうしようもない。

 もちろん、どうしようもないと焦っているのは彼女だけではないのだ。

 ウルシュカとともに先頭にいたカッシュが不穏な様子に気付いて目を細める。


「よく見えないと思ったら下から煙が? いや、この感じは湯気か! ということは……」


「どうやら下は浴室です! お湯に突っ込みます!」


「灼熱でないことを祈る!」


 実際よりも長く感じた下り坂は終わり、四人はお湯の張られた広い浴槽に落とされた。

 ぜいを尽くした貴族の屋敷に備わっているものよりも大きく、不可思議な迷宮の規模にふさわしい大浴場。大人たちが数十人で一度に入っても余裕がありそうだ。

 ほとんど真っ逆さまに滑り落ちて、頭の先まで水中に潜っていたのは、ほんのわずかな時間。

 四人はほぼ同時に顔を上げ、頭を振って水気を飛ばす。


「ぷはぁっ! 意外と深くまで沈み込んだせいで溺れるかとも思ったが、なんとか足が届く深さで助かった! 心配だった湯加減もちょうどいいくらいじゃないか!」


 全員に聞こえるよう、わざと明るい声で言って笑うカッシュ。

 状況確認を兼ねて緊張や不安を和らげるためであったが、気を遣うあまりに油断が生まれたのも事実だ。


「馬鹿! お前ら全員、頭を下げろ!」


「は? 何を言って――」


 理解できず問い返そうとしたカッシュだが、すべてを言い切ることはできなかった。

 すぐ隣にいた危機迫る様子のウルシュカに引っ張られ、お湯の中に沈むように倒れ込んだのだ。不服を申し立てようとして大量のお湯を飲み、その上を何かが横切った不気味な音がした。

 冷たい水と違って熱いお湯の中では満足に目を開くことができないものの、目を閉じていても危険な気配が急速に広がったのを感じる。

 間違いなく敵だ。こちらを狙ってくる敵がすぐ近くにいる。


「くそ! こいつが噂の迷宮の主か!」


 足を踏ん張って立ち上がったカッシュは再び顔を出して、自分たちを襲ってきた敵の正体を見る。

 もやもやと霧のように立ち込めていた湯気が一時的に晴れると、一匹の巨大な魔物が四人の前に立っていた。

 一番の長身であるカッシュでさえ見上げる位置に顔がある。

 それは一言で表現するなら巨大なカマキリだ。

 背丈は人間の二倍以上、両方の肩から伸びる腕の先には研ぎ澄まされた二本の鎌がある。

 つまり先ほど水平に振るわれたものはカマキリの大鎌だったというわけだ。


「突っ立ったまま首を出していると狩られるぞ!」


「そうは言ったって……くそ!」


 再び攻撃が来たので、とっさに身をかがめて湯の中に潜る。

 巨大なカマキリの動きに伴って発生した風で湯の表面が波打ち、大振りにしては素早い鎌が完全に過ぎ去ったところで息継ぎのため顔を出す。

 かなり危険な状況であることは間違いないが、慎重かつ冷静にタイミングを見計らって頭をひっこめていれば、ひとまず攻撃はやり過ごせる。


「戦場で生き残る秘訣は冷静さを失わないことだ……なっ!」


 この状況でも勝機を見出そうと頭を働かせて足が止まっていたカッシュを狙って、巨大な鎌が今度は水平ではなく垂直に振り下ろされた。

 横からではなく、頭の上から落ちてくる鋭い鎌の先端。えいやっと気合を入れて打ち合わせた剣と、主人を守るためカマキリの本体に体当たりして姿勢を崩させた精霊樹の盾のおかげで、最初の犠牲者になりかけていたカッシュは一命を取り留めた。

 しかし、そう何度もうまくいかないことは今の一撃でわかった。

 剣越しに衝撃を受け止めた腕はしびれ、波打つ湯の中では力を込めて踏ん張ることも難しい。なにより水の抵抗を避けて戦うため、剣を構えた両腕を常に肩よりも高く掲げ続けなければならないので、これが思った以上に疲労を誘う。

