第6章 希望を石松に託す
石松は自分の身に起こった現象をすべて理解し、精神的に落ち着きを見せ、術後の後遺症もなく順調に回復していった。ひと安心した優希は石松の病室で一つの希望に思いを込め語り始めた。
「30年前、あなたがタイムスリップした日のことは今でも忘れないわ。
毎日悲しくて悲しくてたまらなかったけど、私はあなたがどこかで必ず生きていて、いつか再会できると信じていたわ。
石松、憶えている。初めて公園で会った時のこと。
私は何か運命的なものを感じていたのよ。
だから、あなたが突然消えたことも、こうして再び私の前に現れたことも、何か誰かが、そういう具合に操作しているはずなのよ、偶然ではないのよ、きっと。
そしてまた何かのきっかけで、多分そう遠くない日に、あなたは元の場所に帰っていくと思うわ。
それはそれで悲しいことだけど、仕方のないことだと思うの。
あなたは何か理由があってタイムスリップしたと思うから。
これから、あなたにとても重要な話をするからよく聞いてね。そして、もしまた多村先生に会うことができたら必ず伝えてね。
今の世界はね、あなたがタイムスリップしてきた2021年から続いている新型コロナウイルスとの闘いのため、世情がどんどん悪い方向へ向かっていて、このままだと人類滅亡の危機があるの。
去年、プロテアーゼI.H2050t-19という新薬が開発されたんだけど、もう手遅れだったみたい。
もっと早くこの薬が開発されていたら、歴史は変わっていたと思うの。
だから、この情報を多村先生に伝えて。
実はね、オペの時にあなたの背中の皮膚の下に新しいライフチップのような小さなデバイスをいれておいたの。
その中に新型コロナウイルスとの正しい戦い方と新薬の情報を入れておいたから。
それと、あなたに施した治療に関する情報も入っているから。医学の発展に役立つと思うわ。
あと、私から多村先生へのメッセージも入れておいたから、必ず多村先生に伝えて頂戴ね。
ところで、あなたは私の言葉が分かるようだから話しておくのだけど、このデバイスについてはあなたの住んでいた年代では完全に理解し解析することは大変だと思うの、そこでかいつまんであなたに、分かり易く説明しておくからよく聞いてちょうだいね。
まず背中に挿入したライフデバイスは特殊な金属で磁気シールドされているわ。マイクロバッテリーが内蔵していて、充電はあなたの体温や心筋の電気信号で行われるけど、容量が小さいからあなたが死んでしまったら1時間くらいでOFFになるの。だから摘出して読もうとは考えないでね、専用のアダプターに繋がないと充電されないからかえって大変になるわよ。データはWi-FiかBluetoothでAIと接続して読んでね。あなたたちができるだけ苦労しないでデータを読み取れるように考えられるだけ使えそうなアプリを入れておくからね。」
石松はゆっくりとだが、全てを理解したかのように確実に頷いていた。
優希は石松にそう言い切ったものの、2021年の技術では入力した情報を簡単に読めないであろうことは容易に予測できた。そこで考えたのは、新薬や先端技術に関するデータと共にそれらを読むためのアプリケーションとそれを動かす最新のOSも入れておいた。また、彼女のメッセージは2021年のPCでもすぐ読めるようにテキスト形式のファイルで入れておいた。しかし、実際に2021年のWi-FiやBluetoothの通信規格でデータをAIやコンピューターに転送しうるか、さらにはOSが正常に起動するのか、最後にデータファイルが正常に見ることができるかは、最後まで確信が持てなかった。
石松がタイムスリップしてきてから3週間が過ぎ、治療を終えた石松は優希の自宅で過ごしていた。そんなある日、優希が仕事を終え帰り支度をしていると、携帯端末のアラームが鳴った。石松のデバイスの位置情報が消えていたのである。急いで自宅に戻ると、石松は忽然と姿を消していた。家は自由に外に出ることができず、外部から侵入もできないセキュリティになっていたので、何があったのか早速モニターカメラの映像を確認してみた。
確かに石松は少し前まで部屋にいたのだが、AIロボットが何やら石松の背中に当てるとすぐにモニター画面から姿が消えてしまっていたのだった。
「イシちゃん、怒っているのではないのよ。何があったか知りたいだけなの、正確にね。
モニターを何度も見たけど、あなたが石松に何かしたの。」
「はい、なんて御報告すべきか考えていました。
実は優希さんに喜んでいただこうと思って、私なりに考えて人間のような発想でチャレンジしたことなのです。
まさか、彼が消えてしまうことは想定外でした。」
「どういうことなの。私を喜ばせるって。」
「はい、ご説明します。
彼に挿入されていた古いマイクロチップを解析できたらと思い、越権行為でしたが、チャレンジしてみたのです。
ある文献で古いチップが作動しなくなったら、一定の周波数のマイクロ波を数分当てると回復する場合があると知り、つい長く当てていたら、突然石松さんの姿が消えてしまいました。」
「でも、30年前のチップだから、ID番号しか記録されていないので、今更わかっても意味なかったわよ。」
「はい、ただタイムスリップした原因の痕跡がメモリーに記録されている可能性もあったので調べてみたのです。もし分かれば、石松さんを元の時代に戻す方法が分かると思いましたので・・・。」
「そうだったのありがとう。それで何か分かった?」
「いいえ、解析する前に石松さんは消えてしまいました。申し訳ありません。」
「そんなことないわ。想定外のことだったようね。
でも、結果的に石松はまたタイムスリップしたようね。
あとは、時空を間違えないで、2021年に戻ってくれることを祈るのみだわ。」
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