 長期戦は不利だ。

 かといって、すべての動作が遅くなる水中で接近戦を挑むのは不可能だろう。


「肩までお湯につかったまま奴と戦うのは無謀だ! とにかくまずは浴槽を出ることにしよう!」


「了解です!」


 少年をはじめとする全員が賛同したものの、それを制するように再びの大鎌。水面すれすれを突風のように襲ってくる。誰か一人を狙うというよりは、逃げ惑う四人のうち誰か一人でも餌食になればいいと考えているような乱暴な一撃。

 それでも少年たちには脅威だった。

 意外にも泳げないらしいカッシュは水中を駆け抜けるように浴槽の端を目指して進むが、急ごうにも水の抵抗は大きい。両腕を上げてお湯から出している剣もカマキリの大鎌を打ち返すには心もとない。


「おい、へっぽこ騎士! 満足に使えないなら、それを貸せ!」


「あっ、おい!」


 しびれを切らしたウルシュカはカッシュが持て余していた剣を奪い取った。

 この状況下では使い物にならなかったらしく、先ほどまで持っていたはずの弓はすでに手放している。

 当然、ウルシュカも湯につかった状態では何もできないのはカッシュと同じだ。

 なので号令をかけるように叫ぶ。


「盾! こっちに来て私を乗せろ! 足場にして奴と戦う!」


 やけに従順な精霊樹の盾はウルシュカに誘われて、メイドや執事がひれ伏すように彼女の前に浮かんで止まった。

 命令が通じて満足げなウルシュカにカッシュが慌てて忠告する。


「本来は成長を待たねばならん小さな種を使った! 前に使った時よりも薄くて小さくなっているから、お前の体重を支える力はないぞ!」


「空中じゃなくて水面に浮かべば水の浮力も組み合わさって一時的な足場にくらいできるだろ! フォズリの体はお前よりずっと軽いしな!」


 おとなしく待っている盾に手をかけて飛び上がると、お湯に浮かんでいる盾を足場にして、バランスを取りながら膝立ちするウルシュカ。フォズリの体重でも支えることはできないらしく少しずつ沈んでいくが、多少不安定に感じるくらいで、お湯の中にいるよりはずっと動きやすい。

 これなら魔物と戦えないこともなさそうだ。


「しょうがない! さらに小さくて薄くはなるが、もう一枚の盾も今すぐ用意してやる! 俺から剣を奪い取ったんだ、二枚の盾を上手く使って対処してくれ!」


「しゃべるのはいいから早くしろ!」


 叫び合っている二人の会話を遮るように巨大カマキリの大鎌が横薙ぎされる。

 ウルシュカは不安定な盾の上でジャンプして回避し、カッシュは慌ててしゃがんで湯の中に身を隠す。

 次に顔を出した時、しゃべるよりも早くカッシュは小さな種を投げつけた。それは勢いよく発芽して成長すると精霊樹の盾になり、その場でジャンプして大鎌を飛び越えた後の着地でバランスを崩しそうになっていたウルシュカの周りを飛び回る。

 ふらふらと倒れそうになった背中を後ろから支えられ、それに寄りかかりながら、顔だけ振り返らせたウルシュカは誰にともなく叫んだ。


「私が時間を稼ぐ! 三人とも、まずは浴槽から出ることを目指してくれ!」


「はい! お願いします!」


 感謝の気持ちを伝える意味もあって、真っ先に大声で答えたのは少年だ。

 巨大カマキリの接近を許してしまったカッシュやウルシュカとは少し離れた場所、ユリカのすぐそばにいる。


「ユリカさん、急ぎますよ! 苦しいかもしれませんが!」


「あっ、はい……!」


 四人の中で一番背が低いユリカはつま先立ちになって、顔を出すのがやっとの状態だ。迷宮に閉じ込められていただけあって水泳の経験はないのか泳げないらしく、放っておくと溺れそうなくらいで、いかにも精一杯といった様子である。

 戦うのはもちろんのこと、一人では満足に動くこともできそうにない。

 そんな彼女を助けるべく、しっかりとつないだ手を引いて浴槽の端を目指す少年。


「気を付けてください! 魔物に襲われそうになったら、ひとまず顔をお湯の中に沈めてください!」


「は、はいっ!」


 二人の周囲には迷宮に入って何度となく出会った魔物、吸血コウモリが飛び交っていた。

 人間の顔よりも大きい吸血コウモリは牙が鋭く、何匹もの群れになって襲われると視界は奪われ、身動きも取れなくなる。それを避けるためにも少年は剣を引き抜き、彼女の手を握っていない逆の手で応戦する。

 一匹ずつ着実に叩き落しながら、首元まであるお湯の中を力強く進んでいく。

 その余裕が生まれたのは、獰猛で危険な巨大カマキリの相手をウルシュカが一人で引き受けてくれているからだ。


「強力な魔法は体力を使うから無駄打ちできないけど、こんなに切れ味の悪い剣じゃ足止めするのも難しいな。単純な力勝負では私が負けるし、機動力で戦おうにも風呂の上じゃ無理だ」


 それまで交互に踏んで足場にしていた二つの盾を左右に並べ、大股を開くように片足ずつを乗せて踏ん張ると、巨大カマキリを見据えたまま剣を水平に構えてウルシュカは呪文を唱えた。


火着フレイムタッチ!」


 めらめらと音を立てて刀身に炎が走る。それは炎の力を剣に宿らせる魔法だ。何かを仕込んでいるのではなく、魔力を燃料にして燃えているのである。

 白く立ち込めた湯気の中、赤々と燃える剣はよく目立つ。

 光に引き寄せられる虫のように、興奮状態の巨大カマキリの視線もウルシュカに釘付けだ。


「けど、この魔物には火が通じないらしいからな!」


 討伐隊とともに巨大カマキリと最初に戦った時、それが原因で苦戦した。どういうわけか魔物の体は白い繭の糸でくるまれており、それが強靭な鎧となって炎を通さないのだ。しかも体に触れると糸に絡まって身動きが取れなくなる。他の魔物と戦った時のように、相手の体に飛び乗って翻弄するという作戦も通じそうにない。

 無理をしたところで単独では勝てぬとわかっているから、ウルシュカも決して深入りはしない。

 まずは時間稼ぎだ。


「よっ! とっ! やあっ!」


 不安定な足場である盾を交互に踏みつけ、上からも横からも襲ってくる大鎌を避けていく。バランスを崩して落ちそうになっても、勝手に飛んできてくれる精霊樹の盾が支えてくれる。避けるのに集中するあまり戦闘が相手のペースにならぬよう、火のついた剣で威嚇攻撃することも忘れない。

 そんなことを繰り返していると、遠くから声が響いてきた。


「よし、なんとか俺は湯から上がったぞ! ウルシュカ、魔物をこっちに連れてきてくれ!」


「簡単に言ってくれるけどな! 大変なんだぞ!」


 二枚の盾を代わる代わる足場にして、水平方向や垂直、果ては斜め上からも降りかかってくる巨大カマキリの大鎌を避け続けるウルシュカ。それだけでも命がけの行為なのに、周辺には邪魔な吸血コウモリまで飛んでいる。

 一瞬でも気を許せば命はない。

 大変なのは魔物の相手をしているウルシュカ以外の三人にも理解できるため、可能なら誰かが彼女を援護する必要がある。けれど、そのウルシュカに問答無用で剣を奪われたカッシュは加勢しようにも武器がない。

 水中だと動きが制限されることもあり、とにかく浴槽の外まで魔物を連れてきてもらわなければ手の出しようもないのだ。

 はらはらと見守っていると、視界の外から彼を呼びかける声がした。


「カッシュさん!」


「おお、少年か! ユリカも無事のようだな!」


 ユリカの手を引いた少年がコウモリを追い払いながら浴槽を出てきたのだ。

 体力のなさが災いしているのか、背の低さもあってユリカは移動中に大量のお湯を飲んだらしく、無事というには疲労困憊で息も上がっているため返事さえできない。肩を上下させながら、やっとの思いで膝に手をつき、激しく咳き込んでいる。

 そんな彼女たちのもとへ、わらわらと群れて襲い掛かる吸血コウモリだけでなく、タイル張りの床からは猫ほどの大きさがある化けネズミが何匹も駆け寄ってくる。

 低級の魔物とはいえ量が量だ。少年だけでユリカを守るのは難しいかもしれない。


「待ってろ! 今すぐ加勢してやる!」


 そう判断したカッシュは二人のいる場所へ急ぎ、足元に集まる化けネズミを手当たり次第に蹴飛ばしていく。

 武器がないとはいえ、この程度の魔物に臆していては騎士の名折れだ。


「助かります、カッシュさん!」


「そうだろうとも! 感謝ならいくらでもしてくれていいぞ、少年! 精霊契約のおかげで借りを作るのは大嫌いだが、貸しを作るのは大好きなのでね!」


 少年はもちろん、助太刀に入ったカッシュも少年を信じて背中を預ける。

 そうすることで数の不利をものともせず、今日の昼過ぎに出会ったばかりだとは思えぬほどにぴったりと息を合わせた二人は連携して魔物を退治していく。

 危なげない姿は仲間として頼もしくもあるが、称賛の言葉よりも不満が口に出てくるのはウルシュカである。


「お前ら二人、仲良く雑魚の相手ばかりしていないでこっちをどうにかしてくれ! 大鎌野郎を命からがら連れてきてやったんだからな!」


 息を弾ませ盾から飛び降りたウルシュカは濡れたタイルの上で滑りそうになって、すかさず剣を杖代わりにした。体重が軽いおかげもあって折れることはなかったものの、集中力が切れたのか刀身がまとっていた炎は消えてしまう。

 その剣先をちらりと見て、顎をくいっと持ち上げたウルシュカはカッシュに叫んだ。


「剣を返してほしいか!」


「いや、いい! 今さら弓を取りに浴槽の中まで戻らせるのは心苦しいから、そいつはそのまま君が使ってくれ! こっちには別の武器がある!」


「武器って、お前な! ネズミと違って巨大カマキリに蹴りは通用しないぞ!」


「そんなことは十分承知している! 来い、スクトゥルム!」


 手招きながらカッシュが呼ぶと、今までウルシュカのそばにいた二枚の盾は名前を呼ばれたペットのように彼のもとへ舞い戻った。

 それを一枚ずつ両手でつかむと、盾と盾を勢いよく叩き合わせる。

 すると二枚の盾は一度だけ種子の形に戻った後で即座に発芽し、伸びる枝葉が絡まり合って、鋭く長い一本の枝となった。

 くるりと回して正面に穂先を向け、身の丈よりも長いそれを勇ましく構えるカッシュ。


「何度折れても即座に復活する精霊樹の槍だ! 剣より長い武器を振り回すのは苦手で上手く戦えるかどうかはわからんが、ウルシュカ、少年、俺たち三人で力を合わせて奴を倒すぞ!」


「わかりました!」


「言われなくたって私も了解だ!」


 少年とウルシュカは力強く頷き、横一列に並んだ三人は巨大カマキリと向き合う。

 彼らを取り囲むように群がっていた無数のコウモリとネズミは一匹残らず退治され、戦うための武器がないユリカは距離をとって安全な位置まで下がる。

 準備は整った。今度こそ力を合わせて迷宮の主との決戦である。

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